『見上げてごらん、夜空の星を FINE DAYS』レビュー
買うと分かってるから売るんだ
先日、エロゲー業界を自称するブログに書いてあった小話を読んで、なかなか興味深い言葉を見つけた:
つまりシナリオとは発売後に作品を支える要素であり、昔から初動の売り上げにおいてはイラストの方が重要であった。
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(ゲームの初動売上は主にキャラデザと絵柄で決まる。シナリオなんてのは発売後に作品を支える要素の一つに過ぎない)
さらに面白い話もあった:
(だから打ち合わせでは「キャラとイチャイチャしてれば話の中身なんてなくていい」と本当に言われるし、「○○先生に原画を担当してもらえる時点で売上は確保できてるから、シナリオなんてクソにならない限りどうでもいい」とさえ言われてしまう)
もちろん、これらよりもっと現実的な話もある:
ゲームの傾向も変わってきていて、2004年頃は「エロなんかいらねぇシナリオの質が重要」なんて一部で言われていたりもしたが、今企画会議でそんなことを言おうものなら袋叩きにされる。 理由は簡単で、シナリオを重視した作品よりもキャラクター性を重視した作品の方がグッズの売り上げがいいからである。
(ゲームの傾向も変わってきていて、2004年頃は「エロなんかいらねぇ、シナリオの質が重要」なんて一部で言われていたが、今企画会議でそんなことを言おうものなら袋叩きにされる。理由は簡単で、シナリオを重視した作品よりもキャラクター性を重視した作品の方がグッズの売上がいいからだ)
あ…………要するにこれが現実ってこと?
そんなことを考えながら最近プレイした『見上げてごらん、夜空の星を FINE DAYS』というファンディスクをやってみると、なんとなく分かるものがある。

『見上げてごらん、夜空の星を』は去年の年末に発売された作品で、実はけっこう良いと思っている。ただ分解して見るとどこが良いのか分からない。唯一言えるのは、このゲームが「天文観測」を掲げていても、実際の物語は天文観測がメインではなく、過去と現在を貫く感情と三角関係の方が大きいということ。他は絵柄も可もなく不可もなく、音楽も可もなく不可もなく、CVも可もなく不可もなく。なのに全部足すと魅力がある。かつて私はこの効果を「映画的な演出」とまとめたが、その「映画的な演出」はもはや玄学で、確かにあるのに何なのか言葉にできない。
だから『見上げてごらん、夜空の星を FINE DAYS』というファンディスクには感謝している。本編の良さがどこにあったのか分からせてくれた。

普通、ゲームが売れるとファンディスクが出る。ファン向けに追加シナリオを付けて金を取るわけだ。ただ私のファンディスク観は大半のメーカーと違うようで、今まで遊んだファンディスクはどれも中身があった。追加攻略ルート、前日譚の追加、本編で語られなかった内容の追加などなど。単なるイチャイチャやエロではなく、感情線の追加でも日常が退屈じゃないタイプだったり、短めだったり。
そんな特徴は『見上げてごらん、夜空の星を FINE DAYS』には全部ない。まずこのゲームは4Gもある。ファンディスクでこの容量はなかなか太っ腹だ。しかも起動時にpixel shader 2.0を強制しないと遊ばせてくれない。ゲーム内に派手なエフェクトがあるならまだしも、実際には星が光る以外何も見えない。見えるのはCPUが爆発しそうなことだけだ。本編ではソフトウェアアクセラレーションで負荷を下げられたはずなのに、ファンディスクはハード要求を上げて品質が伴っていない。まったく不可解だ。

ファンディスクの内容は長くはない。いや、合計すると短くもない。だが4Gの容量には絶対に足りない。とはいえその4Gのおかげで、かつて私を悩ませた「映画的な演出」がこのファンディスクの内容の前ですっかり解剖され、各要素の在り処が見えてきた。
本編の感動シーンを思い出そう:夜、星空、ステレオ音声、交錯する回想、三人で星空を見る。そういう内容はファンディスクにはもうない。後日談だから仕方ないとはいえ、このゲーム最大の美点はまさにその後日談に欠けているものだ。ファンディスクのほぼすべてのシナリオは同じパターン。ヒロインと主人公はすでに恋人同士。ヒロインが何かを企画したり行動したりして、主人公が支持し、最後に成功して終わり。

さやのルートは少し違って、唯一まともかもしれない。期待していた美晴先生のルートは逆にすごく適当。先生はなぜニートになったのか? 元の学校が廃校になった後、自分は教師に向いていないと自暴自棄になり、家で親のスネをかじることにしたらしい。最後に主人公と付き合うのは「みんなが付き合ってるって噂してるんだから、いっそ付き合おう」という流れ。あまりにも唐突だ。

話は淡々と普通。ファンディスクでは生徒会長も昔の副会長に変わっている。その副会長がとにかく木の棒みたいに退屈で、日常イベントのシナリオも木の棒みたいに退屈になった。そこで初めて気づく。本編の素晴らしいシナリオの大半は、主人公一人と沙夜、ひかりの三人で静かな夜空の下にいた時間で、その時のBGMもほとんど騒がしくなかった。というか大半はBGMなしで、会話の声だけ。星空を見上げる時や物語の起伏でゆっくり音楽が流れ、左右のステレオ効果と合わさる。これこそが本当の映画的な演出だったのだ。
もちろん前述の通り、ファンディスクにはそれがない。普通のBGM、普通の効果音、普通のシナリオ、そして普通のパターン。
この手のシナリオは見たことがある。八月社の各ルートのAfter Storyだ。ただしあれは本編にオマケで入っているだけで、Pulltopはそれを売り物にした。しかも安くはない。

よく考えれば本編では多くの部分が意図的に隠されていた。先生が最後に森田さんと会う場面、先生が再び働くことへの希望など、これらは意図的に切られ、ファンディスクで無理やり引き延ばしてルートにして売り出された。本編で決着済みのルートもある。さやのルートは将来さやが教師になるところまで書かれているのに、ゲームでは普通の日常イチャイチャを書いている。このファンディスクは本編開発時から決まっていたんじゃないか、ゲームの反響が良かったのを見てすぐ端材を寄せ集めて売ったんじゃないか、と思えてくる。

このファンディスクが出るのが早いことを考えれば、その可能性は決して小さくない。むしろ易拉环が最初から決めていた一度きりの搾取作戦だったとしか思えない。
でもそれがどうした? 本編が良かったから、ファンディスクで金を取る。ファンは絶対買うと知っているからだ。
最初の言葉を思い出す。このゲーム本編を気に入った11区のオタクたちのうち、思い出に満ちたさやが主人公に告白する物語が好きな人間がどれほどいるのか、それとも大半は作り込まれたキャラが好きなのか。いずれにせよPulltopは「設定したキャラを寄せ集めて売る」ことをやってのけた。確かにゲームのシナリオは初動後に長く生き残るための支えだが、ファンディスクにはその問題はないはずだ。
漆原雪人が叩かれるのは少し可哀想だ。少なくとも真面目に独立したシナリオのファンディスクを作っている。適当な薄味の話で誤魔化したりはしない。真紅がまた入院しても、少なくとも話には起伏がある。子供の頃、作文の先生が言っていた。起承転結のない話は基本死ぬ、と。

まあ、死んだら死んだでいい。どうせ買うと分かっているから。
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