『できない私が、くり返す』レビュー
繰り返しても無駄だった
『できない私が、くり返す。』というゲームには少なからぬ印象を受けた。絵柄やその他の要素のせいではなく、主に「泣ける」「最高」と多くの人が言っているからだ。一般的に多くの人に認められているゲームなら、そう悪くはないはず。六月はゲームも少ないので、その空き時間に遊んでみた。
タイトルが妙だ。私の1歳児レベルの日本語力で判断すると、たとえ私が何度タイムリープしても、何も変えられないという意味だろう。ゲームが始まると、主人公は「漣」というお姉さんから懐中時計を渡される。これは時間を越えて過去に戻れる懐中時計だという。
「でも、タイムリープしても意味はないわ。未来は変えられないから」
未来を変えられないタイムリープなんて、ほとんど役に立たない。漣は懐中時計を渡すとき、繰り返し強調した。
未来は変えられない
こうして物語は、お姉さんである漣が死んで5年後、懐中時計を持つ主人公が詩乃という少女に出会う瞬間から始まる。

正直に言うと、このゲームの筋はかなり単純だ。
主人公は詩乃と出会い、日常的な会話を重ねるうちに、詩乃ががんを患い、余命いくばくもないことを知る。少し同情し、詩乃が死ぬ前に接する機会も少なくなく、一応友達と言える関係になる。詩乃の友人とも知り合い、彼女と一緒に詩乃を見舞う。病床に横たわる末期がんの詩乃は比較的しっかりした様子で、主人公は詩乃に死ぬ前に何か願いはあるかと尋ねる。
「今さら言っても仕方ないよ」と詩乃は笑った。
そしてある日、詩乃の友人が突然、詩乃が死んだと主人公に告げる……
主人公は詩乃が死ぬ前の様子を思い出す。何か願いはありそうだが、遅すぎると思って言わなかったのだろう。主人公は人助けが好きなので、一度だけ時間を遡って詩乃の生前の願いを叶えてやろうと考えた。そうして懐中時計を取り出し、初めて詩乃に会った時間へと遡る。
遡った主人公はすぐに詩乃と打ち解け、ある日詩乃に尋ねる。「生前、何か願いはあった?」
詩乃は少し考えて、リンゴのような形のメモ用紙を取り出した。

「願いは7つあるの」
「恋がしたい」 「親孝行がしたい」 「海に行きたい」 「部屋を片付けたい」 「お世話になった人にお礼を言いたい」 「一日遊びたい」
あともう一つは? 詩乃は言う。「それは秘密。最後に教えるね」
そこで主人公は自ら「恋がしたいなら、俺が彼氏になってやるよ。実は最初から君のことが好きだったんだ」と言う。
詩乃は少し考えて告白を受け入れ、主人公と一緒にその願いを叶える活動を始める。たくさんの人に会い、海にも行き、遊び、部屋も片付けた。海辺で詩乃は主人公に尋ねる。
「どうして私に告白したの?」
主人公は少し考えて、以前に漣という姉さんを知っていて、同じ病気だったことを話す。そしてつい漣のことをたくさん話してしまう。詩乃もその理由を受け入れた。
やがて詩乃の病状はどんどん悪化し、最期のとき、主人公は最後の願い、まだ言っていなかった7つ目の願いを尋ねる。
詩乃はさっきの紙を取り出すと、最初の行の「恋がしたい」に線が引かれていないことに気づく。
「あなたは私を愛していない。愛しているのはあの漣でしょ……」
詩乃の表情は複雑で、恨みのようなものが見えた。
「私を騙したんだから、最後の願いはこれ。出て行って。私が死ぬところを見せたくない」

主人公は塞ぎ込んで立ち去り、翌日、詩乃は死んだ。詩乃は主人公に手紙を残し、そこには主人公への恋心が書かれていたが、主人公が自分を愛しておらず、願いを叶えるためだけに恋愛ゲームをしていたことには早くから気づいていた。
主人公は少し後悔し、本当に詩乃を救おうと考え、お姉さんの漣を思い出す。漣は懐中時計を渡すとき、時間を遡って自分に会うなと言っていたが、主人公はそうしてしまう。
漣に会った主人公は自分の考えを話す。5年後にがんのために死ぬ少女がいて、自分はその少女を救いたいと。漣は最初理解できず、どうするつもりかと尋ねる。
「5年以内に医学を学び、がんの克服を目指す。もし5年後に詩乃を救えなければ、また5年遡って、がんを克服できるまで繰り返し学ぶ」
「たとえ……がんを克服できても、詩乃が将来別の病気で死んだらどうするの? 未来は変わらないって言ったでしょ。もしかしたら詩乃が死ぬことは変えられないのかもしれない」

主人公は言葉に詰まり、とりあえずその考えを諦め、漣と一緒に将来の対策を考える。
漣との時間を過ごすうちに、漣と同じ病床の小さな女の子が突然亡くなる出来事も経験し、感慨深くなった主人公は、詩乃との一部始終を漣に話す。漣は聞いて少し考え……
「あなたはただ彼女を騙さず、本当の気持ちを伝えればいいだけだと思う」
主人公は半信半疑で、5年後、再び詩乃と出会う。前回と同じ展開で、告白し、海に連れて行き、友人に会わせる。ただ今回は漣のことを話すとき、主人公は嘘をつかなかった。
詩乃が怒ると思っていたが、逆に喜び、主人公を許した。

物語の最後、詩乃はやはり死んだ。ただ今回は、幸福の中で死んだ。
詩乃は最後に主人公へ手紙を残した。そこには恨みはなく、寛容さと愛情だけが綴られていた。
数年後、主人公は詩乃の墓前に来て、あの懐中時計をそこに置く。詩乃をますます愛していると告げるが、それでも主人公は詩乃に会えず、かすかに彼女の魂を感じるだけだった。

以上、そんな物語だ……
大筋で物語の核となるテーマはとても良い。人には誠実であるべきだと伝え、同時に過去を手放す勇気を持つべきだと。
「何度時間を遡っても永遠に変わらない、そしてその設定を最後まで貫く」という内容は素晴らしい。少なくとも後半で主人公がチートを発動して前半の大量の展開を覆すようなことはない。
しかし、ゲームの物語が本当に上で語った通りだと思うな。あれは私が揉み砕いて加工したものだ。実際は想像よりずっと残酷だ。私が筋を復唱した後では確かに少し感動的な要素もあるが、このゲームには問題が多い。まず詩乃以外のヒロインの個人ルート。はっきり言うが、詩乃ルートと一銭の関係もない。特にゆめルートはまさに地雷。主人公がオタク女子のゆめと付き合うと、ゆめの親友が嫉妬してヤンデレ化し、ゆめを縛り上げて殺し、主人公も殺そうとする。そこで主人公は一度時間を遡ってゆめの親友の殺人計画を阻止する。そのときゆめは親友が自分を愛していることを知り、主人公と3Pしようと提案し、同意を得て、最後は3Pエンド……

こっちはもう3P状態だ。
ゆめルートの地雷度が高すぎて気分が悪くなり、他の二人のヒロインはスキップして、直接詩乃ルートへ(ルートロックあり)。それでも詩乃ルートの構成は良くない。
まず共通ルートで詩乃は突然死亡を宣告される。つまり最初は主人公と詩乃が楽しそうに話していたのに、突然詩乃が入院したと知り、その後あまり気にせず、詩乃が死んで、それ以降詩乃の出番はない。他の個人ルートでも同様で、前半の詩乃の話に存在意義があったのか疑わしくなる。
詩乃ルートに入ると、最初は詩乃がやはり不可解に死ぬが、主人公が願いを尋ねる。二度目の遡行で、主人公が詩乃の願いを聞く。ここで注目すべきは、詩乃が自分は死にゆく身だと言いながら、主人公より500%元気な気持ちで毎日主人公に延々と喋り続けることだ。延々と。延々と喋り続ける。後半、詩乃が具合悪くなってベッドに横たわり動けなくなっても、まだ主人公に延々と喋り続ける。一度目の遡行の最後、詩乃は今にも息絶えそうな口調で「あなたは私を愛していない」とゆっくり言うとき、目は虚ろで黒く染まり、主人公が「違う」と強調し続けても、詩乃は延々と「あなたは私を愛してない、愛してない、最初から愛してなかった、ずっと前から気づいてた」などと喋り続ける。

このとき、詩乃は本当に不治の病なのか疑わしくなる。本当は健康で、主人公の偽りの恋愛ゲームに怒って死んだのではないかと。ゲームの序盤では詩乃はがんと言っているが、具体的に何のがんかは詳しく語られず、後半で脳腫瘍と強調されるようだが、脳腫瘍ならこんな症状ではないはずだ。少なくとも会話の筋はこんなに明確ではない。
ゲームの最初のエンディング後にはEDがなく、ゲームのトップページにRe:Callという新しい選択肢が現れる。ちなみに全クリ後にはいくつかの小話などもここにある。

そして主人公の二度目の遡行後、つまり主人公が漣に会うと、ゲームは新たな延々と喋り続ける展開を始める。ただし相手は漣に変わる。もともと主人公の計画を漣が否定した後、本題に入るはずだったが、ゲームはそうではなく、また毎日の口喧嘩が始まる。ギャルゲーに日常会話を増やすのは良いことだが、日常会話の描写にも要求がある。あるゲームの日常は面白く、あるゲームのは眠くなるだけだ。残念ながら、このゲームはSPPL と同じで眠くなる。しかもヒロインはほとんどの時間、蠅のように延々と喋り続ける。会話に爆点はなく、とても退屈だ。
もっとふざけているのは、ゲームが死にゆく人とHする場面だ。まあエロゲーだから仕方ないが、こんな乱暴にやるのはどうか。まるで妹が元気だったのに主人公に犯されて死んだように見える。もっとふざけているのは、主人公が二度タイムリープして、それぞれ三回ずつ死にゆく妹とHしていること。主人公に何か悪い趣味があるのではないかと疑ってしまう。
もう一つ特筆すべきはゲームのBGM。OPの「Re:Call」は神曲だが、それ以外のBGMはまったく腹立たしい。悠揚な旋律はなく、濃厚な電子音だけ。しかも切り替えが乱暴で、なかなか没入できない。何しろゲームの日常はすでに非常に催眠的だ……そしてゲームの音楽担当もそれを知っているようで、多くの場面でRe:Callを濫用している。1/7魔法使いと同じで、余計にLow Bに見える。
幸いゲームの絵柄に大きな問題はなく、なかなかの水準に達している。しかしギャルゲーとして、核となるシナリオと音楽が人を惹きつけられないなら、単なる画面はCGを抜き出した後にさっさと削除される運命でしかない。
今さら『できない私が、くり返す。』の好評を見ると、その多くは「主人公がヒロインのために何度も時間を繰り返して尽くす」という点に留まっている。しかしよく見れば、繰り返す回数は鳳凰院凶真にも及ばず、日常の展開の敷き方には不合理が多すぎる。それに不可解な個人ルート、そして最後の「末期がん患者が健康な人より元気」という不合理な展開。共感は難しい。特に最後の点、詩乃が息絶えそうと言いながら延々と喋り続けて死なないのは、むしろ「このおしゃべり女、まだ死なないのか」という恐ろしい暗い考えを抱かせた。結局のところ、ゲーム設計の失敗がすべてを招いている。
それでも、ゲームが語ろうとしている物語は理解したし、脚本家が表現したいことも分かった。ただ道が逸れているだけだ。ゲームのタイトル通り、できない私が、くり返す。たとえ「わたし」(主人公)が何度繰り返しても、最後は「できない」結果だけだ。このゲームも私にとって同じで、ゲーム内で何度この手を使っても、私にとっては「できない」。
「できない」は少し適切でないかもしれない。もっと接地気な言葉を使おう:然并卵(つまり、何の役にも立たない)。
以上が『繰り返しても無駄だった』というゲームに対する私の大体の感想だ。おすすめするかどうか、遊ぶかどうかは、ご自由に。
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