夏の终焉り

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2003年の夏を覚えている。中学を卒業したばかりの頃で、8月15日あたりから鄭州は降りやまない雨になった。

それから夏は去った。二度と戻ってこなかった。中学時代の一番仲の良かった連中も、それぞれ散り散りになって、それきり連絡も取っていない。次に会ったのは旧正月だった。

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あの瞬間、自分が「過去を捨てて新しい世界を始める」感じを初めて味わった。でも、その新しい世界を開く気にはあまりなれなかった。昔の友達のほうが好きだった。

今年の8月も終わった。つまり夏が終わったということだ。残暑はあるかもしれないが、秋の雨が降るたびに寒くなる。

8月も俺は何もしていない。仕事ばかりだ。自分の仕事に忙しい時期があるなんて信じられない。最近は全国的にめちゃくちゃやってるからな。

最初はちょっと動いてからまた頑張ろうと思っていたが、結局修正を諦めることにした。体調がよくないし、それなら休んだほうがいい。

来月はまた誕生日だ。今回の誕生日は意味が違う。俺が本当に歳を取った証拠だ。自分ではまだ老けていないつもりだが、少なくとも健康診断の結果を見る限り、同年代よりずっと健康だし、若い連中より健康な部分も多い。もしかしたら長生きするかもしれない。

8月は感情面でいろいろ考えた。以前のあの美術の先生に申し訳ないなと思うことがある。昔書いたものを読み返してみると、自分はかなり間違ったことをした気がする。相手はただ安心感が欲しかっただけなのに、俺はそれを与えるどころか冷たい態度を続けた。それでは疑いと不信が増えるのも当然だ。彼女は確かに俺にたくさん尽くしてくれたのに、俺は興味がなくてそれを見ていなかった。これは確かに俺の非だ。謝るべきかと考えたこともあるし、教師の日にメッセージを送って挨拶してみて、反応を見て関係を修復できるか試そうかと思ったこともある。やるかどうかはその時の気分次第だな。

Yahoo!知恵袋でいくつか記事を読んだ。何を見てもどうでもいいと思う人間がいるらしい。でも考えがあるのに他人とあまりコミュニケーションを取ろうとしない。時には納得がいかないと思い、時には淡々としている。ほとんどの場合、その表れは一つ、欲望が低すぎるということだ。

俺も欲望の低い奴なのかもしれない。

下半期はもう少し楽しく過ごしたい。生活というボスに屈しない。俺をさっさと「老人」の列に並べようとする連中にも屈しない。

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「夏の终焉り」はゲーム『終わる世界とバースデイ』のOP曲だ。あのゲームの最初の設定では、世界は夏の終わりに滅びることになっている。

日本人は夏が好きすぎる気がする。すぐ「終らない夏」と言いたがる。俺は口では夏が嫌いと言っているが、夏の思い出は一番多い。

やはり夏はいい季節なのかもしれない。そして今年のそのいい季節も、こうして終わった。

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