『エロ本を捨ててから兄の様子がおかしい』レビュー

愛の中には狂気があり、狂気の中にも理性がある

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人を愛するとはどういうことか。

人それぞれの考え方があるが、最初から最後まで「愛情」という言葉と「性衝動」は切っても切れない関係にある。ストレートでもゲイでも、勃たない相手を愛せるかというと、よほどのことがない限り無理だ。

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歴史上、多くの哲学者が感情の問題を考え、多かれ少なかれ愛情を讃えたり見下したりしてきた。大半は愛情に対して自由で開かれた態度を取っていたので、我々はちょっと「淫ら」な書物をたくさん目にすることになった。

だがそんなことはどうでもいい。俺が言いたいのは、「愛情」は結局「性」によって表現されるものだということだ。しかし、どうしても越えられない大きな壁があったらどうする? たとえば血縁というタブー。

「彼女を愛しているなら幸せにしろ」と言う人もいる。

結果のあり得ない実の兄妹の間で、愛するということは、彼女を他人に譲るべきだということなのか?

普通の人から見れば、それは狂気だ。

そして「エロ本を捨ててから兄の様子がおかしい」は、まさにそんな狂気のゲームである。

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このゲームはだいぶ前に出ているし、漢化もとっくに出ている。だが俺は長いこと手を出さなかった。5chの厨房に地雷扱いされていたからだ。寝取りがあるらしいというのも知っていたし、レイプがあるのも知っていた。それでも始めたのは、時を紡ぐ約束に対する他人の評価を見たからだ。キャラはいい。だけどそれだけ。

そこでキャラデザを見ると確かにいい。誰が描いているのか気になって……

そのまま「師走ほりお」の名前を辿って、このゲームにたどり着いた……

ゲームの流れは長くない。ゆっくり進めても5時間、速ければ3時間かからずに見終わる。パコパコシーンを飛ばせばもっと速い。終わった後、他の人が言うような「心がやられた」状態にはならず、むしろ物思いにふけってしまった。同時に少しばかりの惜しさもあった。

考え込んだのは、このゲームの物語が実は面白いからだ。最初は確かにめちゃくちゃだが、中盤から終盤にかけては多少なりとも反省や癒やしの意思を感じる。その点を押さえて情感描写を膨らませれば、神ゲーとまでは言わないが、少なくとも優秀な作品になったはずだ。

だが惜しいことに、このゲームはそうしなかった。

何しろ抜きゲーとしての位置づけだ。尻が頭を決める、定位が内容を決める。妹を犯すという前提のもとで、突破口になるはずの題材が調教ものになってしまった。

このゲームを見て、初期のネット小説を思い出した。2002年頃だったか、当時のネット小説はまだこんなにめちゃくちゃではなく、一応は小説で、ただ流行語や実書籍では書けないようなものが混ざっていた程度だ。ネットに適当に書いて、みんな適当に読む。出版社を通さないから、書く内容を誰も気にしない。

検閲がなければ自由がある。当時のネット環境は今ほど酷くなく、ネットを使う人間にはそれなりの素養があり、小説を書く勇気のある者はさらにその中の俊英だった。

ああ、本当に言いたいのは、当時のネット小説のタイトルは、実は今と何ら変わらないということだ。非常に目を引く、非常に下限がない。上品な方では「地下鉄でBluetoothを使ってナンパした」だの「CAと同棲した日々」だの、下品な方では「校花とこうしてヤった」「私と彼女と彼の物語」(あれ、同じ名前のエロゲーがあった気がする)だの。これらのタイトルはたいてい妄想を掻き立てる。エロ本でも拾ったかと思うと、手に取ってみれば全部ウソで、福利も何もないし、セックスもない。失望しつつも、なぜかストーリーに引き込まれる。書いている方が確かにうまくて、話もちゃんとしているからだ。読み終えて泣いたり笑ったり感動したりした後、タイトルを振り返ると、少しため息が出る。

よく書けている小説なら、もっと風雅なタイトルがあるべきだ。

だから「エロ本を捨ててから兄の様子がおかしい」というゲームにも、そんな気持ちを少し感じる。同時に、ゲームの位置づけのずれに対する惜しさもある。繰り返すが、この物語は抜きゲーでなくてもよかったのだ。

「エロ本を捨ててから兄の様子がおかしい」の漢化版は『黄書を捨てた後、兄の様子がおかしい』と訳している。まあ好きにすればいい、意味は間違っていない。物語の展開は多くの人が知っているだろう。仲の悪い兄妹。兄は妹にエロ本を捨てられ、復讐のために妹の写真を盗撮し、親友にオカズとして渡す。最後には妹を押さえつけて、親友に妹の処女を奪わせる。さらに写真公開を理由に、妹を親友とセックスさせるよう脅す。

大まかな流れはこんな「妹売り」の話だ。とても抜きゲーで、とてもエロく、とても不条理。だが少し面白い。

兄妹の感情について、ネットにはこんな言葉がある。「本当に妹がいたら、絶対に妹好きにはならない」

俺もそう思う。本物の「妹」という生き物は、長く同じ屋根の下で暮らすと、ただイライラさせるだけだ。勉強で親に叱られ、生活で親に怒られ、しかもこっちが世話をしないといけない。世話される側は不機嫌そうにこっちを無視する。そんな相手なら異性でも興味を持ちにくい。しかも兄妹だから、君の質と妹の質はそう変わらない。つまり君がブサイクなら妹もブサイクだろうし、君がイケメンなら妹も美人だろう。だが待てよ、君がイケメンなら妹なんか見てないで、さっさと街で女を漁っているはずだ。

だから大半の兄妹関係は、喧嘩しないだけマシ、たまに協力できれば限界、ほとんどは大人になってお互い無視する程度だ。中には自分の兄を無視するだけでなく、結婚して兄を招待すらせず、SNSで毎日のように兄に彼女がいないと嘲笑う妹もいる。マジでありえない。俺もそんな奴は世界から消えてほしいと思う。だから主人公の妹に対する痛恨や嫌悪の感情は、多かれ少なかれ理解できる。

親友に妹をレイプさせるのは確かに不条理な行いだが、ゲームは妹がレイプされる前の描写で一つの転換を見せる。兄が自分を盗撮しているのを見つけた妹は、抵抗しないどころか、少し興奮し、兄に対して好意のようなものすら抱く。この好意がどう生まれたかは多様だろうが、兄妹であっても突然の坦誠相見に興奮する気持ちはある。

だからこのゲームが「面白い」と感じさせる点はここだ。全体は不条理で狂気だが、「不条理な物語と設定を合理化できる」部分をちゃんと示している。ほんの数言ではあるが、「書き方は分かっているけど、これは抜きゲーだから適当に言う。適当に見てさっさと抜け」という感じを漂わせる。

その後、男主は妹を親友に差し出す。物語は狂気の方向へ進みつつ、抜きゲーらしくなる。男主は妹が他人に犯されているのを見ても特に何も言わず、妹を罰する、妹を「壊す」と強調する。ここで大衆は男主を異常な変態だと思うだろう。だが物語の転換は、親友がいつまでもタダで妹を犯すのはまずいと考え、最初から好きだったこともあり、告白しようとする。

男主はここで矛盾に陥る。妹を罰したかったはずなのに、なぜ妹が告白された途端に不快になるのか。妹も板挟みになる。元々兄に感情があったが、なぜ兄が自分の他人との関係を止めないのか理解できない。ここで妹が男主に告白する場面が出る。男主(つまりプレイヤー)は選択を迫られる。妹を諦めるか、妹と関係を持つか。

男主が妹との関係を拒むのは、二人が本当の兄妹で、どうしても認められないからだ。むしろ他人と付き合わせた方がいい。「君を得られないなら、君を壊してしまえ」という考えが、実は前の男主の一連の態度を微妙に説明している。

この分岐で妹を拒否すると、妹は兄の拒絶によってヤンデレ化する。男主の親友と付き合いながら、男主のやり方を学び、同じ手口で自分の女友達を縛って男主に差し出す。まったく同じ脅迫の手口だ。最後には男主も妹の歪んだ愛を感じる。自分の妹への歪んだ愛と同じように。

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分岐で妹と関係を持つと、話はあまり面白くなくなる。妹は親友と付き合いながら、親友に隠れて男主と関係を持つ。最後には親友に裏切りがバレて、大勢に輪姦され、妊娠する。誰の子か分からない。男主と妹も理性を失い、大きな腹のままヤり続け、生まれてくる子が自分の種である確率が上がるように祈る。

とにかく、このゲームに関しては、「男主が妹の友達を自分に差し出す歪んだ愛を感じた」という結末でも、「妹が輪姦されて誰の子か分からないまま男主と遠くへ逃げ、二人とも発狂した」という結末でも、Bad Endとは言えない。批評空間でのこのゲームの解釈は「ゲーム内のほぼ全員が狂人」というものだが、面白いことに、こんな狂気のゲームが80点を超えている。正直あまり理解できない。

正直に言えば、エロ本を捨ててから兄の様子がおかしいの音楽は後半の悲しい曲以外はまあまあ、絵柄も悪くない、それ以外は大したことない。男主の親友にボイスなし、女二号は棒読み、CGはパコパコ以外が少なすぎ、ボリュームは短く、話は単純粗暴、濃厚なNTR要素。俺なら60点、その半分以上は絵柄にあげる。

だが前述のように、このゲームは「少し面白い」。話は狂っているが、その狂った話の中で、脚本家が要所に「狂気を合理化する」説明をほんの少し書いているのを見た。目立たないが確かに書かれている。もし膨らませて伏線を増やせば、この狂った話も合理性を持つ奇作になったかもしれない。話が飛躍しすぎると言うな。「人身売買業者が逆に売られる」世界では何も不思議ではない。「実の妹を他人に売って処女を奪わせる」歪んだ兄も、きっと世界にいるし、少なくないだろう。発人深省とは、狂った話を書いて、それが実は本当のことだと、そしてそんな狂人が確かにいると教えることで、夢から覚めて世界をよりよく見つめ直させてくれることだ。

もちろん残念ながら、これはただの抜きゲーだ。

それでも少し脳内補完すれば、このゲームから何かを感じ取れるかもしれない。

ネットにこんな評価があった。

「愛の中には、常に幾分かの狂気がある。しかし狂気の中には常にまた、幾分かの理性がある。」

中国語訳はもっと簡潔だ。

「愛中有狂,狂亦有理。」

Filmarksで『色、戒』に満点をつけられるのだから、このゲームに80点をつけても不思議ではない。

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