BertieとLogueの間の基情物語
これは過去記事の再掲で、執筆日は2011/06/24
昨日はなんだかモヤモヤして、退屈で、文句を言いたいのに言葉が出てこず、何か書きたいのに書けず、誰かと話したいのに誰もオンラインにいなくて、仕方ないからハードディスクに半年近く放置していた『英国王のスピーチ』を引っ張り出して観ることにした。正直に言うと、これをダウンロードしたのは『インセプション』がアカデミー賞でこいつに完敗したと聞いたからで、神作品を拝んでやろうという魂胆だった。ところが世の中ままならぬもので、その後観ようとするたびにいろんな雑事が邪魔をして、そして昨日、あの寂しい夜に、ようやく寂しい心持ちで寂しい目をして寂しいモニターを眺めながらこの映画を観終えた。二時間後、私の感想は観る前とまったく同じ、同じ寂しさ、同じモヤモヤ、それにもう一つ「これで終わり?」という感想が加わった。oh sorry、ちょっと上品に言いすぎた。「このクソ映画、俺の二時間を無駄にした挙げ句、何も説明しないまま終わりやがったのかよ?」だな。
映画である以上、筋書きが肝心だ。そして『英国王のスピーチ』の筋はわりと単純で、要するに中二病患者が狭い部屋で極めてクソなマイクに向かって演説をやる方法を覚える話である。観終わった感想はまあ普通。音楽は少なめだが悪くもない。全編を通して平坦な感じで、山場も伏線もなく、ほぼ冒頭で結末が見えてしまう。だが本当に私を興奮させたのは、観終わったあとネットでレビューを検索し、これがどうやってアカデミー賞を獲ったのか知りたくなったときのことだ。結果、そう、Filmarksで、またFilmarksで、津波のような満点レビューを目にした。長ったらしい内容は読む気もしないが、要するに「この映画は筋も平坦、演出も平坦、カメラも平坦、人物も平坦、でもとにかく凄い、10点で異論なし」ということらしい。ふざけんな。全部平坦ならお前の点数も平坦にしろよ、お前の家では0+0=1なのか。
まず、この映画はこれっぽっちも励志ではない。冒頭からBertie王子はあちこちで自分の愚かさを晒しまくる。たとえば初対面の医者への無愛想、理由不明のイライラ、わがままな癇癪。まるで「お医者さんなんか見たくない」と泣き喚く裸のガキを見ているようだ。次に、人間としてのイキり。Logueが初めて彼に会ったとき、Logueが話しかけようとすると、なにしろこのクソ王子は偉そうな顔で「俺は王室だぞ、俺の愛称のBertieを勝手に呼ぶな、撃ち殺すぞ」とくる。そして話は我々の予想どおりに進む。Bertieが大音量のヘッドホンをつけると、彼はようやくシェイクスピアの台本を流暢に読み上げる。つまり、彼は単に自分に自信がないだけなのだ。で、で、で、我々はBertie王子が物語の後半で突如覚醒し、絶対的な偉人となって英雄的な姿を見せることを期待する。Logueが以前妻に言ったように「He will be a Great Man」だと。だがね、だがね、だがね、Bertie王子の父親、つまり前国王が死の間際に王位を彼に譲ったかって?彼はそれを拒否しやがったかって?兄に王位を譲ったかって?よし、これはBertie王子の自信のなさをさらに際立たせるためだ、私は映画の後半で彼が覚醒すると固く信じていた。なのに、なのに、なのに、最後には逆に兄が自分の愛人のために断固として王位を放棄し、颯爽と王の座をBertieに投げ渡すではないか。おいおい、まさかだろ。我々はみんなBertieの覚醒を待っていたのに、覚醒したのはBertieの兄ってどういうことだよ。Davidがこそ主人公だろおい、権力なんてクソくらえとばかりに女のために一生を捧げる、ああいうのが英雄気質ってもんじゃないのか。
よし、我らが主人公Bertieはようやく兄から引き継いだ王位を受け取り、そしてなぜか国王になってしまう。で、彼はまだどもっている。つまりまだ自信がない。そこへ世界大戦が勃発し、イギリスは宣戦布告するため国王の演説が必要になり、Bertieは再び矢面に立たされる。ここで我らが凄い主人公Bertieはまたしても困惑し、どもり、緊張する。そこへ親友Logueが再び現れ、最後は極めて狭い部屋で、Bertieは親友Logueの体に向かってどもりながら演説原稿を読み終える。で、で、で、それで皆が燃え上がり、皆が喝采し、皆が「この演説はイギリスの戦力を大いに鼓舞した」と言う。ふざけんな。前線のイギリス兵たちがこのどもりまくりの演説に鼓舞されたとき、この原稿を読んでいる人間がその瞬間、彼らを鼓舞する気など微塵もなく、むしろ「ああ早く読み終わらせてくれ、俺は故郷に帰って寝たいんだ」としか考えていなかったことを知ったらどう思うのか。ましてやその事実を知ってもまだ鼓舞され続けられるのか。映画の最後にはいくつかの字幕が流れ、Bertieの名誉を回復しようとする。彼はその後も何度も演説を行い、どれも兵士たちをよく鼓舞した、と。演説だかなんだか知らねえが、それは他人が用意した原稿を読んでいただけだろ、しかも部屋の中で、しかも「早く読み終えて早く帰ろう」という気持ちで読んでいた、感情のかけらもありゃしない、あの温ボンボンよりもいい加減だ!もし歴史上の本当のジョージ6世がこんなだったら、イギリス王室ももうおしまいだと思うが……
总而言之、『英国王のスピーチ』はとても平坦な映画で、ツッコミどころだらけで、しかも観ていてまったく感情移入できない映画だ。最近アニメやゲームばかり観ていることを考慮すると、この映画はむしろ『BertieとLogueの間の基情物語』と呼ぶべきだよな、な?お前らがいくら『インセプション』を商業映画で金臭いと罵ろうが、あっちは確かに私を惹き込んだし、彼らがどうやってbacklashを実現するのかハラハラさせられた。もう一つ証明できるのは、Filmarksにわんさかいる、中身のない嘆きを垂れ流し、自分の意見もなく、他人の評価が高ければ自分も後追いで美辞麗句を並べて称賛するクソどもは、おとなしくFilmarksのイキりグループでどうやって上手くイキるか学んでから出直せってことだ。
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