『はじめるセカイの理想論』レビュー
正しいクソ真面目な話――『はじめるセカイの理想論』
誰にでも中二病の時期はある。俺も若い頃は「めちゃくちゃイカした哲学的で含蓄のある言葉」をありがたがって聞いていて、それを真理と崇めては、よく引用しては自分に教養があるかのように見せびらかしていた。
だいたい「人間はみんな自己中だ」「人間はそもそも原始的な欲望に突き動かされる動物だ」「社会は暗黒だ」「世界は陰謀だ」……みたいなやつ。
まったく、誰にでも自分だけの「黒神話」があるもんだ。
ただ、今さらそんなことを言われても、ちょっとアホくさいなと感じる。間違ってるとまでは言わない。多くは確かに事実だ。だが、どれもこれも「正しいクソ真面目な話」でしかない。
「人間とは醜く、自己中心的で、利に走るものだ……」(日本語で言ったほうが効果倍増、なになに「人間とは……」とか)
そうだよ、で、何なの? それって当たり前のことじゃん。そんなのを繰り返し唱えたところで、その「人間の弱点」を利用して金を稼げるのか、それとも人間をそういう「弱点」から脱却させる手立てでもあるのか。むしろ毎日そんなことを唱えてるお前自身がずっとその「弱点」の中に生きてるんだろ?
大人になって、いろんなものを見るようになると、たいていのことはもう驚かなくなる。関心があるのは、どうすればもっと自分が気持ちよくなれるか、もっと現実的になれるか、そっちのほうだ。
ムカつくものを見たら、変えるか、受け入れるか、我慢するか。それ以外のことに意味なんてない気がする。
現実はそうでも、ゲームや映像作品の中ではこういう手の内容はやっぱりウケる。現実では無力だからこそ、仮想の世界では自分が世界を救う妄想ができる。だからギャルゲーの分野でも「創世神になる」的な題材がもてはやされるんだろう。平行世界が次々出てきて、滄海桑田、一瞬で万年を見るがごとき高次元的人类の生存体験を味わわせてくれる。
今回話すのは漩涡の『はじめるセカイの理想論』だ。

漩涡の過去作は、俺の中ではシナリオ評価が高くないし、大した期待もしていない。みんな水鏡先生目当てで抜きに来てるからな。昔、漩涡が一見シナリオ作っぽいものを出したこともあった。何とか「世界滅亡」とか。シナリオロックや TRUE END っぽいものをつけても、やっぱり「シナリオ作」には感じにくい。主な理由は語りの力が弱すぎることと、文章もダメ。どう見てもエロコメディ漫画だ。
それが後に漩涡から「Pieces」シリーズが出て、その強烈な TRUE END の演出で評価が一変。続く FD ではシナリオをマジメに見てもいいかも、と思わせるまでになった。成功した転換だったと言える。
転換に成功したから、漩涡は自分で切り開いた新路線を進み始めた。だが悪いことに「神棍」の道へ突き進み、後の作品はどんどんミステリアスになっていった。まるで小西天を建てて大乗仏法を伝えようとするかのごとく、シナリオの格は無駄に高いのに誰にも理解できない、というスタイル。作品の理念をさらに高められると思ったら大滑り。あの『アンレス・テルミナリア』は今見ると完全にピエロだ。あのゲームのシナリオをきちんと解析できた人を俺は未だに見たことがない。むしろ脚本自身も自分が何を書いたか分かってないんじゃないか。
そんな痛い目にあったから、今回の『はじめるセカイの理想論』がある。脚本兼ライターの近江先生、彼の売りは「素直に意見を聞くこと」。前作が誰にも分からなかったから、今作の最大の変化はシナリオの平易化。マヌケにでも分かるようにすることに全力を注いでいる。
『はじめるセカイの理想論』のあらすじは呆れるほどシンプル。男女の主人公たちが神に異世界へ召喚される。その世界には「世界の敵」がいて毎日攻めてくる。主人公たちは反抗軍として、自分たちの持つ特異能力で立ち向かう。だが、これすべて神の仕掛けた罠。神は選ばれし「男女主人公たち」が「理想世界」についてどう考えるか見たいだけ。つまり、どんな世界が本当の「理想世界」なのかを知り、参考にして創造したいのだ。

召喚された主人公たちは、それぞれ異なる平行世界から来ている。未来、古代、中世、そして現代日本。ヒロインごとに「理想世界」の解釈は違うが、共通するのはその「理想」が自分の生育歴に根ざしていて、限界だらけだということ。「足りないものほど欲しがる」とはよく言ったものだ。たとえばシャークのような童貞にとって、理想世界は当然、童貞を卒業できる世界。だが、そんな概念が万人に当てはまるわけがない。明らかに各ヒロインの個別ルートは、それぞれの「理想世界」の追求に対応しているが、その答えでは「神」は満足しない。

そこでプレッシャーは主人公へ。最後の TRUE END だ。主人公が創りたい「理想世界」は多くの側面を考慮しているが、どう選択しても全員を満足させられない。世界の最終的な行き着く先は滅亡だ。ここは少し弁証法的で哲学的な理念になっている。みんな分かってる、十人十色で、全員が一つのルールに満足するなんてありえない。「最大公約数」を求めるしかない。そしてその理念の下では、必ずこのルールは「理想的ではない」と考える人が出て、時間が経てば不満が矛盾へ発展し、世界は滅びを迎える……
正しい答えは「絶対理想の世界なんて存在しない」だろう。だがゲームは偉そうにそれを認めない。もしかしたらエロゲーをやってる連中には分からないと思ったのか、最後は無理やり価値を持たせた。「理想の世界とは、誰もが自分の理想を実現できる世界のこと」だと。
この言葉はややこしいが、何度か読めば分かる。よく考えれば無敵じゃん、完璧じゃん、と思う。
理想の世界とは? 誰もが自分の理想を実現できる世界が理想の世界!
では聞くが、二人の理想が衝突したら? たとえば俺の理想は世界からバカが全員死ぬこと、竹牛逼の理想は生き残ること。これは衝突だ。どう満たす?
だからこの TRUE END の答えは「正しいクソ真面目な話」感がある。1+1 は何かと聞かれて、1+1 の結果とは 1+1 を計算して得られる数値です、と答えるようなもの。
論理的に間違ってるか? 間違ってない。でもその答えに意味はあるか? 明らかにない。
『はじめるセカイの理想論』の主旨はまさにこれだ。脚本が深いことを書こうとして、世界の統一や宇宙平和について語りたかったのは分かる。だが明らかにそれを脚本の能力では、独創的で説得力のある答えは出せない。ならばと定番のポジティブ展開、大団円の書き方。エロゲーの語りにおける「餃子を包む」ようなものだ。
正直、物語全体ではあの金髪の個別ルートのほうがまだ面白い。少なくとも暴君思考が書かれていて、今の世界情勢にちらりと映るものすらある。他の内容、TRUE END を含めて、正直物足りない。

『はじめるセカイの理想論』が「分かりやすい語り」を求めた妥協だと言うこともできるし、脚本の実力はこの程度で、深いものは書けず、ミステリアスを装って奥深さを演出しているだけとも言える。その生命線の腰布を失ったとき、露わになる本当の実力には思わず苦笑いしてしまう。
まるで俺が昔「中二病」だった頃のように。自分はクールだと思っていても、実際は何者でもなく、冷静で成熟した人の目にはただのバカに見えていた。
だから『はじめるセカイの理想論』のシナリオを良いと思う人もいるかもしれないが、結局その人たちも大人になればアホくさいと感じるだろう。何しろゲーム全体が表現している主旨は、一言で言えば「正しいクソ真面目な話」なのだから。
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