『千の刃濤、桃花染の皇姫』レビュー

水仙にリンゴが実る

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ギャルゲーを多く遊んでいると、時々疑問が湧いてくる。だいたいこんな感じだ。

「こんな設定、どうやって思いついたんだよ。脚本家はバカなのか?」 「前半は明らかに良かったのに、なんで後半で突然、尿が噴き出すみたいにバカになるんだ?」 「なんでこんなに不自然でバカな展開になるんだ。ケツの穴で考えても書かないだろ。小学生の作文でもやらないミスだぞ?」

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だから多くのゲームのストーリーには不満がある。全体的には悪くないのに、だ。今どきのギャルゲーのシナリオはいつも微妙な感じがする。中国大陸の映画みたいなもので、一つの物語を最後までまともに語れていれば御の字、焼香を焚いて感謝していいレベルだ。大体は前半で「お、いいじゃん」と思わせておいて、後半で蛇足感を味わわせる。名作と呼ばれるものも、この性質をひっくり返しただけに過ぎない。

先日、八月社の新作の体験版を遊んだ。あの『千の刃濤、桃花染の皇姫』だ。感想は実に微妙だった。

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普段は体験版の感想なんて書かないのだが、最近面白いブログを読んで、エロゲー制作開発の舞台裏についていろいろ書いてあった。八月社のこのゲームと照らし合わせると、いつも既視感が漂ってくる……

体験版なので、最終的にシナリオが良いかどうかについては多くを語らない。ただ、この体験版の長さは決して短くない。普通の日常系ギャルゲーなら一本のルートを満たせる長さだ。実は八月社にはずっと好意を持っている。制作が非常に精巧な感じがするし、シナリオも厚みがあって空洞に感じさせない。大図書館の羊飼いは「白湯」とよく言われるが、日常の面白さはかなり高い。そもそも日常作品なのだから、そこを極めていれば文句はない。(しかも売れているんだから、不服なら殴り込みに来い)。

全体のシナリオについては語らないが、『千の刃濤、桃花染の皇姫』に対する複雑な感想はやはりシナリオ、つまりゲームの設定と関係している。

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ゲームは亡国の皇女の復讐劇という設定だ。国家危亡の際、宰相が寝返って道案内役となり、皇室はほぼ全滅、皇女は流浪の身となる。その後、国は植民地となり、宰相は傀儡の皇帝を擁立する。皇女は宰相を暗殺して復讐しようとし、主人公は亡国の武士という立場に過ぎない。

この設定は『軒轅剣 3 外伝:天之痕』にそっくりだが、まあ亡国復讐劇のパターンを使うなとは誰も言っていないし、天之痕が最初というわけでもない。ただ、やはり妙に馴染みがある。復国の三種の神器とか、どうしても女媧石、崆峒印、軒轅剣なんかを思い浮かべてしまう。ゲームのタイトルもゲーム内の要素を示している。皇国復国には武士を集めて戦う必要があり、その武器が「咒刀」、魂が憑依した刀だ。ゲーム内ではこの刀が世界に 2000 本だか 1000 本しかないと強調されているから、タイトルの意味も理解しやすい。千の刃濤、桃花染の皇姫とは、死者の魂を宿した千本の咒刀と、復国を望む皇女の物語ということだ。

ここまで見ると、このゲームに問題はない。むしろ剣走偏鋒で、期待感が異常に高い。実際、ゲームの冒頭はとても衝撃的で、八月社がまさか演出に凝るとは、動画と CG を組み合わせた効果はとても良く見えるし、制作は精巧と言える。会話も相変わらず高水準だ。ただ、もう一つの国の設定を見るまでは……

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ゲーム内の敵国である共和国が、まさかの高度に発達した現代社会に設定されている。電車あり、銃砲あり、政治体系ありで、どう見ても皇族と同じレベルとは思えない。まあこういう状況は歴史的にないわけではない(大清国を思い出せ……)。むしろゲームは対比の面でもっと面白いものを表現するだろうと思っていた。だがシナリオはどんどん諧調を外していき、最終的には主人公、皇女、傀儡皇帝、そして敵対する共和国の令嬢が一緒に学校へ通うという設定まで飛び出す始末。しかも、ある造反リーダーのもう一つの身分は共和国のアイドルだ。

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マジで俺は頭が真っ白になった。せっかくの皇女復讐劇、忠義と天下統一への壮大な展開があるのに、最後に無理やり学校要素を詰め込んでどうするんだよ!汚れた翼だってこんなことなかったぞ。八月社の基本的な矜持はどこに行った?

学校のシナリオは結構な量があるが、全体としてはほとんど進展がない。つまり萌えを売り、水を注ぎ、日常を引き伸ばすだけ。しかもどうやら生徒会シナリオまでやるつもりらしい。このシナリオの巨大な断層にはとても戸惑う。八月社はもうリズムを取り戻したと思っていたのに、この無理やり詰め込んだように見える部分は本当に理解できない。

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しかし今なら分かる。あるブログでなぜ奇妙なエロゲーが生まれるのかが説明されていたからだ。

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日本人の仕事はほぼ全て流れ作業であることが分かる。一つの工程が途切れたら、すぐに代替を見つけて完成させなければならない。そうしないと全体の流れが遅れる。スケジュールはあらかじめ組まれていて、一度発売延期すれば、それだけで巨額の金銭的コストが発生する。

だからゲームの脚本に関しては、ほとんどの場合「制作中にマズいと気づく」場面が存在する。しかし工程は続行しなければならず、そうしないと損をする。だからこんなゲームシナリオでもそのまま進めるしかない。しかも原文では、多くの脚本家が締切を守らず、失踪するなどの状況にも言及していて、やむを得ず名も知らない二流ライターに穴埋めさせることもあるという。

原文にはゲームの企画についての面白い比喩もある。脚本家はディレクターの意向と企画の規定に従って脚本を書く必要があるが、ゲーム制作進行中、その人物の役職は固定ではない。つまり途中で、この企画はディレクターの交代によって前半の設定を部分的に、あるいは全部ひっくり返される可能性がある。脚本家にもそこまでの精神的な余裕はなく、ただ修修补补するしかなく、最終的に四不像が出来上がる。

八月社のこのゲームをもう一度見てみると、「感じた」気がする。

考えてみれば、日本人の仕事は確かにこんな感じだ。まあ、少しは理解できた。しかし結局のところ、このゲームはやはり奇妙に見える。古風な設定の中に、現代ギャルゲーの学園日常が混ざり、アイドルや生徒会長まで出てくる。まるで優雅な水仙が長い枝葉を伸ばし、その葉の先端にリンゴの実を結んだかのようだ。

幸いなことに、八月社は学校以外の部分ではなかなか良い出来だ。つまり、学校という違和感爆発の要素を剥ぎ取れば、ゲームの質は低くない。ただ願わくば、正式発売時にこの奇妙な設定のせいでゲームがバカにならないことを……水仙にリンゴが実ったら、せいぜいリンゴを摘み取って、水仙だけ残せばいい。

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