『初恋*シンドローム』レビュー
初恋は病である
孔子もイエスも光良も新島夕も言っていた。「初恋は無限に美しい」と。特に「初めて」に対してより深いコンプレックスを持つ日本では、「初恋」はより甘く、青く、ちょっと苦い、後を引く記憶を意味する。
「初恋」は一人が初めて恋心を抱いたことを表し、恋の味を初めて知ったことを表し、感情の道と套路の上で次第に成熟していくことをも表す。初恋を経験した後、人は恋愛のベテランや古狸になるかもしれず、もう単純なことでは感動しなくなる。そう考えると、「初恋」は確かにかけがえのないものだ。
初恋はいつも音もなくやってくる。私の初恋がいつ始まったのかは分からないが、それでも私にも初恋はあった。小学時代のことだ。当時の私はなぜか成績が妙に良く、なぜ良いのか自分でも分からないほどだった。しかも体育の成績も妙に良く、なぜだか適当にやっても一位が取れた。そういうことがあって、私は何人かの女の子に憧れられたのかもしれない。私は何気ないふりをして隣の席の女子の手に触れたことがある。その時彼女はひどく照れていた(顔を赤らめていた)が、当時の私は気づかなかった。通学路でクラスの美人と出くわしたこともあり、彼女は私にお菓子を奢ろうとしたが、「君のお菓子はうちのより美味しくない」と言って、クラスの美人をかなり不機嫌にさせた。小学校卒業の時には女子から写真を何枚かもらった。その中の一人は当時私が特に好きでよく話していた子で、お互いにゲームを交換して遊んだり、未来のことを話したりした。彼女は身長が私と近く、とにかく私と話すのが好きだった。私がゲーム好きと言えば、彼女も私が遊んだゲームを探して遊んだ。卒業後、彼女から何度か電話がかかってきた。何を話したかは忘れたが、印象に残っているのは彼女の服装がいつもやや大胆で、小学校で既にすごく短いスカートを履いていたことだ。もちろん階段を上がるときに何度かうっかり見てしまった。ある時彼女に気づかれたが、ただ笑っただけだった。
当時の私は彼女と他の人との違いに気づいていなかった。それどころか本当に馬鹿なことをたくさんした。クラスにずっと彼女のことが好きだと公言している男子がいて、私も同調して認めてしまい、事あるごとに彼女とその男子をからかった。卒業の寄せ書きにまで、彼女とその男子が百年末長く添い遂げられますようにと書いた。実際には二人はほとんど話していなかった。彼女はその男子よりはるかに私と話していた。中学の時も私と彼女は少し連絡があった。彼女は何か深いことを私に言ったようだが、忘れた。高校になってMSNで彼女を見つけ、お互い友達に追加してからは暇な時にチャットするようになり、話しているうちに過去の話になった。彼女は過去の私とのことをよく覚えていたが、大部分は私が忘れていた。そしてある日、彼女に彼氏ができたことに気づいた。心の中で突然何か……どう言えばいいか、苦しい? いや少し腹も立った。何年も経ってようやく気づいた。自分は無意識に彼女を特別な人として見ていたのだ。彼女もかつてはそうだった。ただ私が馬鹿で、それが何なのか気づかなかっただけだ。
だから何年も経ってClover HeartsのOPの「なにもしらないわたし、愛を教えて」という一節を聞くと、内心で苦笑いする。自分は鈍いのか、それとも馬鹿なのか。
あの出来事が私の初恋だったのかはよく分からない。しかしあの出来事の後、私は女の子とほとんど話さなくなり、どんどん太り、どんどん醜くなり、どんどんオタクになっていった。女の子と話しすぎてももうあの感覚はなく、就職してから職場の腐女子を追いかけ、3年も套路にハマって疲れ果てた。彼女が最後に「ただキープにしたかっただけ」と言った時、逆にあまり悲しくも腹立たしくもなく、そういうことならさようならと思った。
そうやって今に至るまで、多くの女の子に会った。話すのは問題ない。しかし心の中には、あの子に彼氏ができたと知った時の不安や苦しみはもうない。ほとんどが「行けるなら行く、ダメなら次」という感じで、むしろその道に詳しくなり、套路されても怖くない。この前、女医が私をキープにしようとしたが、あっさりカウンターした。女医は謝ってきたが、私も相手にする気はなかった。感情がもう波立たないなら、自分を大事にした方がいいじゃないか。
小学校のあの経験が私の「初恋」なのかは分からない。私はそうだと思う。唯一の胸の高鳴りと、思い出しては後悔する気持ち。その後は心の中の計算と損得勘定だけになり、もう当初のときめきはない。
自分の過去を思い出したきっかけは二つある。一つは最近アルバムを整理して、あの子がくれた写真を見つけたこと。もう一つは最近『初恋*シンドローム』というゲームを遊んだことだ。

最初に言ったように、「初恋」にこだわる日本人は「初恋」の作品をよく作る。エロゲーも例外ではない。かつてのPurely Cationや、初恋の美しさを描く純愛作、『初恋さんかいめ』のような初恋の波乱を描く作品、様々な軽薄な恋を使って初恋の美しさを引き立てる『まじょこいにっき』などがある。だから『初恋*シンドローム』は、主人公が初恋失敗の影から抜け出せない話を描いている。
ゲームタイトル『初恋*シンドローム』のシンドロームはsyndromeで、香港台湾では「症候群」と訳されることが多く、大陸では「併発症」や「後遺症」と呼ばれることが多い。だからこのゲームの名前は「初恋後遺症」が適切だろう。
ゲームのストーリーは公式サイトの紹介を見る限りかなり見どころがある。主人公は3年前に一人の女の子が好きだった。その子とは親友だったが告白しなかった。卒業の日に告白したが断られ、主人公の初恋は終わり、失恋した者になった。3年後、主人公は新しい女の子に出会う。彼女はいきなり「私と恋愛しない?」と告げる。主人公が呆然としていると、3年前に告白した女の子も現れる。様々な兆候から、その子が最初に断ったのは本心ではなく、今も主人公を愛していることが分かる。

突然現れて告白する女の子、そして3年前に告白して断られた女の子が同時に主人公の前に現れる。主人公はどう選ぶのか?
ロマンチックで、文学的で、白学的な展開じゃないか? ちょっとした三角関係の展開じゃないか? きっと青くて甘酸っぱいはずじゃないか?
屁だ!
このゲームは最初、とても純愛な雰囲気を出している。しかし後の展開で瞬間に日了狗了な気分になった。

すべては主人公がある日、うっかり大きな木の後ろの異世界に踏み込んだことから始まる。入ってみると、3年前に告白した初恋の元カノ黒瀬遥と、あの木の下で告白してきた金髪のルナがいた。二人は主人公に説明する。実はこの二人は魔法使いだ。魔法使い、魔法使い!! しかも自分の3年前の初恋は魔法使いの先生で、ルナはまだ卒業していない生徒!! そして主人公が通うこの学校は表向きは普通の学校だが、裏には知られざる魔法学校があり、魔法使いの修行の過程では必ず一度恋愛を経験しなければ卒業できないという。
要するに魔法使いの修行の卒業制作は一度恋愛を経験し、最後に失恋する必要がある。そうして初めて標準的な魔法使いになれる。
套路が違うぞ先生。30歳まで童貞だと魔法使いになれるんじゃなかったのか。なんで破処に変わったんだ?

そして主人公ははっとする。3年前に告白した初恋も、自分を練習台にしたのか? まず自分と曖昧な恋愛をして、告白した時に断り、失恋を経験した。だから彼女は魔法使いを卒業し、先生にまでなった。
そして今、自分に曖昧に接してくる金髪のルナも、はっきりと主人公に言う。自分も卒業したいから、付き合わないか。付き合って、それから失恋すれば金髪も無事に卒業して魔法使いになれる。
うわ、何だこの套路。お前たち女魔法使いは全員主人公を卒業の踏み台にしているのか。主人公は何だ。戦闘訓練用のサンドバッグか?
その後の展開は非常に訳が分からない。金髪のルナはそのまま主人公の家に乗り込み、恋の感覚を探すために同棲しようと言う。そして3年前に告白した元カノ黒瀬遥は黒い顔で横で見ていて、時々嫉妬するが、何も言わない。

こんな展開は爆発的に奇妙だ。うまく書ける恋愛物語、あるいは青くて胃が痛くなる三角関係を、なぜ「魔法使い」という馬鹿な設定を引っ張ってくるのか?
CampusはLightの別ブランドで、後者は中二病の極みだとは分かっている。しかし何でも魔法にするなよ。普通に恋愛を書けば死ぬのか? ゲームはその馬鹿な「魔法設定」のために、魔法にはいくつ系統あるか、どうやって大魔法使いに昇進するか、魔法のレベルをどう上げるかなど、端っこの内容まで充実させ始める。頼むよ! これと「恋愛」に一毛の関係もないだろ。これは初恋*シンドロームであって、マジカル*シンドロームじゃないんだ。せっかくの良さそうな「恋愛」設定が、訳の分からない魔法設定にぶち壊された。

それでもゲームは「恋愛」の甘さを描こうとしている。ルナと同棲する時のかわいさなど。絵師の絵は確かに良く、音楽も恋の甘い雰囲気に合っている。特筆すべきはゲームエンジンで、Waifu2Xに似たアルゴリズムを使っているらしく、どれだけ拡大しても再演算して描画する。つまり4K解像度でも非常に精細な画像が見られる。しかしゲーム本体の馬鹿すぎる魔法設定は隠せない。

Campusの他の「四季嘘」シリーズもこんな感じなのか、他のゲームと同じ世界観なのかは分からない。どうやら全部魔法学校の話らしい? よく分からないが、初恋*シンドロームに関しては、魔法の設定は純粋に脱げばいいのに履くパンツ、全くの無駄だ。しかもゲームはこの役に立たない設定に多くの筆を費やしていて、理解できない。

後半の展開はさらに不快だ。ルナと同棲してしばらくすると、主人公はいつの間にかルナを好きになる。そして3年前に告白した元カノ黒瀬遥は、主人公が他の女と親しくしているのを見て嫉妬し、突然自分はまだ主人公を愛していると気づき、物語の最後に告白する。しかし主人公は断り、自分はもう別の女、ルナが好きだと言う。ルナは主人公と恋愛した後、魔法使いを卒業するために当然失恋を経験しなければならない。しかし最後に主人公は愛無限を発動し、失恋してもルナが好きだと言い、ゲームのメインストーリーは終わる。

黒瀬遥というキャラの位置づけは気まずい。主人公は3年前に黒瀬遥に告白し、黒瀬遥は最初、魔法使いを卒業するために主人公と恋愛し、最後に魔法使いの修行を完成させるために主人公を断り、失恋に入った。理論的には黒瀬遥はずっと主人公を愛しているし、主人公も「初恋」の失恋の後遺症から抜け出せずにいる。3年後の再会で二人は何かに気づき、縁を再び結ぶべきだ……これがゲームの正統な発展ルートであり、タイトルもよく表せる。

なのに、突然新しい妹子が現れて主人公を拐っていく。3年前の初恋はNPCと化し、ゲームは明確に黒瀬遥は攻略不可と告げる。何だこの展開? 現実の初恋が既にこうなんだ。小学校のあの子は他の男と結婚している。今ゲームでも同じことをされ、しかも下手くそな魔法設定まで詰め込まれる。喧嘩売ってるのか?
このゲームが何をしたいのかよく分からない。初恋の美しさを表現したいのか? それとも私のように時々初恋を思い出す失意のLoserを一発殴りたいのか? ゲームの金髪ルナがかわいくないとは言わないが、設定上彼女の位置づけは奇妙で、まるで第三者だ。しかも最初から主人公を魔法使い卒業の踏み台にすると明言している。さらに後日談では、ルナと付き合うことを選んでも、訳の分からない「義父が娘の命を盾に主人公を脅す」という馬鹿げたメロドラマ展開がある。ルナ自身が母親の死のショックで魔法をうまく使えないという頭の悪い展開もある。脚本家が薬を間違えたのか分からない。普通に恋愛物語を書けばいいのに、なぜわざわざ死に行くのか?

批評空間にこのゲームを一通り批判している日本人がいる。批判はどれも的を射ていないが、一つだけ正しい言葉がある。「初恋」は「初めて」の恋を指すのに、このゲームの主人公のそれはまだ「初めて」と言えるのか?
考えてみれば、ゲームが嘘をついているとは言えない。ゲームは「初恋症候群」あるいは「初恋後遺症」で、主人公が初恋失恋後の「後遺症」から抜け出すまでを描いている。3年かかったが、主人公は抜け出した。他の女を選んだとしても。
しかし考えてみるとやはり何か引っかかる。私の「初恋」はもう何年も前に終わったのに、自分にはまだ動力も感情もない。抜け出せたのかどうか分からない。初恋が病なら、解毒剤はどこにあるのか? 主人公のようにまた第三者を探すのか?
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