『サツコイ ~悠久なる恋の歌~』レビュー

人魚の涙には砂糖を入れすぎた

広告

Alcot って会社はもうダメらしい。まず看板の仁村有志先生が辞めて、家に帰ってソシャゲやってる。だから今年の Alcot は、数枚の新規絵を追加しただけの LoveREC の詐欺 FD と、もっと詐欺な Clover Days Plus しか出してない。HCG を Emote に変えただけのやつで、おかげで中国語版が当日同時リリースできたほどだ。

とはいえ Alcot 本体は終わっても、子会社の Alcotハニカムがある。こっちの方が大胆なものを出すことが多くて、前にも春季限定とか、未来無視とか結構やった。で、今回がだいぶ雰囲気の違う『サツコイ ~悠久なる恋の歌~』ってわけ。

広告

screenshot.208.jpg

雰囲気が違うと言うのは、Alcot のゲームの多くが日常と笑いを主体にした空気を出していて、悲しいのはほとんどない(もちろん最初の死神のキスとかは悲しいに入るだろ)。だからこそ『サツコイ ~悠久なる恋の歌~』は「捕食者と被捕食者の恋」なんてキャッチを掲げて出てきた。

ここまでの前置きは全部俺のデタラメだ。もう嘘を続けられないから正直に言う。なんで2014年の古いゲームをやったかというと、Youtube で曲を聴いてて OP が面白そうだったから、暇つぶしにやってみただけだ。

『サツコイ ~悠久なる恋の歌~』はある程度の世界観を作り込んでいる。人間社会に「人魚族」が存在するという設定で、見た目は人間とほぼ同じだが、人魚の再生能力や四肢硬化などの特殊能力を持つ。人魚族には雌と雄がいて、雄の存在は雌の成長を守り支えるためのもの。つまり人魚族では雌が上で、雌の人魚は大人になるときに「成魚」への移行を迎える。その際に大量の養分が必要になるから……捕食する必要がある。捕食対象は人間でもいいが、最適なのは純血の雄の人魚だ。

要するに、人魚族では雌の人魚がまだ成年していない間は雄が雌を守り、雌が成年する瞬間に雄は自分を雌に捧げ、食べられて養分となり、雌は無事に「成魚」になるという設定だ。

だからもうお察しの通り、主人公は雄の人魚で、その妹はもうすぐ成年する雌の人魚である。

screenshot.138.jpg

ゲームは記憶を失った主人公が助けられて引き取られるところから始まる。主人公はほとんど記憶がなく、妹がいることだけ覚えていて、妹を探さなければならない。助けた少女・悠は自分は人魚だと名乗り、主人公を助けたのは美味しそうだったから、将来食べるためだと言う。もちろん主人公は相手にしない。頭がおかしいと思ったからだ。しかし学校に通ううちに、町では「人魚が人を食う」という伝説があることをぼちぼち耳にするようになる。

それから周囲の人間が次々と消えていることに気づき始める。テレビでも行方不明事件が多く報じられ、人魚が人間を狩るという噂はどんどん深刻になる。主人公は助けた少女、悠に、人魚が人を食うという噂はお前がやったのかと聞く。彼女は怒って、自分は絶対にそんなことはしない、きっと「雑種」の仕業だから捕まえてやると言う。

しかし何度か出かけても捕まえられない。主人公は学校の活動部で人魚探しの活動を組織し始める。

screenshot.157.jpg

そのとき主人公が学校で出会った先輩・新田瑠璃が自ら話しかけてきて、間接的に自分も人魚だと打ち明ける。そして人魚の設定をいろいろ教えてくれる。雄の人魚と雌の人魚の関係や、人魚が「成魚」になる過程など。ポイントは、新田が現在の「人魚殺人」事件は「交雑人魚」の仕業かもしれないと言ったことだ。つまり人魚と人間の子孫で、純血ではないが人間を呑んで養分を得る必要があり、「成魚」の段階を越えるためには人間を食べるしかない。しかし雑種なので人間を食べても養分が足りず、何度も食べる必要がある。一度で満たそうと思えば、人魚を直接食べるのが一番だ。新田はさらに情報を明かす。主人公を引き取った悠は実は新田の妹で、新田は妹のことを心配していると話す。妹はまだ成年していないから、今凶行を働いている「交雑人魚」の標的になりかねない、注意してやってくれと主人公に頼む。

しかし主人公が注意する間もなく、悠がいなくなっていることに気づく。探すと倉庫で誘拐された悠と、凶行を働いている「交雑人魚」を見つける。なんとそれが主人公の親友でありクラスメイトだった。彼は本当に人を害するつもりはなく、実の妹のためにやむを得ずやったと話す。主人公がこの「交雑人魚」のクラスメイトに殴り殺されそうになり、妹を失いかけたそのとき、主人公は人魚の身体能力に目覚め、クラスメイトを倒して妹を取り戻す。

screenshot.205.jpg

ここから話はルート分岐する。まずは姉の新田ルート。このルートは本来、最初の謎解きを担うはずだ。新田ルートで、主人公は新田も悠も自分も同じ母親から生まれた子供で、皆人魚の血を引いていると告げられる。新田は主人公の姉、悠は妹で、もう一人兄がいたが新田に食べられた。だから今の新田は成魚になっている。

そして雄の人魚である主人公は当然「自分は妹に食べられて成年の養分になるべきなのか」という問題に直面する。新田ルートではこの問題は実は解決されない。ただ主人公が弟として姉の新田と恋に落ち、同時に主人公と新田、悠の母親が現れる。母親は自分が人魚として何年も生きてきて、さまざまな人魚、甚至は自分の子供を食べて寿命を延ばしてきたと語る。今の母親は狂っていて人間性のかけらもない。この狂った母親は自分の子供たちを狙っていると宣言する。純血の人魚を食べれば必ず多くの養分が得られるからだ。中でも幼い妹の「悠」もこの狂った母親の標的になる。

screenshot.156.jpg

最終的に新田ルートの物語は、新田が主人公と妹を守るために実の母親と戦い、最終的に狂った母親を打ち破る。もちろん「悠」が成年できるかどうかは、このルートでは語られない。

screenshot.166.jpg

姉の新田ルート以外に、クラスの女子・川嶋直のルートがある。このルートは全編が回想で、主人公の過去を語る。実は主人公も新田も悠も同じ母親から生まれた子供だが、母親自身がいなくなったため皆孤児になり、別々の家庭に引き取られた。主人公を引き取った家庭は独身男性で、その男性は主人公に対してあまり良くなく、主人公にとっては単なる虐待にしか見えない。だから主人公は彼に好意を持っていない。妹を探すための一時的な宿として引き取られただけだ。その男に引き取られた主人公は彼についてこの町に来て、この学校に転入する。転入したばかりの主人公は誰も知らなかったが、クラスメイトの川嶋直だけが自ら主人公に近づいてきて、すぐに二人は恋仲になる。しかし主人公自身が自分は人にふさわしくないと思っていたこと、妹を探すためでもあったこと、そして主人公自身が人魚で「年齢とともに定期的に記憶を失う」症状があることから、この話は主人公によってうやむやに一時放置される。川嶋直も主人公に振られたと思ったが、諦めてはいなかった。ルートの最後、川嶋直が再び主人公に告白する。主人公は自分は人魚で、将来食べられて死ぬかもしれない、それでも川嶋直に愛されるのかと問う。

screenshot.178.jpg

答えは肯定だ。ただ最後はハッピーエンドではない。主人公が川嶋直に「少し処理することがあるから離れる、将来戻る」と言い、その後は音信不通になる。ゲームは主人公の行き先を語らず、ただ川嶋直と生きていく方法を見つけたとだけ言う。最後は川嶋直が一人、スマホの主人公の連絡先をぼんやり見つめるだけだ。

screenshot.186.jpg

二つのルートをクリアすると、最後の妹・悠のルートが解放される。このルートは実は……語ることはあまりない。環境も物語の周辺も他のルートで説明済みだからだ。ルートは主人公と妹・悠が恋に落ち、二人は恋人のような関係になるが、関係の終わりはすぐにやってくる。人魚族の伝統として、雌は近しい雄を食べて養分とし、成魚に変化する。つまり妹の悠は主人公を食べるかもしれない。そうでなければ主人公は死に、妹も死ぬ。

screenshot.237.jpg

最後の結末は、妹が主人公を食べるのを拒み、主人公は雄としての機能ゆえにどんどん体が弱っていく(雌が捕食しやすいように)。そこに主人公と妹の母親が現れ、「お前たちが食べたくないなら、私が食べてやる」と言う。そして主人公は妹・悠を守るため、母親と血戦を繰り広げ、最後の生命を使って母親を説得する。母親は娘・悠を狩るのをやめ、少しだけ正気を取り戻し、狂うのをやめる。そして主人公は母親と対峙した倉庫で死に、スマホを通じて向こう側の妹が永遠に会えない主人公のために最後の歌を歌い、ゲームは終わる。

screenshot.245.jpg


で、このゲームは何を言いたかったのか……

つまり主人公と妹の矛盾した関係だ。人魚族の兄妹は成年後、妹は兄を食べて成長を続けなければならず、兄は雄の人魚として未来がない。なのにこの物語では、兄妹が恋に落ちてしまう。

これが多くの設定で惹きつけるゲームに共通する点だ。大抵は「矛盾を抱えた」設定を作り、プレイヤーや読者に結末を推測させる。兄と妹が恋に落ちるが、妹は兄を食べなければ生きられず、さもなければ二人とも死ぬ。こういう「どの道も通じない」設定こそが、最後の結末がどう描かれるのか、あるいは両全の奇跡が起きるのかと好奇心を掻き立てる。

screenshot.203.jpg

しかし『サツコイ ~悠久なる恋の歌~』では奇跡は起きない。主人公はやはり死に、妹が長く生きられるかもわからない。おそらく彼女は捕食を続ける必要がある。

プレイ後に思った。このゲームはある程度、昔の『はつゆきさくら』に似ている。特殊な身分の主人公、引き取られて一緒に暮らす少女、そしてあるルートでは過去に誰かと恋をしたがその後さまざまな理由で忘れてしまう。ただ違うのは、前者はとても悲しく、後者はそれほど感じないことだ。どちらも冬の物語なのに。

考えてみれば少しおかしい。この話は悲劇のはずなのに、『サツコイ ~悠久なる恋の歌~』は全然悲劇とは言えない。このゲームは最初から、部分部分で道を外しているからだ。

screenshot.228.jpg

この責任は企画の瀬尾順に負わせるべきだと思う。瀬尾順の実力がないと言っているわけではない。ただこの男は本性が変わらない。

瀬尾順はこれまで多くのゲームの企画・脚本・制作に参加してきた。俺から言わせれば、この男がうまいのは日常の小ネタだ。笑いや小芝居、下品なギリギリアウトの下ネタはお手の物……だがこのゲームはギャグゲームじゃない! 脚本家は悲しく感動的な脚本を考え、三つのルートと物語の提示も計画したのかもしれない。しかし書いているうちに本性が出てくる……日常にさまざまな小ネタを詰め込む。小ネタが悪いとは言わない。ほとんどのギャルゲーでは本筋はほんの一部で、普段の日常会話は水増しして長くする必要がある。そこで小ネタを挟んで盛り上げるのは悪くない。

しかしこの男は肝心なところでも場違いな小ネタを挟み続ける。これは情緒を壊す。

川嶋直というキャラは、主人公が過去を回想するときの感情要素を担っている。なのに共通ルートでは彼女のイメージが大量の小ネタでお笑いキャラにされてしまい、続く回想編の個人ルートでまたシリアス路線になり、しばらくするとまた小ネタでお笑いキャラになり、また肝心なところでシリアスになり、終わり近くでまた小ネタでお笑いキャラに戻る。そして結末では慌てて主人公を消失させ、説明不足の結末で無理やりプレイヤーを泣かせようとするが、どう見ても打ち切りにしか見えない。

川嶋直というキャラとのルート展開が近いのは『はつゆきさくら』の小坂井綾だ。比べてみろ、小坂井綾の性格造形がお笑いキャラにされたことがあるか?

最後に言うべきは、いわゆる TRUE END、悠の妹ルートだ。共通ルートから最後の妹ルートまで、全編妹が可愛さを振りまく。可愛いは問題ない。妹控けの会社のゲームならそれでもいい。だが忘れるな、このゲームは春季限定でも未来無視でもない。妹自身に主人公と共存できない矛盾した関係がある。前半があんなに楽しいのは、最後の妹と兄の別れの悲しみを引き立てるためかもしれない。しかし兄妹が対立関係を知った後でも小ネタを挟むのは何なのか? これがより深刻な問題を引き起こす。最後の雰囲気が盛り上がらない。「このゲームはまだギャグやってる」という環境のまま、最後の最後になって脚本家はようやく「あ、やべ、このゲーム終わるのに伏線張ってねえ」と思い出し、慌てて学校に来ない妹が突然学校に行きたいと言い出し、兄と一緒にピアノを弾いて歌いたいという設定を追加する。ピアノの練習もそこそこに兄を最終ボスである母親との決戦に向かわせ、決戦でも母親を倒さず、適当な口先だけで母親が自分が間違っていたと思い込んで去ってしまう……

screenshot.200.jpg

最終展開の雑さで、ゲーム全体の悲しみの雰囲気はガタ落ちだ。脚本家・瀬尾順は小ネタしか書けず、まともな哀しい話は書けないのかと疑わざるを得ない。そういえば春季限定も元は悲しい話だったはず……なのに完全に楽しい作品になってしまった。OP はあんなに悲しいのに……

ゲームは随所で伝えたいことを示してはいる。主人公の養父の汚名返上もそうだ。彼は主人公を虐待しているように見え、ほとんどの時間は無関心だが、養子縁組だから時間が経てばやはり情が湧く。主人公も言っている。「あいつは俺に酷いことをした、俺も恨んでいる。でも恨むと同時に愛してもいる」と。

最後にゲームは捕食者と被捕食者の関係についても語る。「あなたに殺されるけれど、あなたを深く愛している」。雄の人魚の使命は雌の人魚を守り、雌の人魚が成年するときに自分の命を捧げることだ。

とても感動的な設定のはずなのに、本当にテンポが悪い。ほとんどの時間はギャグゲームに見えて、たまに BGM が切り替わって少し悲しくなり、また変わってギャグに戻る……雰囲気を薄めてしまう。

screenshot.168.jpg

だから『サツコイ ~悠久なる恋の歌~』は、前の春季限定や未来無視などと何ら変わらないように見える。人魚の捕食者の設定をかぶせて最後に兄が死ぬだけ。少なくとも70%の日常はギャグの小ネタで、しかも CV の演技も前より良くない。石原舞の駄妹の演じ分けは上原あおいや桐谷華に比べてかなり見劣りする。

音楽はかなり良い。多くの曲がゲームの雰囲気に合っているし、演出効果もまあまあで、少なくとも雪の表現は悪くない。しかし人魚同士の戦闘がいくつかあるが、これは首を振りたくなる出来だ。Alcot は本当に戦闘が下手だ……画風はそれほど可愛くないが、そこまで悪くもない。一番品質が高いのは HCG で、絵師はむしろ同人誌向きな気がする…………

しかしこれらは大問題ではない。大問題はやはりゲーム自体のテンポの暴走だ。企画は少し哀しい物語のはずなのに、笑いが半分以上を占める作品に書かれてしまい、最終的な雰囲気も十分に盛り上がらない。妹を救うために主人公が死ぬ結末も響かない。失敗作と言うべきだろう。

screenshot.250.jpg

春季限定には「死ななければならない」矛盾はなかった。未来無視にも「別れなければならない」問題はなかった。だからあの二作は楽しく書いて最後に締めればよかった。しかしこの作品は、最初から「非人間」の路線を選び、生死観の描写もあるのに、同じ手を使って楽しみ、しかも引くに引けないほどノリまくっている。本当に納得できない。

人魚の涙は、本来極度の悲しみを味わわせるための苦さのはず。なのに君はそこに砂糖を大量に入れた。そんな甘い涙では共感できないだろうが……

本家 plumz.me でこの記事にコメントする

コメントは中国語の本家サイトで受け付けています。このミラーは閲覧専用です。

目次