『お家に帰るまでがましまろです』レビュー

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昔、World of Warcraft をやっていた頃、よく「カジュアルギルド」を見かけた。

そういうギルドには厳密なレイド制度なんてものはなくて、誰でも加入できる。入ったらギルドマスターが新人をちょっと助けてくれたりもする。雰囲気はゆるくて、たまにダンジョンレイドのイベントを開くけれど、大抵はルールなんてあってないようなもので、ただ遊ぶだけのノリだ。

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プロのプレイヤーの多くは「厳格な階級制度」「厳しい規律」があって、より良いダンジョンに進めて良い装備が取れるギルドを求める。こういう「カジュアルギルド」には興味がなくて、大抵は鼻で笑う。だらしなくて向上心のないギルドに何の意味があるのか、彼らには理解できない。でも、その「カジュアルギルド」のメンバーたちは気にしない。ただ穏やかに自分の生活を送っているだけだ。

俺にもプロプレイヤーとして熱狂していた時期があって、この「カジュアルギルド」が理解できなかった。でも、年を取ってゲームにのめり込む時間がなくなってハードコアゲーマーをやれなくなった頃、俺はカジュアルギルドに入った。こういうギルド以外は俺を受け入れてくれなかったからだ。

入ってみて分かった。このギルドは「ギルドに入れない奴にギルドの肩書きをくれてやるだけ」に見えるけれど、実はそんなに単純じゃない。こういうギルドの核は大体ギルドマスターで、マスターは中年のおっさんの可能性が高い。気が良くて、達観していて、怒らない。ギルドには色んな奴がいるから、マスターはよく調停役になる。

メンバー同士で摩擦があっても、ギルドマスターには大抵文句がない。

新しいギルドを見つけて抜けていくメンバーも多くて、マスターは「道中気をつけろよ」と見送る。イベントがないからボスも倒せないし装備も取れないと文句を言う奴もいるけど、マスターは「すまんな、俺が不甲斐ないばかりに」と謝るしかない。

こういう「カジュアルギルド」は、マスターがいなくなったら一瞬で終わる。でも、そういうギルドのマスターは意志が強くて、いつもギルドを存続させ続けている。

ある時、ギルドマスターと話していて、興味本位で聞いてみた。「なんでそんなに手間をかけて、こんなギルドを維持してるんですか?」

「ゲームも社会みたいなもんなんだよ」とマスターは答えた。「世の中には居場所がなくて帰る家がない奴がいる。そんな奴らを受け入れて、家のような港を作ってやる場所が必要なんだ」

この言葉は今でもよく思い出す。なるほどなと思う。親がそばにいようがいまいが、俺たちはいつも孤独を感じる。「自分と共にいる者がいない」という孤独だ。だから「家庭」のような存在が必要で、そこに一時的に逃げ込んで身を寄せ、心の港にしている。

現実でもそういうことをやろうとする人はいる。孤児を引き取ったりとか。フィクションの話なら、そういうキャラはもっと多い。迷子の子どもを引き取って、お人好しの設定になるのはよくある話だ。この『お家に帰るまでがましまろです』のゲームみたいにな。

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『お家に帰るまでがましまろです』は、ま~まれぇど橘子社の新作だ。橘子社の過去作は実は触ったことがない。Primal X Hearts は評価が良いらしいけど、やる気が起きなくて放置してる。今回『お家に帰るまでがましまろです』に注目したのは、やっぱり設定だ。「お菓子屋さんでケーキを作る」という設定に興味を引かれた。なにせ最近、自分でもクッキーやケーキを作っているからね。でも、このゲームについてはお菓子屋の背景設定以外はまったく分からなかった。しかもゲームは延々と発売延期を繰り返して、さらに胃口を吊られた。そして今月ようやく発売されて、分かったよ……このゲーム、想像とはかなり違うなと。

『お家に帰るまでがましまろです』は、最初はある程度ストーリー重視なのかなと思っていた。体験版では、ヒロインの春日部花音がお菓子屋「ましまろツーイー」の店長として、自分の上の世代の意志を継ぐためにこの店を続けようと決めている。だから物語の冒頭で彼女は道端で主人公を拾い、話を聞くと家がないというので、店に引っ張り込んで働かせる。店にはすでに二人いて、一人は小柄だけど超絶可愛くて見た瞬間抱きしめたくなる先輩・朝霞汐。もう一人は無精髭を生やして方言を喋る、名前もなく「JC」というコードネームで呼ばれる奴。

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そこからの話はとてもシンプルだ。主人公は店で働きながら、どうやって店を存続させるか毎日考えている。店長の花音はお人好しで、誰かれ構わず助けたがる。暇さえあれば善行を施しに行くし、商売で小賢しい真似なんてなおさらしない。しかも花音は「自分の店が潰れかけている」という状況なのに、外に出て新しい人を連れてくる。大手お菓子屋の天才ハーフ女料理人・礼羽ライコネン、そして女絵師の皇鈴紗々だ。

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女絵師の皇鈴紗々は自分に自信がなくて自己評価が低いけれど、時々このお菓子屋に来る。花音は彼女が人とコミュニケーションを取れるよう手助けし、主人公や店の人たちと、少し閉鎖的な紗々を友達にした。だから紗々もこの店で働くことに決める。

礼羽ライコネンの話はもう少し複雑だ。ハーフで、ある事情から自分の国から単身日本に来て、実の母親とも縁を切った。お菓子作りの技術の多くは母親から教わったものなのに、今では文字通りの孤児だ。ゲームには、礼羽の母親が偶然このお菓子屋に来て、娘が作ったケーキを食べて「懐かしい味がする」と感動するシーンがある。礼羽は感激するけれど、実の母親を前にしても名乗り出ようとはせず、それだけで満足だと言う。これも店長・花音の助けがあってのことだ。だから礼羽ライコネンもこの店で働くことに決める。

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つまり『お家に帰るまでがましまろです』の物語はとても純粋でシンプルだ。店長が潰れそうなお菓子屋を何とかしようと、あちこちで人を集める。同時に「生活の中で、あるいは心の中で孤独を感じている寂しい子どもたち」を次々と受け入れて、自分の店に参加させ、幸福と喜びを与え、お菓子屋「ましまろツーイー」の一員にしていく。

最終的に「ましまろツーイー」は再び開店し、良い滑り出しを見せる。店長の花音は心優しいお人好しでたくさんの人を助け、その報いも受ける。例えば材料が足りなくなった時、近所の人たちが自分の家の材料を持ってきて手伝ってくれた。みんな花音は良い子だと言い、助けが必要なら必ず来ると言ってくれた。

全体として、このゲームは典型的な「日常系ほのぼの」アニメ、あるいは「四コマ漫画」のような雰囲気だ。大きなストーリーフレームを決めて、その枠組みの中で物語がゆっくり展開していく。途中で進展があってもいい。例えばお菓子屋のメンバーがどんどん増えていくが、その増え方と感触は普通の長編連載漫画に近い。店長の花音は永遠の主人公で、善良なお人好しとしてゲーム全体のスタイルを際立たせている。それは「甘い」「穏やか」「心温まる」だ。

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甘いというのは、日常の物語の中で各キャラクターがよく描かれているということ。ただし描き方にはかなりひどい類型化がある。JC は下ネタと直球、朝霞汐は「私お姉さんだから」を繰り返し、花音は天然お人好し、紗々はいつでもまず謝り、礼羽は常にツンデレ。特筆すべきは隣の小さい妹・川越しずかで、子どもながら大人びていて、ずっと主人公の妻になりたがっていて、口を開けば面白い。

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穏やかというのは、ゲームの展開に波乱がほとんどなく、ただ日々の日常を平穏に過ごすということ。たまに意図的に超展開が用意される。例えば主人公が麻薬密売の疑いをかけられたりするが、すぐに誤解だと分かって終わる。ゲームの話はむしろ……シチュエーションコメディ?いや、やっぱり四コマ漫画に近いかな。そういう作品を見たことがある人なら、俺の言いたいことが分かるはずだ。話と話の間には幕間があって区切られている。これがさらにそれを裏付けている。

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「心温まる」というのは、このゲームがギャルゲーでありながら、恋愛に盲目的に突っ込まないということ。むしろ人と人との関係を描くことに重点を置いている。その関係の多くは「友達」と「家族」がテーマだ。花音が自分の上の世代の開店願望を語ることもそうだし、店の一人ひとりに対する花音の責任感もそう。礼羽と母親のこともそうで、どれもゲームの心温まる部分だ。

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恋愛に重点を置いていないと言ったが、恋愛要素がないわけではない。「恋人」という関係は、特定のルートを選んだ後でしか描かれない。しかも描き方も軽快で面白い。例えば主人公がわざと先輩に「離れないで、どこにも行かないで、俺のそばにいて」と言う。実は店長の代わりに、卒業する先輩を引き留めて、この店でバイトを続けてほしいという意味なのだが、先輩はもちろん勘違いして告白だと思う。そしてそこから別の面白い小話が展開する。このゲームの話は分かれているが、話と話の間に関連があるものもあって、見れば見るほど四コマ漫画に思えてくる。テンポは速くないのに楽しく見られる。これも一つの腕前だろう。もちろん、個別ルートに入ってからの恋愛の甘い描写は言うまでもない。日常が問題ないなら、恋愛が甘くないわけがない。

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『お家に帰るまでがましまろです』は、日常の内容が少なくとも 85% を占めるゲームで、日常の描写に心血を注いでいる。章立ての分割、テーマ曲の変調、雰囲気を盛り上げる色々な音楽の素早い切り替えなど、どれも非常によくできている。それに比例して、このゲームは膨大なテキスト量を誇る。日常が多く、恐ろしいほど多い。物語は長く、驚くほど長い。物語自体がシンプルで、絶対的な始まりも終わりもないからだ。日常系作品の特徴はそこにある。5ch でこのゲームの脚本がつまらないと罵っている人がいたが、その人はこのゲームを他のストーリー重視の作品と同列に並べているだけだろう。ストーリー重視の作品は、引き込まれて一度読み始めたら一気に最後まで見ないと満足できないタイプだ。それに対して『お家に帰るまでがましまろです』のような日常系作品は、分厚い漫画本のようなものだ。暇な時に数ページめくって、物語の中の人が笑ったり怒ったりするのを見て、のんびりする。それで自分も楽しくなって温かい気持ちになる。

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『お家に帰るまでがましまろです』の明らかな欠点は、画風の色遣いがちょっと変わっていること。白すぎる、白っぽいと感じる。それにシステムのリソース消費がひどく高くて、すぐ CPU が爆発する。実際、ゲームに大したエフェクトもないのに、最適化が悪いのだろう。もう一つは、ゲーム自体のスタイルが多くの人には受け入れられないかもしれない。特に「発売日に二晩でクリアする」ようなハードコアなギャルゲーマーがこのゲームに出会ったら、きっと心身ともに疲れる。ゲームのメインストーリーは二言で説明できるし、残りは全部日常だ。日常なんてものはお菓子のようなもので、たまに食べるからご馳走で、一気にたくさん食べたら糖尿病まっしぐらだ。

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ゲームの中の店長・春日部花音が、なぜそこまでしてこのお菓子屋を開こうとするのか、しかもいつも人を助けてばかりで、これじゃ店は絶対に儲からないと主人公に聞かれる場面を思い出す。

花音は、店を開く目的は自分の上の世代の意志によるもので、儲けのためじゃないと言う。忙しい人、寂しい人、不幸な人が頼れる場所を作り、そこを「家」や心の港としてもらうこと。それこそが「ましまろツーイー」というお菓子屋の存在意義なのだと。

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これはかつて World of Warcraft で出会った「カジュアルギルド」のマスターたちを思い出させる。彼らもきっと同じ考えなのだろう。心の駅、あるいはライ麦畑のキャッチャーのような存在なのだ。

ゲーム内で花音が開いている店の名前は「ましまろツーイー」。英語で書くと marshmallow tree、マシュマロの木。存在しないものだが、それこそがゲームタイトルの意味を言い当てている。

お家に帰るまでがましまろです

帰り道が分からなくなったら、マシュマロの木(ましまろツーイー)においで。


ちなみに、ゲームの OP はとても良い曲だ: http://music.163.com/#/song?id=494410414 https://www.youtube.com/watch?v=165aKFeYdTA

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