『赤印』レビュー

赤印:本来ここまで酷くならなくてよかったのに

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俺の見るところ、今11区で流行ってる文化のほとんどは、わが国が古代にすでに遊び尽くしたものだ。

男の娘文化だって戯曲の中に昔からあった。舞台の上のかわいい男の子に向かって客席の連中が拍手喝采する姿は、画面の大屌娘に向かって管を弄る今のオタク連中と大して変わらない。戯曲にも脚本があり、演出があり、歌があり、芝居がある。ある役者に熱狂し、その声に惚れ込む連中の姿を、CV厨の初期形態と言わずして何と言う。道で老先生がラジオで戯曲を聴いていたら、あれはボイスドラマじゃないのかと聞いてやってもいい。

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つまりオタクという連中は昔からずっと存在していて、歴史の変遷とともに形を変えてきただけのことだ。

こんなことを言うのはただ一点を伝えたいからで、天朝には天朝のスタイルと文化がある。ほとんどの面で、わざわざ他人の真似をする必要なんてない。無理に真似すれば、生まれるのは中途半端な溜息だけだ。

そう、まさに『赤印』という名のギャルゲーのことである……

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国産ギャルゲーとして、『赤印』はシナリオ以外の部分はなかなかよく出来ている。「よく出来ている」には励ましの意味も多分に含まれる。何しろ俺が見てきた中で一番「それらしい形」をしている作品だし、以前触ったワケの分からない代物と比べれば、どこがどう違うのか分からないほど良い……だがギャルゲーにとってシナリオこそが核心の駆動力だ。特に中国語作品では、売肉展開なんて存在しない特殊な領域なのだから。

『赤印』のシナリオは少し複雑だが、本筋は異常にシンプルだ。主人公が依頼を受けてヒロインを殺しに行く。ところがヒロインもまた深い事情を抱えていると分かり、彼女とひと騒動の感情劇を繰り広げた挙句、主人公が寝返って依頼主を殺す——という話。どこかで見た? 実際こういう設定は多くのゲームに登場する。最も有名なのは『車輪の国、向日葵の少女』や『G線上の魔王』だろうが、シナリオはその二作よりはるかに劣る。

どこが劣るのか。まずは設定だ。

主人公は呪術師という設定。だがこの呪術師の術発動の設定環境がやたら冗長で、しかもそんな冗長な設定がシナリオと全く関係ない。要するに「主人公はヤバい」と分かってればいい。ゲームはさらに「裏相」なるものを持ち込む。要は他人の心が見える的な代物だが、シナリオ上の説明はわざと雲を掴むようにぼかしてあり、画面中中文なのに日本語の生肉を読むよりよほど骨が折れる。無論この「裏相」もシナリオ上で大した関係はない。

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分かっておけばいいのは、主人公は法术が使えて、しかもヤバいということ。他はすべて不要なものだ。

暗黒系ギャルゲーの主人公はみんなヤバいが、『赤印』ほど冗長な設定は初めて見た。『グリザイアの果実』はいい手本を示している。主人公がヤバいのはみんな知っている。ならば言葉はできるだけ少なくし、行動とシナリオで見せた方が、長々と説明するよりよほど良い。

次は対抗だ。

もう言った通り、主人公はヤバい。だがゲーム中のヒロインはさらにヤバい設定で、主人公を全く信頼していない。むしろ人生に絶望しきっているように描かれている。よくある話だ。そこでヤバい俺たちの主人公がヒロインを攻略し、彼女の信頼を得るべきなのだが、俺たちの主人公はどんな手段を使ったか……

「何を言っても信じないなら、本当のことしか言えないな」

つまり主人公はヒロインに全部本当のことを話す。自分はヒロインを殺しに来たとか、自分は何々組織の者だとか、そういうのを全部……型破りに見えるが、これが意味するものは何か? 「対抗」という性質の喪失である。

例えばお前が誰かと球技をしていて、相手に「次は左角を打つ、準備しろ」と本当のことを言う。これ、イケてるか? 相手はお前を誠実だと思うか? いや、これはただのバカだ。相手は「一緒に球やってるこのハゲは大バカ野郎だ」と思うだけである。

時には騙し合いこそがシナリオの衝突点の鍵になる。このゲームはそれを直接放棄したわけだ。せめて事前に主人公がヒロインを騙す描写を入れて、それがバレて、最後に攻略時に打ち明ける、それだけでも頭からこんなことをやるよりはるかにマシだ。

最後は背景だ。

ここが『赤印』が最も議論を呼んだところでもある。ゲームはヒロインの悲惨さを際立たせるため、彼女を巨大で暗い過去に引き入れた。かつて輪姦され、さんざん弄ばれた過去を含めて。国産ギャルゲーにとってこれはもう爆弾だ。日系ギャルゲーでもヒロインの過去をビッチに書くことはほとんどなく、たいていは虐められた程度で済ませる。ところがこのゲームは直接ヘビーなのをかましてきた。ヒロインが乱暴されただけでなく、HIVに感染した設定まで付け、しかもヒロインは自分のHIVを武器に復讐するという。

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おい、さっきヒロインはもう生きる気力がないって話じゃなかったか? なんで復讐の天使になったんだ?

主人公の任務はヒロインを普通に殺すこと。ヒロインを普通に見せ、疑惑を抱かせないために。本来なら、この後のシナリオ展開に従えば、主人公は呪術でHIVを解除して(オーマイガー、ヤバい俺たちの主人公はすでにエイズを克服した!)、それからヒロインを殺せば済む。もちろんギャルゲーだからそうはならない。主人公はヒロインと日久生情するはずだ。

で、どうなったと思う? 主人公がヒロインに言ったんだ。「俺はお前を愛するようになる。そして殺す」と。

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この国産二流キャンパス小説感は何なんだ? 聞こえはクールだが、実際はクソダサい。俺なら主人公はヒロインを騙し続ける設定にして、騙す過程でヒロインがそんなに悪くないと気づき、互いに惹かれ合う、これがベストだ。なのにこの直球表現は何なんだ?

そしてゲーム序章が完結。以前ネットで騒ぎになった内容はここまで。序章の後、ゲームはそれまでの暗黒対抗描写から一変、主人公とヒロインが毎日同棲してイチャイチャするシナリオになる。正直すごく居心地が悪いし、書いてる脚本家も居心地が悪かったんじゃないか。この章からシナリオに明らかな「書くことがない」感があって、延々とイチャついて見せつけるだけ。しかもその見せつけ方もあまりプロじゃない……日系の茶番ギャルゲーと比べれば雲泥の差だ。イチャつきもそこそこにシナリオは終盤へ。怒った主人公はヒロインの死後のあらゆる冷たさに直面し、暴走して依頼主を殺し、組織に監禁される。

そして? その先はない。

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シナリオは暗く、誰も救済されない世界を描き、その中で主人公が絶望するヒロインを救う、そんな感覚を狙ったのだろう。

だがシナリオは刺激的な内容に頼りすぎていて、本当に心を震わせることはできない。ホラー映画と同じだ。画面で作る恐怖の刺激だけでは深い印象は残らない。むしろ意図せず低予算で作り出した、心に染み込む恐怖こそが本当に怖い。

ましてや中国の現状レベルでは、画面刺激だけのホラーすら実力がない。

国産武侠RPGの画面とアクションがあまりに悲惨だとツッコんだ人がどれだけいるか分からない。だが幸いなことに、我々の国産RPGには優れたシナリオと特色ある武侠の雰囲気と設定がある。

明らかに『赤印』はこの長所を活かしていない。ただ盲目的に日系ギャルゲーを真似しているだけだ。人物同士の会話に延々と出てくる「呐……」もそう。日本語の「ねぇ」は普通だが、中国語会話に頻繁に現れると非常に奇妙だ。「後輩」「先輩」「XXXXだよね」などもそう。ゲーム背景が日本なら何の問題もないが、主人公も周囲もみんな中国人なのだから、こうした日系会話はゲームに存在すべきじゃない。脚本家は自分の見たものをそのまま当てはめるのではなく、周りの人の話し方をちゃんと観察すべきだ。それじゃ奇妙だし、魂も失われる。

最後にどうしてもツッコまずにいられないのがCV。ゲームの声優はみんな素人だが、努力は伝わってくる。唯一の光は悪役の洪万雷。ゲームの声優陣最後の良心で、すでにプロレベルに達している。もし全ゲームのCVが洪万雷レベルなら、天朝産ギャルゲーはもう問題ないと思う。

ゲームのエンジンはKiriKiriで、設定ファイルが隠されていない。ゲームディレクトリでconfファイルを見つければ、設定で好きなものを全部アンロックできる。章設定もやや不親切で、章をアンロックしてもメイン画面に戻ってゲームをやり直さなければならない。これは全く不要だと思う。

時々、多くのゲームに感慨を抱く。「本来ここまで酷くならなくてよかったのに」と。これは作品への惜しみだ。成功の要素はすでに備えているのに、いくつかの理由で失敗者になってしまった。『赤印』がまさにそう。ゲームがわざと暗い背景を押し付けなければ、わざと際どい球で目を引こうとしなければ、心理描写をもっと重視していれば、CVがあと少しプロなら、もし……もし……

世の中にそんなに「もし」はない。『赤印』も使命を果たした。天朝でも見られるゲームが作れると教えてくれた。だがそれ自体は浜に打ち上げられた前浪のように、後浪が自分の体を踏み越えていくのを待っている。なのにその後浪はなかなか来ない……


ちなみに国産ギャルゲーの最新作は『虹色旋律』というゲームらしい。設定は安っぽくてバカだが、作曲が三輪学で、ゲームは日本への逆輸出もしていて、日本語CVも付けているとのこと。詳しくは5chの関連スレを見てほしい。

機会があれば買ってみようかな。

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