2024
このゲームに注目した理由は単純だ。制作チーム IROTORI の前作『サクラノ裁き』がとにかく良かった。ストーリーの面白さを確保しつつ独自のシステムも作り上げていて、いわゆる「専門」の推理ゲーと比べれば差はあるものの、ギャルゲーという垂直領域では一頭地を抜いていた。いっそ他のテキスト AVG と渡り合えるレベルだった。
実際彼らはそうした。『サクラノ裁き』は多くの家庭用機に展開し、後に Steam でも配信されて好評を博した。だから今回の『八剣伝』は発表された時点からちょっと期待していた。「本物のストーリー重視」作品を頼むぞ、と。
もっとも、日本の歷史にはあまり興味がないのだが。
『Inverted Angel』に注目したのは、中村さんそ氏のファンで、彼女がこのゲームの主題歌(ED)を歌っていたからだ。
最初は、ただの「小品恋愛」もの、あるいは伝統的なメタや哲学なんかを少し深めに絡めた、よくあるインディー作品のパターンだろうと思っていた。ところが、実際に遊んでみて思わずこう呟いてしまった。
「なんだこれ!」
年を取ると、エッチなもので目の保養をするのもさることながら、ジャンクな電子機器をいじるのも好きになる。普通のものではもう興奮できないからだ。
最近の熱いジャンクといえば、Linuxベースの「信創」製品だ。「信創」というのは要するに中国大陸で進められている「国産化」のこと。全国産のもので「西洋の」「オープンソースの」……みたいな製品を置き換えて、他人に「首を絞められる」のを避けようという話である。
その実現が現実的かどうか、実現可能かどうか、今どこまで進んでいるかはさておき、少なくとも「信創」の分野はLinuxの利用と二次開発が十分に行われていて、Linux野郎がジャンクをいじりたいという欲望を満たしてくれる。だからずっとLoongsonのノートPCが欲しかったのだが、あの頃198の共同購入で売られたRMS同款のノートはもう高騰していて、構成も価格も抽象的。もっと進んだLoongsonのノートも高くて手が届かず、眺めるしかなかった。
だが世の中には親切な人もいるもので、ある大物の助けで偶然「信創ノート」を手に入れた。その大物の「諄諄たる教え」を胸に、私は信創の旅を始めたのだった。
PlaydateはPanicが制作・販売している携帯ゲーム機だ。あのスタジオは有名なゲームFirewatcherも作っていて、むしろそのゲームがあったからこそ、この制作チームはこれを作るための資金を得られた。
携帯機としてのPlaydateには、電子ペーパーに匹敵すると謳われるグレースケール反射型ディスプレイ(バックライトなし)があり、サイズは十分小さく、黄色い外観にレトロな携帯機風のボタン配置を備えている。
見た目からしてかなり精巧な印象を受けるが、さらに目を引くのは側面にある収納・引き出し可能な「クランク」だ。こういう操作デバイスは「携帯ゲーム機」というカテゴリでは初めて見た気がする。
このゲームはかなり前に買ったのだが、ずっと遊ぶ時間がなくて、最近ようやく時間を見つけてクリアした。相変わらずの手触りで、前に『葬花·暗黒桃花源』を遊んだときと近い感覚だった。ただ多くの箇所が大幅に改善されていて、全体としては嬉しい、いやちょっと驚かされた部分すらある。
まず態度を表明しておく。『餓殍:明末千里行』は非常によくできたゲームだ。前作『葬花·暗黒桃花源』をベースに、弱点をかなり改善している。今年個人的に「制作のレベルで非常に『正しい』ゲーム」だと感じた一本で、制作スタイルはもう正しい道を見つけたと思う。このまま突き進めば、もっと大きな成功を収めるに違いない。
これは実に一言では語り尽くせないゲームだ。ななかまいがFrontwingのゲームでヤバい仕事をしてると思ったなら、そしてこのゲームが少なくともATRIやGINKA並みのレベルだと思ったなら、それは考えすぎだ。実際の体験はCorona Blossomの半分にも満たない。もちろん問題はゲームの絵柄やシナリオにあるわけじゃない……多少はあるけど。
最近『青羽』というゲームをやった。テーマがまさかのDota2のeスポーツという珍しいやつだ。最初はネタゲーだと思ってたんだけど、やってみたら意外とアリだった。
まず作者が明らかにDotaをやってる。中には古参の刀斯林(Dota廃人)にしか分からないネタが詰まってる。ただ、このゲームが出たのが早すぎた。今出してたらネタはもっと増やせたはずだ。組織語言とか、鬧麻了とか、可以啊とか、不Ban猛犸啊とか、唯有責任啊とか、要不你来啊とか、lowlowlowlowlowとか、香檳とか、最も偉大な準優勝とか……。
去年、SMEEがとんでもなく抽象的(というかタイトルが抽象的)なゲームを出した。
『ハジラブ -making*lovers-』
ほら、このゲームの本題は「はじらぶ」、つまり初恋で、サブタイトルの方がSMEEの別の有名作『Making Lovers』なわけ。メイキング・ラバーズ、つまり……人を、いや、「彼女を作る」って意味だろう。なんでこのタイトルが抽象的かっていうと、パッと見だと『Making Lovers』の続編に思えちゃうのに、実際はそうじゃないところ。
なんでこんな命名にしたのか、ズバリ言えば単なる便乗、話題性目当てだ。絵師も脚本も制作チームも『Making Lovers』とは何の関係もない新作を、あたかも『Making Lovers』シリーズの精神的続編だと錯覚させて買わせて、売上を伸ばそうという魂胆である。
だったら最初から本物の『Making Lovers』続編を出せよ、となるわけだが、ここがミソで、『ハジラブ -making*lovers-』の真の狙いは「抜きゲー」分野への進出だった。これまでのSMEEといえば社会寄りの「純愛」路線、いわゆる「婚活ゲー」ばかりで、SMEEのゲームで抜こうなんて誰も思っていなかった。だから今回の「実用性」への挑戦はやけに照れくさくて、「純愛」だと何度も繰り返し強調している。もう抜きゲー絵師を何人も引っ張ってきているのに。
だが『ハジラブ -making*lovers-』の反応は予想以上に良かった。突然抜きゲーになったと戸惑う古参ファンも多かったが、体は正直、売上は嘘をつかない。
SMEEの成功を参考に、同じ会社のHOOKも当然この一歩を踏み出す。そうして生まれたのが、この『シークレットラブ(仮)』である。
誰にでも中二病の時期はある。俺も若い頃は「めちゃくちゃイカした哲学的で含蓄のある言葉」をありがたがって聞いていて、それを真理と崇めては、よく引用しては自分に教養があるかのように見せびらかしていた。
だいたい「人間はみんな自己中だ」「人間はそもそも原始的な欲望に突き動かされる動物だ」「社会は暗黒だ」「世界は陰謀だ」……みたいなやつ。
まったく、誰にでも自分だけの「黒神話」があるもんだ。
ただ、今さらそんなことを言われても、ちょっとアホくさいなと感じる。間違ってるとまでは言わない。多くは確かに事実だ。だが、どれもこれも「正しいクソ真面目な話」でしかない。
「人間とは醜く、自己中心的で、利に走るものだ……」(日本語で言ったほうが効果倍増、なになに「人間とは……」とか)
そうだよ、で、何なの? それって当たり前のことじゃん。そんなのを繰り返し唱えたところで、その「人間の弱点」を利用して金を稼げるのか、それとも人間をそういう「弱点」から脱却させる手立てでもあるのか。むしろ毎日そんなことを唱えてるお前自身がずっとその「弱点」の中に生きてるんだろ?
大人になって、いろんなものを見るようになると、たいていのことはもう驚かなくなる。関心があるのは、どうすればもっと自分が気持ちよくなれるか、もっと現実的になれるか、そっちのほうだ。
ムカつくものを見たら、変えるか、受け入れるか、我慢するか。それ以外のことに意味なんてない気がする。
現実はそうでも、ゲームや映像作品の中ではこういう手の内容はやっぱりウケる。現実では無力だからこそ、仮想の世界では自分が世界を救う妄想ができる。だからギャルゲーの分野でも「創世神になる」的な題材がもてはやされるんだろう。平行世界が次々出てきて、滄海桑田、一瞬で万年を見るがごとき高次元的人类の生存体験を味わわせてくれる。
今回話すのは漩涡の『はじめるセカイの理想論』だ。
実はこのゲーム、とっくにプレイ済みで、商業記事まで書いたんだけど、ブログにはずっと書いてなかった。単純に忘れてたからだ。
というか、このゲームのシナリオすらほとんど忘れかけている。今日ファイルを整理していなければ、自分がこれをプレイしたことすら忘れていただろう。
どんなゲームかって?SMEEいわく、これは普通のゲームじゃない。記念すべきゲームなのだそうだ。何を記念しているのか?
まずSMEE創社15周年記念作。 そしてSMEE全作品の累計販売本数15万本記念作。
この二つの「記念」を初めて見たとき、思わず吹き出しそうになった。何の記念だよ。15周年って記念するようなものなのか?しかも本当の「15周年」でもない。よく見たら、この企画が立ち上がった時点で15周年だったってだけ……うわ、それもありなんだ。さらに「累計販売本数」を記念の理由にするのも初めて見た。どう見てもネタ切れで無理やりひねり出した感がすごい。
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