『望却のエディシウス』レビュー

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物語の冒頭、主人公は社畜として生活と上司の重圧に毎日押しつぶされ、死にたいという思いを抱く。日本人が大好きな駅のホームで、やってくる電車を前に飛び降りようとする。

ふわりと飛べば、人生から完全に解放される。

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もちろん、主人公にそんな度胸はなく、結局は惨めに生き続ける。そんな彼の心が極限まで沈んでいたとき、一人の少女に出会う。彼女は混浴の銭湯に入りたいから手伝ってほしいと頼んでくる。理由は単純で、入ったことがないから入ってみたい、というものだった。

少女はナギサと名乗り、とても明るく見えた。混浴の銭湯に入るだけでなく、主人公をあちこちへ引っ張り、美食を味わい、新しいことに挑戦する。海辺へ景色を見に行ったり、島へリゾートに行ったり。何か不思議な魔力でもあるのか、主人公は彼女に引っ張られるままだった。他人なのに、二人はまるで恋人のようにデートのようなことを重ね、最後には本当に恋人のように、愛し合うことまでしてしまう。

ところが、ナギサと一発やって眠りから覚めると、彼女はいつの間にか起き上がってベランダへ出ていた。主人公に感謝を告げ、自分は十悪不赦の殺人犯だと明かし、最後の願いは叶ったと言い残して、そのまま飛び降りる。下の階に激しく落下し、血の海に倒れた。

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その光景を目の当たりにした主人公は目の前が真っ暗になり、気を失う。再び目覚めると、自分がタイムループに陥っていることに気づく。ナギサと知り合ったばかりの、デートが始まる頃に戻っていたのだ。さらに恐ろしいことに、ナギサもそれを知っているらしく、二人はこのループの中で延々とデートを繰り返す。そして最後には、主人公もナギサも様々な理由で死ぬことになる。その大半はナギサに殺されるのだが。この繰り返しの中で、主人公はナギサという少女の本当の名前が桂木望であることを知る。

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このヤンデレ少女・桂木望とのループ生活の中で、主人公はあらゆる手段を試して脱出を図るが、そのほとんどは失敗に終わる。最後にはもうままよと、汽車の切符を買ってこの狂った女から逃げ出そうとする。すると、逆に狂った女の方が焦り始め、主人公が相手をしてくれないと自分はどうしていいか分からなくなる、と泣きついてくる。まさに「遊んでくれないと困る」という感じだ。そこで桂木望も、自分が「殺人犯」であるという過去を正直に話し始める。

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桂木望は母子家庭で育った。母親は彼女に冷たく、誕生日にもケーキをくれず、普段は安価な非常食のようなものばかり与えていた。やがて母親は新しい父親を連れてくる。最初は優しかったその継父だが、実は変態で、こっそり望の入浴動画を撮影し、彼女の下着とセットで売っていた。さらには望に万引きを指示することまであった。母親も母親で、毎日のようにホスト通いをし、望を嫌悪しながらも、継父の変態行為を黙認していた。この家庭は完全に崩壊していた。底抜けの母親と変態の父親。最終的にこの極悪カップルは内輪もめを始める。理由は単純で、金がなくなったからだ。長い口論の末、二人は責任を娘の望に押しつけた。望は耐えきれず、包丁を手に取って二人とも殺してしまった。

そのとき望は悟った。母親も継父も、自分は誰にも愛されたことがなかった。誰にも愛されないのなら、せめて自分だけは自分を大切にしよう。そう決めて、彼女は死ぬ前に一度楽しもうと考えた。普段やりたかったけどやったことのないことをしよう、と。海へ旅行に行く、恋をする、混浴の銭湯に入る……。そうして物語冒頭の主人公との出会いが生まれた。そしてなぜか、死を望めば望むほど死ねなくなり、逆に時間のループに囚われてしまう。

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そこからは話は単純だ。主人公は手慣れたテクニックと心に響く説教で、ヒロインの罪悪感を和らげていく。これはお前のせいじゃない、お前は十悪不赦の殺人犯なんかじゃない、と。そして物語は二つの結末を迎える。一つは、二人が警察に追われて一緒に飛び降り自殺するエンド。もう一つは、自ら自首するエンド。主人公は犯人蔵匿罪、ヒロインは殺人罪で服役するが、認罪態度が良好だったため減刑され、最後には刑務所の外で再会し、新しい人生を歩み始める。

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『望却のエディシウス』は商業作品ではない。サークル「ぽかぽかびより」が主導し、脚本家の伴坂が中心となって制作された同人作品だ。制作チームは一目で非商業と分かる、いわゆるコスト削減の典型。ヒロインのCVは最近とんと声を聞かない前田恵(あじ秋刀魚)で、ゲーム内では大半のキャラにボイスすらない。OPとEDの制作監督は、マーケティング系歌姫の月乃と、底辺vtuberの紫園そると。まさに寄せ集めの即席チームである。販売も商業ルートではなく、直接boothと同人イベントでの展開で、どうやら意外と売れているらしい。これもひとえに絵師・雪村うさぎと業界の友人たちの後押しのおかげだろう……。

もちろん、ゲーム自体の品質がそれなりに良いという点も無視できない。

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そう、どこからどう見ても即席の寄せ集め作品なのに、質は意外なほど高い。原画はR18のものを除けば、ほとんど崩れがない。背景は実写写真を二次レンダリングで加工したものだと一目で分かるが、実写なだけに非常に調和が取れている。BGMは使用数こそ少ないが、プロのチームだけあって、元MMEの作曲家・東条サダヲが手がけており、商業作品と渡り合えるレベルだ。あじ秋刀魚も今はもう奮わないが、実力は一線級。

そしてシナリオ面では、短いながらも分かりやすく引き込まれる。少なくとも長ったらしい導入や日常パートはなく、すぐに本題へ入るので読んでいられる。

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ゲームのテーマも別に語ることはない。正統派のポジティブな物語で、死と絶望の対比を通して生きる意味を見つけさせる。相変わらず政治部が大好きな正しさだが、人に生き続けるよう説得する最良の方法は、自分より惨めな人間を探してくることだ。タイトルの『望却のエディシウス』にも意味がある。エディシウス、発音は「エディシウス」、英語表記は「edicius」。これはインターネット時代に生まれた造語で、「suicide(自殺)」を逆さに綴ったもの。自殺とは正反対の意味を表し、本作の方向性をより完全に定めてくれる。企画の小粋な工夫も感じられる。

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これこそ、最近のほとんどのギャルゲーに不満を感じる点だ。物語への導入が遅すぎる。せわしない社会では、じっくり見入ることなど難しい。人の心が浮ついているせいだと言うこともできるが、ほとんどのギャルゲーのシナリオがあまりにアホらしいのを見ると、脚本家の方がよほど浮ついているように思える。本作の最大の利点は、素早く物語に没入できること。何しろ主人公が自己紹介から飛び込み自殺を考え始めるまで20分もかからないし、ヒロインの登場も早い。デートの進行も退屈ではなく、むしろ謎めいていて、その後のヒロインの突然の自殺にも爆点がある。そして最後の生い立ちに関する回想シーンは、演出効果が極めて優れている。ゲームCGで最も予算をかけた部分がここにあるのは間違いない。人物は描かれず、紙に書かれた数字だけでも、あの振り返りたくない過去を語るのに十分だ。

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だから『望却のエディシウス』というゲームは、正統な商業作品ではないけれど、ほとんどの商業作品が到達できない高みを実現している。しかし、別に奇抜なテクニックを使ったわけでもなく、ただ即席の寄せ集めのような人々がゲームを良くしようと集まっただけだ。これが奇跡なのか、それとも皮肉なのか。


長所:

  • 短くまとまっていて、ゲーム体験が良い
  • 絵柄が優秀
  • 価格が安い

短所:

  • R18 CGが多数崩壊

  • プロのCVが一人だけ(つまり一人しか聴きどころがない)

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