『八剑传』レビュー
八剣伝
このゲームに注目した理由は単純だ。制作チーム IROTORI の前作『サクラノ裁き』がとにかく良かった。ストーリーの面白さを確保しつつ独自のシステムも作り上げていて、いわゆる「専門」の推理ゲーと比べれば差はあるものの、ギャルゲーという垂直領域では一頭地を抜いていた。いっそ他のテキスト AVG と渡り合えるレベルだった。
実際彼らはそうした。『サクラノ裁き』は多くの家庭用機に展開し、後に Steam でも配信されて好評を博した。だから今回の『八剣伝』は発表された時点からちょっと期待していた。「本物のストーリー重視」作品を頼むぞ、と。
もっとも、日本の歷史にはあまり興味がないのだが。

やっと時間を捻出してクリアした時、このゲームは「ストーリー重視の大作」への需要を完全には満たしていないと気づいた。企画そのものに問題があるわけでも、話が下手というわけでもない。理由の一部には納得もできる。だがともあれ、このゲームは結局のところ自分を満足させてはくれなかった。
まず物語の内容から。舞台は架空の日本戦国時代、年号は「紅和」。決して散らず枯れない紅葉が空を舞い続けているからだ。連年の戦乱は、その紅葉を信仰する謎の宗教「朱教」も生み出した。この神秘の教団はいつの間にか発展し肥大化して、あらゆる方面に触手を伸ばしていた。

戦いの絶えない乱世で、八人の選ばれし者たちが偶然から集い、伝説の「八人の剣士」となる。彼らは「朱教」が暗躍してきた陰謀を暴き、それぞれの立場を捨ててまで「朱教」の最終ボス「玉梓」と「伏姫」に立ち向かい、斬り捨てて計画を粉砕する。歪んだ歴史を現実へと戻したのだった。
もちろんこの「八人の剣士」それぞれの個別エピソードを細かく語る必要はない。ごちゃごちゃしすぎているからだ。一つだけ覚えておけばいい。全部「朱教」のせいだ。

ほぼどのキャラの個別ルートにも「朱教」のキャラが登場する。身の不遇ゆえであれ反社会性ゆえであれ、例外なく全員が悪役で、しかも必ず脇役を一人殺す。これで悪役の帽子はしっかりかぶせられたわけだ。唯一の夏和小ボイスである……朱教出身の護法先知・八千代大鶴も、物語の中で自分が朱教に利用されていると気づく。さらに彼女を裏切らせるため、目の前で親友を残酷に殺してみせる。どの個別ルートも『ワールド・オブ・ウォークラフト:リッチ・キング』の「リッチキング」みたいな感じだ。悪役があちこちで登場しては挑発し、俺が黒幕だと告げて、さっさと団結して叩きに来いと促している。

ゲーム本編のタイトル『八剣伝』にも由来がある。この物語のタイトルは19世紀に出版された日本の読本『南総里見八犬伝』、略して『八犬伝』を改変したものだ。罠にはめられた伏姫の手元の宝珠が各地に散らばり、八人の武士が「犬」の字をコードとして継承して八武士となり、最後には団結して邪悪な悪役を打ち破る物語である。見れば分かる通り『八剣伝』は完全に『八犬伝』へのピクセル単位のオマージュだ。しかもこのゲームはそれに説明まで加えている。『八犬伝』は伝説であり、今の『八剣伝』はその伝説を元に生まれた現実なのだ、と……
正直こんな小理屈は全く意味がない。もっと単純に、本作は八人の天命を背負った剣士が各地に散らばる根器を集め、邪教の大魔王と戦う話、それだけだ。

本作がもたらす感覚は複雑だ。まず確かに「ストーリー重視」のゲームで、制作陣が「宏大な宿命感」のあるビジュアルノベルを作ろうと真剣に取り組んだことは伝わる。設定も妙に「武侠」っぽく(そう言っていいのか?)、日本戦国時代の背景描写も味わいがあり、小さな章のいくつかでは「不幸を招く宝珠」のような哲学めいた道理も語られる。小噺を語るのはうまい。だが物語を進め、緊張感を高める段になると、あまりに乱暴すぎる。
その「乱暴」は文字通りの乱暴で、彼は便当を選んだ。中盤以降、主人公グループ以外の人物はほぼ全員が便当を貰う。特に個別ルートに出てくる特定の脇役は、最後には必ず死んで退場する。まずキャラを立ててから殺せばプレイヤーは「震撼」を感じるはずだ、と作者は考えたのだろう。この手は確かに効く。だがずっと使い続けてはいけないし、まして連続で使ってはいけない! 死者が続出することで中盤以降の展開はむしろギャグになってしまい、以前登場人物を増やしすぎて、決戦を前に脚本がそんなに多くを書ききれず、いっそ一斉大掃除でもしたのかという気にさせられる。
最後のボス戦もステレオタイプだ。この「真のボス」の登場がどれほど退屈かはさておき、悪役の造形がまず馬鹿すぎる。悪役の「悪」は見えるが、「詐」が一片も見えない。一番笑ったのは八千代大鶴の裏切りだ。大鶴はずっと朱教に囲われ、幼い頃から深く洗脳され、外の世界がどうなっているかも知らない。後にこっそり逃げ出し、現実の世界を見て、人生観や価値観に衝撃を受けて朱教を疑い始める。だがこの時点でまだ完全に決裂する決心はしていない。相手は長いこと自分を育ててくれたからだ。ところが朱教はよりにもよって、彼女の目の前で親友を処刑する。彼女の朱教への態度は「疑い」から「敵対」へと一気に変わり、超能力を持つ人材を外へ追いやってしまう。俺が朱教なら間違いなく「借刀殺人」をやる。大鶴に朱教の言うことこそ正しく、外の連中は間違っていると理解させ、あっさり彼女を呼び戻す。ところが劇中の朱教ときたら、もっぱら俺は悪人だ、俺は面倒事が好きだ、やりたければ来い、という潔さを前面に押し出してくる。
2024年にもなって、こんなに愚かで直球な悪役はそう見かけない。歪んだ演説をする「魅力ある悪役」を見慣れすぎたせいか、こういう純粋にステレオタイプな悪党を見ると少し戸惑う。

手短に言えば、『八剣伝』の語りは壮大に見えて中身はあまりに直接的で単純だ。「悪者を殴る」という伝統的な筋書きで、子どものおとぎ話の読み物と一緒である。悪役がなぜ悪役になったのかなど全く考えない。悪役はただ純粋に悪事を働くから、殴ればいい。
ストーリー以外では、本作の演出もやや縮水している。『サクラノ裁き』には推理システムがあったが、『八剣伝』にはない。せいぜい多視点切り替えがあり、各ルートの話を章に刻んで自由に順番を選ばせ、全部読み終えるとさらに解放される仕組みで、プレイヤーに限定的な選択を与えたがほとんど役に立たない。会話には水墨風の顔アップのカットが多用されるが、繰り返しが多く、画面のチラつきまであって、低予算版のショウ・ブラザーズ映画みたいな印象だ。ゲームは自らの「大作感」を示すため、多くの「独立 OP」を使っているが、その曲も映像も切り込みも内容も貧相で、サードパーティの MAD 以下だ。動画が流れると、不意に歌が鳴るのに驚かされるか、すぐスキップしたくなるかのどちらかである。
後半に続く便当やどんどんギャグになっていく悪役の展開、あの粗悪な挿入歌と画面のチラつきに、最初は驚嘆し、最後は苦笑い。感情の起伏は激しかった。最終的にはこのゲームに少しだけ理解すら覚えた。プロデューサーの大きな野心は見える。だが後半で資金が尽きて、これくらいの形にしかできなかった苦渋も見える。おそらくこれが精一杯だったのだろう。
もちろん『八剣伝』にはもう一つ抽象的な話がある。その評価が IROTORI 前作『サクラノ裁き』と共に、野良評点サイト「批評空間」から消えたのだ。サイトの説明は制作側の要請。ネット民の推測は『八剣伝』が大量の悪評を受けたから。だが俺の目には、このゲームはずっと「批評空間」で70〜80点台と、全然悪評なんかなかったのだが……

真相はどうなのか、俺にも分からない。もしかすると IROTORI 公式がゲーム評価の宣伝権を握りたかったのか? 公式サイトには多くの好意的な評価が載せられているのを見たが、それが何の役に立つ? 暇を持て余してブログでゲームをレビューする人間を統制できるのか?
とにかく『八剣伝』はなかなか良いゲームだ。話は直接的、というか「単純」だが、今年数少ない、最後まで読み進めて「爽快」なゲームではある。熱血漫画よろしく大悪党に集団で立ち向かう展開に、日本戦国の背景、武将に智将、それに降将まで揃っている。日本の「三国志」的な二次創作を読んだつもりで、勢いで楽しむだけでも元は取れる。何しろこういう恋愛より語り重視のゲームは、一本プレイするごとに貴重になっていくのだから。
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