『コドモノアソビ』レビュー
魅族とスマホ、方糖とエロゲー
まずは方糖社、つまりLump of Sugarについて。実は昔、日本語が分からなかった頃(もちろん今も分からない)の俺は、この会社のゲームはなかなかヤバいと思っていた。主に会社名がかっこいいからで、あちこちで偉そうに語られていたのもある。それに方糖と聞くと、優雅な少女が午後の街角に座り、屋根裏から行き交う人々を眺めながら、白い指でそっと自分のコーヒーに角砂糖を落とす情景が浮かんで、とても風情がある。
だが風情は風情、実際の方糖社はただのエロゲー会社である。そう、オタク連中が涎を垂らして語る、デカい胸にモザイク、肉色のストローが白濁を噴き出す汚物製造会社だ。この感覚は、さっき描写した優雅な少女がコーヒーを一口飲んで、突然体を震わせ顔を赤らめた、それも隣の黒人店長がリモコンで操作するバイブが体内に入っているせいだ、というのと同じ。
一瞬で全部変わった……
だから言いたいのは、方糖社のゲームは遊んだことがなかった頃から遊んだ後まで、最初の印象と遊んだ後の印象で全部が一瞬で変わるということだ。ほとんどの男が女をまず顔で判断し、その後で股間で判断するように、俺はギャルゲーの二つの要素に簡単に惹かれる。一つはOP、もう一つは設定だ。まさに方糖社が最も得意とするのがこの二つ。俺はワクワクしながら惹かれてゲームを始めたが、全然そういうものではなかった……
最初にやったのが運命線上のφで、シナリオが呆れるほど知恵遅れだった。
次にやったのが恋想リレーションで、このゲームの狂ったシナリオロックとキーワード分岐選択システムには何度も男を掘りたくなった。
そして今回またコドモノアソビが来た。最初にこれをやれと言われた時は断ったのだが、OPがあまりに掴みどころがあったので、また騙されてしまった。
何というか……物語は前の二作よりは少しマシだが……他の面が短所になってしまっている。

ゲームの名前がこどものあそび、子供の遊び、つまり子どものゲームという意味で、物語も子どもの遊びに関係している。設定は、主人公と幼なじみたち、妹も含めて、7年前に魔女セーラを召喚し、「願いを叶える」ことを目標にした儀式を行ったというもの。儀式でそれぞれがセーラに自分の何かを捧げ、同時にセーラから自分の願いを叶える能力(後にルールとか何とか言っていた、たぶんroleのカタカナ表記)を得た。普通に考えればセーラが集めた願いは魔女に消化されるはずだが、一つだけ消化されなかった願いがある。「主人公・清澄への恋心」だ。
つまり、子どもの頃のあの儀式で誰かが主人公への「恋愛感情」を捧げてしまい、セーラはそれを受け取って影響され、主人公が好きでたまらなくなった。どうにもならず、儀式の7年後に再び現れ、主人公に儀式の参加者を集めてこの「恋心」が誰のものか聞き出し、その子の儀式の影響を取り消してほしいと頼む。セーラがずっと主人公に片思いし続けるのを避けるためだ。

こうして本編が始まる。魔女セーラは過去の面々を見つけ、逆儀式を始めるよう要求するが、彼らは過去の儀式をほとんど覚えていない。魔女は仕方なく投票を選ぶ。それぞれがこの「恋心」が誰のものかを選び、票が多かった者の叶えた願いと得た能力を取り消し、その子のものを返す。恋心の持ち主が見つかるまで。
そして逆儀式が一度、二度、三度と行われるうちに、7年前の儀式の情報が明らかになっていく。主人公の妹は「言ったことが事実になる」能力を得ており、儀式の後に「みんな知らない、みんな今回のことを忘れる」と言った。能力で言葉が現実になったため、一同は過去の儀式を覚えていないのだ。

さらに重要なのは、主人公の妹が繰り返し、あの「恋心」は自分が捧げたもので、次に自分を選べばすべて終わると強調することだ。
で、本当に彼女なのか? 主人公は次の学級裁判……じゃなくて逆儀式で、もう一人の幼なじみ――蝶を選ぶ。ずっと腹黒で毒舌な彼女こそが本当の「恋心」の持ち主だった(中の理由は真実も嘘も多すぎてクソ面倒)。

逆儀式が終わり、セーラの中の恋心も消えた。だがその時点でもセーラはまだ主人公が好きで、納得いかない。そこへセーラの上司が現れて言う。恋心は返したが、何しろ7年前からセーラの中にあったものだ。そんなに長い時間があれば恋心も育つ。つまり元を返しても、かなり残るということだ。
結果、セーラも主人公をめぐる恋の争奪戦に加わる。実はここまで来れば後の展開はどうでもいい。物語の本筋はもう終わっていて、残りは攻略対象を選んでイチャイチャすればENDだ。俺はセーラを選んだ。最後はセーラが恋をしたことで魔女を続けられなくなり、普通の女の子として主人公と永遠に一緒になる。
このゲームは何というか……全体で見れば物語は悪くない。特に序盤の逆儀式では、各キャラの心理描写に重点が置かれ、それぞれの胸の内の小算盤が語られる。実はみんな主人公にちょっとした恋心を抱いている。誰が主人公だから仕方ない。
だがこのゲームの欠点はシナリオではなく、他の細かいところだ。例えば絵柄……例えばBGM……例えばCV……例えばHiDPI対応……
まず絵柄。方糖社のキャラデザなら問題ないはずで、萌木原ふみたけとななろば華が描く女の子はみんな可愛い。だがな! だが、このゲームで彼らが担当したキャラは二人だけで、残りは别人が描いている……

しかも絵にかなり問題がある。例えば妹とその友達の節足動物みたいな顔。
それにゲーム全体の彩色が「汚い」と感じる。細部のシワなのか顔の赤みが多いのか、見た目がすっきりしない。誰もが雨風に晒された後のようだ。

それだけではない。BGMもとても手抜きだ。濃厚なドンチャン電子音。電子音が悪いわけではないが、このBGMは非常に適当な印象を与える。ゲームタイトルのBGMすら馬鹿っぽく、ファミコン版のような効果音で、懐かしさはなくただノイズに感じる。唯一の見どころは儀式の投票時の、ダンガンロンパの学級裁判のようなBGMくらい……
俺に言わせればこのBGMはゲームの凄いOPに本当に申し訳ない。

次にCV。CV自体は普通の出来だが、絵柄とBGMがひどく気分を害するので、一部のCVの演技が引き立てられて無感情に思える。秋刀魚阿姨の声は昔から不思議だった。時々いい声なのに、時々安物マイクでも使ったようにエフェクトがかかった声になる。フレラバでもそうだったし、このゲームでも同じ。非常に奇妙で、録音スタジオの問題なのか分からない。
最後に大いに噴き出したいのが、八月社と同じエンジンのゲームなのに、まれに見るHiDPI拡大非対応。買ったばかりのSurface Pro 4でこのゲームを動かすのは苦痛で、新しい2K解像度ではウィンドウが虎口より少し大きい程度。目が潰れそうで、瑞星の小獅子ですら実行画面の高さを埋め尽くせるのに……

ああ、以前のLump of Sugarの印象はこんなではなかった。この会社はシナリオが多少アホでも、遊び方や設定、さらにはゲームエンジンの潜在能力や黒テクの発掘では業界の前立腺を走っていると思っていた。今回なぜこんなに保守的なのか? それに遊び方やエンジン機能を除いても、以前のLump of Sugarは少なくとも絵柄は悪くなかった。今回なぜこんなにサスペンスフルなのか? 新人の絵が下手なのはまだしも、ベテランの調子までおかしいのはどういうことだ。
いろいろ考えて、このゲームには濃厚なある匂いを感じる。何というか、二文字:金欠。
以前の方糖社の様々な遊び方を見れば、スイカ割りにせよキーワード抽出で分岐を決めるにせよ、開発は短期間では無理だったはず。だがこのゲームは主人公が呪われ、頻繁に選択を迫る光景が目の前に現れ、選択肢も簡単で二択だけ。もう普通のギャルゲーと変わらない。最後のセーラ√も選択を強制的に避けさせ、新しい選択肢が出て選ぶだけで、技術的に難易度も見どころもない。


ああ……もしかしたら方糖社はもうこのゲームをちゃんと作る余力がなかったのかもしれない。物語はまだマシで、大きな見どころとは言えないが、前の二つの意味不明な作品を秒殺するくらいはできる。ただ本当にできていないように見える。
よく考えれば、方糖社は去年から今年にかけてすでに三本連続でゲームを出し、コドモノアソビの後にはまた新作のホームページを発表している。
普通は分社会社を作ってゲームを出すものだが、方糖社はずっと本社会社自らが手がけ、ペースも速い。次から次へと、一年間に三本はかなりの多産だ。
だが多産がもたらすのは必然的に質の低下。例えば今回のコドモノアソビ。シナリオライターにあのクソ野郎の保住圭を呼び、書いたものはまあまあだが、本当に各方面の短板で安っぽく見える。このゲームの予算の大半はOPに消えたのだろう……
この高頻度多産の姿勢で思い出すのが魅族だ。昔は年に一本だった頃、MX3はまだ使えた。だが後に魅族のマーケティングはどんどんダサくなり、品質も下がり、製品ラインも増え、ほぼ毎月発表会。確かに売上は激増したが、本質的にあの小清新な魅族にはもう戻れない。
今の方糖社はエロゲー界の魅族に似ている。ひたすら新作を出し、新作はどんどん量産化、製品ライン化している。コドモノアソビから、元々の方糖社の面白いシステム遊びは消えた……特色を失い続ければ、そのうち特徴のないクソに成り下がるだろう……
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