『さくらいろ、舞うころに』レビュー
委員長の一存
大学時代に学生会に所属していたこと、ほとんど忘れてたわ。ただ俺の学生会ライフはとにかく退屈で、退屈すぎて記憶にすら残ってない。
俺が入った学生会の組織は「オフィス」って呼ばれてて、正直何をするところなのか今でもよく分かってない。今思えば「校オフィス」とか「学部オフィス」みたいなもんで、書類の收发とか広報とかを担当してたんだろう。考えてみればあの頃から俺は他人に文章を書かされてたわけか、実に長い歴史だな。
「オフィス」で俺は大したことはしてなかったと思う。通知やら通告を探してきて、通知やら通告を書いたくらいだ。残りの時間の大半は学生会室に隠れてゲームしたりスマホいじったりPC触ったりしてた。そういえば学生会に入ったのは会長の指名だった。会長は女で、そこそこ美人で人当たりも良かった。なぜ俺を指名したのかは分からないし、入ってから何をすればいいのかも分からなかった。実際、入ってから他の学生会員が何をしてるのかも見たことない。俺の印象では「学生会」は完全に形だけの機関で、実権もなければ資金源もなく、ポスターを印刷する以外に何も産み出せない場所だった。
あ、そうだ。学生会がパーティーを企画したこともあったな。会長が「すごく情緒のあるパーティーをやりたい」と言ってたのを覚えてる。会長はフォークソングとロックが大好きで、俺には随分方向性が違うように思えたけど、会長の印象はすごく文学少女っぽかった。会長は「伝統的なパーティーより、キャンプファイヤー交流会のほうが親しみやすいし学生にウケる」とも言ってた。
もちろん会長のアイデアは最後には全部却下されて、最終的なパーティーは学校に丸ごと仕切られて、会長が一番嫌いな形になった。会長の顔には不機嫌が書いてあった。いわゆる「学生会が主導したパーティー」は学生会の名前こそ残ってたけど、もう学生会とは無関係だった。
「仕方ないよ。世の中には、そういうこともあるんだよ」
パーティーが終わった後、会長はため息をついてそう言った。講堂を出る道には街灯がなく、月明かりもあまりに暗くて、長い髪の向こうの顔は見えなかった。俺はなんとなく、それが諦めにも似た苦笑いだったんだろうと感じた。
俺は会長が最初にやりたかった「キャンプファイヤー交流会」を思い出した。会長の奇想天外なアイデアや、ある物事へのこだわりには少し意外な気持ちになった。
「結構、ああいう小さなロマンチックなもの好きなんだな?」
「女の子はみんなそういうの好きなの。私も普通の女の子だよ」
会長の答えはどこかぎこちなくて、普段のきちんとした様子とは違っていた。
そういえば学生会长は当時学校でも有名人で、告白やラブレターを何度ももらってたけど、いつも笑顔で断ってた。実はパトロンがいるだとか、外に金持ちの彼氏がいるだとか、そんな噂も流れてたな。
でもあの瞬間の会長の目を見て分かった。噂は全部デマだ。
数年前に鄭州でまた会長に会った。彼女は今ワイナリーの責任者をしていて、商売はなかなか好調らしい。でも相変わらず独身で、昔と同じ「小さなロマンチックへのこだわり」を持ち続けてる。たぶんそれが彼女が今も結婚してない理由なんだろうな。幸せを見つけてほしいと願ってる。
もちろん今日話したいのはあの学生会长じゃない。彼女についてはいくらでも話せるけど、話してもお前ら読みたくないだろ、だからやめとく。言いたいのは、大学の学生会でのあれこれを通じて、俺は「学生会がパーティーをやる」ことに対してずっと冷ややかな態度だってことだ。
学生会なんかに何ができる。権力もない、全部学校の管理下、最終的に出てきたものの責任まで押し付けられる。現実の学生会なんてそんなもんだ。もちろん、ギャルゲーの世界では話が違うかもしれない。
『さくらいろ、舞うころに』はPULLTOPが2019年に出したゲームだ。実はこのゲーム、最初から注目してた。なにせ王さんが一番好きなPULLTOPだからな。しかし発売月にPCが壊れて、泣く泣くスルーすることに。ところが不思議なことに、その後このゲームはまるでこの世から消えたみたいに誰も一言も触れないし、CGやキャラが「バズる」こともなかった。年末に日本人がエロゲーの総括をした時なんか、名前すら挙げてもらえなかった。俺は不思議だった。いくらなんでもPULLTOPの作品だろ、そんなに悲惨なわけないだろ、と。
で、実際にプレイしてみて、なぜこのゲームの存在感がこんなに薄いのか一瞬で理解した。めちゃくちゃクソゲーだったからだ。

ただ言いたいのは、このゲームが「クソ」なのはシナリオがダメだからだけじゃないってこと。「クソ」には別のレイヤーの理由がある。
『さくらいろ、舞うころに』はとても伝統的な話だ。卒業シーズンが近づく中、学生会に所属する水城みなは、学校の卒業生のために「みんなが一生忘れられない卒業式」をやろうと決意し、「卒業式実行委員会」を立ち上げる。自分が委員長としてその構想のため奔走し、大きなことを成し遂げようとする。

その後、委員会が発足すると委員長のみなが人集めを始め、たくさんのメンバーを集める。毎日やることといえば会議、会議、会議。この「卒業式」をどうやるか話し合うばかりだ。
しかし何度会議を重ねても、「卒業式」をどうやれば印象深くなるのか分からない。そんな時、学校の老校長が突然「年だし引退する」と言い出す。

この老校長は以前委員長のみなを世話していたことがあり、「卒業式実行委員会」の設立も老校長の承認があってこそ実現した。だからみなは老校長に深い恩義を感じていた。そして彼女は突然ひらめいて、「卒業式」をあの老校長のための卒業式に変えると決める。
「こうすればきっと特別に忘れられない卒業式になる。だって私がそう感じるんだから、みんなもきっと同じはず!」

そして最終的に、最初は「みんなが一生忘れられない卒業式」だったものが「校長一人が一生忘れられない卒業式」になり、すべての演目がほぼ退職する校長へのオマージュになった。校長は感激で涙ぼろぼろ、委員長のみなも幸せで涙ぼろぼろ。
もちろんこのゲームには他の生徒の視点はないから、彼らが涙ぼろぼろになったかは分からない。もし俺がその一人だったら、きっと顔中WTFって書いてあっただろうな。
委員長は忘れてないだろうか。これは「卒業生のための式典」であって、お前一人の式典じゃないんだぞ。

もちろん全体で見ればこの話も大した問題じゃない。ここで大学時代の学生会长の言葉を思い出す。
「仕方ないよ。世の中には、そういうこともあるんだよ」
ゲーム内の委員長みなと校長のいわゆる「感情」を脇に置けば、話の流れ自体は別に異常じゃない。
学生会が音頭を取って卒業式を企画し、最終的に学校上層部へのオマージュイベントになって、上層部は感激し、学生会を褒める。
こう見ると馴染み深いだろ。こういうことはこの世界でずっと起きてる。卒業生の気持ちを本気で気にする奴なんて誰もいない。卒業生のための「卒業式」は、結局は内輪の飲み会や食事会なんだよ。

こう言うと、このゲームを「クソ」と感じる理由はシナリオじゃなくて別にあると分かってもらえるだろう。
1、音楽がパクリ疑惑、しかもBGMの音量が異常にデカい
このゲームのOP曲はゲームの同名曲だが、どう聴いても聴き覚えがある。しばらくして思い出した。CLARISのNexusという曲があって、これとあまりにも似すぎている。エフェクターもビートもそっくりだ。これがパクリかどうかは分からないが、たぶんそうだと思う。

それにこのゲームのBGMは正直言ってあまり良くない。エレクトロ色が強い。しかも音量が異様にデカくて、主人公たちが何を言ってるのかほとんど聞き取れない。BGMの音量を10%くらいまで下げて、ようやくゲーム体験として受け入れられるレベルになる。これじゃ開発中にプロデューサー自身がプレイしてなかったんじゃないかと疑うわ。
2、共通ルートが冗長で意味がない
PULLTOPのゲームは会議が好きだ。この特徴は『看星星』のFDで発見した。かつてのPULLTOPのヒット作「看星星」が売れたのは映画的なBGMと演出効果のおかげであって、天文観察のクソみたいな討論会のおかげじゃない。あの討論会は本当に退屈でクソで、しかも会議では全員が真面目に意見を述べていて、現実の会議そのものだ。ゲームの脚本がこの「卒業式の検討」をリアルに見せたかったのは分かるが、忘れるな、**現実の会議自体がクソ退屈なんだよ!仕事で会議を十分やらされてるのに、誰が家に帰ってまで会議をやるか!**しかもさっきも言ったように、委員長は共通ルートまるごと会議を開いておきながら、最後に突然ひらめいて退職する校長のための卒業式をやると決める。じゃああんなに話し合ったのは何の意味もないじゃないか。時間の無駄じゃないか?

しかも言わせてもらえば、このゲームの会議は本当に………………長い。最後まで見られる人がいるのか疑わしい。
3、主人公がまったく存在感なし
ゲーム全体を通して、最初の自己紹介以外で主人公はほぼ何の役にも立たない。主人公は「海外留学の高富帥」で、しかも海外で警察沙汰を起こしたことがあるらしい? すごくヒップホップな感じだが、それ以外に主人公が活躍する場面は一度もない。
毎日の会議は、委員長みなが一人でぶつぶつ言って、周りが相槌を打って、主人公がナレーションをして、それが延々と繰り返される。むしろ主人公の妹のほうが非常に強キャラで、会う人会う人に「Fuck」と言い放つ。彼女はゲーム内で一番話が面白いキャラなのに、毎日他人をFuckしまくって自分はFuckされないという、実にリアルな設定だ。

主人公も絶対に存在感ゼロというわけじゃない。いくつかのシーンでは口を開くが、開かないほうがマシだ。喋り出すと軟弱でバカっぽくて、この点はすでに日本人も突っ込んでるから俺は省略する。

とにかく、こんなゲームだ。シナリオにこれといった盛り上がりもなく、共通ルートは異常に退屈で、品質そのものにも欠陥がある。多くの絵師を集めて脇役をずらりと並べたところで、大半の脇役は名前すら覚えられない、無意味な存在だ。でもこのゲームのタイトルは真面目だし、地雷もなければクソ展開もない。なのにプレイしてみると「クソを食ったような気持ち悪さ」がある。せめて地雷を踏んだなら外に出て罵倒してスッキリできるが、このゲームは罵倒すらできない。まるで慢性毒薬のように、じわじわと心筋を衰弱させて死に至らしめ、遺言すら残させてくれない。
唯一まともだと感じたルートはおまけの「女教師ルート」だ。俺は女教師にはあまり興味ないけど、石原舞が今回演じたスプラトゥーン好きの女教師はこのゲームの最低限の良心と言える。彼女がいなければ、このゲームには本当に何の見どころもない。

PULLTOPには感心するよ。親会社のWillplusも小さくないし、毎年流れ作業のようにゲームを出してるのに、どうしてまともなゲームがほとんど出ないのか。PULLTOPの看板脚本家がFrontwingに逃げたらしいから、今後のPULLTOPのゲームはかなり厳しいだろうな。
あ、そうだ。もう一つツッコミたいことがある。このゲームのタイトルは変えるべきだ。陳腐な『さくらいろ、舞うころに』なんてやめて、『委員長の一存』にしろよ。便乗すれば少しは売れるかもな。あ、そういえば「委員長」って日本語ではクラス委員長の意味らしいが、ちょっとニュアンスが違うか。まあ細かいことは気にするな。どうせ俺のブログに日本人なんか見てないし、ツッコミ優先だ。
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