『枯れない世界と終わる花』レビュー

この世界には童話が必要だ

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『枯れない世界と終わる花』は、最初はすごく矛盾した印象を受けた作品だった。期待もあり、少し怖さもあった。

期待したのは設定が面白いからだ。何の話なのかほとんど見えてこないのに、作画もキャラデザも、CVまで心地よく感じられた。

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少し怖かったのは企画とシナリオが雪仁だから。この雪仁って誰か? 彼の他の作品は知らなくても、一つだけ確実に知ってるやつがある……

ネコぱら、英語名は Neko Para。中国語名は知らないが、あだ名なら知ってる。「艹猫」、Steamでバカ売れしてるやつだ。

しかも彼は中国出身の絵師さよりと一緒に抜きゲーを二本も作ってる。そんなシナリオライターが突然、自分の新作を出して、設定もなんか意識高い系っぽいとなれば、簡単に地雷じゃないと信じられるわけがない。

でも先月このゲームの体験版を遊んで、疑問はさらに深まった。体験版でもほとんど何も説明されてなくて、このゲームが何を言いたいのか、テーマは何なのか、やっぱりわからなかった……世界観は架空っぽい。こういう架空の話はゲームではそんなに多くないけど、日本のアニメには毎回ある。最近だと『壊れた世界とガラスの花』。偶然このゲームのタイトルもフォーマットが似ていて、余計に疑念が深まった。最後までイキり倒して、結局何も言えてないんじゃないかと……

もちろん遊んだ後は、そんな疑念も消えた。むしろ、このゲームを間違って捉えていた。単なる「文芸イキり」ゲーじゃなくて、むしろ童話に近い。

そう、童話。子供が寝る前に母親が読み聞かせる「Long Long Ago」「昔から」「むかしむかし」のあの話……

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だからこのゲームの世界と風景がこんなに「童話」的なのも無理はない。

ゲームの話は単純と言えば単純、複雑と言えば複雑。ただ特筆すべきは、物語が展開するときに典型的な少し欺瞞的な手法を使っていることだ。

最初、主人公のショウは小さな町にやってきて、道で少女のレンに出会う。主人公はこの少女を知っているようで、少女も主人公を知っているようで、二人はあまり話さず町へ向かう。

町に着くと三姉妹がやっているカフェを見つける。長女コトセ、次女ハル、末妹ユキナ。主人公はなぜかそこで手伝うと言い出し、さっき知り合った少女レンを連れてくる。正直ここまでの話はかなり意味不明で、主人公もレンも「大事なことがある」から「ここに再び戻ってきた」と言う。

主人公は人に、自分は「天使」を探しに来たと言う。

ある夜、主人公は町の外れの花畑へ向かう。花畑の真ん中に大きな木があり、主人公は次女ハルが町の住民に魔法をかけているのを見つける。その後、その住民は一輪の花になり、花畑に植えられ、花畑の一部となる。ハルも主人公に気づき、自分が「天使」だと打ち明ける。「天使」の役目は「選ばれた」「消えるべき」人を花畑に連れて行き、花にして植えることだ。

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「天使を探してたんでしょ? なら天使が見つかった今、どうするつもり?」ハルは意味深にこう言う。「いつか、あなたも私に花にされるかもしれない。私を恨むかもしれない。でも、どんなにしても私はこの役目を背負って生きていく。世界はそうやって回ってるから。これがこの世界のルールだから。」

その後ハルは何事もなかったかのようにカフェで働き続け、二人の姉妹とも、主人公とも普通に話す。そして主人公は知る。「天使」はハルだけじゃない。長女コトセも、妹ユキナも「天使」で、「消えるべき人」を「花」に変える役目と能力を持っている。

同時にプレイヤーは主人公の口からもっと多くのことを知る。「天使」になった者は、その心が徐々に蝕まれ、さまざまな感情や心を失っていく。主人公は長女が「悲しみ」の感情を失い、妹ユキナが「家族への愛着」を失い、次女ハルが「大切なことの記憶」を失っていることに気づく。

その後の展開は、主人公が一人ずつ攻略していく。長女の「悲しみ」を取り戻させ、「天使の力」を奪い、その心を蝕む力を自分に移す。

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そして主人公は同じ手で妹ユキナの天使の力も奪い、「家族への愛着」を取り戻させ、自分が二つ目の天使の力の心蝕を負う。

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最後にハルの天使の力を奪おうとしたとき、大きな抵抗に遭う。ハルが突然、過去のことを覚えていると言い出したのだ。ハルによると、昔、主人公ショウと同じ名前の誰かがいて、彼女たちを可愛がり、養子にして、母親だった。しかしある日、その人は何も言わずに去り、三姉妹を捨てた。

本来ハルが失ったのは「記憶」だから覚えていないはずなのに、主人公は彼女が覚えていることに気づく。後にわかったのは、ハルが毎日日記を書いていて、毎日日記を通じて記憶を得ているからだ(このパターンはよくあるし作品も多すぎるから説明は不要だろう)。

で、過去の話とは何か? ここで物語の途中に挿入される「回想シーン」の話をしなければならない。この回想が主人公の由来を説明する。

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本編での主人公の名前はショウ。しかし回想シーンでのショウは男ではなく、シスターだった。酒好きのシスターだ。シスターは教会で「天使」の役目を担っていた。そう、死ぬべき人を花に変える役目だ。このシスターは「天使」として四人の孤児を養子にした。一人はアキト、一人はハル、一人はコトセ、最後は流浪して泥棒になろうとしていたユキナ。シスターショウは孤児たちに今の名前をつけ、教会が家であり、今日からお前たちは家族(かぞく)だと告げる。シスターショウは貧しく、毎日豆のスープしか食べさせられなかったが、それでも彼らは幸せに暮らしていた。

やがてシスターショウの天使の力が彼女の心を深く蝕み、シスターショウは自分が長くないと悟り、黙ってどこかで死のうとする。ちょうどアキトに見られてしまう……

シスターショウはいつもアキトが好きだった。彼はいつも「みんな家族だ、仲良くしなきゃ」と強調していたから。シスターショウはアキトに、三姉妹を頼む、自分はもう面倒を見られないかもしれないと言う。

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アキトは承諾し、すぐにシスターはアキトを遠ざけ、一人で教会の地下室に座り、体が灰色になっていく。体が完全に天使の力に蝕まれたのだ。

その後アキトは三姉妹に、シスターショウは用事で出かけたと嘘をつく。三姉妹は信じたが、すぐにシスターショウは戻らず、アキトも三姉妹を養えず、三姉妹は食事も取れず、病気になり、薬もなく……などなど。

そこでアキトはシスターショウがかつて言ったことを思い出す。「この世界には神様がいる。天使は神様を助けるために存在する。世界では一瞬ごとに誰かが消え、消えた人は花になって世界の一部になる。誰かが消えて世界と一体になるからこそ、この世界は回り続ける。絶えず人が消え、絶えず人が生まれる。これがこの世界のルールだ。」

「世界のルールの運行は大きな歯車が回るようなもので、その大きな歯車を助けるには小さな歯車が必要だ。天使はその小さな歯車なんだ。」

「この世界には神様がいる。花畑の大きな木のてっぺんに。そこには消えたすべての人が集まり、消えていった人々が神様を形作っている。」

アキトは神様に頼ることにした。

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そしてアキトは花畑の大木の頂上へ行き、神様に会う。いわゆる「神様」は虹色の蓮の花だった。アキトは三姉妹を救ってくれと頼む。神様は救うには代償が必要だと言う。三姉妹は本来すでに死んで花になるはずだったが、前の天使が強引に介入したため長く生き延びている。もうこれ以上は介入できない。

アキトは三姉妹のためなら自分はどうなってもいいと願う。神様は、ならお前の一番大切なものを奪う代わりに三姉妹を生かしてやろう、どうだと問う。

アキトは承諾した。

結果、三姉妹は次の「天使」となり、元々シスター一人が負っていた天使の力の蝕みを分担し、アキトは……三姉妹との「絆」を失った。

「彼女たちはもう天使で人間ではない。だから人間が消えるルールは適用されず、生き続けられる。」

そしてアキトは三姉妹との「絆」を失い、教会に戻ると、三姉妹は自分を全く知らず、他人扱いする……

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アキトは悲しみ、このままでは生き残った三姉妹も生ける屍だと気づく。彼女たちはただ生きているだけで、いずれ心も天使の力に蝕まれ、感情を失い、体が灰色になってシスターのように死ぬ。何より、心が蝕まれるにつれて「家族」の概念も失い、主人公を覚えておらず、姉妹同士も別々に暮らし始める。

アキトは再び神様の前に来て、助けを願う。

「お前にはもう犠牲にできるものはない。」神様は拒否した。

「なら俺の命と引き換えに三姉妹を天使の力から解放してくれないか?」アキトは神様に願い続ける。

最後に主人公の強い意志と土下座で、神様は折れ、アキトに時間を与えた。三姉妹の「天使の力」を回収し、解放するために戻る時間を。解放した後、主人公は再びここに戻り、自分を犠牲にする。

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そして何年も経ち、アキトは再び目覚める。アキトという名前は三姉妹に覚えられておらず、アキトは育ての親の名前を継ぎ、ショウと名乗って再びこの町へ戻る。町へ向かう途中でレンに出会う。このレンの日本語の漢字は「蓮」で、あの虹色の蓮の神様の分身を表す。レンは主人公を監視し、任務を早く終えて戻るよう促すために来たのだろう。

そして先に述べたように、主人公は一人ずつ三姉妹の天使の力を回収していく。ハルのを回収した後、主人公はもう死にそうになり、ゆっくりと大木の頂上へ戻る。虹色の蓮はもう枯れかけている。何しろ天使の力は全部主人公が回収したから、世界がヤバい……

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その後、約束通り主人公は死ぬはずだったが、物語は強引な「ハッピーエンド」を迎える。神様が主人公を哀れみ、見逃したのだ。とにかく最後に主人公は死なず、生き残り、世界も天使を失って悪くなったわけではなく、むしろ誰も勝手に消されない、より美しい世界になった。三姉妹も主人公のことを思い出し、かつての孤児たちが再び集まり、自分たちが「家族」だったことを思い出し、最後に前の天使シスターショウに養われた子供たちがショウの墓前で花輪を捧げて終わる。

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だからこの話は厳密ではないように見える。多くのことが説明されていない。なぜ最後に世界がヤバくならなかったのか、なぜ天使が勝手にいなくなってよくなったのか? なぜ元の世界では天使が人の命を奪わなければならなかったのか? なぜランダムに「選ばれて消える」人がいるのか? なぜ神様は最後に主人公を見逃したのか?

などなど…………

あと日本人が一番ツッコむのが:この世界にはこの町しかないのか?

だから……よく考えれば、これはただの童話だ……

つまり「天使が本来神様に捨てられるはずの孤児を家族として引き取り、天使自身は死に、残された孤児たちが神様に助けを求め、神様が哀れんで子供たちを見逃した」という話だ。

ゲームは様々な面で童話風の描写に満ちている。特に文章は……仮名がめちゃくちゃ多い。子供の会話ばかりの回想シーンが半分以上の篇幅を占め、世界観の説明も「この世界には天使が選ばれた人を送り出して花に変える必要がある」という点に留まる。

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ゲームの文章は感性的で、音楽とCVの演技によって雰囲気を大いに盛り上げている。もちろんサスペンスを作るのに仕掛けがないわけではないが、意図的に隠しているわけでもない。回想シーンで主人公の名前が男ではないことも、よく見ればわかる。ミスリードもそれほど大きくない。むしろミスリードする気もなかったのかもしれない。早く気づいたらそれでいい。ゲームはより多くの筆を「世界の不条理」「家族の絆」に割いている。

世界の不条理については、はっきり語られている。生老病死、世界のルールはそういうものだ。絶えず人が生まれ、絶えず人が死ぬ。選ばれた人は死神に理不尽に招待された可哀想な人たちで、様々な不幸で死ぬ。ゲームは死の突然さと「不条理」を映し出している。

ゲーム中、キャラクターは何度も「なぜ私が選ばれたの、なぜ私が消えるの?」と嘆く。

そして天使はいつも「これがこの世界のルール(Rule)だ、従わざるを得ない」と言う。

突然死んだ親族も世界のルールだ。死んだ人は蘇らない。受け入れるしかない。同じ理屈だ。

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生老病死、適者生存についての描写は、天使がよく言う「あなたが鶏肉を食べて生きる力にするように、この世界も消えて花になった人々の力を絶えず吸収しないと回らないんだよ」に表れている。

「花になった人は世界の一部になり、新しい命を育み続ける。」

天使が花を植える動作と合わせると、人が死んで土に埋葬されることを暗示していると解釈できる。

実はゲームがより表現したいのは「不幸な人の運命への反抗」だ。多くのキャラクターが「仕方ない、世界のルールがそうだから、俺たちは諦めた」と言うが、唯一受け入れないのが主人公。人は勝手に死んではいけない、世界のルールも勝手に受け入れてはいけない、常に人が消え、常に人が死に、常に家族が去る、この世界は悲しすぎる。だから主人公は「この不条理な」世界を「終わらせたい」と思う。

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ゲームは最終的に主人公にそれを成し遂げさせ、「悲しみのない世界」を構築する。もちろん水を差すが、そんな世界は存在しない……だから私は童話だと言ったのだ。

もちろん物語に欠点がないわけではない。三姉妹の心の欠落部分の描写はどれもいまひとつで、最後のレンのルートは急すぎる。回想シーンで絆を深めるために小さいディテールを多く書いているが、最後に全体的な爆発力が欠けている。幸い音楽が十分に良く、しかもこのゲームは……短い。「一短遮百丑」で、まあいいかと思える。少なくともプレイ中に不快な体験はなかった。

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絵柄に瑕疵はなく、ゲームの雰囲気に非常に合っている。CVの演技も光っていて、久しぶりに桐谷華の泣き声を聞けて満足だった。最も特筆すべきはゲームのBGMで、「神配楽」と呼んでも過言ではない。物語が緊張する場面ではBGMを一時停止し、展開に合わせてゆっくりと悲しく魂を揺さぶるピアノ曲が流れる。物語を盛り上げるのに極めて大きく貢献しており、ゲームの演出効果と感動効果の少なくとも60%は音楽によって達成されていると言える。音楽を外したらこのゲームは魂を失う。

18禁のエロゲーとして、このゲームはその点で不合格かもしれない。物語の中で主人公は「愛情」を表現せず、むしろ「家族」の「親情」が中心だ。みんな孤児だが、その家庭の温かさがゲームのテーマで、最後の結末までKissも告白もなく、ましてやHもない。むしろ際どいお色気もない。これはゲーム自体の基調をよく示していて、エロ寄りの路線を狙わず、ただ童話を語ろうとしている。

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もちろん童話の観点から見ると、ゲーム全体が表現する内容は、子供が世の中には必ず生老病死、生死の別れがあると知り、それは良くないと思って神様に頼み、誰も死なず、生死の別れもない世界になればいいと願うようなものだ。

無茶ではあるが、「童話」としては無茶ではない。まあ美しい願いだろう。童話の結末のように、王子と姫は永遠に幸せに暮らし、家族はいつも団らんする、みたいな。

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あなたも私ももう大人で、童話は嘘っぱちかもしれないが、それでもこの世界には童話が必要だ。童話は美しい希望を表している。遠く及ばなくても、いつも方向を示してくれる。

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