『サメと生きる七日間』レビュー
『サメと生きる七日間』:最長のB級映画
台湾の有名ラッパー MC HOTDOG(熱狗)は実は映画にもよく出演している。ただ彼はちょっと変わっていて、出ているのはどれも「低予算」「粗削り」、下手すると一目で怪しいと分かるような「ネット配信映画」ばかりだ。小瀋陽や大鵬、岳雲鵬なんかと共演したり、台湾で無名監督のホラー映画に出たりもしている。結果はご想像の通り、大半の評判は芳しくなく、ほぼ駄作扱い。彼が出た映画はほとんど全部、評価の低いクソ映画と言っていい。
多くの人が自分と同じように疑問に思うはずだ。熱狗は中国語ラップの代表格みたいな存在だし、アメリカの Eminem が『8 Mile』みたいな深い作品を撮れるなら、彼にもそれなりの映画を撮る力とリソースがあっておかしくない。たとえ遊び半分でも「駄作」なんてものは作らないだろう。ところが後のインタビューで、彼は自分からこの問題に触れていて、その答えが妙に腑に落ちた。
熱狗いわく、彼は俗に言う「大作」系の映画が好きじゃない。むしろ「粗悪」な感じのするB級映画のほうが好きなんだそうだ。しかもB級映画の良さをいろいろ語っていた。マイナーなB級映画だからこそ、題材は厳密じゃない代わりに自由奔放。マイナーなB級映画だからこそ、内容はより大胆で「ネタを振る」こともでき、大作が触れられない敏感な領域にまで踏み込むことすらある。マイナーなB級映画だからこそ、スタイルも誇張されていて、ホラーはよりホラーに、グロはよりグロに、コメディはより開放的に。
B級映画だから、客層も宣伝もマイナーで、あまり注目されない。だからこそ自由なんだ。世界にはかなりの規模で、そういう「お上品な場には出せない」映画に夢中なB級映画ファンがいる。
この考え方は自分にとって目から鱗だった。Galgame を始めた頃のことを思い出したからだ。何年も斜陽産業と囁かれ続けてきた Galgame 市場でも、この「B級映画」的な発想は通用する。題材選びにしても筋書きの展開にしても、Galgame はより自由だ。多くの「神ゲー」もそういう「自由」な枠組みから生まれている。だからこそ大勢が「暗黒」「死」「苦痛」、果ては「調教」なんてテーマの中に「癒し」を感じるのだろう。
そしてようやく、「Galgame」と「B級映画」の共通点に気づいたメーカーが現れた。CUBE の『サメと生きる七日間』だ。
タイトル通り、この作品の物語は長くない。時間の幅は7日とちょっと。しかし本記事のタイトル通り、このゲームのシナリオは全然短くない。B級映画としても長いほうだ。
多くの人が察しただろうが、本作のシナリオの核にあるのはやはり「ループ」の仕組みだ。
主人公はまず砂浜で目を覚ます。頭は真っ白、記憶がない。そばに裸の少女がいて、自分は「くう」だと名乗る。主人公に噛みつこうとして「食う」という唸り声をあげるので、「くーこ」と名付けられる。主人公は浜から上がると身元不明の怪しい奴として警察に連れて行かれる。美人の女性警官が船堀お姉さんと名乗り、いくつか質問したあと解放してくれる。外に出ると麗水という金髪の女に出会う。彼女は主人公を知っているようで、自分は「幼馴染」だと言い、主人公を家に連れて帰る。しかし主人公は自分の家にまるで見覚えがない。

その後、麗水の説明を聞くうちに主人公も自分の設定を受け入れていく。自分はこの島の住民で、島の学校に通っているらしい。島にはサメに襲われて食べられるという噂とリスクがあり、毎日のように無実の島民がサメの餌食になっている。だから島で生き延びるには注意が必要だ。そして島民たちは「蛸」という神様を崇めている(蛸は中国語でもタコのこと)。「蛸神様」が島民をサメに食べられないよう守ってくれるという。

「蛸神様」の加護を記念して、島では一週間後に祭典が開かれる。祭典前の登校日、主人公はクラスメイトと知り合う。やたらとむっつりな真瑠璃、島の歴史に妙に詳しい毒舌キャラの遠花、そして島で出会った部外者の大和……いや違う、「天音」。もちろん特筆すべきは船堀お姉さんで、この島ではコンビニ店員も警察も教師もこなし、まるで万能のようだ。

やがて蛸神様の祭典の日が来る。祭典が終わった夜、主人公は「天音」が包丁を持って海辺に現れるのを目撃する。彼女は「私はサメを殺すべきじゃなかった」と呟き、そのあと遠くから拡声器の声が響く。
「…………撮影終了、現場を回収。」
その声のあと、主人公は意識を失う。
再び目を開けると、7日前に戻っていた。砂浜で目を覚ますあの時間だ。そばには相変わらず「くーこ」が寝ていて、相変わらず警察に連れて行かれ、警察を出ると麗水に連れられ家に帰る。そして7日後にまたあの拡声器の声が聞こえ、また繰り返す。こうして主人公はこの「終わらない7日間」のループに囚われ、抜け出す方法を模索し始める。

もちろん、ゲームは単純にこの7日間をコピペしているわけではない。プレイヤーが各ヒロインのルートに入ることで、ループの中でヒロインを攻略しつつ、ついでに島の秘密を解き明かしていく。何度か攻略すれば、以下の手がかりが見えてくる。
- この島の「7日間ループ」は本当のループじゃない。ある手段で島民全員を洗脳し、時間が巻き戻ったと思い込ませているだけ。
- 本物の時間遡行じゃないので、人は死んでも蘇らない。島の重要キャラ(コンビニ店員や警察など)が死ぬと、新しいキャラがそのポジションに収まり、周囲の記憶まで書き換えて違和感を消す。
- 真瑠璃いわく、島の「蛸神様」は実在する。裏山の洞窟の奥にいて、そこには様々なタコが集まった触手の脳みそがある。彼女はそれを目撃したことがある。島中に蔓延する「タコ」は実はすべて「蛸神様」の目と耳だ。
- 遠花は主人公が記憶を失う前の元カノで、島に伝わる「蛸神」の伝承をよく知っている。「蛸神」は島民に「童女」を生贄として差し出させれば加護を与えるという。かつて島民が一人の少女を差し出し、その少女は「蛸神」のそばの巫女となった。不老不死で蛸神の意志を執行し、今も島に生きている。
- 島には「サメ」の恐怖の影が覆っている。誰もが「サメ」の話題を避け、その真相を探ろうとも、この繰り返す「7日間」が本当のループなのか疑おうともしない。かつてそれをやった者がいたが、サメに食べられて以降、二度と現れなかった。
- いつしか島民は「サメに食べられる」ことに慣れてしまった。前日まで笑い合っていた相手が、翌日には消えている。それでも島民は麻痺していて、誰も驚かない。
- 島外から来た「天音」の島での正体は「サメハンター」。名前の通り、あの「人喰いザメ」を狩りに来た。一部のループではほぼ成功しているが、多くの場合で自分の行いを後悔している。
- サメの正体はくーこ。これはたいていの人は驚かないが、意外なのはくーこが主人公の妹で、しかも天音と知り合いだということ。三人には「ハンター、平民、サメでかくれんぼする遊び」の共通の記憶がある。ただ、今ではその記憶が現実になってしまっている。
- 島の7日間ループは本当の時間遡行ではないが、あるループで主人公はループを止めるため、ほとんどのヒロインを悪意を持って殺したことがある。人が死に絶えれば芝居も続けられない。だが島の黒幕は「パラレルワールド」の手法で続行できる。
- 前述の通り、この島にはかつて生贄にされた巫女神使がいた。それが他でもない「船堀お姉さん」だ。彼女は多忙な役職を兼任し、サメに食べられて空いたポジションを埋めている。ある意味、島の「サメ大掃討」という茶番の黒幕である。
黒幕が分かれば、ゲームの結末も近い。全キャラのルートをクリアすると Grand End が開放され、そこでようやく島の謎が最終的に解ける。

「鮫島」と呼ばれるこの場所はかつて荒地だった。そこへある奴隷の一団が流刑され、島で生き延びてきた。やがて空から隕石が落ち、地球外の種がもたらされた。タコに似た姿だが強大な力を持つ。(クトゥルフ神話に出てくるような怪物だと思えばいい)やがて「タコ」たちが島を支配し、島民はタコのようなものを神として崇め、神殿を建てて様々な祭祀を行うようになる。少女を生贄にして神使としたのが、今の「船堀お姉さん」だ。
神使となった彼女は不老不死の身体を得て、神のために働くことになる。こうして「船堀お姉さん」は神の代弁者となった。後に第二次世界大戦が勃発すると、日本海軍がここに基地を築きに来る。神はこれを機に最新の科学技術を理解し、島の環境を近代化していく。同時にこの離島と本島の間で限定的な交流も行わせ、かつて奴隷だった島民たちも近代的な暮らしを送るようになった。

そして蛸神がふと思い立ち、島で「ロールプレイ」をやりたくなった。『ジョーズ』みたいなB級映画の物語だ。蛸神が主導し、「船堀お姉さん」の助けのもと、この小さな島で映画の「リアルショー」が始まる。誰かがサメを演じ、誰かが平民を演じ、誰かがサメハンターを演じる。7日間ごとに住民の集合記憶を改変して繰り返す。目的はただ、地球外から来たタコ似の高等生物たちの娯楽のため。
つまりこの島の7日間ループはすべてショーであり、島民を操ってあの地球外の怪物に芝居を見せるためのものだった。真実を知った主人公は「船堀お姉さん」の助けを得て、密かに彼女の体内の「神力」を自分に移してもらう。そして新たな「ループ」で全ヒロインを集めて真実を告げ、この島のいわゆる「蛸神」の本体、すなわち最初に空から落ちてきた隕石を破壊することを決意する。

ひと騒動の末、隕石も蛸神も滅び、島中に死んだタコの死骸が転がる。島民たちはようやく「蛸神」の支配から解放された。「船堀お姉さん」は自分が虎の威を借る狐だったことに罪悪感を抱き自殺しようとするが、主人公に説得され、島民を率いて島の建設を続けることになる。

幾年か後、島はますます栄え、主人公はヒロインたちを引き連れて修羅場ハーレムモードへ突入するのだった。
このゲーム、半分ほど進めたところで違和感を覚えた。どう見ても「CUBE」が作ったゲームには思えなかったからだ。
CUBE のゲームといえば何か。ハーレム、甘々、小学生レベルの文章……みたいなイメージだ。ところがこの会社、ここ数年明らかにネタを振る力度が増している。数年前の『ゆらめく心に満ちた世界で、君の夢と欲望は叶うか』から、前作の『神様のような君へ』へと、CUBE のゲームは本来の「萌えゲー」の枠からどんどん飛び出し、業界で触れてはいけない話題にも踏み込むようになった。前作『神様のような君へ 拡張版』が「ビッグデータが駆動する同温層洗脳」に軽く触れただけだったのに対し、『サメと生きる七日間』が映す内容はもっと多い。定番の「バトルロワイヤル」や各種「グロ・ホラー」主体の「サメ映画要素」に加え、現実への皮肉も含まれている。例えば大衆を扇動して簡単にナショナリズムを実現する話とか、ネットや各種メディアの検閲を通じて島民をよりよく管理する話とか。具体的な内容はゲーム内で感じてほしい。ここではくどくど書かない。

『サメと生きる七日間』自体の物語は別に斬新ではない。ただ混合された要素が多く、定番の Galgame の橋段から各種「B級映画」に出てきそうな内容まで、全部詰め込まれている。制作陣もB級映画のノリで本作を作ったことを隠していない。だから全体として「粗削り」で「縫い合わせ」な感じがするが、それゆえの突破もある。自分みたいに退屈な恋愛套路に飽き飽きした人間には、より直接的な感覚刺激を与えてくれる。

正直、こういう刺激は ClockUP が与えてくれるものだと思っていた。まさか CUBE とは。
ともあれ『サメと生きる七日間』は「神ゲー」タイプの Galgame ではないが、かなり「特別」な Galgame ではある。Galgame の形で提示された超長編のB級映画であるだけでなく、自分に Galgame というマイナーで細分化されたコンテンツを愛する理由を思い出させてくれる、特殊な存在なのだ。
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