『ハミダシクリエイティブ』レビュー
「オタクのことは俺が一番分かってる!」
オタクになりたての頃、俺には妙な「優越感」があった。
どこから来たのか自分でも分からないが、なぜか他人より一段上にいるような感覚。まるで二次元こそが人生の最終目標で、二次元を理解しない周りの連中はみんな無為に生きる歩く屍だ、と。白黒の世界の中で、二次元だけが俺をカラーにしてくれる——そんなふうに思っていた。
だから堂々とLINEのアイコンを萌えキャラに変えたし、PCの壁紙も巨乳のお姉ちゃんにした。周りの奇異な視線も、陰口も、むしろ俺を誇らしくさせた。
「二次元が好きな奴は、みんな友達だ。」
当時は自分が最高にイカしてると思っていた。まるで世界が酔っていて俺だけが醒めている、そんな気分だった。
やがてGoogle+を見つけてしまった……
あとはもう分かるだろう。年齢を重ね、経験を積み、この「業界」を知り、日本文化に触れるうちに、ようやく理解した。
「二次元オタク」は、その発祥地である日本ですら、かなり気持ち悪い存在として扱われている。誇るべきものじゃない。
日本がこの文化を潰さないのは、ひとつは経済と文化輸出のため。もうひとつは、サブカルチャーへの寛容さがあるからだ。
そう、サブカルチャー。オタクのもうひとつの修飾語はキモオタ……
だから今では萌えキャラをLINEのアイコンにすることもやめ、ななろばはなの絵を壁紙にするのもやめた。スマホに合うシンプルな画像を選んでいる。正直、二次元の壁紙はスマホに合わない。画面がやたら白くて、萌えキャラを見ようとしたら時計も読めない。意味あるのか……
そんな今の俺は、ますます「脱オタ」したいと感じている。
本当は「脱オタ」したくない。まだ割とガチめのギャルゲーは遊んでるし、日本の最新アニメも追っている。Vtuberが何かも知っているし、最近のネットミームの出どころもだいたい分かる。
でも引っかかるのは、今の若いオタクが何を話しているのか分かるし、なぜそんな「ミーム」を作るのかも分かる。そのミームが何を言いたいのかも分かる。でも……その面白さが全然Getできない。
たとえばVtuber。TikTokやYouTubeで美肌フィルター全開の配信者に投げ銭するおっさんたちと本質的に同じで、ただ「アニメの皮」を被っているだけ。むしろこの「皮を被った女性配信者」は、素で出ているTikTokのお姉ちゃんたちより誠意がない。向こうはまだ生身だぞ、お前は何なんだ……
でもオタクは好きなんだから、どうしようもない。本当に分からん。
「分かる」のに「Getできない」ミームは他にもたくさんある。野獣先輩もそうだ。
Getできないものが増えるほど、最新のアニメやラノベがどんどん退屈に感じられ、俺はギャルゲー陣営に退却した。ギャルゲーは数少ない、まだ面白いと思える媒体だ。
しかしギャルゲー市場は縮小している。どこかの日本の雑誌で見た統計だと、ギャルゲーを遊ぶのは大半が25〜40歳のオタクらしい。自分の年齢を見て、やはり老いたなと感慨にふける。
この年齢層のオタクは、もう25歳未満の若いオタクとは一線を画しているのだろう。よく見るとギャルゲーのシナリオライターも30歳前後かそれ上が多く、彼らの書く物語は新世代の求めるものと断絶しているのかもしれない。市場が縮むのも無理はない。
ギャルゲーが生き残るには、若者が好きなものを書くしかない。年寄り臭い口調で説教するんじゃなく。文章が成熟して見えても、成熟した文章を読みたいなら小説を読めばいい。
そこで最近発売されたまどそふとの『ハミダシクリエイティブ』が「逆張り」に出た。新世代のためのギャルゲーを作ったのだ。

これもまた、俺には分かるけど刺さらないギャルゲーだった。
まどそふとの過去作はどれも「キャラゲー」路線で、要は「キャラ売り」。ストーリーは二の次、ヒロインが可愛ければいい。これがギャルゲー勃興の根本でもあり、いかにもオールドスクールなスタイルだ。だが昨年、あの超お決まりの「ラズベリーパイの箱」が爆死したあたりで、まどそふとは業界の変化を嗅ぎ取ったのか、俺が名前も聞いたことのないシナリオライターを引っ張ってきて『ハミダシクリエイティブ』を主導させた。
最初は「High Spec」と似たノリだろうと思って何も考えずに始めたら、序盤でいきなり噎せた。

文章がとにかくおかしいのだ!
この表現スタイルは、Twitterで見る若いオタクの言葉遣いとほぼ同じ。やたら複雑な漢字が並んだかと思えば、画面一面に句読点のないカタカナが続く。茉宮祈芹なんかはよくそう喋るので、いつも読解に時間がかかる。これを中国語に引き延ばすと、絵文字とネットスラングまみれの感じだろうか。どのキャラも喋るのが速く、独り言も多くて、読んでいて非常につらい。しかも多くのセリフに「ラノベ」臭さ——要は俺が一番軽蔑する「トイレットペーパー」文体が漂っている。日本の国語教師がこのゲームを見たら、気を失うかもしれない。

だがこのスタイルが若者に異様にウケた。『ハミダシクリエイティブ』の共通√は多くの若いオタクに絶賛され、批評空間でこの文風に文句を言うレビューがいくつか出ても、すぐに若者の賛辞の波に飲み込まれた。

ゲーム本編については、ストーリー面で語ることはほぼない。設定は、主人公がなぜか生徒会の臨時代理に選ばれて断れず、生徒会を立ち上げて仕事をこなすため、「学校にあまり来ない」生徒を集めて人数合わせをする。ついでに生徒会の仕事で単位を稼ごうという魂胆だ。そうして学校にあまり来ない「オタクたち」と知り合う。声優のバイトをする妹、トイレットペーパー小説家のバイトをする黒髪ロング、Vtuberのバイトをする白髪、そしてエロ絵師のバイトをする赤髪の秋野花。共通√は日常の雑談が延々と続き、お決まりの合宿のあと個別√に入る。

会話のスタイルがとにかく読んでいてつらいので、知り合いのCVを頼りに攻略した。秋野花だけは唯一の良心だ。秋野花が声を当てる赤髪は絵師で、オタクすぎてエロ絵を描き、コスプレもして、前の学校で「豚」と悪口を言われていた。その後、自分の同人サークルを立ち上げたが、社交が苦手で敵も作った。仕方なく一人でサークルを運営し、本の販売も作画もすべて一人でこなす。最初は親も絵を描くことを支持しなかったが、同人誌の売上がなかなかだと分かると……支持するようになった。ただし「オタ女」として見下された黒歴史があるため、赤髪は名前を隠して密かに絵を描き、現実では正体を明かしていない。

この√は、主人公が学園祭で彼女の画力を堂々と見せ、自分はオタクだと誇る手助けをする話だ。日本社会の「オタク」に対する認識にも合っていて、テーマは「オタクよ立ち上がれ」「オタクも社会の柱になれる」。若いオタクに絶賛されるのも納得だ。
正直に言うと、俺は『ハミダシクリエイティブ』が好きじゃない。画風はいいし、声もOK、制作も力が入っている。OPもEDも緑帽子王が関わった定番のACG J-Popで、オタクの文化を紹介する部分も非常にリアル。絵師同士の内輪もめなんかは、本当に絵師に業界の裏を聞いたんじゃないかと疑うほどだ。Twitterで挨拶している絵師同士が裏で揉めているのは珍しくない。そこはなかなか面白い。
ただ一つ受け入れがたいのは、やはりこの文章が理解できないことだ。普通に喋ってくれないか?

さっきも言ったように、日本の若いオタクがこういう話し方をするのは分かっている。中に若いオタクが好きなミーム——ソシャゲのガチャ、SSR、Vtuberなど——があるのも分かっている。でも刺さらない。面白いと思えない。ゲームはヒロインと主人公の恋愛をほとんど描かず、ただミームを並べてヒロインの可愛さを強調するだけ。新世代のオタクには効くのだろうが、俺のような老害にはこうだ:
What the Fuck?
それでもまどそふとには感服する。彼らのゲームはキャラゲーを極めていて、どのヒロインも画風だけで萌える。会話のために呼んだシナリオライターも、まどそふとが「オタクユーザー層」をちゃんと見ている証拠で、今のオタクが何を好きか分かっている。

しかも本作はお決まり満載で、攻略できないキャラを三人もわざと残している。どう見てもFDを作ってもう一儲けする気だ。
まどそふとは堂々と言えるだろう。「オタクのことは俺が一番分かってる!」と。
そして俺のような老害は、もう今の若いオタクを分かっていないのだろう。
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