『冥契のルペルカリア』レビュー

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ルクルが2年ぶりに放った新作『冥契のルペルカリア』。設定が公開された当初から、正直めちゃくちゃ……嫌な予感しかしなかった。

まずタイトルからして人が死にそうな雰囲気満載だし、キャラクター設定には『紙の上の魔法使い』の要素がちらつく。これは過去作の食い扶持にあやかろうとしてるんじゃないかと疑わざるを得ない。とはいえ、ゲームの紹介文やら何やらを見ても、『冥契のルペルカリア』と『紙の上の魔法使い』の関係は明言されていない。あるのは「それっぽい」グレーゾーンの演出だけ。CVも合ってないし、前の魔女は小倉結衣だったはずで、メイ姉じゃない。あらすじを読むと舞台演劇がテーマらしく、興味はさらに削がれた。

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でも脚本の腕は確かだし、去年はまともにシナリオが通るゲームがほとんどなかった。ルクルを信じてプレイしてみたものの、道中は波乱万丈。エロゲー機を一度失くし、一度壊し、ようやく最後まで辿り着いた。うーん……何というか、品質は想定内。ただ、がっかりした部分もある。まあ、ざっと語っていこう。

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ゲームはまず、主人公の環が友人(レズビアン)の倉科双葉と学校をぶらつき、部活の新歓勧誘を眺めているところから始まる。二人は偶然、演劇部「ランピリス」に惹かれて公演を観に行く。演目は『ハムレット』。王子役を演じたのは、とても小柄な女の子だった。演技自体は悪くなかったけど、ほとんどの観客は古臭い演劇形式に興味を示さない。公演が終わった後、惹き込まれたのは主人公と双葉だけ。二人は入部を希望する。

神秘的な演劇部「ランピリス」に入るには、まず「座長」(実質部長)に会わなければならない。座長はどう見てもAdam Queenそっくりの毒舌ツンデレポニーテール男、天樂来々。彼は「前回の新歓公演は失敗作だった。それでも人が来るとは、お前ら見る目ねえな」と、まったく気にしていない様子。それでも入部希望の二人には条件を出す。演劇部に入りたければ、自分たちで公演をやってみせろ、座長が認めたら入部を許可する、と。

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双葉は演技が得意なわけじゃないし、主人公も演じる気はない。あの毒舌男に認めさせるのは至難の業だ。でもある夜、主人公は一人で演技の練習をしている同級生、架橋琥珀に出会う。彼女の圧倒的な演技力に惹かれた主人公は、彼女をチームに引き込めば、そのキャリー能力でそこそこの公演ができるかもしれない、そうすれば入部できるかも、と考える。

結局、主人公は琥珀を説得してチームに加え、自分が脚本を担当。日本作家・江戸川乱歩の『赤い部屋』を改変し、琥珀を主演、双葉を端役に据える。琥珀の演技が優秀すぎれば、自然と双葉も紛れ込めるという算段だ。

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この『赤い部屋』公演はまずまずの成功。来々は双葉が「混ざってる」と思いつつも及第点は与え、主人公と琥珀、双葉の入部を認めた。

入部後、主人公は知り合いに出会う。箱鳥理世。彼女は主人公と面識があり、しかも主人公の過去を知っている。会話の中で、主人公がかつて「天才俳優」だったこと、『赤い部屋』がその主演作だったこと、その後なぜか俳優の道を放棄したことが明らかになる。箱鳥理世も同じく元俳優で、やはり途中で辞めている。二人とも、その理由が一人の人物にあることを分かっている。折原氷狐だ。

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折原氷狐は主人公の実の妹、瀬和未来の芸名。圧倒的な芸術的成果と演技力を持ちながら、最後は舞台の上で死んだ。

しかし主人公と理世が抱く氷狐の印象は良くない。二人の記憶では、氷狐は強圧的で辛辣。その演技とオーラで周囲を圧倒し、他人の演技を真正面から批判しては役者の道を諦めさせた。主人公と理世が芸能界を去った主因でもあり、二人は彼女を思い出すだけでPTSDが蘇る。

ところが、よりによって折原氷狐の姿が再び二人の前に現れる。死んだはずなのに、亡霊のように。ただしその時の彼女は「京子」と名乗り、主人公と理世に対して「何もかも分かっているようで、何も分かっていない」表情を浮かべる。そんな、常にマウントを取ってくるような態度は二人に不快感を与える。しかも最大の疑問は、この「京子」が本当にあの死んだ「氷狐」なのか、ということだ。

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当然、この京子はただ者ではない。彼女が現れてから、神出鬼没に様々な場面に顔を出す。そんな折、双葉がある話を持ち出す。彼女が注目していたネット配信者の「天使」が、突然ネット上から消えたというのだ。しかも主人公がその「天使」と知り合いらしいと聞き、真相を突き止めようとする。

そこで主人公が調査を始めるが、進展がない。すると「京子」が突然現れ、彼女の導きで、主人公の密室に監禁された「天使」が発見される。なんと主人公が秘密裏に彼女を監禁していたのか?

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しかし救出された「天使」は、自分は自ら望んでいたと説明する。本名は「天使奈々菜」で、特殊な生い立ちを持つ。母親の「天使美嘉」は有名女優だが、結婚生活は最悪だった。夫が浮気して隠し子まで作ったのだから、普通なら離婚騒ぎになるところだ。しかし「天使美嘉」は夫を許しただけでなく、その隠し子を受け入れ、実の子のように扱い、女優にして芸能界へと導いた。その「受け入れられた隠し子」こそが「天使奈々菜」である。

「天使奈々菜」は美しい顔立ちだが、俳優としての才能は皆無だった。しかし養母はまったく気にせず、持てる資源のすべてを注いで「天使奈々菜」をスターに仕立て上げた。美貌のおかげでファンは増えたが、残念ながら欠点も明白で、顔以外に何もない。演技も実力も特技もない、完全な美しい花瓶。それでも天使奈々菜は養母・天使美嘉を全面的に信頼し、まるで天使美嘉の人形のように生きていた。養母がアイドルになれと言えば、よく分からないままアイドルになった。芸能界に入った天使奈々菜は、当時まだ駆け出しだった主人公とも知り合う。

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やがて天使奈々菜の実力不足から仕事は壁にぶつかる。天使美嘉はさらに過激な要求を突きつけ、もっと出演機会を得るために「枕営業」をしろと言い出した。天使奈々菜が母親の言いなりになって枕営業まですることを知った主人公は、到底受け入れられず、彼女を連れて逃げ出した。

天使奈々菜はまるで操り人形のように、主体性もなく、どこへ行くべきかも分からない。そこで主人公は大胆な提案をする。

「俺の妹になれ。今日から俺がお前の兄だ」

主人公には実の妹、瀬和未来がいた。しかし妹としての瀬和未来を主人公は疎ましく思っていた。天使奈々菜の方が主人公の理想の妹像に合っていたのだ。こうして主人公は天使奈々菜を監禁し、人目につかない空間で兄妹生活を始める。その日から、アイドル天使奈々菜は世間から消えた。そして皆が扉を破って彼女を救出するまで、その生活は続いた。

その後、天使奈々菜も演劇部ランピリスに誘われ、雑用係として働くことになる。だが彼女の心には常に主人公の影があった。自由を得た天使奈々菜は主人公を責めず、むしろ監禁生活の中で本当の「兄妹愛」を育み、主人公に対して兄妹以上の好意まで抱いてしまう……

主人公のそばに戻り、あの歪んだ兄妹愛を続けるのか。それとも、それを手放して前を向くのか。物語は分岐する。

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兄妹愛を続ける場合、天使奈々菜の養母が再び現れ、アイドルとして戻ってこいと要求する。しかし天使奈々菜は、主人公への愛のために自分を見つけ、操り人形であることをやめる。そして養母に真正面から告げる。長年、母が自分を育ててきたのは、ただ八つ当たりの道具にしたかっただけだと。天使奈々菜は母親と同じ美しい顔を持ち、その顔こそが天使美嘉の結婚を破綻させた原因だった。天使美嘉は口では隠し子を娘として受け入れたと言いながら、実際は花瓶に仕立てて恥をかかせ、挙げ句に枕営業までさせた。完全に道具扱いである。

最後に天使美嘉も諦めをつけ、天使奈々菜に自由を与える。天使奈々菜は主人公と無事に結ばれ、物語はまずまずのハッピーエンドを迎える。

もちろん、これらは「天使奈々菜の自己幻想」に過ぎない。本当の物語はこの歪んだ兄妹愛に終止符を打ち、前へ進む。

演劇部ランピリスでは新公演の稽古が始まる。座長の要求により、新演目のスタイルは「北欧神話」。オーディン、ロキ、フレイヤといった面々だ。脚本は引き続き主人公が担当し、座長が各人に役を割り振る。琥珀も、以前王子を演じた小柄な少女・匂宮めぐりも、苦手な役をやらされることになる。琥珀には「片思いが実らず報われない」感情が、匂宮めぐりには「骨の髄まで染みる憎悪」が求められた。

何度か稽古を重ねても、座長の来々は不満げだ。どうにも全員の演技が物足りない。そこで彼は、公演をよりリアルにするための一連の操作を提案する。

来々は琥珀が主人公に好意を抱いているのを見抜き、琥珀に告白を促し、主人公にそれを断らせる。本気の感情を動かされた琥珀は、文字通り振られ、失恋の味を噛みしめる。

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さらに来々は、匂宮めぐりも主人公に好意があると見るや、学校中に二人の噂をばらまく。しかもかなり悪質な内容(同棲していて避妊具を買ったとか)で、匂宮めぐりの学校での評判を地に落とす。しかも自分がやったと公言する。匂宮めぐりは来々に激しい憎悪を抱く。

こうした座長・来々の一連のゲスな操作により、二人の女優は狙い通りの感情を手に入れ、稽古の出来は格段に良くなった。来々はすべては公演のためだと説明する。皆は彼を嫌な奴だと思うが、間違ってはいないようだ。

そして本番の日がやってくる。最終的な公演は出色の出来で、観客を圧倒。一同は見事な舞台を完成させた。

公演後、演劇部ランピリスの何人もの姿が次第に薄れていく。来々をはじめ他の役者たちは消え、残ったのは匂宮めぐりと箱鳥理世。そして二人……主人公も含め、ある異常に気づき始める。ふとしたことから、演劇部ランピリスの設立はかなり昔であり、自分や座長の来々たちとは年齢層が合わないのではないか、と。これは現在の状況と矛盾している。

主人公はランピリスの歴史を調べ始める。物語は匂宮めぐりと共に遡る。すべてはランピリスの設立者、匂宮めぐりの祖父、匂宮王海から始まる。

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匂宮王海は演劇界の巨匠で、名声を得た後は新人俳優の指導に当たった。しかしその指導法はあまりに残酷で厳格すぎ、多くの生徒が耐えきれず、ついには死者まで出した。そのため王海の評判は地に落ち、学校に戻ってこの演劇部ランピリスを設立する。この頃の王海はもう部に要求を課しておらず、完全に「仏系」の管理状態。この部は「演技に一定のこだわりを持つ自己満足な者たちを収容する」特殊な存在と呼ばれるようになる。

だからこそ、部には「自己意識の旺盛な」者たちが集まった。あの天樂来々をはじめ、「かつて才能があったが、後に凡庸になった」落ちぶれ役者たち。箱鳥理世、白坂ハナ、龍木悠苑らもそうだ。

白坂ハナは演劇に強い憧れを持っていたが、演技の才能は皆無で淘汰され、この部にたどり着く。王海に見出され、最終的に大道具制作の才能を開花させ、別の形で愛する劇場に残った。

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龍木悠苑は演劇の天才だったが、天才ばかりの環境ではすぐに輝きを失う。かつて龍木悠苑は出演機会を得るため、監督の枕営業の要求を受け入れそうになったが、天樂来々にわざと邪魔された。しかも来々は龍木悠苑が枕営業をしたなどと吹聴し、彼女の映像界への道を完全に断つ。仕方なくこの劇団に来て演技を磨き始めたが、逆にその色恋沙汰ゆえに「妖艶な役」で大きな強みを持つようになる。

箱鳥理世が入部した理由も似ている。かつて演劇に一定の趣味を持ち、演劇を通じて主人公の妹、瀬和未来と知り合い、まずまずの関係を築いていた。しかしなぜか、瀬和未来は演技で頭角を現し、やがて新しい芸名・折原氷狐を名乗る。再会した時、折原氷狐は旧情を completely 忘れ、箱鳥理世を無情に嘲笑した。「お前のレベルは低すぎる、さっさと役者を辞めて家で寝てろ」と。箱鳥理世も自分の限界を悟り、折原氷狐がかつての友情を忘れたことを理解し、心を痛めてこの部に来た。

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匂宮めぐりの祖父は彼女の入部をずっと拒んでいたが、最終的に彼女は粘りに粘って入り込む。

つまりこの部は「失意の自己満足で、演技にこだわる奇妙な連中」の集まり。そんな奇妙な者たちが集まると、逆に不思議な化学反応が起き、部は大きく発展。稽古を始め、最初の演目は『ハムレット』。初公演に向けて大々的な宣伝が行われ、全員が準備を整え、成功を目指す。

ところが公演中、劇場で火災が発生。炎に包まれ、多くの命が失われる。

事後の死亡者リストには……白坂ハナ、龍木悠苑、匂宮王海、天樂来々。そして匂宮めぐりは炎の中に閉じ込められ、生死不明となる。

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回想を通じて匂宮めぐりはあの大火を思い出し、現在の演劇部ランピリスに疑念を抱く。あの火災が本当なら、多くの人が死んでいる。ならば今のこの部は何なのか? 先日行われた公演は何だったのか?

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主人公は選択を迫られる。全員は実は死んでいないと告げるか、真実を告げるか。すべては死んでいて、今の世界は虚構だと。

最終的に匂宮めぐりは現実を受け入れ、すべてを理解する。実は演劇部ランピリスは何年も前の大火で焼失しており、今のすべては幻。かつて目の前で活躍していた人々、白坂ハナ、龍木悠苑、匂宮王海、天樂来々は、あの火災後の亡霊。そして自分もまた亡霊になっているのかもしれない。

残された最後の謎は、この世界を誰が創ったのか。疑いはすべて「折原京子」、すなわち「折原氷狐」に向かう。

問い詰められた「折原京子」は、ついに自分が「折原氷狐」であり、主人公の妹「瀬和未来」であると認める。そしてこの世界の秘密を語り始める。

主人公・瀬和環と妹・瀬和未来の母も元俳優で、そこそこ名が知られたが、飛び抜けて売れたわけではなかった。やがて父が浮気し、別の女優と関係を持つ。容姿も演技も母より優れた女だった。

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その時、母の心は憎悪で満ち、家庭は崩壊。母は復讐を決意する。家庭を壊した女優を恨み、自分の子供を芸能界に送り込み、完璧な演技を身につけさせ、あの女狐を超えさせようとした。

母の指導で、兄と妹は演技の練習を始める。最初、兄には演技の才能があり、母に褒められた。妹はあまり得意ではなく、母から叱責や暴力を受ける。次第に兄は褒められることが増え、妹は母のいじめでか弱く見えた。兄は妹を哀れみ、何とか助けようと演技を教えるが、効果は薄い。兄と妹の比較では、兄の演技は常に優秀で、兄は常に褒められ、妹は常に批判と暴力だけを受ける。

やがて兄は『赤い部屋』で見事デビューし、大きな評価を得る。母も兄を称賛する。しかしすぐに兄の演技は壁にぶつかる。『赤い部屋』のような作品しか演じられず、他の役は苦手。芝居の幅が狭く、大成は難しい。母も兄に不満を抱き始める。

そんな中、兄は偶然知る。妹は実は演技ができ、しかも兄よりはるかに上手いと。妹は兄が母に叱られないよう、ずっと演技ができないふりをしていたのだ。

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兄は皮肉を感じ、同時に理解する。これまで自分は妹に対して「優越感」を抱いていた。自分は天才で、妹は凡才。そして施しのつもりで妹に「指導」していた。しかし妹はとっくに虎を装う猪だった。妹は「自分は演技を全く知らない」と演じる時、さらに完璧だった。

兄は妹に仮面を外し、本当の実力で演技に向き合うよう要求する。見下されたくないからだ。

するとすぐに兄妹の比較で兄は完敗。立場は逆転し、妹は母に褒められ、かつての叱責と暴力はすべて兄に向かう。

兄はそこで気づく。妹は本当に演技の天才で、自分はどうやっても追いつけない。妹の演技は兄を大きく超え、自分への母の暴力は増え、妹への憎しみが募る。なぜ彼女はそんなに強いのか、なぜ自分はこんな目に遭うのか。

しかし妹は兄に対してそんな風には思っていなかった。むしろ兄のことが少し好きで、自分の努力は兄の要求に応えるため、兄に認められるためだと思っていた。

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やがて妹の兄への告白は、兄の冷たい憎悪に満ちた拒絶にあい、妹は心を閉ざす。それから女優「瀬和未来」は舞台から消え、新たな名前「折原氷狐」として芸能界に現れる。

折原氷狐は人生への未練をすべて捨て、演技に全身全霊を注ぐ。辛辣で冷たく、すべての演技に完璧を求め、他の役者を容赦なく批判する。かつての友人・箱鳥理世も例外ではない。完全に黒化し、役を演じるためなら自傷も辞さず、精神病の役なら本物の精神病になろうとする。やがて心身ともに問題を抱え、演技のために存在する狂人と化す。

最後の公演中、折原氷狐は体の限界で舞台に倒れ、命を終える。

同じ頃、演劇部ランピリスの公演は火の海に包まれ、部員たちは危機に陥る。観客として現場にいた者たちも炎に飲み込まれる。天使奈々菜、倉科双葉、架橋琥珀、そして兄・瀬和環らも。

死後の折原氷狐はもう一人の自分を見る。その手には不思議な羽根ペンが握られ、もう一人の自分が魔女のような不気味な微笑みを浮かべる。「魔女」は告げる。死んだとはいえ「生と死の狭間」で、この羽根ペンを使い自分の物語を書ける。そしてこのペンで書かれた物語は「現実になる」と。

「兄と一緒にいたいんでしょ? ちょうど彼の魂も死の淵にある。このペンで、あなたの物語を書きなさい」

折原氷狐はペンを手に取り、その日ランピリスで遭難した魂を集め、自分の脚本に引き込み、一人の脚本を書く。それは皆が「演劇部ランピリス」で共に公演を作り上げる物語。ただ一つ違うのは、自分を物語に書き込まず、偽名「折原京子」を使ったこと。物語の中では兄の妹ではなく、妹に似た別人として登場する。瀬和未来は兄に幸福を与えたいが、自分にはその資格がないと知っている。だから物語の中で兄に様々な女性を近づける。天使奈々菜、匂宮めぐり、箱鳥理世。そのすべての筋書きは瀬和未来の脚本によるものだ。

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つまり単純に言えば、ゲーム序盤から現在までの物語はすべて、瀬和未来が例の魔法のペンで書いたもの。物語の中の人物はすでに死に瀕しており、本当の「演劇部ランピリス」はとっくに火の海に沈んでいる。

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ゲームの最後、兄・瀬和環は妹・瀬和未来が創った虚偽の幻想を打ち破る。偽りの物語は終わり、幻想を破った後、皆は現実に戻る。瀬和未来の手にした魔法のペンの力か、時は部の火災現場まで巻き戻り、皆は奇跡的に運命を変え、大火から逃れて死の結末を免れる。その後、皆は演劇部ランピリスを再建し、再び演劇を中心とした生活に戻る。ただ違うのは、瀬和未来はあの公演の中で永遠に死に、二度と蘇らないことだ。

物語はこうして終わる。


ルクルの過去作と比べると、個人的に『冥契のルペルカリア』は「縫合怪」的な「コンボ」だと思う。『紙の上の魔法使い』の死者、『水葬銀貨のイストリア』の長大な回想シーン、『空に刻んだパラレログラム』の天才に対する劣等感などの負の感情。それらが融合し、全体的に非常に抑鬱的。この抑鬱感は、作画の向上と音楽の雰囲気作りによって極限まで高められている。おかげでプレイ中はこっちの気分まで沈む始末。しかも「伏線回収」にはあまり力が入っておらず、ほとんどの伏線は簡単に予想できてしまう。文章描写の「ネタバレ」が多すぎる。特に場面転換のあの一言:

「銀髪赤目に導かれたあなたが望む物語の展開~」

物語の背後に「魔女」がいて主導していることは、すでに示唆されていた。つまり物語の書き手であり創造者である「銀髪赤目」が、物語の中にも存在しているということだ。ゲームはいくつかの章が終わったあと、折原氷狐と他の人物との会話が挿入される。そこで何度も言われるのが、

「物語のいない役者はここで幕を引くべきだ」

という言葉。これもまた、登場人物たちが彼女の筋書きを支えるための道具にすぎないことを、側面から説明している。分岐のいくつかも同様に、こうした物語はあくまで「ひとつの可能性」にすぎず、「人が望む結末を書く」のであって、本当の結末ではないとほのめかしてくる。

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ゲーム最大の伏線、演劇部ランピリスとその公演中の火災については、OPの歌詞にも、スローガンにも、いくつかの会話にも、そしてタイトルにさえもすでに露骨に示されている。死人が出ることはみんな分かっていた。ただ、まさか一網打尽に死ぬとは思わなかった。たぶんそこだけが唯一の意外な点だろう。

物語の筋自体は別に難しくない。兄に恋する妹が、死んだあとに魔法の羽根ペンで兄のために「夢のような世界」を創り、そこに現れる人物はみんなすでに死んだ連中で、しかも兄離れの妹はその夢の世界で兄に嫂(あによめ)をあてがおうとし、彼の幸せを願った。ただそれだけだ。あえて『紙の上の魔法使い』との繋がりを挙げるなら、あの不思議な羽根ペンだろう。あれも『紙の上の魔法使い』で魔法の本を創り出した存在で、書いた物語が現実になるという設定と対応している。

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ゲームの結末は正直クソだと思う。本来なら「死んだ魂をすべて安らかに眠らせ、唯一の生存者が花を手向ける」みたいな展開にもできたはずなのに、よりにもよって無理やりハッピーエンドにこじつけている。直前まで部活の座長が落下してきた木の杭に胸を貫かれていたのに、最後には時間が巻き戻って誰も死んでいない。ルクルがビビったのか、それとも肺炎で頭が焼けたのか。まったく彼の作風じゃない。

実は『冥契のルペルカリア』について語れることはまだまだある。各キャラクターの内面の造形や、それぞれの個人的な物語もそうだ。俺はこのゲームを「群像劇」に近いと思う。どのキャラにも小エピソードがあって、脇役ふたりに恋愛劇まで用意されている。現実のポニーテールが果たして巨乳の子を落とせるのかは知らんけど。個別ルートの描写もそれなりに考えられている。匂宮めぐりの個人ルートはまたしても『銀河鉄道の夜』の手法を模倣していた(なぜ「また」と言うのか)。悪くない出来だとは思うが、お前ら日本人はいつも「銀河鉄道の夜」と「鏡の国のアリス」ばかり書きやがって、こっちはもう見飽きてんだよ。他に何か書けねえのか?

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同時に、いくつかの章は「キャラ売り」のために無理やり引き延ばされている。典型は架橋琥珀の個人ルートで、主人公が「理想の妹」を求めて琥珀と恋愛ごっこを楽しむという。この最終 TRUE END 直前の強引なルートは、まるで「門番」のようにプレイヤーに観ることを強要してくる。正直、この「架橋琥珀」は丸ごと削れたんじゃないか。何のためにこのキャラを入れたのか分からない。物語の煙幕? 琥珀こそが妹なのかとプレイヤーに思わせるため?

全体としては『冥契のルペルカリア』に大きな欠点はないが、脚本・ルクルの限界を感じてしまった。本作では以前の作品で使った手法を一度や二度じゃなく繰り返している。このゲームには過去作の影がそこかしこに落ちている。最初期の「恋愛予報」まで含めてな。しかも宣伝では過去作に便乗して話題を稼ごうとしていて、かなり自信がないように見える。それに一部の心理描写はあまりにもセンチすぎる。典型は、主人公が妹・折原氷狐の登場を見てまるで大魔王でも見たかのような反応をするところ。実際の妹はそれほど暗黒でもないし、相手はただお前より演技が上手いだけ、むしろお前に好感だって持っている。なんでそんなに簡単に諦めるんだ? 演技で本当にそこまでプレッシャーを与えられるものか? 俺は疑わしい。結局のところ「そこまでする価値があるのか」という一言に尽きる。

もちろんこのゲームを通して、脚本・ルクルの文体の源みたいなものも分かった。彼は本当に「演劇」と「劇場」が好きなんだろう。大勢の人間による対句だらけの会話やモノローグは、むしろ「オペラ」や「舞台劇」の言語スタイルに近い。舞台演劇の演出は映像とは違い、役者には大きなオーラと声量が求められる。もちろん本作の舞台演劇描写にも誤解があると思う。「声優が声を使い分けられる」=演技が上手い、という短絡だ。これはかなり大きな間違いで、声の使い分けも大事だが……それが演技のすべてではない。名指しで批判するなら、奏雨が声を当てた架橋琥珀だ。普段の喋りと芝居中の喋りがまるで別物で、全然自然じゃない。「嘘っぽい」。

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桐葉の絵がぶっ飛びすぎだとよく言われるが、本作の桐葉はまだマシな方だ。少なくとも『空に刻んだパラレログラム』のあの捻じ曲がったポーズの数々よりはずっと良い。CGのいくつかは「世界の名画」っぽい雰囲気すらある(褒め言葉)。これも進歩だろう。めとの劇伴もクオリティが大きく上がった。回想シーンでは古いレコードのような歪みエフェクトが追加されていて、雰囲気を盛り上げる力は満点だ。

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つまり、桐葉は進歩した、めとも進歩した、ただ脚本のルクルだけがその場で足踏みしている。確かに彼のシナリオライターとしての力量はギャルゲーの中では優秀な部類だ。だが人は常に上を目指すべきで、いつまでも長々とした「回想シーン」や「歪んだ兄妹愛」、そして「天才に対する劣等感」ばかりを題材にしていると、いずれゲームの中の主人公と同じように、『赤い部屋』以外ではそこで足踏みして終わる。俺はルクルが扶他自みたいに、エロネタとクトゥルフと出鱈目な雑学以外に何も書けなくなるのは見たくない。答えはおそらくルクルの次回作で明らかになるだろう。


あ、そうそう。ゲームのバグは以前より減ったが、問題は山積みだ。典型はセーブ。ゲームの保存は、ゲームを完全に終了したあとでないとハードディスクに書き込まれない。つまり、ゲームを起動してセーブして、その時点でゲームがクラッシュしたら、お前のセーブは無効だ。

考えてみろよ。俺がセーブするのは何のためだ? ゲームが突然クラッシュした時に続きから遊ぶためだろ?

なのにそのセーブが完全終了しないとファイルに書き込まれないって、そんなセーブに何の意味があるんだよ?

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しかもこのゲームのデバッグ担当に絵師の桐葉が入っているらしい。大したもんだ。それほど人手が足りないのか?

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