『時計仕掛けのレイライン 朝霧に散る花』レビュー

時計仕掛けのレイライン:ただ寂しかったから

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『時計仕掛けのレイライン』はなかなか自信に満ちたゲームだ。なぜそう言えるかって?

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一つのゲームを平気で分割して売っているからだ。

そういえば昔、中古の PDA を売ったとき、相手が寄越したのはふざけた値段で、550 だった。こっちは 2300 以上出して買ったんだぞ。たかが 2 年使ったくらいで 550 はないだろ。そこで同級生の「路大作」が助言をくれた。バラで売れ、と。たとえばこの PDA なら、当時のメルカリの中古パーツ買取価格で、画面が 300、マザーボードが 200、外装が 100、充電器が 50、ケーブルが 50。

「ほら、バラで売れば 150 多く取れるんだよ」と、路大作はメルカリの検索結果を得意げに見せてきた。

だが面倒くさい。結局そのまま 550 で売った。時間の無駄が嫌いな人間なのだ。150 のためにそんなに手間をかける気はない。パーツの方が本体よりずっと売りにくいし。それでも一つ学んだのは、バラして売った方が得だということ。時間を惜しまず、売れさえすれば、だが。

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作品を何部かに分けて売るには相当な度胸がいる。映画もドラマも小説も、ゲームならなおさらだ。どの部もそこそこ売れれば儲かるだろうが、売れなければ俺の PDA と同じで、マザーボードは売れても画面が残って誰も買わない、だったらまとめて売った方がマシってことになる。

だから『時計仕掛けのレイライン』は、ビッグな会社のビッグな大作には並べないけれど、それでも分割販売に踏み切った。この会社の勇気には脱帽する。シリーズは三部作で、それぞれ、

黄昏時の境界線 残影の夜が明ける時 朝霧に散る花

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『時計仕掛けのレイライン』という名前は「時計仕掛けの Ley Line」。Ley Line はレイラインで、物事を全部つなげると因果関係がある、みたいな意味。時計のゼンマイは問題が連鎖して起きることを表しているんだろう。

ゲームの流れはもう……語れば涙。三部あるから、当然それぞれ一作品分の長さがある。最初から三部の終わりまで通すと、战线が長すぎて第一部の話なんかあまり覚えていない。だがこのゲームの美味しいところは全部後半にある。第一部なんて完全に「意味ないじゃん」という感想しか出てこない。思い出せなくてもいい。

物語全体、つまり構成と中身で言えば、近年では珍しい佳作だ。「魔女」「魔法」「遺品」「人形」「時空」が核になるテーマで、それらを使ってなかなか面白い内容を見せてくれる。

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時間を操る魔力を持つ魔女クラール・ラズリットが、「災厄の魔女」と呼ばれるアンデルを引き取った。アンデルがそう呼ばれるのは、赤い双眸と巨大な魔力を持っているから。時空の魔女ラズリットは災厄の魔女を娘として引き取り、自分が作った学園で穏やかに育てる。母娘の関係は良好で、時空の魔女はこの娘を溺愛し、守りたい、世話をしたい、笑顔を見たいと思っている。

やがて娘は成長した。母が魔女だから、学園の図書館には魔法の本が山ほどある。娘アンデルはそこで遊ぶようになり、毎日魔法書を読み、自分自身も魔女で強力な力を持っているから、すぐにいくつか覚えた。学校での日々も楽しくなり、毎日クラスメートと笑い合うようになった。母も喜んでいた。

そしてある日、時空の魔女が出張の間に、アンデルは学校で困りごとに直面する。友達の人形が壊れて、友達はひどく悲しんでいた。アンデルは友達のそんな姿を見たくなくて、自分の力を使って新しい人形を作ってやろうと思った。作って渡せば友達は喜ぶに違いない。そこでアンデルは考えた。もし……魂のある人形が作れたら、友達だけでなく母も自分の成長を喜んでくれるんじゃないか、と。

アンデルは図書館にこもり、「人造人間」の魔法の本を読み始める。魂のある人造人間を作るのは簡単なことではない。だがアンデルは「災厄の魔女」。「災厄の魔女」の力とは……魂を操る力なのだ。

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アンデルは成功した。魂を操れるから、魂を持つ人造人間を作り、セティと名付けた。母である時空の魔女が帰ってきて、アンデルは喜んで報告した。返ってきたのは母の驚きと警告だった。

「約束して、アンデル。今後、絶対に、魂のある人形を作ってはいけない。それは罪よ。人形は人間ではない、彼らは……違うの」

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母のやや怒った表情にアンデルは不満で、苦しかった。約束はしたが、自分の作った魂のある人形セティを手放したくはなかった。だからセティを人間として扱うことにし、自分がセティのママになった。

セティは人間ではない、人形だ。魂のある人形。セティは最初、ママのように学校へ行きたがった。アンデルは承諾したが、教室に来てみると、クラスメートたちはこの突然現れたやつを知らない。

「誰? 見たことない人だけど」 「そうそう、どこの人?」

突然の質問攻めにセティは恐怖と不安を覚え、母アンデルに助けを求める。母も慌ててどうしていいかわからない。心の底からみんなが自分の娘に優しくしてくれればと願い、そこで自分の力「魂操作」を思い出し、発動した。クラスメート全員の魂と認識を書き換え、娘セティを受け入れ友好的にさせた。すぐにセティは問題なくクラスメートと遊び始めた。

しかしアンデルは知っている。これは全部自分の力で操った結果だ。魂操作を解けば、セティは元の状況に戻る。その不安がアンデルを苦しめた。だからある日、体育館集会のスピーチのとき、アンデルは一時的に魂操作を解いて、今のセティがみんなに受け入れられるか確かめようとした。もうしばらく経ったから、少しはマシになっているはずだ。

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現実は残酷だった。クラスメートたちはまた首をかしげる。この突然現れたやつは誰?

セティは怖がり、アンデルも怖がり、再びクラスメートの魂を操ろうとするが、緊張しすぎて制御できない。だから魔力を強め、強め、強め、とうとう自分の力が暴走する。力は魂操作、暴走したアンデルはその場のクラスメート全員の魂に火を点けた。全員が火の海に沈んだ。魂の火の海に。

アンデルは自分の誤りに気づき、母である時空の魔女の警告を思い出す。人形は人形、人間の環境では生きられないし、人間として扱われることもない。時空の魔女が火の海に駆けつけ、自分の全魔力で時間を凍結し、娘をなだめて魔力の暴走を止める。アンデルはようやく落ち着き、母と一緒に消火と魔力の制御を始める。ひと騒動の末、大火は消え、二人の魔女も魔力を使い果たし、重傷で瀕死。魂を焼かれたクラスメートたちも命を失った。

大失敗。生存者なし。人形セティを除いて。セティは二人の魔女が倒れ、瀕死なのを見て苦しむ。アンデルは彼女を呼んだ。

「私……間違えた。全部私のせい。あなた……必ず助けて。死んだクラスメートたちを……救って。覚えて……これは……主人の命令」

人形であるセティは主人の命令に逆らえない。時空の魔女は最後の力を振り絞り、自分の時空操作の魔力の一部をセティに注ぎ、この人形がクラスメートを救い、大失敗を償ってくれることを願った。

それを終えて、二人の魔女は息を引き取った。残されたのは人形セティ、魂を持つ人形セティ、そして時空操作の力の一部。

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だがそれでも、人形一人に何ができる? クラスメートが焼かれたのは魂で、災厄の魔女、魂を操る力を持つ者以外、誰にも救えない。

長い日々の末、セティは図書館に戻り、魂のない人形リトに会う。リトは図書館の目録で、案内役にすぎない。リトと話すうちに、セティは自分にも助けが必要かもしれないと気づく。図書館の人造人間の本を読み、自分で人造人間を作った。一人は九折坂二人、もう一人は白い釉鼠のニノマエ。人造人間が作った人造人間だからか、この二人はどこか普通じゃない。それでも主人の言うことは聞く。

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主人はセティ。母アンデル意志を継ぎ、魂を焼かれたクラスメートを救いたい。具体的な方法はあまりに見つけにくく、時間が経つにつれ、主人がすでに死んでいるため、セティの意識も次第にぼやけていく。なぜ焼かれたクラスメートを救うのか、誰のために救うのか、もう忘れかけている。ただ、クラスメートを救わなければならない、命令だから。

救う方法は二つある。人造人間「二人」の助言で、こう結論づけた。

  1. 「災厄の魔女」の最新の継承者を見つける。彼女しか救えないから。
  2. 時空魔法を使い、異空間を作り、20 年前のクラスメートが死ぬ前の状態を、魂移植で今の人間の体に移し、意識を直接奪う。

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「二人」は同時に、学園をもう一度開校しようと提案する。強い魔力を持つ者を探せば、新しい「災厄の魔女」が見つかるかもしれない。同時に、通うクラスメートを集めて魔力を奪い、その体を母体にし、20 年前に死んだクラスメートの魂をこの体で復活させる。

そうすれば彼らは救われる。

「他人を巻き込むのはよくないでしょ。そうすれば、今のその人たちの体は 20 年前の人の魂に奪われるんだよ」

「何が悪い。俺たち数人だけじゃ何もできないし、だいたいお前は大火で焼け死んだ連中を救えと命じられている。そっちが優先だ、他の人間はどうでもいい」

セティは人形だから、承諾した。

「ついでに、図書館のリトの記憶も消した方がいい。人造人間に関わる本は知られない方がいい」

こうして学園は再開し、強い魔力を持つ者を集め、学園に巨大な魔法陣を構築し、20 年前の人間の魂を呼び出す実験を始めた。昼は無理だから夜しかない。同時に魔力の強い生徒を何人か、召喚の魔力源にした。

毎晩夕暮れが来ると、学校は夜の世界になる。夜の世界には夜の世界の生徒がいて、学校の風紀委員が夜の世界の安定を保っている。だが誰も知らない、夜の世界こそ 20 年前の世界だということを。

「二人」は学園長にされ、セティは呼び出された 20 年前の夜の世界に潜入した。あそこがよく知っているからだ。セティは雛と名を変えた。

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計画はすべて順調。死んだ生徒の魂の変換には魔法石が一つ必要で、学園の生徒の魔力抽出で魔法石はもうすぐ全部完成する。あとは今の生徒を器にして、20 年前の生徒の魂を注入すれば、復活の儀式は完了だ。

ご想像の通り、これは主人公にぶち壊される。

主人公・久我三厳は特査分室の仲間と調査で学園長の陰謀を見つけ、直接止めようとする。だが学園長は計画を何度壊されても諦めない。人造人間の人形は主人の命令に従わなければならない。20 年前のクラスメートを救えないなら、すべては止まらない。災厄の魔女が見つからない以上、残る方法は一つだけだ。

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阻止の末、両者痛み分け、双方が全力を尽くす。そこで久我三厳は自分の秘密を知る。

久我三厳は入学時、学園長から魔力レベルが高いと評価された。だが実際には魔力が一滴もない。久我三厳には妹・久我満琉がいて、こちらは魔力が恐ろしく高いが、しばしば不安定な様子を見せる。

久我三厳の記憶では、子供の頃に火の海に巻き込まれ、両親は焼け死に、自分と妹だけが残った。妹の記憶では、火の海は妹が起こしたもので、両親を焼き、兄まで焼き殺しかけ、最後に兄と自分だけが残った。

ゲームの最後になって、この謎が解ける。主人公・久我三厳こそ新世代の「災厄の魔女」で、子供の頃の大火は、両親が仲良く暮らす未来を願って勝手に魂操作を発動し、魔力が暴走して火が出たのだ。あのアンデルとまったく同じ。だが今回の火の中にアンデルの姿が現れる。

彼女は死んでいるが、残影はある。自分の力の継承者の近くに。アンデルは自分の悲劇を繰り返したくなくて、主人公・久我三厳の魔力を抜き取り、妹・久我満琉に移し、ついでに二人の記憶を書き換え、妹が大火を起こしたと思い込ませ、本当の魔女である久我三厳の威力と不安定さを減らした。

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魔女が見つかった以上、問題は解決する。主人公・久我三厳は失った魔力を取り戻し、災厄の魔女の力を受け継ぎ、セティに会って告げる。自分が探していた人間だ、もう「夜の世界を召喚する」なんて馬鹿なことをする必要はない。最後に主人公は自分の力を使い、過去 20 年に死んだクラスメートの魂を修復し、あるべき世界に戻した。すべてはハッピーエンド、誰も死なず、誰も傷つかず、物語は終わる。

俺の説明は時系列だが、残念ながらゲームは倒叙、しかも解谜的な倒叙だ。

一巻『黄昏時の境界線』では、主人公が入学して調査チームに入るのが主線で、学校の裏の陰謀なんて見えない。一巻の終わりでようやく、夜の世界は大魔法でできていて、怪奇現象ではないと教えてくれる。その魔法の目的は魔法石を守ることだ。

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二巻『残影の夜が明ける時』では、ゲーム後半から物語が展開する。学園長が夜の世界を召喚したのは過去に死んだ人間を復活させるためで、それが今の人間の魂を奪うことになり、学園長は一気に敵対側に立つ。主人公は学園長と対抗し、最後には勝って魔法陣を破壊、学園長は行方不明になる。

三巻はさらに充実していて、ほとんどがインクペン遺品による倒叙で、20 年前の大火の原因を解き明かす。倒叙だけで何章も使い、最後にようやく全体を組み立て、結末へ入る。

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ゲーム自体がサスペンス向けで、物語を語るのに解谜と調査の要素をうまく使い、十分な面白さを作っている。三巻の回想部分も二巻の調査分析部分も、よく練られていてじっくり味わう価値がある。ちゃんと考えて作られているのがわかる。適当に伏線を置いたりはしない。伏線と言えば、これはこのゲームの大きな見どころだ。小説を書いたことのある俺にはわかる。文章に伏線を張るのは一番難しい。何かを目立たせようとして少し多く筆を使うと、読者は「これはわざと入れた要素だから意味があるに違いない」と気づいてしまう。だが『時計仕掛けのレイライン』の伏線は混乱させる方式を使っている。伏線に見えるものが実は違ったり、クソみたいな設定に見えたものが実は伏線だったり。プレイヤーを惑わすため、ゲームはわざわざ二人の人物を入れて水を濁す。二巻に出てくるドイツの魔法貴族の二人なんて、ずっと魔女の子孫だろうと思っていたら、最後には巨大な煙幕だった。それに主人公の大火、烏丸小太郎のこじらせと女装化、黒谷真弥の過剰な積極性、七番雛の感情のない話し方、これら全部が大きな伏線で、展開した後は膝を叩いて叫ぶほど。これこそ本当の「予想外だが道理にかなっている」。

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二巻と一巻の日常パートの内容も無意味ではない。人形制作や人造人間制作の話が一度ならず出てくる。プレイヤーに予防線を張らせ、最後の展開でもこの初期の伏線を十分に活かしていて、唐突に感じさせない。

音楽は特筆もの。水月陵が手がけていて、とてもいい。特に OP1「黄昏時のレイライン」(Youtube / 163)はさまざまな変調で三部作全体を貫き、主題歌と言ってもいい。他にも BGM は場面に合っていて、明るい系の BGM が少しアホっぽいのを除けば、単体で聴いても十分戦える曲ばかりだ。

シナリオと音楽に比べると、CV の出来は少し普通。森谷実園のヒロインは俺の一番嫌いな声で、聴きすぎると少し気持ち悪い。むしろ学園長二人の CV 小倉結衣の戦闘力がヤバい。最初はすごく歪んだ声だが、聴き慣れるともう抜けられない……小倉結衣は実力派というより美人な CV なんじゃないかと思えてくる。他は可もなく不可もなく、小倉結衣の学園長には耳が幸せになる点で到底及ばない。

選択肢は普通のものではなく、読解問題に近い。よく読まないと間違えやすい。間違えると評価が下がり、最後に推理の正誤で評価が決まる。全部正解なら SSS。

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三巻では回想シーンが頻繁に使われ、しかもその回想はある遺品の日記が元になっている。ゲームはその日記のために専用機能まで用意していて、力の入れようがわかる。

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要素の問題以外にも、感情的に心を動かすところがある。ゲームは何度も人造人間と感情の問題を語る。よく議論される「ロボットに感情は必要か」という未来の話題に似ていて、ゲームは肯定的だ。主人公がセティに「お前は人造人間じゃない、魂を持った人間だ。生まれがどうであれ、お前は自分だけの感情を持っている。誰もお前の主人にはなれない」と言う場面では、やはり涙ぐんでしまう。

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ゲームのテーマの一つは寂しさだ。ラズリットは寂しいからアンデルを救い、アンデルは友達が寂しいのが嫌でセティを作り、セティは主人である母を失って寂しいから二人とニノマエ君を作り、そして母にまた会うために、多くの人の命を犠牲にしようとする。

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物語の本質から言えば、すべての源はアンデルが魂のある人造人間セティを作ったことだが、ゲームは何度も、人造人間そのものに意味はない、人間が自分の心を支えるために別の誰かを必要としているだけだと説明する。

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精神的な仲間は大事だ。人造人間でも人間でも、それは関係ない。ゲームのテーマもそこにある。

ここまでいいことばかり言ってきたが、このゲームは完璧無欠なのか? もちろん違う。問題はたくさんある。まずはテンポの問題だ。

蔡駿に『時計仕掛けのレイライン』と同じく「分割販売」をした小説がある。『天機』だ。あの小説が悪いとは言わない。ただ、冒頭を見て、結末を見て、まあいい、中間はひどく長い、と。

『時計仕掛けのレイライン』も同じ問題を抱えている。テンポが悪い。最初から三巻で売るつもりだったのだろう。一巻ではスクリプトも物語の進みも遅すぎて、遅すぎて呆れるほどで、これが最後に何を言いたいのかわからないかもしれない。一巻の終わりでさえ意味不明だ。二巻の前半も一巻と同じで、平坦で、めちゃくちゃで、主線がなく、何を言いたいのかわからない。だが二巻の後半で物語は突然真面目になり、ジェットコースターが下り坂に差しかかったように、三巻の開始から終わりまで一気に突っ走る。このジェットコースターのような刺激は悪くない。多くのゲームが「まず伏線を張る」「最後に爆発させる」というテンポを使っている。だが……

だが、うちは三つに分けて売って、しかも間に何年も挟んだりしない。

ましてや『時計仕掛けのレイライン』はただのギャルゲーで、アニメでも小説でもない。1巻から2巻の前半にかけてはもう催眠パートでやりたい放題やってたのに、後半でようやく波に乗ってきたかと思えば、なんだか駆け足な感じがしてしまう。脚本家が最初は「まあ、どうせ3巻分の尺があるんだから、ゆっくり書こう」と思ってたのが、書き進めるうちに2巻の真ん中あたりで「まだ何も説明してないじゃん」と気づいて、慌てて話を展開させ始めた、みたいな匂いがする。それに三部作のゲームの間には共通の立ち絵や背景が大量にあって、何度も見せられるとさすがにうんざりしてくる。忍龍剣伝のどれかのシリーズをやってて、ずっと同じ場景を走り回ってるだけだと気づいた瞬間に一気にやる気が失せた、あの感じだ。もし『時計仕掛けのレイライン』が三部作の余計なはったり要素を削って一つのゲームにまとまっていたら、もっと高い評価をしていただろう。でもそういうゲームじゃないんだよな。尺が足りないと言うなら、『紙の上の魔法使い』は一つのゲームで物語の連続する反転を実現してみせた。一方の『時計仕掛けのレイライン』は一・五個分のゲームを使ってやっと実現していて、しかも反転は全部3巻の後半で慌ててやるもんだから、脚本家に対して「お前、前半ゆったりやってて最後になって書き終わってないことに気づいたのかよ」という気持ちになるのも無理はない。尺が足りないって言うけど、2巻に挿入されたあのドイツ貴族の二人なんてほぼ用途不明で、全然必須のキャラでもないし、完全にちょっと意味不明な感じがする。

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昔、試験の作文を書いたときのことを思い出す。果てしなく続く800字のマス目を見て、いつも文字数が足りるか不安で、最初はあれこれ無駄話を書いてた。でも半分まで来て、本編にまだ入ってないことに気づいて、そこからペースを上げて言葉を削り、最後にようやく作文をマス目にきっちり収めたものだ。『時計仕掛けのレイライン』もたぶんそういう状況なんだろうな。

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このなかなか壮大なゲームをクリアした後、ちょっとした虚無感があった。ゲームの中のあの台詞を何度も考えた。人間は誰かに脆い心を支えてもらう必要があって、そうでなければ一人では強く生きていけない、と。でも今の社会では、他人への尊重や理解が欠けていて、とりあえず相手を冷淡な関係の奴と決めつける人が増えている。「毒舌」はもう誇るべき資本にでもなったかのようだ。俺には到底理解できない。思ったことをそのまま言うにしても、穏やかな言い方はあるはずだ。なぜわざわざ他人を踏みつけるような言い方をするのか。他人に失礼な態度を取りながら、片や友達がいないと嘆く。その結果は本当にデッドループのような気がする。現実の人間同士の冷たさと比べると、時には主人の言うことをずっと聞いてくれる人形以下かもしれない。少なくとも向こうは、我々が持っている魂や感情を羨んでいる。なのにこっちは、一番大事なものを手にしていながら大切にしない。

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もしかしていつか、人と人との基本的な信頼が本当に断たれてしまったら、俺たちは未来の社会でロボットに感情があるとかいう事態を犯してしまうのだろうか。それが大きな過ちにつながるのだろうか。理由は他でもない、寂しすぎるからだ。

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