『LUNARiA -Virtualized Moonchild』レビュー
LUNARiA -Virtualized Moonchild-
松山剛という人は知っている。彼の書いた『君死にたもう流星群』を読んだからだ。あの小説が完結しているのかどうか、いまだにはっきりしない。5巻まで出て止まっているし、自分は3巻で止まっている。公式の話では完結しているらしいけど。
あの小説の筋もまあシンプルで、男主の幼馴染が死んで、その心の傷から抜け出すまでを一冊まるごと使って描く話だ。その小説で一つ斬新だと思った設定があって、ヒロインは実は本当の意味での「地球人」ではなく「宇宙人」で、ヒロインの母親が宇宙空間でヒロインを産んだというもの。ここが一番印象に残っている。
正直、あの小説は1巻で終わってよかったと思う。1巻まるごと、とにかく説教くさい話が多すぎたし、男主も最終的にヒロインの死から立ち直った。ところが最後に物語は超展開を迎えて、ヒロインを救う方法があるかもしれない、と男主に告げるんだ。
それで自分はその後を読む気が失せた。想像するに、続きは男主が超自然的な能力(タイムリープとか宇宙跳躍とか)を使ってヒロインを救い出す……そんなところだろう。
俗、俗すぎる!

だから最初に松山剛が Key のゲームに関わると聞いたときは拒否した。もともと Key のゲームは説教くさいのに、そこに説教王の松山剛が加わるなんて想像もつかない。この説教スープ、味の素が多すぎてしょっぱすぎるんじゃないかと。
でもゲームの宣伝はよくできていて、つい我慢できずに見てしまった。短編だし、そのまま最後までやった。
感想は……まあ悪くない。ただ一つ、話が既視感ありすぎる。
『LUNARiA』のメインストーリーも同じくシンプルだ。未来世界が舞台で、男主は VR 内のプレイヤー、コードネームは T-bit。仮想世界でよくレースゲームのような eスポーツ大会に参加している。ある試合中、偶然どこだかわからないサーバーに迷い込み、Luna Q という女の子に出会う。彼女は自分はゲームサーバーに閉じ込められた AI だと言い、このサーバーは今月に設置されているから自分は Luna Q と名乗る、と。そうして二人は知り合う。

知り合ってからは何度も会ううちに、二人は恋に落ちる。人間が AI を好きになる展開はありふれすぎていて、驚きもない。その後 Luna Q は男主に、太陽黒点の活動が爆発して(だったか何かの活動だったか忘れた)自分がいるサーバーが停止・廃止されることになり、サーバー上で動く AI である自分も永久に削除されると告げる。男主もこの大势には逆らえず、むしろ趣深く Luna Q と最後の一日を過ごす。
ところが後になって、男主は Luna Q が実は消えておらず、微弱な活動信号がまだあることに偶然気づく。月のサーバーはいろいろ影響を受けながらもまだ動いている。男主は再び Luna Q のサーバーにアクセスし、この「Luna Q」という AI に関する多くの情報を集めるうち、驚くべきことに、Luna Q は人工知能などではなく、生きた人間だということがわかる。

Luna Q の母親はかつてある月探査計画の科学者だったが、後に月面基地の壊滅的な災害で月に閉じ込められ、脱出できず、忘れ去られた。当時 Luna Q の母親は妊娠しており、一人で月で女の子を産み、月の施設を使って生活する方法を独学で教えた。余計な面倒を避けるため、彼女は Luna Q に自分は人間ではなくただの AI だと告げ、本体を休眠させ、意識をネットワーク上に置いた。Luna Q もサーフィンを覚え、ネットを通じて地球上の人と連絡を取れるようになり、男主 T-bit はそうやって Luna Q と知り合ったのだった。

つまり Luna Q のサーバーが落ちて自分が消えるというのはデタラメで、彼女の肉体はおそらく今も月で生きている。男主はそこでコネを使って裏口を探し、ゲームでよく知り合った様々な大物たちに助けを求め、最後は遠隔 AR 指導で操作する形で、Luna Q を月から地球への帰還ロケットに乗せ、高強度の地球入国ツアーを完遂させた。
最後には 100% 純血の月人 Luna Q も T-bit と月で再会し、まさに有情人終成眷属といったところだ。

自分が気になるのは Luna Q の母親で、遺体はもう月で白骨化しているんだろうか。
『君死にたもう流星群』を読んだことがあるなら、このゲームの設定のかなりの部分がこの小説の丸パクリだと気づくだろう。小説のヒロインは宇宙で生まれ、『LUNARiA』のヒロインは月で生まれる。小説のヒロインは死んだと言われたが、その後またしてもタイムリープで救い出され、『LUNARiA』のヒロインは遠隔 AR 操作で、ハッピーエンドのために無理やり完璧な結末をこじつけた。
完璧な結末が悪いとは言わないが、こういう展開は物語をあまりに「都合」的にしてしまう。なぜ Luna Q の母親は月に残らなければならなかったのか、本当に帰る方法はなかったのか? なぜ Luna Q の母親は脱出できず、Luna Q は都合よくロケットで脱出できるのか。なぜ Luna Q はインターネットにアクセスできるのに、母親が設定した AI という身分に簡単に縛られてしまうのか……なぜ男主は Luna Q を月から連れ戻すことにこだわるのか、もしロケットが信頼できずに爆発したらどうするのか? お前は人殺しになるんじゃないのか?

この設定には不合理な点が多すぎる。多くの無理やりな設定は、最後の再会の感動のためだけに存在している。ただ、自分の知る限り、多くの Key ファンはこういうことを気にしない。彼らが気にするのはゲーム宣伝時の「384400 キロを越えた恋」というフレーズや、「愛」と「奇跡」といった俗すぎる言葉の数々で、作者の説教と脳内補完のロマンチックな筋書きに沿って、自己陶酔から抜け出せなくなっている。

しかし自分が松山剛をあまり好きでない理由もまさにそこにある。彼はいつも「説教」の面で余計なことをしすぎて、ハッピーエンドを描くために物語の整合性を壊してしまう。時には、このゲームは麻枝准が戻って書いたほうがよかったんじゃないかと思うことすらある。
麻枝准は最近少し低迷しているらしく、Twitter で多くの攻撃を受けたと自述している。自分は彼を結構評価している。なぜなら Key が最近出した Loopers や Lunaria のような、高くも低くもなく痛くも痒くもない作品に比べて、やはり麻枝准のほうが Key の特色を代表していると思うからだ。
PS:Loopers を X(旧Twitter)で叩いたら Key ファンにブロックされた記憶がある。Lunaria はもう X で叩く勇気がない。まだ X でオタク女子のコスプレ写真を眺めていたいんでね……
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