ライ麦畑の守り手・大図書館の羊飼い

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今日、女性読者から『お前のブログはろくでもない恋愛話ばかりだ』とツッコミを入れられた(本当か?)。毎日技術オタクみたいな顔をしておきながら技術的なことを全然書かないから、多感な女性なんじゃないかと思われているらしい。

まず、俺は技術オタクじゃない。理系陣営に紛れ込んだ文系だ。次に、技術的なことを書くのがあまり好きじゃないのも確かだ。一つには自分のレベルが低くてオリジナルな技術記事なんか書けないし、何かを作るにしてもWikiを見てネットで検索して繋ぎ合わせて完成、以上。もう一つには、ブログってのは技術ノートじゃなくて、自分自身を他人に見せたり、内面の気持ちを放出したりする場所だと思ってるからだ。人生はすでにこんなに厳しいんだから、退屈な技術屋の資料なんか置いて、腰を落ち着けて対等に人生を語り合ったほうがいい。文章を書きたい友人たちにも、生活のことをもっと書けと勧めたい。そのほうが「人間」らしく見える。いろんなものに奴隷にされた「機械」じゃなくてな。それに、俺が書くもののほとんどが、いわゆるコアな内容と無関係だからこそ、他人とよりよく交流できるんじゃないか……

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もちろん、そういうのを全く書かないわけじゃない。残るのは他人にとって価値があって回り道を避けられる経験的な内容だ。だから中文ネットでよく見るWiki的なものや意味不明なコード自慢は俺のブログにはない。あるのは感想で、プラスもマイナスもある。

先週のクソみたいな試験が終わってしばらくボーッとして、またネットをうろつき始めた。しかも少しイライラしている。次の試験は5月末だが、全然勉強に身が入らない。脚の怪我で走れないのが余計に落ち着かなくさせて、できるのはベッドに寄りかかってギャルゲーを進めるか本を読むことだけだ。

本は何冊か読んだ。感想は消化する必要があるから、先に進めたギャルゲーの話をしよう……今回は『大図書館の羊飼い』だ。

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『穢翼のユースティア』を終えて、その流れで『大図書館の羊飼い』に進んだ。以前このゲームの序章を見たことがあって、すごく退屈だった。濃厚なありがち学園ハーレム展開で、でも画面が綺麗だったからそのまま進めた。もちろん、八月社がこんなにぶっ飛んでるとは思わなかった。シナリオ上、出てくる女性キャラほぼ全員に分岐エンドがあって、4人のヒロインにはそれぞれ2つの分岐エンドまである。それにおまけのミニ劇場的な他のシナリオもあって、全部やるのに丸2週間かかった。『穢翼』も2週間だったけど密度が全然違う……

まず一言でまとめるなら、リラックスして遊ぶのに向いたお気楽作品だ。

シナリオは学園日常。典型的な生徒会/○○部/主人公/親友/寄ってくる女たちの展開。ありがちなのは認めるが、強いカット割りと演出がかなり補っていて、見ていてとても楽しい。もはやギャグアニメを見ているような既視感すらある。この点では4月の某無脳萌えフラグ折りアニメを余裕で超えている。シナリオは完全に軽いノリで、たまに三角関係もあるが点到止。黒歴史すら展開しようとしない。プレイヤーに悪影響を与えたくないとでもいうように。それが少し気に入らない。俺のシナリオの好みは作中の鈴木加奈と同じで、謎があって複雑な論理でその謎を説明する筋書きが好きなんだ。なのに大図書館のシナリオには謎がほとんどない。唯一の「羊飼いは誰か」も1周目で直接教えてくれる。選択肢も複雑じゃないし、一部のサブキャラにも専用ルートがある。リラックスしてシナリオを笑いながら遊ぶにはいい。

それでも、ゲームのTrue Endでは少し暗い方向性の内容が描かれている。小太刀の羊飼いという職業への態度だ。

羊飼いは作中で、時間と空間に忘れられた、人間の生活の美好を守る存在と設定されている。具体的にどう実現するのか、シナリオはすごく悩ましい説明をしている。誰にでも無数の可能性がある。もしその人が将来成功者になる可能性を持っているなら、その人がその可能性へ向かおうとしたとき、後ろから背中を押す。それが羊飼いの仕事だ。

シナリオライターが『ライ麦畑でつかまえて』を読んだことがあるかは知らない。『大図書館の羊飼い』というタイトルがオマージュなのかも知らない。もちろん前者は小説で、とても暗い小説だ。後者のシナリオのように陽気じゃない。ただ、俺がこの二つを結びつけたくなったのは、ライターが大図書館を書くときも、そんなに陽気じゃないんじゃないかと思ったからだ。

暗い切り口は小太刀凪にある。小太刀凪は見習い羊飼いで、羊飼いの仕事が人類をより良くするためだと分かっている。でも具体的なやり方は羊飼いの本質と背反している。ここで一つ触れておきたいのは、『ライ麦畑でつかまえて』のホールデンと同じく、小太刀凪にはとても暗い過去があることだ。

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親に売られ、殴られ、肉体まで売られた。そんな描写がゲーム中で言及される。もちろん後で主人公が救い、さらに羊飼いが彼女を引き取ったことで苦しみから抜け出した。でも残った傷は、周囲の人間に対して完全に信頼できず融合できない態度を彼女に植え付けた。そして羊飼いという身分が、自分は一般人より上だと感じさせる。小太刀凪にはもう友達がいない。だからこそ羊飼いになることにあんなに執着する。

私将来ライ麦畑のつかまえ手になるんだ。何千何万という小さな子どもがいて、誰もいない——大人は一人もいない、つまり私のほかには——大きなライ麦畑で遊んでる。そして私は、あのろくでもない崖っぷちに立ってる。私の仕事はそこで見張っていて、子どもが崖っぷちに走ってきたらつかまえること——つまり子どもたちはみんな走り回っていて、自分がどこへ走ってるかも分かってない。私はどこからか出て行って、その子をつかまえなきゃいけない。一日中そんなことだけしてる。ライ麦畑のつかまえ手になりたいだけなんだ。

小太刀凪の羊飼い観は、ホールデンが思い描くつかまえ手のようなものだ。過去の描写の中で二人とも身近な人間への信頼を失っている。やりたいことはつかまえ手のように、言うことを聞かない、あるいは人生のレールから外れた連中に指針を与え、正しい軌道に戻すこと。

もちろん、羊飼いはそうあるべきじゃない。

ゲーム中の羊飼いの性質は、当事者の意思を尊重したうえで行うものだ。つまり、もし本当に子どもがライ麦畑を走っていて、今にも崖から落ちそうなら、それがその子自身の意思なら、つかまえ手は祝福して見送るべきだ。それがその子の選択だから。羊飼いのもう一つの戒律は、たとえ相手の今の人生の軌跡が間違っていると分かっていても、勝手に他人の道を導いてはいけないことだ。

小太刀凪には当然理解できない。そんな羊飼いに意味はないからだ。確かに誰の生活も自分自身のものだ。でも羊飼いが導きの操作をせず、ただ各人の意思を尊重するだけなら、その人が自ら美好へ向かおうとしたときに背中を押すだけなら……羊飼いなんて何の役に立つの? 分岐の肝は選択にあって、他人が選んだ後に背中を押すことじゃない……小太刀凪の心の中の羊飼いは人間を超越した、神のような存在であるべきだ。もちろんそれは許されない。羊飼いにできるのは、各人が選択するときに正しいものを選べるよう祈ることだけ……もし本当に間違えたら、仕方ない。自分で選んだんだから。

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私将来ライ麦畑のつかまえ手になるんだ。何千何万という小さな子どもがいて、誰もいない——大人は一人もいない、つまり私のほかには——大きなライ麦畑で遊んでる。そして私は、あのろくでもない崖っぷちに立ってる。私の仕事はそこで見張っていて、子どもが崖っぷちに走ってきたら、もし自分から進んで走ってきたのなら——つまり子どもたちはみんな走り回っていて、もし走ってきたこの子が自分から走りたいと思っているのなら、崖から落ちるのもその子自身の選択だ。私はそれを支持すべきなんだ。一日中そんなことだけしてる。ライ麦畑のつかまえ手になりたいだけなんだ。

羊飼いはそういうものだ。特筆すべきは、主人公の父親も羊飼いで、主人公の人生の暗黒期に逃げるように羊飼いになったことだ。黙って主人公を見守っていたが、主人公はその存在も意味も感じなかった。ただ自分の父親はクソ野郎のような軟弱者だと、それだけを思った。

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ゲーム中、主人公が最後に羊飼いになるルートは一つもない。最後のどのエンドでも主人公は羊飼いという職業を拒否する。才能も能力もあるのに、社会から逃げる羊飼いよりも、血の通った生活に向き合うことを選ぶ。

はっきり言うと、羊飼いという特性を描く中で感じたのは、脚本家が意図的にか無意識にか、多かれ少なかれ「聖母情結」を皮肉っているということだ。

人は神ではない。悩みも偏りもある。でも神じゃないなら他人を導けないのに、神のような思想で考えたら、ただの四不像になるだけだ。『穢翼のユースティア』のカイムもそうだし、『大図書館の羊飼い』で羊飼いになろうとする連中もそうだ。『赤色約定』は知らないが、『月明かりの窓辺で』でも月の姫が帰国登録するくだりで似たような描写があった。

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俺は小太刀凪のTrue Endこそがゲーム唯一のTrue Endだと信じている。最後に小太刀凪が主人公に向かって朗らかに笑い、「あなたは私の羊飼い」と言ったとき、ほぼ確定する。他人を守り、支える最良の方法は、他人のそばにいることであって、神になって聖母になることじゃない。繰り返すが、大事な人がいなくなったのに、聖母になってこの世界を守って何の意味がある?

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