ホンダ ヴェゼル の正直な感想
試験対策のためのものは、結局なんの役にも立たない
免許を取って間もない頃、多くの人に会うたびに聞かれた。
「いつ車買うの?」
実はこの問題、まったく考えたことがなかった。第一に車のことを全然知らないし、第二に見た目が気に入った車は値段を見た瞬間に膝から崩れ落ちるからだ。
それが両親にも聞かれるようになり、挙句の果てに「足りない分は立て替えてやるから、とにかく早く車を買え」と言われてしまった。免許まで取って車を買わないのはさすがに良くないなと思ったし、車の購入で親の金を使うのは確かに嫌だった。
そこで目標はこうなった。「自分の経済力で払える範囲で、自分が快適に運転できる車を買う」。
さて、何を買えばいいのか。
車音痴の私がまず排除したのは、ソーシャルメディアでこの質問をすることだった。某SNSで「何を買えばいいですか」と聞くと、返ってくるのは答えではなく、回答者の一方的なマウントと自己顕示、そして「もっと金を出せ」という催促だからだ。
たとえばQuoraで「1+1はいくつか」と聞けば、必ず誰かが1がなぜ1なのかを長々と説明し、プラス記号の由来を語り、1+1にまつわる歴史的な逸話を並べ、最後には必ずゴールドバッハ予想に話が飛び、しかも回答者はゴールドバッハ予想について自分なりの見解を軽く述べる。つまり答えは千万通りあれど、1+1=2と一番ストレートに教えてくれないのがあの手の場所だ。
次に職場の同僚に聞いてみた。彼らは私の身長をじろりと見て、予算を聞き、こう結論づけた。「昌河のワゴンでも買うか、30万積んでXXXXXXを買うかだな」あるいは「20万以下の車なんて運転できるのか?」などなど。
答えが見つからないまま Hi-PDA をぶらぶらしていたら、「キーボード車神」という言葉が目に入った。なるほどな、と思った。キーボードの上でいくら論じても何の役にも立たない。結局は自分で見に行くしかない。
そこで「他人に意見を聞く」という考えを捨て、自分でパラメータを調べ、4S店で実車に触ることにした。しかし絞り込めば絞り込むほど選択肢は減っていく。実はSUVなんて買いたくなかったし、「中国市場向けにわざわざ出したコンパクトSUV」みたいなのも嫌だった。本当は普通のセダンが好きなのだ。ただ最大の問題は、普通のセダンに私が座れないこと。だから仕方なくあの歪なSUVしか選択肢がない……その中で絞り込んだのは数車種だった。
ある週末、ギャルゲーをやる時間を犠牲にしてその数車種を試乗しに行き、ホンダ ヴェゼルにしか座れないことが判明した……他はどれも狭すぎて……つらすぎて……気持ち悪すぎて……
値段を聞くと悪くない。以前は欠品だったが今は在庫があり、上乗せもなく、むしろ値引きがある。4S店の営業は私の購買意欲を見抜き、毎日のように電話をかけてきて「どこが不満ですか」「なぜ契約しないんですか」と聞いてくる。
別に不満はなかった。ただ、こんなにすぐ契約したら相手に「カモ」だと思われるのではないか、という気がしただけだ。特にあの営業、年は私とそう変わらないのに話し方が高校の国語教師みたいで、会うと教育されている生徒のような気分になり、車の特徴を説明されると無意識に授業を聞くようにうなずいていた。
「違うだろ!こちらは車を買う客だぞ、なんで教育される側みたいなんだ。」契約金を払って家に帰ってから、ようやくこの問題に気づいた。
ただ救いだったのは、週末の納車を待つ間、他の4S店からも次々と電話が来て、比較した結果この店はぼったくっていない、まあ誠実だと確認できたことだ。
そこへ新たな問題が浮上する。私は仮免の技能試験のときを含めて合計6回しかハンドルを握って路上に出たことがなく、それ以外はまったく路上経験がない。このまま車を運転して出たら、正真正銘の「路上の殺し屋」になってしまうのではないか。
その瞬間、頭の中に事故現場の写真や、技能試験のときのあの扱いにくい教習車の感覚が浮かんだ。
「初めて路上で運転するのだが、どうやって常連のフリをすればいいか。至急、オンラインで回答求む。」もうネットで聞こうかという勢いだった。
あれこれ考えた末、ベテランの運転手に同乗してもらうしかないという結論に達した。他のベテランは呼べないので、最近毎日ネットで話している段老師に来てもらった。
段老師は自分はベテランで、運転は間違いなく66666、何の問題もないと豪語する。
「ああ、そうだ。段大湿は運転技術はすごいが、失敗することもある。たとえばよく木の皮に擦ったり、縁石に乗り上げてパンクさせたりする。」納車に向かう道すがら、段大湿は照れながらこう謙遜した。まるで免責条項のようで、「後で縁石に乗り上げても俺のせいにするなよ」と言われている気がした。
この瞬間の私の気持ちは複雑だったが、後の祭りで、段大湿を連れて行くしかなかった。
今の4S店の納車手続きは本当に便利で、保険会社も車管所も4S店に駐在していて、保険もナンバープレートもその場で済む。しかもこの店は不思議と保険料が安く、外で単独で買うのと変わらなかった。競争が激しすぎるということだろう。
手続きが終わり、車も対面し、各方面をチェックして問題なし、これで走り出せる。段大湿が聞く。
「お前が運転するか、俺が運転するか。」
難しい選択だったが、さんざん迷った末、自分で運転することにした。出てすぐ縁石に擦ってパンクさせるのは嫌だったからだ。
オートマチックは初めて運転した。だがマニュアルよりよほど簡単だ……アクセルを踏んで道路に出てハンドルを動かした瞬間、驚くべき事実に気づいた。
「これこそ車だ!教習所のあの車は何なんだ!」
操縦性もアクセルコントロールも、あの不安定な教習車よりはるかに良い。このとき、さらに驚くべき事実に気づく。
教習所の技能試験のような丸暗記の運転方法はほとんど役に立たず、実際に使うのはむしろ第2段階の、ミラーをよく見ることで得られる効果のほうだ。そして技能試験のとき、教官はミラーを見ることを許さず、教官の手の動きを見ろと言った。第2段階ですら、教官は数少ないポイントを丸暗記させ、その点がミラーに現れたらハンドルを切れと指示する。
幸いなことに、私は教習車に座ると身長が高すぎて視界も高くなり、教官が提供するカンニング用の目印がまったく使えず、ほとんど自分で見るしかなかった。だからこそ技能試験のとき、ミラーが見えなくてつらかった。
今はミラーを見ながら路上を走れて、信じられないほど楽だ。しかも操縦性が良いので、路上に出るのは思ったよりずっと簡単だった!
そのとき、以前自分が書いた記事を思い出した:世上最美的女人。
時には目的を素早く達成するために、試験対策のように試験の枠組みに合わせたことをする。しかしそんなものは試験に受かるためだけのもので、実戦では何の役にも立たない……
たとえば最近英語の文法を復習し、日本語を勉強していて、このことを痛感した。日本語の宿題の選択問題ではあまり間違えないのに、画面いっぱいの日本語のエロゲーを前にすると、実戦で得られる上達のほうが大きいと感じる。等級に受かるために勉強するのは、何の役にも立たない。
そう、試験対策のためのものは、結局なんの役にも立たないのだ。

P.S: ヴェゼルはアップルへの媚びがひどく、各種再生コントロールはiPodとiPhoneしか対応していない。Nexusでも厳しく、AndroidのZX1もダメ。最後にかろうじてWalkman A15がBluetoothでつながったが、これも何の役にも立たない。音質がひどすぎる。明日はD100をAUXで試そう。
P.S.S: というわけで、今や貯金ゼロの貧乏人です。
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