『魔女こいにっき Dragon×Caravan』レビュー
いわゆる「恋愛日記」とは浮気性なオタクが買うギャルゲーのこと?
魔女こいにっきというゲームは去年、俺にかなり強い印象を残した。理由は二つ。一つは物語そのもの、もう一つはその語り方だ。
魔女こいにっきの物語構造はかなり複雑で、まずゲーム内に数百年にわたる時間軸が存在する。そしてその時間軸の中に「物語の中の物語」という構造がある。一番の肝は、その数百年の時間軸そのものが一つの物語の中の物語であって、本当の現実ではそれらの物語はただの幻影にすぎない、という点だ。
魔女こいにっきの結末はぶっちゃけ罵りたくなる。主人公がさんざん苦労して感動的な HAPPY END を迎えたのに、最後の TRUE END で数行で「全部嘘、全部物語」と告げられ、本当の主人公は魔女の呪いの中に永遠に閉じ込められて逃げられないことになっている。多くの人が企画の新島夕を袋叩きにして、この野郎またプレイヤーを騙しやがって、blah blah blah……と騒いだ。
そして本編発売から間もなく、魔女こいにっきは PSV への移植が発表された。タイトルは『魔女こいにっき Dragon×Caravan』。しかも移植に際して新規シナリオを二本書くと同時に発表された。一つは攻略ヒロインへの昇格、もう一つは新篇章「灼熱の王子と小さな竜」篇の追加だ。
正直、俺は最初この追加にはそんなに興味がなかった。PSV 移植版の追加要素なんてたいてい本編と関係ない金儲けの内容だし、ヒロイン昇格なんてよくある話で、適当に話を作って無理やり攻略させるだけだろうと思っていた。だから気にも留めなかった。ところが批評空間で日本人がこのゲームを評価しているのを見て、ちょっと心が動いた。その人が言うには、PSV で追加された新篇章はただの付け足しではなく、元の物語を補完するものだという。灼熱の王子と黒竜篇に至っては、元の物語の結末の後に、本当の結末に到達する物語を描き出している、と。
これは予想通りでもあり意外でもあった。予想通りだったのは、元の魔女こいにっきの物語が最後まで書ききられておらず、主人公が永遠に日記の中に閉じ込められたままで、その後にも物語があるのは間違いないからだ。意外だったのは、本当に PSV 版でその物語を語りきってしまったことだ。
というわけで、俺はこのゲームをどうやって手に入れるか気にし始めた。最初はクラック待ちだったが、大図書館の羊飼いの PSV 版のように誰かが dump してくれるわけでもないので、駿河屋で中古を狙うしかない。最終的に比較的安い価格で状態のいい中古を手に入れられた。まあ妥当だろう。
家に帰って、長いことホコリをかぶっていた PSV を引っ張り出し、ゲームカードを差し込み、電源を入れる。ゲームが再び始まった。

PSV 版をやるまで知らなかったが、この魔女こいにっき、フローがめちゃくちゃ長い。早送りでぶっ通し二時間使った。無敵かよ。
まず気づくのは、個別ルートで HCG が大量に削除されていること。これは予想通りで、PSV 版は全年齢だ。ただこれは悪くない。新規 CG が追加されて補填されているからだ。中にはかなりいい新規 CG もある。例えば柏原美衣(王さん)の眼鏡制服黒タイツとか。全ルートをクリアした後、アリスの黒化ルートを除いた時点で、追加の昇格攻略ヒロインパートに入れる。

実際このパートは完全に罠だ……内容は、ヒロイン氷室弥生が主人公の理髪店でバイトを始め、ちょっと主人公に惹かれていく話。もちろん惹かれるのは惹かれるだけで、二人の間には何も起きない。最後はバイトが終わって去っていく。ヒロイン弥生は最初から自分はレズビアンで男に興味はないと言っていて、最後は主人公の元を離れ、自分の親友の恵子ちゃんのところへ戻る……

ちょっと無言になるだろ?でもそうでもない。この章は気軽な日常ギャグ回として読めばなかなかいい。それに本編も全く無意味ではない。結構な内容を説明している。氷室弥生が主人公の理髪店でバイト中、彼の机の上にあった日記を見つける。その日記には主人公とアリスが出会い恋に落ちた経緯、主人公が全国の反対を押し切ってアリスと結婚しようとしたことなどが書かれている。さらに老いたありすのあの時間軸の両親の話の補完もある。まあ本編の一部の説明とコンセプト、そして聖女の存在そのものがそれ以前の似たような存在だという話でもある。

最後のアリス黒化ルート、つまり元のゲームの TRUE END 篇を終えると、最終篇章「灼熱の王子と小さな竜」のルートが解放される。ここがこのゲームの本命だろう。このルートは短くない。少なくとも共通ルートの 1.5 倍はあるんじゃないか?
ゲーム開始時、ヒロインは真田甘楽に変わる。この町に引っ越してきたばかりの女の子で、両親と一緒に来た。父親は商人、母親は理髪店の女将。甘楽は女将の娘だ。この展開は共通ルート冒頭のアリスルートとそっくり。甘楽は学校に来て、いろんな人に出会う。先生、女子生徒、学院長、それから教会の鐘楼の話も聞く。鐘楼の最上階には秘密があるらしい。夢にも鐘楼の最上階にいる黒衣の女(つまりアリスだ)が出てくる。それで探検を決意し、行ってみたら何もなく、一冊の本を拾う。魔女こいにっきという本だが、この本は紫黒色をしている……

その後の展開もありすルートとだいたい同じ。甘楽は毎晩日記を読む。日記の中の主人公がそこら中で女を口説いているのを目にする。先生を口説き、学院長を口説き、後輩を口説き、王さんを口説く。そして結末はありすルートと違う。ありすルートで読んでいた小説では、主人公が日記の中でやたらとヤってたが、甘楽ルートで読む小説では、主人公が誰を口説いても、その誰かに黒化されて殺される。斬り殺される者、殴り殺される者、銃殺される者、などなど。甘楽は不思議に思って本人に聞くが、当然本人は否定する。小説は小説だと。

その時、甘楽の町で一番大きな美容院 Cinderella が舞踏会を開き、甘楽を招待する。甘楽は舞踏会で町一番のイケメン王子(主人公)に出会うが、主人公は今「灼熱王子」と呼ばれていると告げられる。彼が触れた者は誰でも燃えてしまうからだ。しかも王子はどうかしてしまったように見える。少し正常じゃなく、ひどく落ち込んでいる。
ありすルートの最後にバラゴンという小さな赤竜が飛び出して日記の断片を集めるのを導くように、甘楽ルートではここでブラゴンという小さな黒竜が突然現れ、日記の中で主人公が失った心を集めるよう甘楽を導く。
黒竜によると、主人公がこうなったのは心を失ったからで、甘楽が読んでいる日記は呪われていて、本来の日記の姿はあれではなく、誰かに塗り替えられたバージョンだという。

甘楽はどうやって心を取り戻すのかと聞く。黒竜は、日記に出てくるヒロインたちと親密に接触すればいいと言う。
「何が親密な接触なの?」 「Kiss だろ」 「女同士で kiss?無理よ!」 「じゃあ……ダンスでもいいだろ」 「それならまあ」
そこで甘楽は日記に出てくるヒロインたちを一人ずつ訪ねてダンスをする。もちろんダンスはそんなに簡単じゃない。ほとんどのヒロインは条件を出したり、最初は拒否したりする。それでも最後にはみんな承諾する。ダンスの後、甘楽は日記の改変された断片を取り戻す。つまり主人公が元々日記でやっていた各種ヤリまくりの内容だ。直った日記を甘楽が読むと、なぜかちょっと嫉妬して腹が立つ。でも考えてみればどうしようもない。

最後に甘楽は各ヒロインの失った断片を集めて、魔女こいにっきを元に戻す。元のピンク色に戻り、紫黒色ではなくなる。その過程で崑崙の妨害に遭う。崑崙は主人公が今心を失っていることを知っているようで、内情も知っているようだが、今のままでいいと思っている。最終的に崑崙は諦め、甘楽は全部集め終える。残るはこの日記を灼熱王子に返し、心を回復させることだけ。

最後の舞踏会で、甘楽は失われた心の記憶を灼熱王子に返す。しかし灼熱王子はまだ何かを失ったままのようで、何かを探しているようだ。甘楽は王子が自分を好きになると思っていた。自分は王子が特別かっこいいと思っているからだ。なのに王子は自分にほとんど何も感じていない。甘楽はまず疑問に思い、次に苦しみ、そしてはっと悟る。その時、甘楽は何かを思い出した。この日記にはまだヒロインが一人存在していない。彼女の失った心はまだそこにある。甘楽は急いで美容院の人混みの中からおばあさんを見つけ、灼熱王子をそのおばあさんの前に連れて行き、言う。「この人こそあなたがずっと探していた人、ありすよ」。これは本編で、ありすが年老いて、主人公が彼女のために嘘を編み出した正統な物語と関連している。

王子とありすを手に手を取らせた後、最終的に甘楽は鐘楼の最上階に来る。そして全部思い出す。自分が誰か、なぜそうしたのか、あの黒竜が誰かも。
甘楽こそ黒化したアリスで、黒竜に記憶を封印されこの物語に引き込まれていた。本当の黒化アリスは、黒化する前は黒竜の力を持っていた。彼女の一族は皆黒竜と契約して力を得る。アリスは黒竜と契約した時、黒竜に言った。もし将来、自分が力を制御できず黒化したら、黒竜よ、狂った自分を焼き尽くしてほしい、と。

そして魔女こいにっきの最後で、アリスは黒化する。黒竜は約束を果たし、再び現れて黒化したアリスを討伐する。黒竜はとても特殊な方法を使った。黒化アリスが主人公の創り出した物語を嫉妬し、物語の中の少女たちを嫉妬し、その少女たちの物語を主人公が浮気して刺し殺される話に改変し、竜の本に呪いをかけたのなら、黒化アリス自身を物語の中に入れて、物語のキャラクターの気持ちを体験させよう、と。

そうして甘楽が生まれた。甘楽もまた主人公、つまりあの王子に惚れる。しかし王子が愛するのは自分ではなく、物語の中のありすだ。
王子が愛するのは、彼が語るありすであって、自分と同じ名前のアリスではない。

ここで初めて、ありすとアリスは違うと気づく。発音は同じでも、一人は主人公の最愛の人、一人は黒化しても主人公に愛されない魔女。
私の愛する人は私を愛さない。これこそが魔女こいにっきのテーマだ。
それでも甘楽は、知らないまま、主人公の手を彼が好きなありすの手に渡し、祝福する。
その時、黒化アリスは感動し、自分が悪いことをしたと知り、もう狂っていない。しかしもう遅い。この時のアリスは巨大な竜になっており、覆水盆に返らずだ。

そこに黒竜が現れ、狂ったアリスを焼き払おうとする。しかしアリスはもう狂っていない。アリスが死を待つ中、黒竜は自分自身を焼き、アリスの命だけは助ける。
黒化アリスは魔女こいにっきの最後で、この長い日記に終止符を打つ。現実のアリスも力を失い、王子と共に砂漠で目覚め、長い夢が終わる。

王子はアリスを連れて自分の王国へ戻り、再び王位に就く。しかし新たに国王となった男は旅を続けることを選び、様々な国へ、様々な場所へ行き、様々な物語を経験し、様々な物語を語る。国王は誰かを探しているようで、アリスは彼が本当に愛していたありすを探しているのだと理解する。

というわけで全体を見ると、魔女こいにっきの PSV 版はかなり意味がある。多くの人が最終結末に不満を持っていたので、PSV 版で出た新結末がこの物語に円満な終止符を打った。主人公も物語の中に永遠に閉じ込められて解脱できないことはなくなり、黒化したアリスも救われた。最後に主人公は黒化したアリスではなく再び旅に出ることを選ぶが、それも悪くないだろ?むしろ物語の結末らしく見える。
ただこの PSV 版の結末について、これは妥協の産物だと指摘する人もいる。
PSV 版の紹介を見ている時にある日本のブログに辿り着いた。著者は面白い視点をいくつか提示していた。彼によると、元々魔女こいにっきは新島夕によるギャルゲーをやるオタクへの風刺だという。実は国内でもそういう意見はあって、しかも少なくない。ただ彼らの言い方はあまりに空虚で、知っての通り国内のエロゲーをやる人の多くは表現能力に問題があって自己陶酔しやすい。まともな人を見つけるのは難しい。日本の人だが、少なくとも理屈が通っていて筋が通っている。日本のこのブロガーはたくさん挙げていたが、この著者が挙げたいくつかの例で、ますますこの説を信じる気になってきた。

最大の証拠はゲーム内 OP の三つの文だろう。
あなたを好きになりました 日記を買いました 物語がはじまりました
実はこの三つの文、今でも何の意味があるのかよくわからない。この三つの文には全く関連性がない。ゲーム内では一度ならず「一目惚れして」と言っている。主人公の様々な女の子への一目惚れ、ヒロインの主人公への一目惚れ。だから最初の文はまだ理解できる。二番目の「日記を買いました」は理解できない。ゲーム内には買った日記なんて存在しない。あるのは創られた竜の本だけだ。では最後の「物語がはじまりました」は何なのか?
そこでその日本のブロガーは指摘した。「日記」=「エロゲーム」だと。
つまりこの三つの文はこう解釈できる。
あなたを好きになりました
オタクが新発売のエロゲーの紹介を見て、ヒロインに萌えた。
日記を買いました
発売日にオタクはゲームを買いに行った。
物語がはじまりました
オタクはゲームを買って帰り、ゲームを始める。だから物語が始まった。
では物語が始まった後は?どうなる?もし「日記」=「エロゲーム」という条件が真なら、このゲームはかなり恐ろしく見える。
覚えているか、主人公がゲーム内で何をしたか。主人公とゲーム内の女の子たちの様々な恋愛は、すべて「日記」の中に存在する。つまり、あなはギャルゲーの中でしか女の子たちと恋愛できない。あなたは何冊もの日記を読み、何本ものギャルゲーをプレイし、ブルドーザーのように女の子を刈り取るように攻略し、一人一人攻略し、一人一人「俺の嫁」と叫ぶ。あなたは日記の中ではハンサムで金持ちで口がうまく、日記の中では様々な愛がある。しかし日記を離れれば、すべては幻影だ。

もし「日記」=「エロゲーム」なら、この「主人公」はまさに様々なエロゲーマー、エロゲーをやる人を映しているように見える。
あなたはこのゲーム内でゲーム内の女の子に永遠の愛を誓い、愛していると言う。次のゲームに行けば、前のゲームの女の子なんてとっくに忘れている。ゲーム内の歌詞や様々な場所が示唆している。「永遠の愛はない。すべての誓いも永遠の愛の言葉も、すべての甘さも一時的なもの。人は変わる。歳月が流れれば愛はなくなり、彼女もあなたを愛さなくなる」。たとえゲーム内で主人公が老婆になったありすのために奔走するメインストーリーを描いていても、それはやはり物語の中の物語で、偽物だ。

そしてゲーム発売一ヶ月後のあるボイスと合わせると……この傾向はますます明らかになる。

何?私?私はアリスよ。今更こんなところに、何の用なの? 知ってる。ここ一ヶ月、あなたが何をしていたか。さんざん私たちをもてあそんで……翌月には別のゲームのヒロインにうつつを抜かしていたのよね。知っているわ。 でもいいわ……。恋ってそういうものだよね。心はいつだって、ヒラヒラと、移り気で……取り残された物語だけが、漂い続けるのね。私はここで、あなたとの物語を何度も繰り返すことにするわ。だから、あなたは帰っていいの。あなたは違う。あなたはいらない。 だから……ばいばい。
内容はだいたい、ヒロインの一人ありすがゲーム内で恨みがましく訴える。「ゲームはもう発売一ヶ月でしょ、まだ私に会いに来るの?わかってるんだから。一ヶ月後にはあなたはとっくに別のエロゲーをやって、別のエロゲーヒロインとハッピーしてるんでしょ。構わないわ。恋なんてそんなもの、移り気で、すべては浮雲、思い出だけが残る。私はここでこれからも自分の物語を繰り返す。あなたはもう帰っていいわ、バイバイ~」

実はこういう類のボイスはゆずソフトのゲームにもある。ただあちらはかなり楽しい方向で、聴いている人が早くエロゲー卒業できますようにと祝福する。しかしこのボイスについては恨みがましい成分の方が大きい。それに以前のゲーム内容の解釈、そしてゲーム自体の「日記」=「エロゲーム」という誘導傾向を合わせると。
ますますこのゲームが多かれ少なかれゲームをやるオタクを風刺していると信じるようになった。

考えてみれば確かにそうだ。日記には主人公と様々な女の子の恋愛物語が無数に記録されている。恋愛の後、その物語は幻影となり、主人公は次のヒロインへと向かう。魔女こいにっき自体に分岐はなく、一本道のストーリーだ。そう見ると、ゲーム自体が異なる世界線の「可能性」で説明しているわけではない。つまり、主人公が複数の女の子の感情を玩弄したことは本当で、確かに存在している。
主人公は一人の女の子に永遠の愛を誓い、愛していると言い、しばらくすると彼女を捨てて次のヒロインへ向かう。だからヒロインたちは共通の言葉を漏らす。
「私の好きな人が私のことを好きじゃない」
PSV 版で追加されたルートでも、ヒロイン(つまり黒化版アリス)は主人公の愛を得られず、主人公を許すことを選ぶだけだ。それに対応して、主人公も夢から覚め、愛する人を見つけられず、探し続けることを選ぶ。実は考えてみると、これを現実に近づけるなら、オタクがエロゲーを見透かして、新たに人生に向き合うことを決意したように見える。
悪くない?まあそうだろうな。
新島夕本人はゲーム内でプレイヤーを風刺しているとは認めていないが、俺は風刺しても全然構わないと思う。多くのオタクは確かに無情だ。かつて俺は「二次元娼婦」みたいな妄想文を書いて同じような人を風刺しようと思ったことがある。アニメのかわいい女の子は娼婦のようで、オタクは口では愛していると言いながら、絶えず同人誌を探して彼女が他人にヤられるのを見たがり、オナホで抜く。しかもほとんどのオタクは一日に一冊以上同人誌を見る。これはもう浮気性どころか、完全に買春だ。いや、買春より狂っている。
だからこういうシチュエーションを風刺するのは悪くない。以前 RAINBOW GIRL という歌があって、ニコニコ動画で多くの小学生が聴いて泣き、次元を突破して二次元の世界へ自分の嫁を探しに行きたいと言っていた。でも俺が思うに、当時聴いて泣いたオタク小学生たちはとっくに自分の嫁が誰だったか忘れている。少なくともこの歌を聴いた時の嫁が誰だったか覚えていないかもしれない。こんな適当なことを「嫁」と呼べるのか?

俺もエロゲーマーだが、こういう風刺は歓迎だ。何度も言ったはずだが、俺が見ているのは物語で、自分をゲームの主人公の視点に重ねていない。主人公とヒロインの間の物語を見ている。物語に完璧な結末があれば、俺は祝福するべきで、これは俺の嫁だとか言うべきではない。むしろ、やたら「嫁」と叫ぶ行為が嫌いだ。軽薄でチンピラ的だ。
実は全体を見ると、魔女こいにっきはゲームの立意としてかなり高い。恋は移り気だと教え、恋は永遠だと教える。しかし一部の一目惚れした軽薄な奴らには、恋を語る資格はない。
魔女こいにっきには攻略可能なヒロインが十人もいるが、全体を見ると誰一人として本当の愛を得ていない。せいぜい利用されただけだ。主人公のオーラをまとったジャバオックという名の男に絶えず玩弄される物語だ。ゲーム内に完全な恋愛物語がないと言えば嘘になる。ゲームには一応完全な恋愛物語もある。ただその物語の中で主人公は桜井たくみという名前だ。この細部からも、ジャバオックという名前が確かに意図的に引用され、ある人々、おそらくあなたたちが言うエロゲーマーを映していることがわかる。
というわけで、俺は個人的に魔女こいにっきをおすすめする。しかも PSV 版をおすすめしたい。PSV 版の方が物語がより完全で、最後に日記にも終止符が打たれ、いい結末もあるからだ。ただゲーム内で表現されている内容が本当にプレイヤーへの風刺なのか、俺には確かにわからない。信じる傾向にはあるけどな。
でもこのすべては「日記」=「エロゲーム」という前提に基づいている。実はこの前提は確かに似ている。オタクがエロゲーを一本買い、エロゲーの中の女の子と恋愛するのは、確かに女の子の「恋愛日記」を買って、日記を読むことで妄想の恋愛快感を得るのに似ている。

本当か嘘か?誰が知るか。いわゆる「恋愛日記」とは浮気性なオタクが買うエロゲーのことなのか?誰が知るか。そもそも始めた本人が認めていないんだからな。
でもこれこそが物語作品の魅力なんだろう。人によって異なる意味を解析できる。そしてその意味が人生や物事に対する異なる視点をもたらすなら、なおさらいい。
付録:
ゲーム内のいくつかのいい新規 CG を waifu2x で拡大してみた




コメントは中国語の本家サイトで受け付けています。このミラーは閲覧専用です。