僕と私とエデンの林檎……まっしろシンフォニー
11区の住人は設定を弄るのが好きだ。ぶっ飛んだプレイも大好きだ。もちろんAVの話じゃない。まあAVも多いけど、それ以上にACG作品の中で、って話だ。天馬空を行くようなイマジネーションはいつだって新鮮味を運んでくれるし、大衆の妄想や「もしも」の仮定を存分に満たしてくれる。
そう、この世には「もしも」が溢れている。奇妙な物語の多くは、いろんな「もしも」から生まれるんだ。 もし主人公がこの世で最後の男だったら…… もし主人公が嘘をつくと死んでしまう奴だったら…… もし……主人公が女子校に潜り込んだ男の娘だったら…… ああ……この仮定はいいな。 そんな「もしも」を語るのが、『僕と私とエデンの林檎』というゲームだ……

いつからか、ACGのストーリーでは「主人公は必ず女装する、女装すれば必ず可愛い」という設定が氾濫し始めた。正直、他人の女装に興奮したことなんて一度もない。細い脚をしていようが、セクシーな服を着ていようが、「俺は男だ」と言われた瞬間に興味はゼロになる。女装に興奮してる連中が本当に興奮しているのか、それとも「他人が興奮しているから」興奮しているだけなのか、俺には分からん。とにかく個人的には女装に興味はない。だが間違いなく、「女装」は今やホットな話題だ。そこで『僕と私とエデンの林檎』もこの話題に便乗して、ALMA社がギャルゲー市場に殴り込んできたわけだ。
ALMAの第一作として、『僕と私とエデンの林檎』は制作に力が入っているように見えた。話題性もあるし、設定も十分面白い。なのに、終わってみると残るのは後悔だけだった。
『秘密ゲーム:殺人女王』に3点をつけたとしたら、『僕と私とエデンの林檎』は4点ってところか。そのうち1点は桐谷華に捧げる。
で、このゲームは可能性に満ちていたのに、なんでクソになったのか?問題は多い。シナリオ、キャラ、構成、どれも致命的な傷だらけだ。

まずはグラフィック。キャラデザは華やかな感じがする。CUBEが男か女かは知らんが、明らかに女性的な画風の華やかさがある。同じ傾向は和泉大媽の『ましろ色シンフォニー』にも言える。これが俺のツッコミどころでもあるんだが、『僕と私とエデンの林檎』には『ましろ色シンフォニー』のキャラに激似の奴が何人もいる。特に宝生雪乃は完全に天羽みうのパクリだし、七海はどう見ても瓜生桜乃の縮小版、麻倉カレンに至っては乾紗凪そのもの。正直、主人公の姉lunaだって、髪を短くした瀬名愛理にしか見えん……もちろんこれがこの記事のタイトルの由来だ。キャラデザが意図的な模倣なのか、単にそうなっただけなのかは分からんが、女性キャラの描写は非常に繊細で、特に花鏡院琴音の立ち絵はもはや教科書レベル……
だが!だがしかし!主人公の立ち絵が大問題なんだ!

主人公の立ち絵は男の娘には見えない!典型的な「女の子を描いて男の子と言い張る」パターンだ。設定上、主人公と姉の似ていることを強調したいらしいが、お前には二人の区別が全くつかない。逆に、最初メガネをかけた小受っぽい主人公の姿は気持ち悪さしかない……気持ち悪い!マジで気持ち悪い!
OPには挿入タイミングがなく、開始早々流れる。しかもOPの内容が「良心的」すぎる。「良心」的すぎて、ゲームで見られるCGのほぼ全部がOPでチラ見せされる。つまり動体視力が良ければ、OPだけでネタバレを食らい尽くせる。特にキスシーンなんかモロに映ってるし、その後のHシーンも隠してるようで何をしてるか丸分かり……OPの曲自体は悪くない。榊原ゆい姉さんの歌も、ゆずソフトのOPみたいに無理に声を張ってないのは珍しい。だが、こんな「良心」的OPがゲームの楽しみを削いでるのも大問題だ。これはCGの枚数が少なすぎるという裏返しでもある。
システムとエフェクトには光るものがある。左下の顔アイコン、シーン切り替えのマスクエフェクト、メニューの林檎が飛び出す演出。どれもハイセンスな感じがする。だが……見かけ倒しで中身がなければ意味がない。

最大の問題はシナリオだ。ギャルゲーのシナリオは少なくとも骨格レベルのものだろう。なのに『僕と私とエデンの林檎』のシナリオ処理はあまりに雑。まず脚本家が小賢しい真似をしようとして、選択肢を大量に用意している。しかも一部の選択肢は悪意がある。例えば七海に親しもうと選ぶと雪乃ルートに飛ばされたり、七海と一緒にいようと選ぶと雪乃の登場でHシーンを回避させられたり……まあそんなのはどうでもいい。重要なのは、シナリオ自体が矛盾だらけってことだ。
雪乃ルートでは、雪乃は徹底的な天然ボケとして描かれる。だが七海ルートでは、雪乃は天然ボケに見えて実は聡明な奴として描かれる。一方、麻倉カレンルートは前半はまだいい。お嬢様が説教や強制を嫌う個性を語る。後半、主人公の攻略が完了し、最後に啪啪啪とやってめでたしめでたしで終わればいいものを、最後の最後で超自然的な展開をぶち込んでくる。マジでビビった。脚本家の脳洞が広すぎるのか、それとも小学生なのか。それに比べて姉ルートはもっと平坦で、何も語らずに自然に終わった感じだ。最後はもっと酷くて、終わった後にHシーンが足りないことに気づいたのか、慌ててプレイを追加してCGを揃えて、まるで打ち切りかのようにEDを出す。あ、そうそう、特筆すべきはEDに何の内容もないこと。ロゴとOPの曲だけ。ED後に後日談もなく、そのままタイトル画面に戻る。ゲームの冒頭と合わせて、竜頭蛇尾な印象を与える。
もちろんもっと酷いのは、麻倉カレン/宝生雪乃/七海の三ルートで、主人公が男の女装だってことに全然驚かないことだ。しかも最初、主人公は女として彼女たちと交流し、一緒に出かけたりして、完全にデートや恋愛に見える感じだった。女子校にそんな百合な空気があるのかは知らんが、シナリオがそう進むなら、最初の「女装」設定は全く意味がない。そして最後、推倒する前に主人公がデカいのを出して、初めて相手はこいつが男だと知る。本来なら強い反応と拒絶があって然るべきだ。最初は百合のつもりで来てたんだから。なのにどうだ?七海も宝生も「あ~あなた男の子だったんだ~よかったぁ」だと。よかったぁじゃねえよ!お前らの脳味噌はどうなってんだ?
麻倉カレンの設定は後半、もう「小学生の屁理屈」レベル。やりたい放題だ。呪いをかけようが火球を放とうが魂が抜けようが大丈夫。もっとクソなのは、このルートで主人公が最初から小受っぽくて、女に押し倒され、さらに男にも押し倒される。一応剣道をやってる設定だろ。ここまで女々しいと、剣道の先生が知ったらどう思うか。
他のルートに比べて、花鏡院琴音のルートは異常にまともだ。最初から婚約の設定があり、主人公が女装していることも知っていて、すべてが自然に進む。ツッコミどころは最も少なく、一番温かい気持ちになる。桐谷華の声も相まって完璧だ(拍手)。

ゲームのタイトルには「林檎」が入っている。作中でも校舎に不思議な林檎の木があると説明される……そして花鏡院琴音ルートでちょっと出てきただけで、後はない……「エデンの林檎」はアダムとイヴが禁断の果実を食べた話を指すが、ゲーム内に明確なテーマとして示されることはない。姉ルートの最後で軽く触れるだけ……全く意味不明で、ゲームタイトルがただイキるためだけにつけられたようにしか思えない……
新鮮な設定を活かしきれず、華やかな原画なのにCGの枚数は足りず、音楽は普通でEDもなく、シナリオはあらゆる需要を満たそうとして前後矛盾した四不像。こんなに面白くできるはずのゲームが、見た目だけのクソゲーになってしまった……
このゲームに興味があるなら、花鏡院琴音ルートだけやって、CGを回収してOPを見たら終わりにしていい。時間の無駄だ。

ALMAの第一作がこんな出来じゃ、売上はきっと芳しくないだろう。興味本位で公式サイトを見てみたら、ALMA社の業務はすでに停止していた。2013年まで停止とのことだが、今も動いている気配はない。どうやらこの会社は失敗して死んだようだ……
コメントは中国語の本家サイトで受け付けています。このミラーは閲覧専用です。