無脳円厨、お前らいい加減にしろ

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最近ちょっと円黒に傾いてる。最大の理由は円厨が多すぎて、逆に小円顔がどんどん嫌いになってきたからだ。でも嫌うためだけに、先日もう一度小円顔を最初から見直した。

言っておくが、確かにいい作品だ。神作とまでは言わないが、良作以上なのは間違いない。

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  • まず設定が新しかった。これまでの魔法少女は不思議な力を手に入れて、魔法の相棒(淫獣)と一緒に正義を叫んで悪を倒し、最後はみんな笑顔で大団円。ところが小円顔はそれを覆した。悪の側もかつての正義で、魔法少女の行き着く先は魔女になる。さらに「希望の結果は絶望」という考えさせられるテーマまで提示してくる。

  • 次に戦闘シーン。小円顔の戦闘はマジで鳥肌ものだ。一切の無駄がなく、先輩の無限銃制も杏子の槍さばきも、間違いなく気合の入った戦闘シーンだと分かる。青髪の戦い方がちょっと乱れ斬りっぽいのを除けば……あとは新房節の画面についても多くは語るまい。

  • 続いて音楽。もう言うことはない。OSTを聴いたやつなら分かるだろう、このレベルが。特に洗脳ソングと最初の魔女戦の曲、それに青髪の曲も最高だ。

  • 一番強く感じるのはやはりシナリオ。虚淵脚本の独特なスタイルがひしひしと伝わってくる。絶望の中で希望を得て、全滅の中で日差しを見る、そんな感覚だ。もう一つ、第10話の展開で、それまでの疑問が全部きれいに消える。しかも無理やり引っ張った感じがまったくなく、脚本が細部まで計算されていると分かる。考据厨が最も興奮するポイントだ。第1話で拾った伏線が後で全部回収される。これだけでも作品がどれだけ緻密か分かる。そして第10話以降、それまでの疑念が晴れたことで新たなサスペンスが生まれる。つまりラスボスだ。虚淵の脚本は前に書いた通り、ラスボスは絶対に勝てない相手。あるいは勝ったとしても最後はバッドエンド。これで視聴者は最後がどうなるのか気になって仕方ない。そこに地震による放送休止が重なって、注目度は右肩上がりだった。

ただ、今の園顔は見ていてちょっと不快になってきた。

  • まず無脳円厨。世界線やタイムトラベルものは小円顔が最初じゃない。そんなのはドラえもんでも使われてるし、しかも結構いい出来だ。のび太の魔界大冒険とか。なのに無脳円厨は、タイムトラベルやループものを見れば全部小円顔のパクリだと言い、そこら中で小円顔小円顔と連呼する。金髪巨乳を見れば先輩、首が飛べば先輩、ピンク髪を見れば園神。こういう行為は「無脳パクリCF」と同じくらい気持ち悪い。

  • 次に跟風層。小円顔は良作だが、神作に持ち上げるのはやりすぎだ。シュタゲやF/Zと同じで、良作の上くらいがちょうどいい。神作の頂点? ふざけんな。以前は、今アニメを見てるのは大学生かそれ以上だと思ってた。でもニコニコ動画を一回りして分かった。周りは小学生と中学生ばかり……世代の差を感じるし、無脳な跟風の悲しさも感じる。好きなものの何が好きなのか説明できない連中で、ほとんどが青髪と赤髪のCPを推し、先輩の首飛びを推し、ピンク髪の神化を推す。でも虚淵脚本の本質なんて考えていない。「希望の裏には絶望」なんて考えていない。虚淵はまず絶対的な絶望の瞬間を作り、そこに一筋の希望を差し込んで、希望の尊さを分からせる。過程に暗い内容が少しあるだけだ。なのに無脳円厨は「虚淵の脚本なら死人が出る、首が飛ぶ、触手が出る、死体が出る」しか知らない。でも虚淵はただ「血・死体・触手」を無脳に積み上げるだけの人なのか? 明らかに違う。校内共有厨と同じで、あの長ったらしい分析スレをちゃんと読んだ無脳円厨はほとんどいないし、ちゃんと考えたやつもいない。せいぜい最後に「あげ」と書くだけ。「よく分からないけどすごいと思う」ってやつだ。

無脳円厨、お前らいい加減にしろ。さっさとパソコン閉じて宿題やれ。

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