『向日葵の教会と長い夏休み』レビュー
変わったもの……変わらないもの……
最近、地方に足止めを食らっていて、ネットもスーパーもなければ東方樹葉も草場も竹竿男も友達もいない。そこでWin8タブレットを持ってきていてよかったとしみじみ思いつつ、ギャルゲーを始めた。やったのは『向日葵の教会と長い夏休み』。3日かけてメインルートを全部通した。なんというか、心のどこかを揺さぶられたし、同時に、口に出さないと気が済まないものもあった。
『向日葵の教会と長い夏休み』は、夏に、そして故郷に帰ってきた主人公のひと夏の物語だ。今の季節にやるにはうってつけの一作で、脚本家がTwitterで言っていた通り、詠と雛のルートがメインらしいので、まずその二人のルートを優先して進めた。終わってみて分かったのは、物語は紹介文から想像していたよりずっと……複雑だということ。これを「夏休みに起きた出来事」と呼ぶより、ゲームのOPで語られる「これは変化と、変わらないものについての物語だ」と言ったほうがしっくりくる。

節操と自分の怠慢のために、今回はネタバレなしでいく。
詠ルートと雛ルートは、それぞれ別の角度から物語の二つの部分を描いている。一つはヒロインが主人公のために尽くす話、もう一つは主人公がヒロインのために尽くす話だ。前者が夏咲詠ルート、後者が野々原雛桜ルートになる。

夏咲詠ルートの描写は、典型的なギャルゲーの展開に近い。ネットで検索して出てくる『向日葵の教会と長い夏休み』の感想も、今のところこのルートの内容ばかりだ。たぶんこのゲームをやっているのは若い人が多くて、「自分のためにすべてを捧げてくれるヒロイン」という感覚のほうが好まれるんだろう。詠ルートは神話的な色合いが濃いが、物足りなさもはっきりしている。序盤に叙述的なトリックをかなり使っていて、要はわざと一部の筋を伏せておいて、最後になって放り投げてくる。この手法は『車輪の国、向日葵の少女』で受けた印象が一番強烈なのだが、俺はこういうのは好きじゃない。それよりも「意外なのに道理にかなっている」描写のほうが好みだ。残念ながら今のところそれが上手いのは『初雪桜』と『穢翼のユースティア』くらい。ぶっちゃけ、超展開に慣れきった身からするとこのルートはやや凡庸なんだけど、最後は田口宏子さんの一人芝居のような演技力だけで物語全体を支えていて、低い評価はつけられない。

一方、野々原雛桜ルートこそがこのゲームの本命だ。物語の歴史だけで十八年に及ぶし、ゲーム側もはっきりとそれを固定していて、夏咲詠ルートを一度通さないと野々原雛桜ルートには入れない。雛ルートは大きく二つに分かれていて、一つはロリ時代の話。相変わらず、主人公が雛桜と過ごしたあの夏の輝かしい時間を描いている。そしてもう一つがそのままTrue Endに突入し、十年後に成長した野々原雛桜の物語になる。

なんというか、この成長後の話がとにかく長い長い長い。しかも十年後には懐かしい顔ぶれがまた出てくるし、筋の運びも十年前のあの夏休みと一対一で対応している。特に成長した小月子と、小月子の主人公への態度を見ると、本当に胸に迫るものがある。十年後の展開は、一言で言えば波乱万丈で、酸っぱくてたまらない。年のせいだろうか、俺はこの十年後の流れに妙に共感してしまった。たぶんもう主人公と同じくらいの年齢になっていて、生活の厳しさ、家庭の温かさ、人生の答えを探すこと、そして他人への優しい気遣い、家庭を築くことへの憧れ——どれも今のこの年齢でこそ深く感じられるものだ。このゲームをやっている若い人が多いだろうから、あの時の主人公の心情は理解できないかもしれない。もしかしたら俺が老けただけで、こういう筋に感動できるのは俺だけなのかもしれない……
十年前の自分が何をしていたか、まだ思い出せるだろうか。あの夏、あの夏休み、子どもの頃の遊び仲間と遊んでいたか、破ってはいけない約束を交わしたか、そして……あの頃に戻りたいと思ったことはないか? 正直に言うと、俺が思い出せる一番いい時間は2003年の夏休みだ。あれが最後に心から楽しめた休暇だった。それ以降、人生は暗い方向へ進んでいった。そして今でも付き合いを続けている友達は、あの輝かしい時間に交わした約束のおかげでつながっている。
時は流れ、十年が過ぎた。今の自分はもう老けたし、あの頃の遊び仲間も海外へ行く者は行き、働く者は働き、結婚する者は結婚した。中国人は奥ゆかしいと言われるけれど、過去を必要以上に悲しむと逆に感傷的すぎると見られるかもしれない。実際、過去のために涙を流す人を目の当たりにすることはないだろう。それでも、あの美しい時間が心のどこかに刻まれていることは否定できない。
主人公のあの夏休みと同じように、秘密基地づくり、海辺の海の家、どこまでも続く向日葵畑——どれも主人公にとっての美しい思い出だ。ゲームは結局ゲームで、この前も「架空の物語の中に人生の価値を見出すなんて、どれだけ哀れなんだ」とツッコんでいる人を見かけた。でも、どんなに架空のものでも、それは人が書いたものだ。人が創ったものである限り、そこにはよりリアルで美しい願いが込められている。その願いを通して隠された意味を理解するのは……悪いことじゃないと思う。
『向日葵の教会と長い夏休み』は、夏の気配と思い出に満ちた癒しのゲームだ。『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』を見たことがある人なら、きっと感動するかもしれない。夏咲詠ルートにせよ野々原雛桜ルートにせよ、あなたに届けてくるのは、時が過ぎ去ったことへの物悲しいため息であり、星が巡っても変わらない真情への、涙をこぼすような思いだ。
最後に……最後にもう少しだけ。ゲームの欠点ももちろんある。たとえば本編が終わると節操がなくなり、大量のHシーンが押し寄せてくる。絵がリアルすぎて、むしろ見ていて気持ち悪くなった……あと、野々原雛桜ルートには父娘ものの内容が絡むので、道徳的に受け付けない人は少し考えてからプレイしたほうがいい。

最最最最後に、小月子が好きだ! 主人公がいらないなら俺がもらうぞ! 神様、小月子みたいな女の子を俺にください!
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