『学校のセイイキ』レビュー
食うかイキるか、それが問題だ
子供の頃、ディズニーのアニメが好きだった。『ムーラン』とか『ターザン』とか『アラジン』とか、そういうやつ。ああいうアニメは作品そのものの質もさることながら、演出もなかなかよく出来ていて、歌って踊るシーンなんかもあったりする。
で、先生に映画を見て感想文を書けって言われて、俺はそういうのを書いた……感想自体はけっこう本音だった。本音度で言えば、今俺がゲームの感想を書いてるのとそう変わらない。
案の定、先生に怒られた。
先生は俺を「浅はかだ」と散々こき下ろした。小学校の頃の話だから細かいことは覚えてないけど、一つだけ妙に印象に残ってる言葉がある。
「アメリカの映画は商業主義一辺倒で芸術性のかけらもない。何が感想だ」
もちろん無謀だったのは俺だけじゃない。ある委員長が『唐伯虎点秋香』を見た感想を書いて、これまた先生に怒られていた。理由は俺の比じゃなかったと思う。
何年も経って、この件はだんだん忘れていた。だが数年前、5chで『パシフィック・リム』について「自分は面白くなかった、戦闘は chaotic でエフェクトも乱用、コクピットと外が交互に切り替わるわ外は暗いわで誰が誰を殴ってるのかさっぱり見えん。設定は派手だけど話はグダグダ、キャラはやたら出てくるけど完全に『日本製ロボットアニメの設定を模倣して売る』だけの代物だ」と書いたことで、この先生のことを思い出した。つまりこの映画は日アニオタが観たがってた巨大ロボを造ったけど、戦闘は滅茶苦茶。アニメで言うなら……「絵コンテがダメ」? 爽快感を売りにする映画なのに全然爽快じゃない。なんで神作扱いされてるのか理解できん。大半はロボット設定に思い入れがある連中が機体だけ見て満足してるんだろ。
ところがこの映画、ファンが多いんだわ……。多くの人間が『君の名は。』の現在の反応と同じように崇拝していて、自分の小宇宙に浸りきって少しの悪口も聞きたくない。俺は速攻で叩かれた……。
ある奴が言った。「『パシフィック・リム』の戦闘が chaotic でエフェクト乱用だって? じゃあどの映画なら戦闘が混沌としてなくて、エフェクトも乱用してなくて、爽快なんだよ?」
「『トランスフォーマー』かな」真っ先に浮かんだのはこれだった。正直、俺は『トランスフォーマー』のエフェクトは結構好きだ。三部目か何部目かから話はクソドロドロになったけど、戦闘はマジで燃える……『パシフィック・リム』もロボット映画だし、『トランスフォーマー』を対比に出すのは妥当だろ。
案の定、また叩かれた。
その奴の罵倒はかなりキツかった。要するに「何か高度な映画かと思えばトランスフォーマーかよ」的な軽蔑、続いて Michael bay への巨大な蔑視。「あいつは爆発以外何も出来ない、中身ゼロ、あれこそ本当の『エフェクト乱用、戦闘混沌』だ」。さらに「『パシフィック・リム』こそ近年稀に見る、真に反主流・反米帝エフェクトの凄いロボット映画だ……blah blah blah……」と強調していた。
これを聞いて俺は正直ポカーンとしたし、ちょっと卑屈にもなった。正直、アメリカのエフェクト大作ってのは爽快な映像と戦闘を見るもんだろ。『トランスフォーマー』は爆発が多いけど、戦闘は悪くない。少なくとも誰が誰を殴ってるか、どう殴ってるかは見える。あの『パシフィック・リム』みたいに真っ暗でカメラ切りまくり、中国ロボが出てきてお情け程度に死ぬけどどう死んだかも見えんよりマシだろ…………。それに内心、爆発が多いのは悪いことじゃないと思うんだよ。絶え間なく爆発してこそ爽快じゃん? まさか映画館に『トランスフォーマー』を見に行って『英国王のスピーチ』みたいなゲイ向けドラマを見せられたい奴がいるか?
最後に俺は相手に確認しようとした。「『パシフィック・リム』に好きな巨大ロボ設定が出てくるから興奮したんじゃないの?」って。俺自身は巨大ロボがあまり好きじゃないから、彼らと感情を共有できないかもしれない。なんとか歩み寄ろうとしたわけだ。
相手はさらに見下して言った。「この作品に存在するオマージュとロマンと内面はお前みたいな人間には理解できん」
俺は相手に『パシフィック・リム』の戦闘とロマンと内面がどこにあるのか説明してくれと頼もうとした……
「お前は大衆向けポップコーン映画だけ見てればいい人間だ」そう吐き捨てて終わりだった……
一番理解できなかったのは、作品ごとに色んな意見があって当然だと思うのに、ちょっと大衆寄りだと「俗っぽい」と見做し、しかも自分の意見を広めたり説明したりしようとせず、ただ冷たく「お前には分からん」と残すだけの奴がいることだ。説明が面倒なのか? それとも説明する気すらなかったのか?
その後ネットを見慣れるにつれて大体分かった。『市場』と『評価』の間には、『イキり』の需要というものが存在する。
『イキり』の需要とは、あるマイナー作品への極端な崇拝であり、「お前の一番好きな作品」を言うと相手の大半は聞いたこともなく、それについて俺が偉そうに講釈を垂れることも、蔑むこともできる。要するに「この作品は素晴らしいがマイナーだ。マイナーなのは大多数の凡人がその素晴らしさを理解できないからだ。そして俺は理解した。俺は大多数の凡人を超越した」というテンプレ……
実際その通りで、マイナー作品がマイナーなのは、それ自体が大多数に受け入れられず、特定のマイナー層に奉仕するものだからだ。マイナー作品が市場を拡大しようと思えば、より受け入れられやすい内容を選ぶしかない。そうなるとその作品はもはやマイナーではなくなる……もしかしたら、媚びるようになり、魂を失うかもしれない。
だが一つ……製作者やメーカー、監督が皆ずっと「マイナー向け」を作り続けたいわけじゃないと思う。マイナー向けは受け手が少なく、利益も少ないからだ。
人間は食わなきゃならん。だからメーカーも遅かれ早かれ間口を広げる道を試す……『パシフィック・リム』は「日系ロボ対怪獣」好き向けのややマイナーな映画で、対する『トランスフォーマー』は誰もが多少知ってるアニメ作品を原作にした大衆向けポップコーン爽快映画だ。『パシフィック・リム』が中国市場や強引な上映枠、あのYahoo!知恵袋で大絶賛されたマーケティングで興行収入を無理やり上げたとしても(『ウォークラフト』と同じようなもんだ)、『トランスフォーマー』が稼いだ金には遠く及ばない……『パシフィック・リム』が続編を作るらしいが、中国の興収の追い風をかなり受けたんだろう。ともあれ、続編が戦闘シーンをちゃんと処理して、暗くならず、カメラも切りまくらなければ、俺はこの手の映画を好きになると思う。俺も爽快映画は好きな人間だからな。もちろん……『パシフィック・リム2』がもっと観客に妥協する可能性は否定しない。例えばあのファン連中が唾棄する『トランスフォーマー』みたいに爆発まみれになるとか……だって金にケンカを売る奴はいないだろ?
実はこの話も数年前のことだが、最近あるゲームをやって、なぜかまたこの問題を思い出した……
そのゲームは多くの人が知ってる『学校のセイイキ』。feng が出した セイイキ シリーズの第三弾で、直に言えば抜きゲーだ。公式の宣伝文句すら「Feng 史上最もエロい作品」。しかもこのゲーム……シリーズもので、第一作は主人公がお嬢様と出会ってパコパコ。第二作は主人公が実の妹とパコパコ。第三作がこれで、主人公が家出したロリと出会って……パコパコ……あ、それと家にいる姉で学校の教師でもある人とも……パコパコ。

つまりこれまでの作品は一作につき攻略ヒロイン一人だったのが、この作品は攻略ヒロインが二人。倍もらえるってわけで、制作会社 feng は「史上最もエロい」と誇らしげに言うわけだ……
で、このゲームはどうなのか? 実は一般的な抜きゲーと比べると、いくつか One More Thing がある。

More がどこにあるかと言うと、会話の掛け合いだ……普通の抜きゲーは二言三言交わしたら即行為に及ぶが、「セイイキシリーズ」はその前にちょっとした日常をくれる……
日常と言っても大したことない。攻略対象の片割れである姉(しかも担任)と、母親と喧嘩したお嬢様(ロシア系の血を引く母とソックリなやつ)と毎日ダベるだけ。担任の姉は授業中は真面目ぶるが、家に帰れば毎日だらしなく酒を飲みまくり、深田愛衣の Twitter アイコンみたいな生活を送る。家出したお嬢様も家に居候し、前作でパコった妹に代わって飯を作り家事をする。そんな日常の掛け合いをしているうちに、脚本家が「そろそろいいか」と選択肢を出して「誰を抱くか」と聞いてくる……
選択肢はシンプルそのもの。実際シンプルそのもの。選んだ方がそのまま。姉を選べば姉を抱き、お嬢様を選べばお嬢様を抱く。

姉は「彼氏を作らないのは心にお前がいるから」と告白し、互いに気持ちを確かめ合い、学校でパコパコパコパコパコパコパコパコ。 お嬢様は「家出して帰りたくないのはお前を好きになったから」と告白し、互いに気持ちを確かめ合い、学校でパコパコパコパコパコパコパコパコ。
あと酔っ払っての3Pエンドもあるが、このゲーム意外と前向きで、3P後に「お嬢様はぼんやりと『これはよくない』と思って家に帰る……そしてそれっきり。なんとこれが Normal End 扱い。
姉エンドとお嬢様エンドの最後には前作の妹が登場し、「お兄ちゃんが誰とヤろうがそんなの私は知らないけど、大事なのは私を忘れないことだからね」と告げる。

要するに抜きゲーだ。ただこの抜きゲー、前半の日常会話がなかなか面白い。量は少ないが、小ネタをちょいちょい挟んでいるのは分かる。
でもまあ、ちょいネタ程度のものだ。
この抜きゲーについて個人的に言うと、「抜く」度合いは合格ではない。HCG は多いが、大半は一枚絵に簡単な差分がいくつか、音楽も数曲のみ、OP ED も適当に歌を録ってペタッと貼っただけ。どう見ても「セイイキシリーズ」という年券に見合わない。
そう、「セイイキシリーズ」は feng の年券で、年に一作。これが第三作。ゲームの質は年券の重みに釣り合わないが、まあこのゲーム安いし……この質も仕方ないか、当然か。

とは言え、このゲームのこのパターンはもう三回目。第一作『彼女のセイイキ』、第二作『妹のセイイキ』ですでにこの手口を使っている。三回目ともなると、プレイヤーもうんざりする。俺もうんざりしたし、多くの日本人もうんざりしている。
振り返れば feng もかつては年に一作エロゲーをコツコツ出す会社だった。星橋だのロリの小夜曲だの、反応は平凡だったが、前作はアニメ化もされたし、萌え系作品としては「そこそこ」レベルだった。ここ数年でどうして急に目覚めたのか、年券、しかも抜きゲー年券、しかも安い抜きゲー年券に舵を切った……
笑えるのは、この「安い抜きゲー年券パターン」がどうやら会社をよりハッピーにしているらしいことだ。ゲームは安く、内容は簡単、脚本もそんなに書かなくていい、絵師は涼香のようなファンの多い人を起用、音楽は二曲作れば BGM は前作を流用できる。通常版は2000円以内、抱き枕セットにすれば1万円で売れる。それでも買う奴が山ほどいる。ゲームは短いが、買う人間の数には敵わない。抱き枕目当ての死忠ファンもいる。そいつらはいくらでも搾れる肥えた獲物だ。正直、今の Gal は脚本がどれだけ良くても制作がどれだけ丁寧でも、プレイヤーはほんの少ししかいない。大多数のオタクはアニメと工口物が中心で、絵師が Gal の第一印象で売れるかどうかを決める最大要因になっている。feng の「セイイキシリーズ」で唯一戦えるのは絵師・涼香で、実際に惹きつけられる多くは涼香目当てだ。「オタクがエロゲーを買うのは絵師目的なら、すげえ絵師を一人用意して他は省けばいい」——そうして「セイイキシリーズ」が生まれ、しかもかなり成功しているように見える。

この成功パターンは他の会社にも真似され始めた。今年は light の四季嘘の季券、Frontwing の blossom の月券、それにラ屎社も便乗して低コスト小品を出している。これらの多くも抜きゲーだが、Frontwing のは萌えゲー寄りで、基本的なスタイルは同じだ。
それは「物語を語ることを主目的としない」。
主に売るのは画風、キャラ、工口、グッズ、などなど……
画風と実用性が良ければ金になるなら、いい鋼は刃に使えと……
で、2016年日本のエロゲー市場は成長したらしい……つまり多くの会社が高品質な作品を出すのをやめ、分散した小品抜きゲーに転換した方がかえって儲かっていると。映画監督が劇場公開作を捨ててネット広告を撮って大儲けするのと差不多だ。

だからこの時、俺はふと小学校の先生の言葉を思い出す。商業的なものには内面がない、と。そしてその後俺を蔑んだマイナー層のことをも思い出す。去年『サクラノ詩』が狂ったように年度一位と持ち上げられても、結局売上は柚子に勝てなかった。総合売上を合わせれば、今年抜きゲー季券を出すメーカーの方が潤っているかもしれない。
オナニーしたい人間は『サクラノ詩』なんて見る気はない。時間の無駄だとも思っている。『サクラノ詩』の鉄杆ファンはオナニー層を蔑む。『パシフィック・リム』好きが俺を蔑むように。「お前らは浅い」と言う。だがオナニー層が多くのエロゲー会社を養っているのだ。そして見逃せないのは、『サクラノ詩』に比べて抜きゲー季券の方がオナニーしたい人間に何度も金を払わせられるかもしれないということだ……
食うかイキるか、それが問題だ。
だが人がもう生きていけなくなりそうな時、イキってる暇なんてなくなる……
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