『水葬銀貨のイストリア』レビュー
『紙の上の魔法使い』というゲームへの愛着と、そのシナリオライターであるルクルへの賛辞を、俺は何度も隠さずに語ってきた。ルクルが『紙の上の魔法使い』の前に出した『運命予報をお知らせします』も含めて、このシナリオライターの凄さは本当に物語を語るのが上手いという点にある。紡ぎ出される物語はテンポも会話も、使われる言葉や文体まで、どこか優雅で引き込まれる雰囲気を纏っている。それに比べると、他のギャルゲーのシナリオライターが書く話は高校生の中二病が爆発したようにすら見える。この落差はしばしば、ルクルのゲームを遊んだ後に他の主流なギャルゲーをやると、後者の会話が馬鹿馬鹿しくてアホらしく感じられ、前者こそが物語であり映像が浮かぶのだと思わせる。これがシナリオライターの持つ「実力」というやつなんだろう。
『紙の上の魔法使い』以降、ウグイスカグラという会社はあまりにも長く沈黙していた。1年以上前にTwitterで新作をちゃんと制作していると呟いた後、2016年末に新作『水葬銀貨のイストリア』が公開され、2017年初頭に体験版がリリースされ、そして3月に一切の延期もなく発売された。幸せはあまりに突然で、ゲームが出た瞬間にすぐさまプレイ開始だ。(正規版を買いたいが、普通の転送業者を使うと税関にお茶を濁されるんじゃないかと心配で、詳しい人にルートを教えてほしい)

本作は『紙の上の魔法使い』と同じ布陣を継承している。シナリオはルクル、原画は桐葉、音楽はめと、彩色は萩野小唄。同じレシピ、同じ味……のはずだった。ただ、俺が断続的に苦労しながら一週間かけてゲームをクリアした後、この言葉をこのゲームに当てはめるのは少し違う気がしてきた。
間違いなく『水葬銀貨のイストリア』は前作『紙の上の魔法使い』と同じく、悲劇でダークな路線を進み、最後には個人の成長と救済によって一種の解放を得て結末を迎える。ただ、ゲームを終えて振り返ってみると、最初に言っておくべきことがある。
もしお前があまりに悲劇に耐えられない萌え豚で、『紙の上の魔法使い』のあのダークな展開が自分の許容限界だと思っているなら、このゲーム、つまりこの『水葬銀貨のイストリア』には手を出さない方がいい。
なぜそう言うかというと、『水葬銀貨のイストリア』というゲームは、大部分の内容が本当に重すぎるからだ。
『水葬銀貨のイストリア』の物語は本土から離れた小さな島が舞台で、島には伝説があった。かつて人魚姫が存在したという。人魚姫は人間より高貴な生き物で、その涙は人間のあらゆる傷を癒すことができる。欲深い人間はそれに気づき、人魚姫に涙を流して自分を癒してくれと頼んだ。しかし人魚姫は涙を流すたびに、自分の寿命もそれだけ縮んでしまう。つまり、他人を癒すには自分の寿命を削る代償が必要なのだ。そこで人魚姫は涙を流すのを拒み始めたが、欲深い人間は怒り狂い、人魚姫を監禁してあらゆる手段で折磨し、涙を流させた。流れた涙は人間に使われた。最終的に人魚姫は絶望の中で命を燃え尽きて死に、死の間際に島の全員に呪いをかけた。誰も涙を流せなくなり、どれほど悲しくても涙を流せない。そして島で涙を流せるのは人魚姫の資格を継いだ者だけだと言われたが、誰も見たことがなかった。島の人間は追悼と贖罪のために、水葬銀貨と呼ばれるリンゴを海に投げ入れ、人魚姫に許しを乞い、解放を得て「涙を流せない」呪いから逃れ、再び人魚姫の涙の力を得られることを祈った。

だからこのゲームのタイトル、水葬銀貨のイストリア。イストリアはギリシャ語の ιστορία に由来し、「神話」「伝説」「物語」という意味だ。タイトルの意味も明白で、「水葬銀貨の伝説」、すなわち「水葬銀貨」を巡って起きる物語を表している。
ゲーム冒頭で提示される設定は非常に不可解だ。主人公の茅ヶ崎英士には茅ヶ崎夕桜という妹がいるが、もう一人、煤ヶ谷小夜という妹もいる。この小夜は最初、実の妹ではないと告げられる。苗字が違うから義妹のようなものだ。主人公は小夜を妹として認めていないようだが、小夜はずっと主人公の妹を自称し、主人公は仕方なさそうにしている。さらにぶっ飛んでいるのは、主人公が学校で誰とも関わろうとしない態度なのに、放課後には八椚紅葉という白髪の女のところへ行き、自分は紅葉の僕であり手下で、彼女のために働いて金を稼ぐと言う。主人公は小夜も紅葉のために働いていると言い、紅葉はかつて主人公と小夜を助け、多額の借金を肩代わりした、つまり金を貸しているので、主人公は働いて返済しなければならないと。しかしその仕事とは何か?何をするのか?それは語られない。

その後、主人公は学校で後輩たちと知り合う。進藤和奏や小不動ゆるぎなどで、二人はクラブを作ろうとしていたが、学校の不良にいじめられていた。不良たちは「神経衰弱」という賭けゲームをやって勝てば、占領している部室を明け渡すと言う。
二人の小娘は当然ボロ負けする。不良たちはイカサマをするからだ。最後に主人公が黙ってられず助けに入り、そこで二人は主人公が賭けの達人だと知る。精神力も強く、相手がイカサマをしていると分かっていても戦局を掌握して完勝するほど強い。
勝利した主人公は小不動ゆるぎたちのために部室を勝ち取る。小不動ゆるぎは主人公に憧れる。彼女はずっと「正義のヒーロー」に憧れてきたからだ。しかし主人公は小不動ゆるぎに、自分は英雄ではない、崇拝するなと言う。小不動ゆるぎは主人公が謙遜していると思ったが、主人公はそうではなかった。

後に小不動ゆるぎは、主人公が賭けをするのは義妹の煤ヶ谷小夜と関係があると知る。煤ヶ谷小夜の父は島の賭場で死んだ。小夜の病気を治すために賭場で金を稼ごうとしたが、すべてを失い、命まで失った。小夜の父から金を巻き上げたのはその賭場の常勝将軍、C.A. だった。この C.A. が小夜の父の治療費を奪い、さらに小夜の父と命を賭けて勝負し、自らの手で殺したのだ。
つまり C.A. は煤ヶ谷小夜の父の仇であり、主人公が何も持たない小夜の病気を治すために紅葉に多額の借金をし、今はその賭場で働かざるを得なくなった原因でもある。小夜もそこで働き、ディーラーとして頻繁に C.A. を目の前に見ながらも、復讐できずに無力なままだ。

小不動ゆるぎはそれが我慢ならず、主人公に言う。賭けがそんなに強いなら、なぜ賭場で C.A. を倒して小夜の仇を討たないのか?
主人公は笑って何も言わず、自分にはその力がないと示す。
小不動ゆるぎは納得せず、自分が賭場に行って正義の味方として小夜の復讐をすると決める。
そしてある夜、小不動ゆるぎは賭場に現れ、直接 C.A. に決闘を挑む。当然のように惨敗する。
惨敗後、C.A. は小不動ゆるぎに話しかけ、もう賭場に来るな、自分には勝てないと言う。小不動ゆるぎは納得せず怒り、C.A. に挑発しているのかと問う。C.A. が眼鏡を外し、偽装した顔を現す。なんと C.A. は主人公、茅ヶ崎英士だったのだ。

「お前が C.A. なのか?」 主人公は頷く。 「お前が、小夜の父を殺したのか?」 主人公はまた頷く。 「だから俺は罪深い人間だ。正義の英雄にはなれない。もうここには来るな。ここでは勝てない。賭場から離れろ、遠ければ遠いほどいい。」
つまり主人公は昼は学校に通い、夜は C.A. として賭場で金を稼いでいた。稼いだ金は紅葉への返済に充てる。かつて紅葉は小夜の治療のために主人公に多額の金を貸し、主人公は紅葉の奴隷になる代償として紅葉の命令に従い、賭場で金を稼ぐしかなかったのだ。
ではなぜ主人公は小夜の父を殺したのか?なぜ小夜は治療が必要なのか?物語は第三章からダークに入り、一路暗い方向へ進み、長い回想が続く。

それは以前の幼児誘拐事件、鳥籠事件に関係する。
主人公茅ヶ崎英士の本当の妹は茅ヶ崎夕桜で、二人には行方不明の父がいた。煤ヶ谷小夜は主人公の妹ではない。幼い頃、茅ヶ崎夕桜と煤ヶ谷小夜は仲良しでよく一緒に遊んでいた。ある日、主人公の父が突然現れ、煤ヶ谷小夜を誘拐し、一緒に遊んでいた妹の夕桜も誘拐した。父の茅ヶ崎征士はさらに主人公を引き連れ、主人公、妹の茅ヶ崎夕桜、よその家の娘である煤ヶ谷小夜を一緒に監禁した。

誘拐犯が実の父だと、主人公には理解できなかった。
そこで実の父が言う。誘拐したのはゲームをするため、三人の家庭ゲームだと。
このゲームには三つの役割がある。飼育者、人形、ペット。
人形は飼育者を「お兄ちゃん」と呼び、絶えず「お兄ちゃん」と言わなければならず、呼び方を間違えれば違反。 「ペット」は人の言葉を話せず、動物の鳴き声しか出せず、人の言葉を話すと見つかり次第違反。 飼育者は人形とペットの行動を正し、食事を与える責任がある。 誰かが違反すれば、殴られるのは常に飼育者。
こうして主人公は「飼育者」、小夜は「人形」、実妹の夕桜は「ペット」になった。
長い監禁の日々の中で、主人公は数え切れないほど殴られ、妹はペットとして動けなくなるまで折磨され、小夜は主人公が殴られるのを見て極度の苦痛を感じながら、ただ「お兄ちゃん」と呼ぶしかなかった。いつしか三人の子供の心には影が差した。どれほど時間が経ったか、主人公は紅葉の手下であるメイド、神峯灯に見つかって救われ、父は逃げて行方不明になった。

救出された三人の子供の心は大きく傷ついた。主人公と妹の母は子供を長く失った悲しみで抑うつになり死んだ。主人公の心は極度に脆くなり、自分は常に有罪だと思うようになった。犯罪を犯したのは自分の父であり、自分は飼育者だったからだ。妹の夕桜は長期間「ペット」として話せなかったため、自由になってからは極度に活発になり、騒がしく話し、時には狂ったように見えた。最も傷が深かったのは小夜で、小夜の心は破壊され、盲目的に主人公が自分の兄だと思い込み、兄から離れると発狂するようになった。
家に戻った煤ヶ谷小夜はいつも兄の名前を呼び、つまり主人公を呼んでいた。主人公は本当の兄ではないが、彼女は頑なに自分には兄がいてそれが主人公だと思い込み、会えないと発狂する。

煤ヶ谷小夜の父が主人公のところに来て、娘の兄を演じ続けてほしい、できれば本当の兄になってほしいと頼む。今の小夜は主人公なしではやっていけないからだ。
主人公は承諾したくなかったが、考えて承諾する。小夜に申し訳ないからだ。主人公が小夜のそばにいることを認めても、小夜はしばしば精神不安定で発狂した。
仕方なく医者を求めたが、治せないと言われる。しかし小夜の精神疾患を治す方法が一つあり、島最大の病院、久末家の病院には神医がいる。久末道理が小夜の病気を治せるという。

しかし久末道理の治療を予約するには順番待ちだけでなく多額の金が必要で、小夜の家にはそんな金はない。主人公はまだ幼く、金を稼ぐこともできない。小夜の父はポーカーが好きで、主人公もそこからポーカーの技術を少し学んだ。島には賭場があり賭博をやっていて、主人公は賭場に行って金を稼ぎ、その金で小夜を治療する道を思いつく。
子供が賭場に入るのは当然許されないが、主人公は入ろうとする。そこに一人の女が現れ、久末道理の娘で賭場の責任者だと名乗る。久末紫子だ。久末紫子は主人公の金を稼いで人を救いたいという話を聞き、感動したふりをして、賭けの元手を出してやると言う。ただし代償として主人公は彼女の奴隷になり、何でも言うことを聞くこと。
主人公は小夜のために承諾する。久末紫子は主人公に服を一着与え、子供だから別名で化粧して賭場に出るべきだと言う。
「なら C.A. でいいんじゃない!」

その後 C.A. が賭場に現れる。最初は主人公の腕前が低く金を稼げないが、久末紫子は焦らない。しかし時が経つと久末紫子は主人公に言う。このままでは金を稼げないばかりか、金を失えば永遠に私の奴隷だ、勝ち続けようなんて思うな、と。
主人公は焦り始め、勝利を渇望する。そしてある夜、賭場に彼の知る人物が現れる。小夜の父だ。
小夜の父は主人公の最近の動きがおかしいと気づき、ついにここに来た。
小夜の父は直接賭けを始め、自分も小夜の治療費のために来たと言う。そして小夜の父と主人公は対決する。
主人公は自分の師に勝つ自信はない。しかし小夜の父はショーハンドを選ぶ。この地下の闇賭場では、すべてを失った者は連れ去られ自由を失う。つまり主人公と小夜の父の間で、必ず一人が完全に終わるのだ。

そして肝心な場面で、小夜の父は主人公に譲り、主人公が勝利する。小夜の父のすべてを、命の処分権まで奪う。
久末紫子は傍で観戦し、非常に楽しみながら主人公に銃を渡し、小夜の父を殺せと言う。賭けに負けた以上、久末家に奴隷として連れ去られるより、主人公に処刑される方がむしろ良い結末だと。
小夜の父は娘を主人公に託し、自分を殺せと頼む。殺さなければ二人ともこの賭場から出られない。最後に主人公は引き金を引き、小夜の父を殺した。
絶望した主人公は最後に自殺しようとするが失敗する。
病院で目覚めた主人公の前に、八椚紅葉という白髪の女が現れる。主人公の命と小夜の命は自分が金で買ったと言い、主人公と小夜は久末家の魔の手から逃れたが、今は紅葉のものだと告げる。
主人公は小夜に説明する。小夜の父は賭場で C.A. という者にすべてを奪われ、C.A. に殺されたと。ただ小夜が耐えられずさらに発狂するのを恐れ、自分がその C.A. である事実を隠した。
紅葉は主人公の様子に満足したようで、さらに小夜の治療費を出し、この金は主人公が返すと言う。返済方法は、引き続き C.A. を演じて賭場で金を稼ぎ、足りるまで稼ぐこと。手伝いとして紅葉は主人公に賭け方を教え、主人公の腕前は向上したが、それでも紅葉には敵わず、一度も紅葉に勝ったことがない。
小夜は治療の効果が著しく、もう発狂しなくなった。ただ主人公を自分の兄だと思うのは続き、主人公が違うと強調しても小夜は離れず、C.A. は小夜が永遠に忘れない父の仇であり、主人公はもう自分の身分を明かせない。
しかしある日、紅葉は主人公がようやく金を稼ぎ終えそうなのを見て、またメイドの神峯灯を差し向け、主人公と対決させる。主人公の心の弱さを利用し、再びすべての金を奪い取る。主人公は絶望し、紅葉は自分を助けたいのではなく、永遠の奴隷にしたいだけだと気づく。

紅葉が主人公にさせた仕事は賭場だけではない。自分が買った一人の少女、汐入玖々里の世話も命じた。
汐入玖々里は自分を久末家の「人造人魚姫の失敗作」と自称する。主人公は話を聞いて驚くべき事実を知る。
島の久末家の病院、あの久末道理の神医の奇跡的な治療法は、医術ではなく人魚姫の涙によるものだった。
伝説と同じく、この島には確かに人魚姫の末裔がいた。久末家は末裔を捕らえて監禁し、涙を流すよう強要して治療に使い、高額な治療費を取って奇跡の医術と呼んだ。小夜の治療も同様で、治療中は全身麻酔で何が起きたか分からず、すべて治った。
やがて久末家が監禁していた最後の人魚姫も涙が枯れて死に、久末家は粗暴に次の人魚姫を探し始めた。伝説と同じく、この島の人間は涙を流せず、涙を流せる者だけが人魚姫の能力を継ぐ末裔だ。久末家は島で人魚姫の可能性がある者を探し、母がそうだった者、姉妹がそうだった者を監禁して折磨し、涙を流せるかどうか調べ、流せた者を人魚姫と確認して治療マシンとして連れ去った。

汐入玖々里もかつてそんな実験体だった。彼女と姉は監禁され、拷打と折磨を受けた。後に姉は自分を売り始め、妹が涙を流して人魚姫になれば自分も解放されると、自ら妹を折磨した。
最終的に汐入玖々里は泣かず、姉も価値なしと判断された。汐入玖々里は「失敗作」のレッテルを貼られるが、紅葉が彼女を見て、自分が金を出して玖々里を引き取ると申し出て、久末家の実験室の監獄から救い出した。
紅葉が玖々里を引き取ったのには理由があった。玖々里は確かに涙を流せるが、紅葉はそれを見て、泣いてはいけない、必ず堪えろ、自分が迎えに来るからと言った。だから玖々里も買い出され自由を得た。
自由を得た玖々里は紅葉に命じられて主人公の元に寄宿し、紅葉は何度か主人公を試し、言うことを聞くか確認した。しかしすぐに島に知らせが届く。久末財団最大の支配者、つまり病院の院長、久末道理が死亡した、と。

久末道理の死後、久末紫子という少女がその娘を自称し、財団の最高指導者の地位を継いだ。そして久末紫子の隣には、茅ヶ崎征士という男がいた。そう、主人公の実の父、自分を監禁し小夜を発狂させた男だ。
さらに玖々里はさらなる真実を語る。この茅ヶ崎征士こそ、久末家の実験室で自分と姉を折磨した人物でもあった。
自分の父が「鳥籠事件」の後、久末家に逃げ込んでいたとは、主人公は思わなかった。

久末紫子が支配を引き継ぐと、「人魚姫」の捜索を大幅に強化し、狂ったように人魚姫の末裔、涙を流せる者を探した。実際、久末家の病院はもう完全に人魚姫の治療に頼っておらず、ほとんどの病気は医者で治療でき、人魚姫の涙がなくても大きな影響はない。しかし久末紫子には執念があり、どうしても人魚姫を探し求めた。
茅ヶ崎征士は自ら提案する。煤ヶ谷小夜という者を捕らえろ、彼女の母が人魚姫だ、と。さらに茅ヶ崎征士は小夜を泣かせる自信があると告げる。
そして茅ヶ崎征士は再び小夜の前に現れる。主人公は守ろうとするが、小夜は怯え、玖々里が勇敢に立ち上がり、自分に来い、私が人魚姫だと叫ぶ。
久末紫子は玖々里が人魚姫の可能性があると知り、紅葉に引き渡すよう要求する。紅葉は主人公に玖々里を差し出せと命じ、久末財団が玖々里を連れて行こうとする。茅ヶ崎征士はさらに、玖々里を差し出さなければ小夜を連れて行くと言う。

主人公は玖々里を守りたいが、小夜にも負い目がある。最後には仕方なく、玖々里を差し出す決断をする。その時、主人公の妹、茅ヶ崎夕桜が突然立ち上がり、自ら紅葉のところへ行き、自分も人魚姫の末裔で、ずっと前から泣けることに気づいていたと言う。
「いつ気づいたの?」紅葉は驚く。 「まあ、鳥籠事件で兄が殴られた時に泣いたのがきっかけかな。だから兄が何度も殴られても命に別状がなかったのは、涙が治してくれたからだよ。」 「なぜ自分から名乗り出たの?」 「だってさ、兄はずっと小夜に借りがあると思ってて、同時に玖々里も守りたいと思ってる。で、私はただの目立たない妹だから、私が自分から出て行って、目立たない兄の負担を減らしてあげるしかないでしょ。」
最後に主人公が名残惜しく玖々里を差し出そうとすると、自分の妹、茅ヶ崎夕桜がすでに久末紫子の隣に立っていた。久末紫子は言う。人魚姫は一人いれば十分、茅ヶ崎夕桜が人魚姫だ。玖々里を差し出したくないなら、差し出さなくていい、と。

「お兄ちゃんは一番に小夜を守りたくて、二番に玖々里を守りたくて、私は何番目になったら守ってもらえるのかな?」夕桜は主人公に絶望して言う。
主人公は事態がこうなるとは思わなかった。そこに茅ヶ崎征士も立ち上がり、主人公に選択肢を与える。
1、玖々里を諦め、夕桜を残す。ただし茅ヶ崎征士は小夜への嫌がらせを諦めない。 2、夕桜を諦め、玖々里を残す。茅ヶ崎征士は小夜への嫌がらせを諦め、すべて水に流す。

面白いことに、久末紫子は主人公に告げる。どちらを差し出しても、人魚姫さえ手に入れば茅ヶ崎征士に価値はなく、この人物を処理すると。
妹を選ぶか、玖々里を選ぶか。主人公は二択に陥り、実際プレイヤーも二択に陥る。
ここが選択肢で、ルート分岐を表す。他のすべての個別ルートをクリアした後でなければ、True End は開放されない。
True End は追加される選択肢だ:どちらも諦めたくない。

どちらも諦めたくないと言った主人公を、茅ヶ崎征士は嘲笑する。誰も守れないくせにイキって、大口を叩くなと。
「いいぜ、どちらも諦めたくないなら、二人とも連れて行けよ。英雄気取りか。」
最後に久末紫子は、その必要はないと言い、やはり妹の茅ヶ崎夕桜を連れて行った。
茅ヶ崎夕桜は連れて行かれた後、久末紫子の人魚姫として涙を流すことに協力すると言う。しかし久末紫子は、茅ヶ崎夕桜が涙を流すのは他人のためではなく、自分が指定した特定の誰かのためにだけ流せばいいと言う。どうやら久末紫子が人魚姫を探すのには別の目的があるようだ。
久末紫子は茅ヶ崎夕桜に、協力してくれたんだから何でも好きなことを言っていいと告げる。茅ヶ崎夕桜は、自分の兄、つまりゲームの主人公に自分のことを諦めさせたいと言う。
諦めさせる方法は二人でポーカー対決をすること。茅ヶ崎夕桜が勝って主人公を叩き潰し、二度と賭場に入れなくする。
茅ヶ崎夕桜が宣戦布告した相手は兄ではなく C.A. だった。さらに小夜をディーラーとして呼び寄せ、表向きは小夜の仇を討つ、父親殺しをぶっ潰すと周囲に説明する。
主人公は C.A. として勝負に出るが、対戦の中で次第に相手に敵わなくなっていく。自分の妹がなぜそんなに強いのか分からない。最後のチップの場面で、主人公は冷静になり、オールインに付き合わずに降りて休憩を要求する。(オールインを選ぶこともでき、その場合はバッドエンド。主人公は大敗して賭場を追われ、小夜に唾棄され、負け犬となって海に飛び込んで自殺する。)

休憩中、主人公は気づく。妹がここまで順調なのはイカサマをしているからだ。
イカサマの理由の一つは、小夜も加担している可能性。カードを配るディーラー自身がイカサマできるのだ。C.A. の仮面を被ったまま勝負を続ければ、C.A. をあれほど憎む小夜は絶対にイカサマを続ける。主人公に勝ち目はない。
主人公は最後に腹を決め、C.A. の仮面を外して素顔で現れ、勝負を続ける。
小夜は主人公が現れたのを見て、主人公が C.A. だと知り、すっかり動揺する……イカサマどころではなく、イカサマの冷静さを失ってしまう。
そして公平な勝負の末、主人公は妹に勝つ。妹の予想も、久末紫子の予想も裏切って。
勝負の約束に従い、主人公が勝てば妹は返され、負ければ妹を諦めて賭場を追われる。結果、妹は返されることになった。
茅ヶ崎征士は約束を反故にして妹を強引に連れ去ろうとするが、久末紫子がまさかの激怒。自分は約束を破る人間が一番嫌いだと言い、妹を帰らせる。茅ヶ崎征士はぽかんとしていた。

主人公は小夜に、C.A. になった経緯と、子供の頃に賭場で小夜の父親を殺さざるを得なかったことを説明する。小夜も一応は理解する。というより、小夜自身もとっくにそんな状況に気づいていて、ただ信じたくなかっただけだった。
人魚姫を失った久末紫子は次の標的を選ぶ。もう一人の人魚姫、玖々里だ。茅ヶ崎征士は久末紫子が自分の忠告を聞かないと見て、単独行動に出る。小夜を連れ去るために。
その時、紅葉のメイドである神峯灯が久末紫子を見て、どこか懐かしさを覚える。彼女は過去に久末紫乃という少女に会ったことがあったのだ。神峯灯が久末紫乃に会った時、紫乃はまだ幼い少女だった。当時の紫乃は久末病院の屋上に住んでいて、自分は人魚姫で、久末家に無理やり涙を流させられ、監禁されて金儲けの道具にされていると語った。そして久末家は人魚姫の血脈と血統を残すため、自分と一族の人間との性交を強要して妊娠させ、生まれた娘も人魚姫の末裔になる。そうやって代々利用し続けるのだと。神峯灯は久末家が人魚姫を治療し育てる真相を知って愕然とし、必ず助けに来ると紫乃に告げる。紫乃はそれを信じ続け、さらに自分には姉もいて苦しんでいるから一緒に助けてほしいと神峯灯に伝える。神峯灯は約束した。

しかし事はうまく運ばない。神峯灯はすぐに襲撃される。久末家の目が多すぎて、彼女一人では対抗できなかったのだ。刺された神峯灯を救った人物、それが白髪の女、八椚紅葉だった。紅葉は神峯灯を引き取り、自分のメイド兼奴隷として働かせる。神峯灯も紅葉にどこか憧憬を抱く。紅葉はこの島で黒社会的な存在で、白も黒も、善も悪も兼ね備えている。神峯灯は紅葉のような人間こそ大事を成せるのだと思い、自分が以前考えていた正義の味方などあまりに甘かったと悟る。
そして神峯灯がもう一度病院で紫乃を訪ねようとした時、紫乃はすでに涙が枯れ果てて死んだという知らせを聞く。

最後、久末紫子は玖々里を捕まえようと一行を海辺に追い詰める。神峯灯が進み出て久末紫子と対峙する。紫子は自分が紫乃の姉だと認める。紫子は、自分は約束を破る人間が一番嫌いだと言う。神峯灯がかつて紫乃を助けると約束しながら、結局来なかったからだ、約束を破ったからだ。神峯灯は紫乃を救えなかった。紫乃は死ぬ直前まで、彼女が助けに来ると信じていた。しかし奇跡は起きなかった。
それ以来、久末紫子は希望を信じることをやめ、悪人になると決める。久末道理に積極的に媚びへつらい、少しずつ自分の族人を売り、権力をつかんでいく。やがて久末家が経営する地下賭場の総管となり、少しずつ一族の中での地位を上げ、最後には手段を使って久末道理を殺し、現在の地位を築いた。

今の地位はまだ大したものではない。久末家は大きいが、それでも一応自分の地位はある。
久末紫子は皆を恨んでいると言い、何としても人魚姫を見つけたいと語る。人魚姫の涙は妹を復活させられるからだ。

最後は当然、口先勝負の末に正義の味方たちが久末紫子を打ち負かす。そして人魚姫の涙は死者を蘇らせることはできないと伝える。それどころか、人魚姫の涙は人魚姫自身にも無効だと……

久末紫子は最後に失望し、絶望する。自分の悲惨な妹を救うためだけに奔走してきたのに、全てが手遅れだった……。面白いことに、自分も悲しみで涙を流し、自分も人魚姫になれることに気づく。しかし何の意味があるのか。彼女は海に飛び込み自殺し、妹の元へと旅立った。

一方、茅ヶ崎征士はまだ単独で動いていた。相変わらず小夜を連れ去る機会を狙っている。茅ヶ崎夕桜がそれを見て対峙し、問いかける。
「なぜそんなに煤ヶ谷小夜に執着するの? 本当なら人魚姫に執着すべきでしょう? みんなそうしているのに」
茅ヶ崎征士は軽蔑の笑みを浮かべて、ある話を始める。若い頃、煤ヶ谷小夜の母親が大好きで、一目惚れした。しかしどうしても手に入らない。そんな時、酒に酔った自分に一人の女が近づいてきた。茅ヶ崎征士は女に飢えていたので、獣性を発揮してその女を押さえ込み関係を持った。すると女は後に妊娠したと告げ、結婚したいと言った。
茅ヶ崎征士は最初は拒否した。その女が好きではなかったからだ。ずっと小夜の母親が好きだった。しかし考え直して、まあいいかと「結婚は構わないが、家のことは何もしない」と言った。女もそれに同意した。

その後、女は男の子を産み、英士と名付けた。茅ヶ崎征士はその女をよく性欲のはけ口にしてまた妊娠させ、女の子を産ませ、夕桜と名付けた。
それでも茅ヶ崎征士は妻を愛したことはなく、子供も愛さなかった。ずっと欲しかったのは小夜の母親だが、小夜の母親はすでに煤ヶ谷という男と結婚していた。
そこで茅ヶ崎征士はある日、小夜の母親が一人の時に強姦した。彼女は妊娠し、煤ヶ谷小夜を産んだ。

「つまり、小夜は元々俺の娘で、英士の妹だ。俺がお前たちに家族ごっこをさせたのは、呼び方を正すためだ」と茅ヶ崎征士は歪んだ口調で言い、煤ヶ谷の男を寝取ることに成功したのだと自慢する。
煤ヶ谷の男は実は小夜が自分の娘でないと知っていたが、妻を許すことを選んだ。強姦されたのだから仕方ない(すげえな!)。
だから茅ヶ崎征士があれほど小夜に執着するのは、小夜の一顰一笑に母親の面影があるからだ。そこが茅ヶ崎征士を夢中にさせる。

全てを知った夕桜は怒りで言葉も出ない。用意しておいたバットを取り出し、思い切り自分の変態実父を殴り倒す。さらに殴り殺そうとしたその時、主人公が現れる。バットを受け取り、この悪党を殺すのは妹の手であるべきではない、自分がやると言って、ついにその罪深き父の命を終わらせた。

こうして最終的に、紫子は海に飛び込み自殺し、悪逆非道の茅ヶ崎征士は殺され、全ては終わったはずだった。
しかし本当に終わったのか? 主人公は何かがおかしいと気づく。
なぜ自分は人生の要所で何度も紅葉に出会うのか。人魚姫の誕生にしても賭場のことにしても、周りの誰もが紅葉と繋がっている。
どうも紅葉が裏で全てを操っているような気がする。
主人公は紅葉に問い詰めようとするが、紅葉の家にはもういない。最後に賭場で彼女を見つける。

紅葉は主人公が来るのを待っていたようで、ゆっくりと裏の話を語り始める。
なぜ久末道理が人魚姫の涙で病を治そうとしたのか? 紅葉が人魚姫の存在と涙の効果を教えたからだ。 なぜ小夜の父親は主人公が C.A. の時にちょうど賭場に来たのか? 紅葉がその時、主人公がそこにいると教え、小夜の父親に資金を与えたからだ。 なぜ久末紫子が人魚姫に執着したのか? なぜ人魚姫の涙で妹が復活すると信じたのか? 紅葉がそう教えたからだ。 主人公の賭場でのバイトも、メイドの再生も、その他一連の出来事も、全て紅葉が関与し、裏で意図的に、あるいは無意識に操っていた。
紅葉はそれを楽しんでいるようで、何度も言った言葉を口にする。
「私は人魚姫の味方。誰の味方でもない」 「私は人魚姫が好き。人間は好きじゃない」
主人公はそこで初めて、この全ての出来事の裏に紅葉がいることに気づく。

「私は悲劇を演出してなんかいない。この世界には元々悲劇がある。私が関わらなくても悲劇は起きる」 「私は悲劇をより面白く導いただけ」
主人公は紅葉に誰なのかと問う。紅葉は主人公とポーカーをやろうと言い、主人公が勝てば自分の正体を教えると言う。
最初は紅葉が勝ち、主人公が負けを認める。しかし紅葉はつまらない、面白くない、主人公にも闘志がないと感じ、思い切って命を賭けた勝負をしようと持ちかける。そうすれば主人公も本気になるだろうと。

そして最後の口先(口説き)対決の末、主人公はついにポーカーで師である紅葉に勝つ。
紅葉は自分が負けることを信じられない。長年負けたことがなかったのだ。負けた紅葉は自分が泣いていることに気づく……涙を流す。

紅葉は負け、命を主人公に預ける。
主人公が紅葉に誰なのかと尋ねると、紅葉は自分こそが真正の人魚姫で、この島で最も年長の人魚姫だと言う。主人公は彼女が何歳なのか知らないことを思い出す。
真正の人魚姫は非常に長寿だ。だからこそ涙を流して自分の命を他人に与えることができる。紅葉は島の伝説を語り始める。人魚姫は貪欲な人間に捕らえられ、涙を流させられ続けて死んだ。だからこそ紅葉は人間を恨んでいるのだと。

紅葉は、人魚姫の呪いは人間が涙を流せないことではなく、人間は絶望した時、誰かのために悲しんだ時にだけ涙を流す。涙を流した人間は人魚姫に変わり、自分の命を他人に与えることができる。なのに愚かな人間は涙を流せる者を捕まえて涙を利用し続ける。それは形を変えた共食いだと紅葉は言う。
だからこそ、この島で人魚姫と何の関係もない何人もの人間が涙を流したのだ。彼らは皆絶望し、誰かのために悲しんで涙を流したからだ。
紅葉の行動は、人魚姫による人間への復讐のようなものだった。次々と悲劇を生み出し、より多くの人間を悲劇に陥れ、極度の悲しみで涙を流させ人魚姫に変え、人魚姫の数を増やし、より多くの人間に人魚姫の悲劇的な運命を味わわせる。

最後に紅葉は自分は疲れたと言い、主人公に殺されるのを待つ。
主人公は紅葉を許し、行かせる。
「本当に私を許すのか? よく考えろ。外に出たら私はまた巻き返して他人を操り、より多くの悲劇を生み出すぞ! 後悔するなよ! 今が私を殺す唯一のチャンスだ。次はないぞ!」
主人公は紅葉を殺さないと言う。

「俺はもう何人か殺した。お前は殺さない。もし外に出て他人を操り悲劇を生み出すなら、行けばいい。俺が現れて止める。それが俺にできることだ」
最終的な結末として、各ヒロインはそれぞれ良い居場所を得る。島に残る者、大学に進む者、ここに留まる者。主人公は日常を送りながらも、紅葉の動向を気にし、彼女の出現を待ち、再び紅葉が操る陰謀を止める日を待つ。

ゲームはここで幕を閉じる。
実はゲームのトゥルーエンドの他に、もう一つ個別ルートがある。妹・茅ヶ崎夕桜のルートは特筆に値する。そのルートでは主人公は他の全てのヒロインを捨て、妹一人のために戦い、最終的に妹のために再び C.A. を演じざるを得なくなる。そこで小夜の復讐のために現れたもう一人、小夜の幼馴染である井土ヶ谷祈吏と出会う。

このルートは非常に辛い。主人公は小夜を捨て、他の皆を捨て、妹だけを選ぶ。多くの人間が罵倒しに来る。最も激しく罵るのが井土ヶ谷祈吏で、なぜ C.A. を倒して小夜を救わないのか、なぜ小夜を救わないのかと責め続ける。主人公は自分が C.A. だと告白し、彼女は激怒して狂ったように主人公を殺そうとする。主人公は最後に慌てて応戦し、敗北。彼女に頭を撃ち抜かれる。
何とか命は拾い、最後は主人公も捨てられ、妹と細々と生きる。

他の個別ルートはというと、短すぎて見る価値もない。完全におまけでしょ。しかもルートロックまであるのに意味あるの? 前作みたいに一気に一本道で行かせてほしいわ。
『水葬銀貨のイストリア』のプレイ時間は決して短くない。控えめに見ても35時間以上はかかる。『紙の上の魔法使い』も長かったが、それ以上だと思う。ゲームを全て終えた後、少しぼんやりした。何と言うか……
非常に欲求不満だ!
確かに『水葬銀貨のイストリア』のシナリオは相変わらず「物語を語るのが上手い」が、ゲーム全体の体験は良いとは言えない。前作『紙の上の魔法使い』は中盤のテンポが良く、何度もどんでん返しがあったが、毎回それが驚きだった。一方『水葬銀貨のイストリア』の構成は第三章からずっと暗い。暗く、暗く、暗く、暗く。絶望するまで暗い。鬱になるまで暗い。ゲームの宣伝では「最後はハッピーエンドと約束します」と言っていたが、最後まで暗く続けて最後に少しだけ救いを与えるという流れは、心地よいものではない。むしろ重い。あの宣伝文句は、辛くてプレイをやめそうになるあなたを励まし、最後まで歩かせるための安心材料に過ぎない。

「頑張って、最後はハッピーエンドだよ!」と誰かがずっと言っているようなものだ。
このゲームのシナリオを例えるなら、誰かに深い水に放り込まれ、じわじわと沈んでいくのを眺められているようなもの。その人物は最後に助けると言うが、なかなか手を出さない。溺れ死にそうになり、絶望した頃にようやく手が伸びて水面に引き上げられ、しかもニヤニヤしながら見下ろされる。
「ほら、最後は助けると言っただろう」
これが心地よい体験だと言えるだろうか?
ゲームは最後の最後まで、ようやくほんの少しの希望が見える。最大の敵は紅葉ではなく、茅ヶ崎征士だ。

茅ヶ崎征士というクソ野郎は第四章から登場し、その後どんどん出番が増える。メインストーリーでも回想でも、こいつが出てくるたびに不快になる。キャラ造形が悪いわけでも、CV の演技が悪いわけでもない。彼らが上手すぎるのだ。この人物は本当の「悪」とは何か、本当の「クズ野郎」とは何か、本当の「歪んだ変態」とは何かを見せつける。悪魔のような言葉、サタンのような屁理屈、歪んだ笑い声、その全てが不快感を呼ぶ。ゲーム後半、こいつが小夜の母親を強姦した、妻を虐待したと笑顔で語る時、画面に飛び込んで殴りたくなった。
茅ヶ崎征士に比べれば、紅葉は敵とは言えない。せいぜい『魔法少女まどか☆マギカ』の QB のような役割で、絶対の善も絶対の悪もなく、ただ波風を立てたいだけ。人間を人魚姫に変えるのも、魔法少女を魔女に変えるのに似ている。彼女にはそれほど恨みはない。恨んでいるのは茅ヶ崎征士だ。ムカつきすぎる。この一年ゲームをやってきて、これほど歯ぎしりするほど憎い敵は初めてだ。
敵をここまで憎むからこそ、ゲームの別の欠点が浮き彫りになる。画面上の表現力の欠如だ。

茅ヶ崎征士は最後に制裁されるが、その表現力が酷い。バットの CG 一枚だけで、しかも雑。前作『紙の上の魔法使い』の作画は素晴らしかったし、多くの名シーンを生んだ。妹・杜月妃が本棚の前に立ち、両手を広げて主人公に神に誓えと迫る CG、夜子が本棚の下で泣く CG、その他の重要な CG はゲームの雰囲気を大きく盛り上げた。それが『水葬銀貨のイストリア』ではない。回想はたった四枚、重要な場面に CG はなく、多くの CG が崩壊している。あの脚の描き方にはツッコむ気にもならない。聞くところによると絵師の桐葉が日本の LOL にハマっているらしい。あまりに馬鹿げている。自制心のかけらもないのか。何で LOL なんかやるんだ? あんなクソゲー。王者栄耀の方が面白いだろ。まったく。
もう一つの問題は多くの日本人が指摘している誤字の多さだ。

外国人である私には、日本語の誤字の多くは気づかない。漢字がそう書くものだと思い込んでいるからだ。例えばある「不孝子」は明らかに誤字だが、本人が不孝と言っているのだと思っていた。外国人にも外国人の利点があるな。日本語の漢字は全部通仮字として見ているからな、ハハハ。とはいえこのゲームの誤字は確かに多い。Twitter には統計用のタグもあるので、興味があれば見てほしい:#イストリア誤字
バグには遭遇しなかった。ただし、ゲームを終了しないとセーブが実際には記録されないという仕様のせいで、何度かセーブデータを失った。
『水葬銀貨のイストリア』の物語は、『運命予報をお知らせします』のように人生観や価値観を大きく示そうとはしていないようだ。『紙の上の魔法使い』よりも純粋で、入り組んだ悲劇、人間同士の騙し合い、しかし本物の感情やヒーローの正義も存在する物語を語るためだけの作品だ。他の優れたゲームの構造的特徴も多く取り入れている。久末家が人魚姫を飼う話は『サクラノ詩』で伯奇を飼うのと似ているし、主人公が他人に服従して奴隷になる話は『G線上の魔王』とも似ている。ただ、ゲーム中盤の回想が多すぎて氾濫しており、しかも非常に重く、気分を悪くさせる。CG が少なく、あっても崩壊しているものが多いのも体験をさらに悪くしている。

シナリオは『紙の上の魔法使い』には劣ると思う。語りの流暢さは相変わらずで、「物語を語るのが上手い」というクルク大师の品質保証はある(誤字を除く)。物語も小説的だが、展開の技巧がもたらす驚きは少ない。終盤にはほとんど先が読めてしまう。『紙の上の魔法使い』の最後のどんでん返しのようなものはなく、驚きが少ない……
しかしそれは悪いことではない。一つの物語をしっかり語り切ることは、それだけで十分貴重だ。今のギャルゲーで本当に物語を語れるものがいくつある? みんなダラダラと日常を繋ぎ、フラグを立てて個別ルートを作り、エロ CG を揃えているだけじゃないか……。凡作と比べれば、『水葬銀貨のイストリア』は物語として優れた作品だ。
そう、物語としては。他の面で目に見える欠点が多すぎるからだ。前述の CG 品質の低下、誤字の多さ、表現力の不足、そしてもう一つ重要なのが、ゲームの締め方があまりに雑なことだ。

個別ルートは「END」の一言で終わるだけではない。最終ルートでさえ、ED もスタッフロールも、終わりの演出もない。ただ「END」と出るだけ。おいおい、手抜きにもほどがある。OP を作る金があるなら ED も作れよ。OP のピアノバージョンでスタッフロールを流すだけでもいいだろ? 気づいたらゲームが終わってたぞ。
全体で品質を保っているのは作曲家のめとだけだ。ゲームの OP「アズライトの棺」は彼の個性に満ちているし、BGM の質も相変わらず高い。どうやら作曲だけが真面目に働いているようだ……。ルクルも毎日スマホゲーをやっているし……

ともあれ、『水葬銀貨のイストリア』は期待を超えはしなかったものの、そこまで失望させられたわけでもない。ただ、このゲームはもっと良くなれたはずで、それが本当に惜しい。ミスの多くは制作陣の詰めの甘さが原因だ。個人的には、物語の描き方そのものは『サクラノ詩』より上だと思っている。『サクラノ詩』のように意味ありげな哲学を並べて自分の格を上げようとする感じもない。あれも実際はでたらめで、分かってる人が見れば無理やり格好つけてるだけだと分かる。それなら『水葬銀貨のイストリア』みたいに素直に物語を語るほうが、よほど実がある。

ただ惜しいのは、『水葬銀貨のイストリア』がCGの見せ方をもっと磨いて、誤字を減らして、システムの演出効果を強化していれば、物語を語る層では『サクラノ詩』を倒せたんじゃないかと思う(格好つけて哲学を語る層は別として)。ただ、会社に金も時間もなかったのか、そのチャンスをまるごと無駄にした。『サクラノ詩』の重要なCGのいくつかは本当に画竜点睛の妙がある。それに対して『水葬銀貨のイストリア』は、何十回も使い回した回想シーンのCGが、誤字を引き立てているだけだ……
惜しい……惜しいなあ……
それでルクル先生、次の作品はいつ出るんですか……
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