2017
松日(Matsunichi)というメーカーには馴染みがある。学生の頃に Pocket PC が好きで、当時その名前のメーカーがあって、Pocket PC を作っていた。スペックは普通だったけど安かったので覚えている。
結局そのメーカーの製品は買わなかったんだけど、何年も経ってまた名前を聞くことになったのが、この付属イヤホンだ。
今年のギャルゲー市場は正直言ってかなりつまらない。上半期から今まで、毎月の新作を見るたびに俺の表情は首を横に振るばかりだった。最初は自分が遊びすぎて審美眼が疲れたのかと思ったが、よく見てみるとそうでもない。上半期のゲーム内容はどんどん……平坦になっている。いや、平坦と言うと褒めすぎだな、どんどん退屈になっている。
多くの会社が非ストーリー志向の恋愛展開を選んでいて、しかもその多くがスイーツ作りと関係している。こういう作品も面白く書けていればシットコムとして見るのも悪くないんだが、他の作品はゲーム自体のシステムに対する一連の革新を始めている。
「ゲームシステムに対して」とは何かというと、要するに元々の「音声付き読書」から、ゲーム自体の「プレイアビリティ」の探求を始めたということだ。だから面白そうなゲームがいくつも出てきたが、AVGタイプに最も適しているのはやはり「謎解き」と問答中心の「探偵」ゲームだろう。
年初に桜花裁きがあった。あのゲームは難易度が高く、ストーリーも非常に起伏に富んでいたが、個人的には明治維新以前の日本の環境や文化があまり好きではなく、どこか抵抗感がある。
しかしその後、似たような別のゲームが発売された。絵師ゆき恵が原画、中澤工がプロデューサーを務める、mitiという新会社の「逆転裁判」的な作品、『星降る夜のファルネーゼ』だ。
これまではFiiO X7と、ソニー Walkman A35を組み合わせて使っていたんだけど、2台持ちはやっぱり面倒だし、ソニーの黒磚はとても買えない。そこにちょうど中間価格の ZX300 が出てきた。中国国内版が ZX300A で、予約に参加した。それからソニーの試聴会にも参加して、まあ許容範囲かなと思ったので予約はキャンセルしなかった。先日ようやく届いて、2週間ほど聴いたところ、ほぼ満足している。
先日5chで誰かがこのゲームを勧めていた。Steam平台上のDoki Doki Literature Club!、通称DDLC。もちろん勧められたとき、このゲームのタグが目に入った:Psychological Horror(心理的・精神的な恐怖)。まあ予想はつく。日本風のギャルゲーを非日本人の鬼佬(外人)達が作ったやつで、Steamの画面ではどこまでも和やかで美しいのに、中身は詐欺、たぶん「鬱になる」要素が仕込まれているんだろう、と。
いわゆる「鬱」って、それ以上どうやって鬱にさせるんだ?ヒロインが突然死ぬ、頭が急に落ちる、突然ヤンデレ化する、いきなり斬りかかられる——せいぜいその程度だ。画面中血が噴き出すのが関の山だ。そんなもん全部見てきたわ。というわけで好奇心に負けて、無料のこのゲームをダウンロードし、「Start」を押した。
ひとしきり手に汗握る冒険を経て、本当に「End」したことを何度も確認してから、ようやく吊り上げていた心を下ろし、大きく一つ息を吐いた……
ここでちょっと恥ずかしげもなく自慢させてもらう。私は2013年から今まで、年齢だけ食って相手も見つからず、お見合いにも屡々失敗する誰からも要らない死んだオタクで、この4年間にほぼ何百本とギャルゲーをプレイし、百篇以上の感想文を書いてきた。一時期はギャルゲーなら来る者拒まずで、中にはとんでもない超展開やホラー内容のものもあったが、ほぼすべて免疫だった。たとえあのサクラノモリ†ドリーマーズで画面中に悪霊が沸こうが、仄暗き時の果てよりで画面中に血を噴くゾンビがいようが、翠の海で突然首吊りがあろうが、箱庭ロジックで手足がもがれようが、全部小さいことだ。Clock upなんかのゲームはなおさら余裕。ワシはどれもニヤリと笑って、まったく動じない。
これまで遊んだ全ゲームの中で、私を怯えさせたのはたった二つ。一つは3daysで突然画面に出た首なしCG。そしてもう一つが……このゲーム、Doki Doki Literature Club!だ。
怯えた理由はただ一つ:突然、あまりにも突然で、まったくの不意打ち
クリア後にこのゲームを振り返ると、はっきり言える。全体から見れば、Doki Doki Literature Club!は恋愛育成ゲームなんかじゃない、ホラーゲームだ。
そう、このゲームのあらゆる宣伝資料や、レビューで面白いと語る連中に騙されてはいけない。これは本当にホラーゲームだ。ゲームの最初に繰り返し強調される——メンタルが弱い人はやらないでください、子供もやらないでください、怖がりもやらないでください。この言葉は本気だ、冗談じゃない!
若い連中がギャルゲーにちょっとした「虐」要素があっても受け入れられないのは知っている。はつゆきさくら(初雪桜)をやっただけで音楽に怯えまくる奴も見たし、紙の上の魔法使いで妹が死んで悲しみに暮れる奴も見た、水葬銀貨のイストリアで人魚姫が可哀そうすぎて耐えられない奴も、魔女こいにっきで物語の中の物語のヒロインが幸せになれないから新島夕にカミソリを送ろうとする奴も見た。そういう連中にとっては、このゲームは必ず遠ざけてほしい。これは全く恋愛ゲームじゃない。ホラーゲームだ。『君と彼女と彼女の恋。』と同じスタイルのホラーメタゲームなんだ。
正直に言うと、俺はななろば華のファンだ。黒歴史も多少あるけど、それでもファンなんだよ。女絵師が描く女の子には、男絵師には出せない特別な魅力があるとずっと思ってる。男には真似できない、女の子にしか分からない「可愛さ」がそこにあるんだよな。だから『もののあはれは彩の頃。』も自然と注目するようになった。発売延期を何度も繰り返して、体験版も出たからプレイしたけど、感想は……すごく微妙だった。
何というか、『もののあはれは彩の頃。』の制作元である QUINCE SOFT は糖块社こと Lump of Sugar の子会社だ。Quince はマルメロ、つまりカリンで、独特な果物で「気軽に食べられない」という複雑な性質を持つ。子会社の名前が QUINCE SOFT なのは、糖块社がもともと出していた「ある程度の遊び応えがある複雑なゲーム」を独立させて別ブランドにしたかったからだろう。「ある程度の遊び応えがある複雑なゲーム」とは何かというと、たぶん運命線上のφやMagical Charming、連想リーレシュンのような作品だ。単純な分岐じゃなくて、複雑な選択肢が大量にある。正直、こういうゲームは結構好きなんだが、『もののあはれは彩の頃。』に関しては、ちょっと複雑すぎる。
先日北京に行ったので、ついでにいくつか買い物をしてきた。
まずは紫米の最新Type-Cケーブル。このケーブルはなかなか良くて、編み込み素材だし、何よりコネクタに小さな白いライトが付いている。
紫米が最初に考えたわけじゃないのは分かっているけど、まあ付いてるし、悪くない。
またCD自慢の時間がやってきた。
今回はちょっと買いすぎたし、間隔も空いた。
かつて神ゲーと呼ばれた作品がある。それが『お兄ちゃん 右手の使用を禁止します』だ。このゲームは、話題性、宣伝、売り文句、そしてシナリオや画風のいずれを取っても光るものがあった。日本語が分からない人でも、このタイトルを見ればいろいろ想像が膨らむというもの。あの魔性のOPも相まって、当時としては一つの高みに達していた。見た目はどう見ても抜きゲーなのだが……
実は抜きゲーじゃなくて純愛ものだと思う。しかも各ヒロインにルートと専用EDまで用意されてる。抜きゲーにそんな待遇はない……
『お兄ちゃん 右手の使用を禁止します』を作ったのは Galette。妹控げー専門の会社の子ブランドなのだが、この会社は……なんというか、わりと不運だ。
まず分かるのは Galette と GLace という二つのブランドだ。Galette は妹ゲーを出すための専門ブランドで、GLace はシナリオ重視のゲームを出すためのブランド。ゲームの内容から見ると、会社の重心はどうやら後者にあるらしい。何しろ抜きゲーを作るのは、金を稼ぐために仕方なくやっている苦肉の策にすぎないんだから。誰だって高尚なのがやりたいだろ……
でもこの GLace が出したゲーム、ちょっと悲惨なんだよな……
前に出た「恋神」とかいうやつはやってないから知らん。俺がやってみた『Timepiece Ensemble』は、ひと言でいうとクソだった。その後 GLace が新作『天ノ空レトロスペクト』を大々的に宣伝してたんで、やってみた感想は……まあ悪くない。序盤の設定はなかなか面白いんだが、ゲーム後半は問題だらけ。もっと悲惨なのは、俺はまだマシだと思ってるのに日本人はそう思わなかったらしく、批評空間でボロクソに叩かれて地雷扱い。その後このブランドは完全に終わったらしく、別名義で細々と続けるしかなくなって、『甘夏アドゥレセンス』を出した。このゲームも……多少は取り柄があるものの、全体的にはやっぱりクソだった……
つまり、GLaceというブランドは評判を築くことに注力したシナリオ重視の作品を作っているはずなのに、最初から今に至るまで、たとえ看板を変えても、出したゲームはすべて地雷と叩かれている。まったく評判なんてものはない。
では GLace は名作を出したことがあるのか? ある! 『1/2 summer』だ!
だが残念なことに、この『1/2 summer』の発売は Alcot のブランドに割り当てられてしまった。後に GLace に戻されたものの、もう誰もこれが GLace 作品だと覚えていない。
だから業界の大半の評判では、GLace のゲーム=地雷……
現実でこういうタイプの人間を見たことがあるだろうか。口がとにかく悪くて、話すたびに揚げ足取りのような口調。でも相手の顔色をうかがうのは上手くて、怒り出しそうだと察すると素早く口を閉じる。相手が本当に怒っているのか、本当に機嫌が悪いのかを敏感に、繊細に読み取る。それでいて相手が自分をどう思っているかも気にしていて、相手の感情に合わせて発言をコントロールする。なのに口だけは簡単に緩めない。毒舌の高みを保ったままだ。彼らは他人から、小さなコミュニティから、社交から自らを断ち切る。でも孤独は怖い。理解されないのは嫌だ。友達が欲しい。なのに心のわだかまりは捨てられない…………人と親しくなりたいのに、簡単に親しくなられるのも怖い。彼らはそういう矛盾した存在として生きている…………
こういう現象には、日本語で専用の言葉がある。ヤマアラシ症候群だ。
傷つくのが怖いから、他人を傷つける。心の優しさが他人を傷つけることを許さないのに、自分では傷つけるのをやめられない。だから自責と矛盾の中に陥って、おかしな馬鹿げたことをしてしまい、さらに大きな傷を作る。これがヤマアラシ症候群のいわゆる良くない現れ方だ。
現代社会にはこういう人が結構多い。でもこういう人は可哀想でもある。根っこの根性は大抵悪くないからだ。みんな優しい人間で、傷つくのが怖いというだけで、表面は「毒舌の悪人」になってしまい、本来背負う必要のない外からの評価を背負っている。ヤマアラシのように、傷つくのが怖いから他人を刺し、自分は丸まって人前に出ようとせず、他人に残すのは全身のトゲだけ。
実はこういう人も救われるし、他人の偏見から抜け出せる。必要なのは、手を引っ張ってくれる誰か一人だけ。そしてその人には、この「ヤマアラシ」の攻撃を受け止める力が要る。要するに、傷つくこと。しかも傷つくことを恐れないことだ。
だから『残念な俺達の青春事情。』というゲームは、たぶんこういう話をしている。
暇だったから申し込んだだけなのに、なぜか招待された。
すっかり忘れてたところをスマホを見て思い出し、自転車で行ってきた。
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