2020
最近なんだか虚しくて寂しくてちょっと寒い気分だったので、「短くて手軽」「すぐ本題に入る」「ヒロインの胸が大きい」「できればああいう内容の」、要するに「わかってるだろ」系のゲームを探そうと思って、見つけたのがこの『QUALIA ~約束の軌跡~』だ。
設定がもう一目瞭然。主人公は科学者で、巨乳のロボットを開発した。しかもロボットのあの色っぽい眼差し。今年は「AIロボットとの恋愛」みたいなくだらないギャルゲーが溢れてるけど、これは明らかにそういう凡百の連中とは違う感じがする。これが何のゲームか、まだわからないのか?
いくぞ!おい!
ANIPLEX.exe が金をつぎ込んで Visual Novel Game を作るにあたり、《ATRI -My Dear Moments-》以外にも、かなり独特な絵柄の《徒花異譚》を世に送り出している。これは Liar-Soft とのタッグ作で、いかにも古株のやり方だ。マイナーどころの Liar-Soft を引っ張ってくるあたり、エロゲー好きからは「分かってる」と唸らせるものがある。
『徒花異譚』しかも大体想像がつく。ANIPLEX.exe が出したこの2作品は狙っている層が違う。『ATRI -My Dear Moments-』は明らかに「ライトな二次元萌え豚向け」で、『徒花異譚』のほうはなかなか硬派だ。
もちろんこの「ハードコア」も俺の勝手な思い込みでしかなくて、それほど長くもないこのゲームをクリアしたあとに言えるのは、この『徒花異譚』はゲームというより、むしろ本物の「短編ファンタジー小説」だということ。「小説」は人生の大いなる教訓なんて教えてくれない。もたらしてくれるのは、心にじんと響く何かだ。
『徒花異譚』が具体的に何を語っているのか、細かくは書かない。プレイするまでの手間はほとんどの人にとって大したことじゃない。脚本は『蝶を探す者』を書いた海原望だが、「恋愛ゲーム」の枠を外れたぶん、かえって物語は余裕をもって見える。
多くの創作で「世界の終わり」というテーマが好んで使われる。理由は自分でもよく分からないけど、たぶん「世界が滅んでもまだ君を愛してる」っていう感じがすごくロマンチックだから? あるいはみんな心のどこかに「廃土もの」への憧れがあるからかもしれない。
果てしなく続く荒野に、男女二人だけが残される。さまざまな廃墟の中をさまよいながら、人類が生き延びる意味を探す。たしかにこういうのはかなりクールに見える。
でも使いすぎるとクールじゃなくなる。
過去の記事をときどき後悔する。
後悔の主な理由はほかでもない、若い頃にさんざんディスって、当時クソゲーに見えたものを大量に叩いたことだ。真っ先に思い浮かぶのは Lump of Sugar、糖塊社のゲーム。
『運命線上でスイカを切る』はシナリオが知的障害レベルだと書いたし、『恋想関係』はシステムがクソだと書いた。覚えてる。
なのに今回の Lump of Sugar の新作『ねこツク、さくら。』を前にして……
涙が止まらない。俺は深く悟った。間違っていた、と。
『ガールズ・ブック・メイカー』(Girls Book Maker)は、日本のとある大企業の新ブランド・ユメミルが手がけたエロゲーだ。とはいえ普通の「エロゲー」と比べるとだいぶ変わっていて、奇妙な「設定」と「世界観」があり、ちょっとした「文化的な奥行き」まで感じさせる。
物語の設定はこうだ。主人公は読書好きの本の虫で、ひょんなことから「異世界の大図書館」に召喚され、図書館の「司書」として、館長とともに本の中に潜む「本の虫」を退治することになる。この設定のおかげで、主人公はさまざまな世界観の「物語」を気軽に行き来でき、「物語の中のヒロインたち」と交流し、奇妙な冒険を重ねていく。
作中で引用される書物はほぼすべて名著で、『マッチ売りの小ギャル』『アリス夢遊精神病院』『日中合作の西遊記』『怪盗弱男紳士ルパン』『竹取登月物語』『ホモファウスト』などが並ぶ。どれも耳馴染みのある話だし、エロゲーを遊ぶ層なら大抵知っている。「アリス」「かぐや姫」「ファウスト」「ルパン」なんて、日本の ACG 作品で使い古されているのは言うまでもない。
去年僕がずっと持ち上げてて、破先生がずっと貶してたゲーム『Pieces/渡り鳥のソムニウム』が、一年ぶりに続編を出した……
もちろん続編と言っても、どう見てもファンディスクで、タイトルは『Pieces/揺り籠のカナリア』、揺り籠の中のカナリアだ。
実はこのゲームがFDを出すと聞いてかなり驚いた。原作のストーリーはもう終わってるし、FDを出そうにも後日談なんてほぼ無理がある。なにせ主人公たちはみんなあの「夢世界」から目覚めて、男主と女主が再会しても過去の記憶を失っていて、ただの運命的な再会ってだけだ。FDで何を語れっていうんだ? まさか現実世界でまた一発やるのか?
現実にはもう竹牛逼(竹チンポ)みたいなBoringな晒しチンポ飲精のクソ野郎がいるんだ、そんなの御免だわ!
しかも体験版まで配信されてて、見た瞬間に噴いた。
日本人について少しでも知っているやつなら分かるはずだが、日本人は物語を語るとき「やたらと感傷的」だ。
この「センチメンタル気取り」は骨の髄まで染みついていて、たぶんスケールが小さくて視野も狭く、くだらないことでいちいち感傷に浸るレベルってことだ。実はこの手の特色には日本語にもピッタリな言葉があって、「もののあわれ」がそれ。中国語では「物哀」と書く。簡単に言えば、何を見てもわけもなく物悲しくなるってことだ。
文芸系の小僧っ子にはこれでもいいかもしれないが、ずっとこの一本調子じゃ、さすがに手詰まりって感じがする。
「物哀」の表れは、よくある筋書きの中だけにとどまらない。むしろ日本人の語りの作法そのものに染みついている。すぐに感傷的になり、憂いを帯び、話が百回も曲折して、百回りも遠回りしたあげく、元の地点にすら戻らない。読んでいるこちらは焦れてくるし、しかもその「遠回り」の果てに待っているのがこれといった特徴もない結末だと、かえって腹が立ってくる。
そう、また私は逆ギレした。王さん、私のイタリア炮を持ってきてくれ、砲撃を開始する。
言ってしまえば、このゲームもかなり前からHHDに放り込んでホコリをかぶってたやつだ。俺はずっとこのゲームに対して矛盾した状態だった。
やりたいと思ったのは、設定と絵柄がなかなか良かったから やりたくないと思ったのは、やる前から展開が分かってしまうから このゲームはすでに倒産して身売りされたブランド・Campusのものだ。このCampusってのはつまりlightの子ブランド。小品ゲーで金を巻き上げるために作られたようなもので、大体はそこそこの絵師を捕まえて、単線か二線の小品を出して、低予算でちまちま売ってlight本体の体力回復を狙う、という魂胆だった。
ていうか、Campusがこの手のゲームで回収しようとしてる意図はあまりにも露骨だった。信じられないなら見てみろ、どのゲームも「マルチプラットフォーム」で、iOSもAndroidも出せるものは全部出してた。しかも非18禁の無料版まであって、18禁の内容だけ課金だった。完全に「ゲームは儲けじゃねえ、友達付き合いだ」ってスタンスで、自分のゲームの質は硬いと信じてるから、プレイヤーかエロ目的のオタクが実物を買ってくれるはず、そしたら逆転ホームランで本社を救い、旧都を還して見せる……って算段だ。
しかし現実はそうならなかった。lightは死に、Campusも売られた。
ODROID-GO Advance はあの ODROID-GO 携帯ゲーム機の後継版で、性能が上がり、スティックとショルダーボタンも付いた。海外のレビューを見る限り、性能はかなり強く、将来性も大きいらしい……。
というわけで買ってみた。実はかなり前に届いていたのだが、組み立てる時間がなくて、最近になってようやく引っ張り出してきた。ここに記録しておく。
むかしむかし、七人の人間が重い罪を犯し、天罰を受けた。
彼らは神と対話できるという島へやって来て、信心深く天に願った。赦しを請い、救済を求めた。
その心があまりに敬虔だったため、天の神は彼らに心を動かされ、神力でもって七人の罪を赦し、彼らが犯した罪をも取り消した。彼らのせいで死んだ者たちも蘇った。
そして過去の罪の歴史が変わったことで、七人は天に願ったことすら忘れ、幸せに暮らし続けた。
だが七人の所業は傍らの者に覗かれ、天に祈る儀式も覗き見た者によって書き留められた。
この儀式は後に「刻の調べ」と呼ばれるようになり、七人揃えば儀式を執り行えて、天の神の加護を得て、望むことなら何でも叶う、歴史すら変えられるとされた。
やがてこの儀式は悪人に利用され、取り返しのつかない結果を招き、悲劇を生んだ。
島の神社の巫女たちは、そんな悲劇を二度と起こさぬよう、儀式に必要な品を隠し、この「七人の伝説」を可能な限り薄れさせ、いわゆる儀式をこの世から消そうとした。
それから何年も経ち、同じく「七つの罪」を背負う者たちがここへやって来た。
彼らは偶然から「カルマルカ」という謎の儀式を起動するよう求められた。起動すれば自らの罪は消えるという。
だが儀式が起動した瞬間、彼らは自分のために罪を消すことも歴史を変えることも選ばず、この儀式を永遠に止めてほしいと願った。その願いも神に受け入れられた。過去がどうあれ未来がどうあれ、神の力で盲目的に変えるべきではない、大事なことは自分の手で握るべきだと気づいたからだ。
それきり「カルマルカ」も「刻の調べ」もなくなり、神に最も近いこの島も平穏を取り戻した。
カルマルカ*サークルの物語は、こうして終わった。
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