『いますぐお兄ちゃんに妹だっていいたい』レビュー
恋愛と選挙とチョコレート(恋愛と選挙とチョコレート)をプレイしてからもうかなり経つ。このゲームを知ったきっかけはアニメで、アニメ自体はまあまあというか、可もなく不可もなくといった出来だった。ただ一つ言及しておきたいのは、アニメ放送時に全力でとあるゲームの宣伝をしていたことだ。それが『いますぐお兄ちゃんに妹だっていいたい』である。
このゲームはかなり前から注目していた。日本語がまったく分からない頃から少し分かるようになる頃まで、自分が知っていたのは「全年齢向け」「CVが豪華」「音楽がいい」「画面は……まあまあ」ということくらい。そして今になって、『蒼の彼方のフォーリズ』をプレイする前にこのゲームを思い出した……「そうだ、先にこれをクリアしてしまおう、せめて愛衣ちゃんがいるし」と。
正直に言うと、このゲームは最後までやっていない。メインの妹線と、愛衣の真央線をクリアして、あとはどうにも進める気になれなかった……
他でもない、シナリオがあまりに……平坦すぎるからだ……
このゲームのシナリオは一言でまとめられる。主人公の母が死んで父が再婚し、主人公が男の子のふりをした義母の娘と恋に落ちる話だ。そしてこのゲームには「全年齢ギャルゲーのコンプレックス」が濃厚に漂っている。

ご存知の通り、ギャルゲー市場は18禁が大半だ。かつて多くの会社が全年齢向けに手を出して惨敗し、せいぜい18禁版を出した後にコンシューマー機に移植して全年齢版で金を稼ぐ程度が関の山だった。そんな中、18禁の領域で全年齢ギャルゲーによって売上を稼ごうとする『いますぐお兄ちゃんに妹だっていいたい』は、他の部分で誠意を見せるしかなかった。
一言で言えば、こうだ。ヤれないなら、ヤれるものに匹敵する何かを見せるしかない。
そこで『いますぐお兄ちゃんに妹だっていいたい』はゲーム内で異常なほど気を配っている。CVは全員大物、CGも明らかに力が入っていて、OPはアニメを直接使い、各キャラに独立したEDを用意し、有名CVやユニットが歌う。ギャルゲーとして、シナリオでは……『いますぐお兄ちゃんに妹だっていいたい』は一文字を選んだ。そう、「穩」だ。
いつだったか、高考の時のこと。国語の先生は自分をとても心配していた。なぜなら自分の作文はいつも勝手にやって、先生の求める三段式で書けなかったからだ。
「高考の国語作文は点を取るコツがある。まず論点を述べ、それからこのやり方で論証を述べ、最後にまとめる。たとえ下手に書いても、それなりの点数は保証される。ところがお前は!」先生は自分を指さして、「いつも记叙文や小話を書く。うまく書ければ人より少し高い点は取れるが、もし採点の先生に気に入られなかったら、お前は不幸になるぞ!冒険はやめられないのか!」
国語の先生が言ったように、このギャルゲーのシナリオにおける冒険と安定の間で、『いますぐお兄ちゃんに妹だっていいたい』は後者を選んだ。
だからゲーム全体が慎重さに満ちている。主人公が最初に学校で他の人と出会う場面、学校の桜花祭の到来と準備、桜花祭での球技大会の描写、先生の設定、そのすべてが正統で安定した路線を歩んでいる。主人公は毎日明るく、ヒロインはみんな笑顔で、毎日の学校生活は太陽のように輝き、みんなが優しく可愛い……
そんな素敵な生活は素晴らしいけれど……
でも……でも…………ずっとこうだと、眠くなる……
『いますぐお兄ちゃんに妹だっていいたい』はゲームの語り口が保守的すぎる。もともと『恋愛と選挙とチョコレート』の日常パートもかなり保守的で、水のように淡い境地に達していると思っていたが、『いますぐお兄ちゃんに妹だっていいたい』の保守度はさらに慎重で、普通のバカな男友達すら下ネタをほとんど言わず、少し誇張した表現すらない。有名な変態・松岡の無駄遣いだ。しかも『恋愛と選挙とチョコレート』には明確な人物の衝突とシナリオの背景があった。日常は保守的でも、選挙の黒幕や三角関係、貧困学生がいじめられる描写など、優しさの中に波があった。ところが『いますぐお兄ちゃんに妹だっていいたい』には波すらない……

『恋選チョコ』が清茶なら、『いますぐお兄ちゃんに妹だっていいたい』は鉱泉水だけが残る。
さらに厄介なのは、『いますぐお兄ちゃんに妹だっていいたい』の共通線が長いことだ…………分岐を決める選択肢をすべて選んだ後でも、さらにずっと長く経たないと個別ルートに入れない。しかもルートに入ってからも、展開は共通線の緩慢さを引き継ぐ。妹ルートでは、最初は完全に学校日常の続きで、さらに主人公が妹の日記を見て、彼女が自分に男の子だと言ったのは嘘だったと気づく。つまりここで主人公は妹の本当の性別を知っている。普通に考えればシナリオは進むはずだが、進まない!主人公は妹との日常学校生活を続け、二人は曖昧に距離を詰めていく。ゲームのタイトルは「いますぐお兄ちゃんに妹だっていいたい」なのに、ここでは「いますぐ」がどこにあるのかまったく見えない。妹のぐずぐずさにイライラするし、しかも主人公は秘密に気づいているのに妹は避けて話さない……延々と長い時間が過ぎた後、ようやく矛盾のシナリオが突然爆発する。主人公が義母を認めないという部分だ。

主人公はゲームの最初から「父が再婚しても、自分には一人だけ母がいる」と言っている。同時に主人公はいつも女性用の腕時計をしている。それは母の遺品だ。妹ルートの最後で、この唯一の伏線がようやく爆発する。義母を認めない気持ちと父への誤解(父は母の遺品を処分したと主人公に言ったが、実際は違っていて話が途中だっただけ)が重なり、主人公の怒りが露わになる。その後、主人公自身もこれはよくないと思い直し、父から母の手紙を渡される。読んだ主人公は母と父の深い思いやりを理解し、変わろうと決意する。しかしその時、主人公の腕時計が壊れる。海水が入ったらしい(おそらくあの日妹と海に行ったことが関係している)。主人公は悲しむが何も言わない。妹はその時計が主人公にとって母のようなものだと知り、こっそり持ち出して時計屋で直そうとする。当然、事件が起きる。時計屋の店主が車で妹を部品探しに連れて行く途中、天候が悪く崖から落ちる。死にはしないが、谷底に閉じ込められる(『グリザイアの果実』の天音ルートに似ている)。もちろんそんなに悲惨なことにはならない。主人公が友人を動員して捜索し、妹を見つけ、二人は完全に恋人になる。主人公も今の母を認めるようになり、ここで万事ハッピーエンドを迎える。


妹ルートの最後に大きな展開が来るけれど、第一に遅すぎるし、第二に突然すぎる。たとえるなら、農夫山泉を飲んで最後の一口で水が突然唐辛子味になるような不自然さだ。妹ルート以外のキャラのルートはかなり短い……真央線では、茅野愛衣が最初は男性の身分で学校生活を送っていて、主人公が理解を深めた後、彼女が自立したいがために剣道場の祖父と約束し、男の子のように強くなりたいと願い、少しずつ自分の中の女の子の部分を閉ざしていたことが分かる。祖父もまた古株のツンデレで、孫娘がこうあり続けるのを望まず、難癖をつけて孫を剣道の弟子から除名し、普通の女の子になってほしいと願う。最後は当然、真央が剣道と女の子の間でバランスを取り、幸せな生活を送る……

まあ……全年齢ゲームは本当に少ない。作ろうとする大多数はシナリオに自信があるからで、痛い目を見る作品も少なくないが、大多数はそこまで悪くない。ただ、この平坦なシナリオがもたらす、広くオタクに向けて頭を下げるようなコンプレックス感は少し微妙だ。シナリオライターは『恋愛と選挙とチョコレート』を書いているから、基本的なギャルゲーの作法は分かっているはずで、シナリオの起伏を大幅に増やすこともできるはずだ。ただ、この過剰なまでの抑制の結果、残ったゲーム全体は声優を売りにするドラマCDにすぎなくなってしまった。

ここで感慨にふけらずにはいられない。18禁ゲームはキャラ設定が多少崩れても、CVが無名でも、音楽が質素でも、わけの分からないHシーンが一つあれば誰にも何も言われない。一方、全年齢のギャルゲーは、どれだけ各方面に良心を注いでも、「ヤれない」の一言で簡単に否定される。そして『いますぐお兄ちゃんに妹だっていいたい』は、まるで全編コンプレックスを抱えて「ほら、こんなにCGを詰め込んで、こんな豪華なCVを使って、こんなに強い音楽を用意した。これで『ヤれない』の三文字に匹敵すると思う?」と言っているようだ。

『いますぐお兄ちゃんに妹だっていいたい』は自分の誠意で、たとえ「ヤれなくても」価値があると思わせたい。けれど保守的すぎて、逆に過剰矯正のように感じる。
たとえば、酒は健康に害があり、ジャンクフードは肥満を招くと言う。しかし毎日果物と野菜、薄味の食事ばかりだと、本当の健康はかえって退屈に感じる。
ただ、『恋愛と選挙とチョコレート』が好きな人にとっては、『いますぐお兄ちゃんに妹だっていいたい』には少なからぬ価値がある。ゲームには前作のキャラが登場する。住吉千里であれ東雲皐月であれ、二人が出てくるタイミングはとても嬉しく懐かしい気持ちにさせてくれる。『いますぐお兄ちゃんに妹だっていいたい』の時間軸は『恋愛と選挙とチョコレート』の二年前で、ゲーム内の千里と皐月のいくつかの台詞からも、主人公が多かれ少なかれ彼女たちの人生の軌跡に影響を与えたことがうかがえる。

たとえば千里はチョコレートが食べられない

天国のオシマくんの名前がまた間違って読まれる。

お菓子を作る男の子は一番かっこいい

毎日病気で休んで復学したお姉さん、仲良くすべきか(水橋さんを出して一言言わせればいいのに!!!!!!)

寿司屋と甘味処の人が知り合い

少なくともこういう場面をプレイしている時は、自分は心から笑った。ゲーム内で数少ない驚きを感じた内容だろう。
『いますぐお兄ちゃんに妹だっていいたい』というゲームはどう言えばいいのだろう。のんびりした性格で、平坦で、水のように淡い恋愛が好きなら、もしかしたら悪くないかもしれない。あるいは住吉千里をもう少し見ていたい……なら試してみてもいい……
実はただ言いたいのは、『いますぐお兄ちゃんに妹だっていいたい』のキャラ設定は『チョコレート』に比べて後退しているように見えるということ。住吉千里の立ち絵は360度すべての方向で他のヒロインを何周も上回っている。顔の赤らみを描きすぎるのは、やはり良いことではないと思う……
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