『断罪のマリア』レビュー
神様 どうか目を閉じて
以前、乙女ゲーを遊ぶオタク女子のぼやきを見たことがある。「大抵のギャルゲーではヒロインがすぐ死ぬ。そして乙女ゲーでもヒロインがすぐ死ぬ。もう、男性向けでも女性向けでもヒロインは大概ろくな目に遭わないから慣れた」と。
確かにそうだなと思った。多くの物語で女性はひたすらか弱い存在として描かれ、男性に守られるものとされる。ギャルゲーの先輩ヒロインでさえ、後半になると実はそんなに強くなくて、内心は脆いんだよ、みたいな描写が入る。これ自体が性別で決まっているようなものだが、それを変えようとするゲームもあるにはある。
もちろん男性向けの作品でヒロインが男主を引っ張ってキャリーする展開は現実的じゃない。何せ男主は「最弱」設定なのがお約束で、実際は最後にはチートになるんだから。せめて女性向けゲームで、ヒロインが最強という設定に挑むものがないか見てみるしかない。

というわけで断罪のマリアは、まさにそういうゲーム……ではある。完全にそうではないが、かなり近い。少なくともヒロイン本人の戦闘力はゲーム中最強だ。
断罪のマリアは乙女ゲーだが全年齢向けで、しかも真のフルボイス。つまりヒロインにも声がある。面白いことに、乙女ゲーは18禁のものでもヒロインに声があることが多い。逆に男性向けは男主に声が少ない。どう見てもキモオタ男性のほうが少女より扱いにくいということらしい。断罪のマリアの女一号のCVはかの有名な阿澄佳奈で、他のヒロインを演じている人も多分みんな知ってる。本多真梨子……もちろん当時はまだ海に降りてなかったけど。
ゲームの話は正直語りにくい。最初から中盤、そして最後まで、感想がジェットコースターのように揺れたからだ。
ゲームはダークな作風で、ヒロインのマリアは「悪魔に憑かれた」女性という設定。そしてマリアは同時に祓魔師でもある。

そう、悪魔憑きの祓魔師。これが矛盾点であり、ヒロイン・マリアの悲劇の始まりだ。マリアは日本の教会学校へ留学するよう派遣される。名目は留学だが、実際は日本でハロウィンに起きる悪魔召喚儀式の処理のため。ハロウィンの日本で悪魔アザゼル(そう、あの毎日蹴られてる萌えキャラのアサゼル)を召喚しようとする者がいるらしく、マリアはそれを止めに来たのだ。
マリアの母も、その母も、同じ悪魔に憑かれていた。二人ともハロウィンの召喚儀式を止められず、地獄へ追放された。マリアは再びその使命を継ぎ、ただ一つの解脱を求める。
祓魔師としてのマリアの除魔方法は非常に特殊だ。他の祓魔師は聖水を撒き、祈り、もっと凄い者は天使を召喚して悪魔を追い払う。だがマリアは体内の悪魔ウリエル(CVはあの伊藤誠の人)を直接召喚し、祓うべき悪魔を引きずり出して真っ二つに引き裂く……。マリアの体内の悪魔は確かに強力で、彼女の除魔方法自体が暴力的。World of WarcraftのWarlock(術士)が悪魔を隷属させて悪魔に対抗するのに近い。
マリア自身が悪魔を宿しているため、教会学校に入ってから男子生徒たちに疑われる。そう、乙女ゲーだからヒロインの同級生は当然みんな男で、しかも揃いも揃って神への忠誠心が厚い。毎日祈り、口を開けば神のご加護を、と。最初はマリアを歓迎していたが、彼女の体内に悪魔がいること、そして除魔方法が悪魔を召喚して悪魔を引き裂くものだと知った途端……全員フリーズである。

フリーズの後は当然いろいろと面倒くさい。「受け入れられない!」「たとえお前が女でも、体内に悪魔がいる女は受け入れられない!」などと言い、白い目を向ける者までいる。
結局ヒロインは何度も圧力に耐え、実力で自分を証明する。何度か除魔作戦に参加し、あのツンデレ間抜けな男たちに認められるのだ。
正直に言うと、このゲームの除魔戦力の最大はヒロインだ。除魔のたびに間抜けな男たちは祈るか聖水を撒くだけで何も解決できない。ヒロインだけが悪魔を召喚して直接引き裂く。速くて明確、効率もいい……なぜあの衛道士たちがヒロインを嫌うのか分からない。
実際、物語が進むにつれてヒロインはますます嫌われる。体内に悪魔がいるという理由だけで。

ヒロインがアサゼル召喚の件を調査していると、突然「結社」という組織が現れる。結社の連中は悪魔の力を崇拝しているが、悪魔を隷属させその能力を得ることを望み、同時にアサゼル召喚も企んでいる。
教会は当然止めようとする。だが結社の連中は教会の者をひどく見下し、しかもマリアを気に入っている。何せマリアには悪魔の力がある。結社の使者Jokerは、マリアは我々のものだ、教会がマリアを受け入れないなら結社に入ればいい、と言う。
マリア自身は祓魔師だから当然断る。だが教会の男たちはすでにマリアを疑い始めていた。そこで結社は手段を選ぶ。学園祭で彼らが悪魔を召喚し、マリアはやむなく自分の悪魔を召喚して対抗する。その結果、体内に悪魔がいることが露見。事態は収まるが、マリアは濡れ衣を着せられる。街に流れる悪魔、生徒が遭遇する悪魔、すべてマリアのせいだとされる。聖なる教会学校に悪魔憑きの女がいるなど受け入れられないと、生徒たちは抗議し、マリアに出て行けと要求する。

マリアと同じ寮の男子生徒(つまり攻略対象)たちは最初こそマリアを気の毒に思い庇おうとするが、すぐに意見が割れる。二人の男は錯乱し、マリアを縛り上げて無理やり祓魔すればいい、体内の悪魔を祓えば問題ないと考える。二人は天使を二体召喚する。天使はマリアの体内の悪魔が深すぎて、祓魔すれば本人が死ぬかもしれないと言う。だが二人は構わない、神がマリアを守る、彼女は死なないから、と天使に強行を求める。

その瞬間、マリアの体内の悪魔が現れる。マリアが殺されそうになるのを見て激怒し、暴走。瞬時に天使と戦闘を始める。一体はすぐに悪魔にやられ、もう一体はそれを見て背を向けて逃げ出し、召喚した者に「全部お前らのせいだ、凡人だけで死ね、俺を巻き込むな」と言い放つ。
神父が現れて争いを止め、マリアは意識不明のまま。マリアの体内の悪魔がマリアを守るために立ち、「誰か彼女に触れたら死ぬ」と宣言。これが教会の連中の不満をさらに煽る。

その時突然教会が崩落し、地下道が現れる。
教会の生徒数人が地下道を下りると、奥に病棟があり、ベッドには瀕死の者たちが横たわっている。彼らには天使の翼がある。
突然医者が現れ、ここでの事情を説明する。ベッドの者たちは皆教会の生徒で、卒業後に祓魔に参加した者たち。天使への敬虔さゆえに翼を授かるが、その翼は命を消耗する。彼らは命が尽きるまで天使を召喚して祓魔を続ける。これを天使への忠誠という、blah blah blah……。
生徒たちは震撼する。天使も人間に憑いて命を吸い尽くすのか、悪魔と何が違うのか、と。

しかも生徒たちは気づく。天使は祓魔の際に憑かれた者を決して気遣わない。「悪魔に深く憑かれてもう助からない、殺してしまえ」と平気で言う。一片の憐れみもない。逆にマリアの悪魔は別の悪魔を召喚して引き裂き、問題を解決する。
生徒たちは神父に、ここの医者の話は本当かと尋ねる……。
神父は頷き、マリアもここに収容し治療を受けさせる、と言う。
治療とは祓魔であり、体内の悪魔を祓わねばならない。
当然マリアは抵抗するが失敗。最後に怒った悪魔は、偽善的な天使と無能な教会の男たちに愛想を尽かし、マリアを連れて地下道から逃げ出す。その後、マリアは教会に戻れなくなり、結社に賭けてみることを決意する。本当に結社に入るのではなく、結社に潜入し、最後に召喚されるアサゼルを自分が止められるか見極めるつもりだ。

当然、マリアが結社に入ると警備は厳重で、結社の首領はFatherという男。毎日薄ら笑いを浮かべ、マリアに結社を裏切れば待っているのは終わりのない悪夢だと繰り返し匂わせる。
最後にマリアは結社もろくなものではないと知る。結社の生きているメンバーを生贄にアサゼルを召喚しようとしていたのだ。マリアは当然見過ごせず、哀れな生贄の男と共に反乱を起こす。同時に教会の連中も乗り込んでくる。結局アサゼルは召喚されるが、マリアの体内の悪魔と教会側が召喚した天使が協力してそれを倒す……。

アサゼルは死に、マリアも解脱を得る。ここから選んだルートで最後の展開が決まる。悪魔に従うことも天使に従うこともでき、どの結末でもマリアは解脱し、誰か男主と幸せに暮らす。ただし教会側のキャラを選ぶと、マリアの体内の悪魔は「もう俺の保護は必要ない」と言って永久に彼女を離れる。
このゲームの物語は完全なリニアではなく、大きく「悪魔」と「天使」の二つの分岐に分かれる。ほぼすべての男を攻略できるが、あまり意味はないようで、ほとんどの結末はマリアの解脱が主だ。
ゲームのテーマは明らかでもあり不明瞭でもある。一番面白いのは中盤、マリアが体内の悪魔と共に、教会の間抜けな偽善者たち、そしてさらに偽善的な天使と対抗する時が最高に爽快だ。何せこのゲームの「天使」は肯定的に描かれていない。「天使」はこのゲームで、いわゆる「正義」を追うために平気で人命を軽んじるクソ野郎に感じられる。当初は「悪魔が偽善的天使を蹴散らす」で終わると思っていたら、「結社」のパートに入り、悪魔を隷属させる連中もろくなものではないと告げられる。同時に悪魔自体も依然として邪悪で、邪悪でないのはマリアに憑くあの一体ウリエルだけ……。

これで物語が妙になる。世界の誰も信頼できず、マリアは絶望の淵にいるはずなのに、最後にはなぜか天使と悪魔が協力してアサゼルを倒し、マリアはかつて彼女を「祓魔」しようとし、殺そうとさえした変態たちのいる教会に戻る。そこが理解できない。
このゲームでは、悪魔ウリエルのルートが相対的なTrue Endと言えるのかもしれない。マリアは悲劇に生まれ、悪魔を宿しながら悪魔と戦い、教会にも天使にも信じられず、結社のような邪悪な存在も嫌う。誰も彼女を信じない中、憑いている悪魔ウリエルだけがずっと彼女を守っている。しかもこのゲームのウリエルの造形はとても成熟していて、最後には「俺はマリアと契約しているわけじゃない。ただお前を守りたいから命令に従っているだけだ」とまで言う。
ウリエルこそ乙女ゲーにおける最高の男主角の形象なのだろう……黒執事のセバスチャンのようなキャラだ。

後で断罪のマリアのバージョンについて調べて、自分が遊んだものがなぜ妙なのか分かった。元々の断罪のマリアは教会で暴かれるところまでだったらしい。その後PSP版でルートが追加され、さらに後にComplete Editionで全ルート追加が完成し、結社や更多の者のルートができた……。
これらの追加ルートと元のルートが寄せ集められて……どちらも人間らしくなくなった。面白いことに、Complete Editionのルート攻略はどれも正しく見つからない。初版の攻略は地下病院に着いたところで終盤に近づくはずだ……日本人も初版は「希望の見えない結末」と言っていたし、おそらくこれと関係あるだろう。

乙女ゲーとして男主角ルートを追加し、ヒロインに幸福を与える必要性は理解できる。だがそうすると何かが欠けている気がする……。その後考えた。マリアはあんなに悲惨なんだから……幸福なら幸福でいいか。妹子たちもゲームをするのは大変だし、無理やりなHappy Endも許されるだろう。
絵柄は良くない。乙女ゲーとして少女たちの美的感覚に合うとも思えない。だがこれは許せる。なぜなら?
脚本と原画が同一人物(菜摘かんな)だからだ!
これ以上何を求めろと……。元々は脚本家だろうし、まともな絵が描けるだけでも上等だ……。

システムはこのゲームの見どころ。なぜなら難しい……。そう、選択肢が多く、ネットで完全に合う攻略が見つからない。各選択肢には制限時間があり、間違えるとHPが減る。減り切ったらたぶんお陀仏だ。女性向けゲームのほうが難しく、男性向けは異常に簡単なのが不思議でしょうがない。今のオタクは豆腐メンタルで、オタク女子は鋼の心臓とでもいうのか?
音楽は特筆に値する。教会風の雰囲気が濃く、とても聴き応えがある。すでにOSTを購入した。

CVで一番良かったのはヒロインの阿澄佳奈。その悲惨な物語を非常に的確に演じている。ギャルゲーの多くのヒロイン声優を完全に蹴散らせるレベル。男主角たちのCVについては、ひどいとしか言いようがない。元々キャラがアレなのに、男主角の過剰な演技が加わってさらにアレになる。だが全部ではない。悪魔ウリエルの演技が最も輝いている。伊藤誠のCV、平川大輔が演じたやつだ……。「ツンデレ」「頼れる」「落ち着き」「傲慢」な悪魔像を見事に表現している。何より、ずっと自分は悪魔だと言い張りながら、ゲーム全体でヒロインに一番優しい……。
振り返ると、もしあの追加の蛇足的なストーリーがなければ、なかなか良い立意だったはずだ。大抵は天使がどうこうという話だが、このゲームでは天使はクソな存在だ。やれば分かるが、あの傲慢さで人間を見下し、救おうともせず、ただ悪魔と殴り合いたいだけのホモっぽい態度は殴りたくなる。最もムカつくのは天使が偽善的で、天使を崇拝する教会のメンバーも偽善的だということ。
マリアは本心から人を救おうとしているのに、自身が悪魔憑きというだけで見下され、人を救う資格まで奪われる。ある種の皮肉だ。
マリアはこのゲームで悲劇的なキャラだ。最終的に救済されるが、やはりどこか嘘っぽい。

EDはマリア役の阿澄佳奈が歌う「神様 どうか目を閉じて」。阿澄佳奈のどこか絶望を帯びた声で、ヒロインの世界への絶望と、いわゆる神様へのほんの少しの失望が歌われている……。
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