『夜巡る、ボクらの迷子教室』レビュー
Galgameの近年の怪しい現状について
Galgameをいくつか遊んで、いくつか罠を踏んで、いくつかクソを食らって、振り返ってみると色々と面白いものが見えてくる。
Galgame好きのほとんどは中国語翻訳版から入る。最初はアニメや漫画を見て、それから「あのゲームにはエロいやつが出るらしい」と聞きつけて触り、そういうルートでシナリオ重視のGalgameに出会う人もいれば、より多くの人はGalgame=AVだと完全に思い込む。
今どき「Galgameって何?」と聞けば、おそらく80%は「ネコぱら」と答える……残りの18%がシュタゲと答え、その2%の中にようやく『メモリーズオフ』が出てくるかどうか、ってところだ。
そう、ここでハッキリ言うが「ネコぱら」はクソだ。ただのエロゲーで中身も議論の価値もない。絵柄も個人的には好みじゃないし、抜くことすらできない。だから今のところ2分くらいしか遊んでいない。もっと悲しいのは、あまりにも多くの新規がネコぱらに釣られて、ネコぱら=Galgameとまで思い込んでいることだ。思い出すだけでため息が出る。
Galgameの多くにエロ要素があるのは確かだが、HしかないGalgameに立ち位置はない。Galgameを知りたいなら、入門にはもっと面白い作品が必要だ。
『メモリーズオフ』シリーズはGalgame入門として良い作品だし、この特殊なジャンルの一番素朴な形でもある。音楽に問題はないし、シナリオもまあまあ、大きな波はないが起伏はそれなりにあって、多くの人が最初に触れる作品としては確かに向いている。これでGalgameに興味を持った人は、もっと「似たようなゲーム」を探すだろう。そこで色々と問題にぶつかる。
まずは国内の「歪んだ環境」だ。
国内のGalgameの議論や環境は、正直に言って最悪だ。まずは節操のない漢化組(翻訳グループ)がいる。「機械翻訳」や「翻訳が不正確」という話ではない。俺の日本語力だと、ゲーム内容を読んでも潤色後の機械翻訳と大して変わらないし、言葉が美しいかどうかもよく分からない。目指すのは「読んで分かる」ことだからな。俺が言っているのは、国内の漢化組が「勝手にクソみたいな潤色」をすることだ。
翻訳の過程でわざと気取った文章をひけらかせば教養があるように見えると思っている人がいるが、実際は教養がないことを露呈しているだけだ。ここで「黙示」漢化組を名指しで批判はしない。ほとんどの漢化組にこの傾向があるからだ。同じことはアニメの字幕組にも言えて、文中で気取った言葉を弄したり、小賢しいジョークを挟んで「ユーモア」をアピールしたりする。これは原作に対する冒涜だ。良い翻訳は読者をできるだけ直接原作に触れさせるべきで、間に立って存在感をアピールするものではない。
要するに、日本語がよく分からない多くの人は「漢化組のネタ」と「原文のネタ」の区別がつかない。Galgameを遊んでいて同人ゲームを遊んでいるような気分になるって、何なんだそれは。
しかも多くの漢化組は作品を選ぶときにゲーム自体が良いかどうかではなく「自分の愛」で決めている。愛で動くのは構わない。ただ、愛ですらなく、目立ちたいだけの漢化組もいる。ゆずソフトの新作が体験版も出る前に、いくつかの漢化組が「うちがやる」と宣言したのには驚いた。呆れる。もしゆずソフトの今作がコケたらどうするんだ(可能性は低いが)。地雷になったとしても漢化するのか?漢化してクソを食わせるのか?
例を挙げると、大手のゲームでも漢化する価値が全くないと思うものがある。例えばせんもも、典型的なコケゲーだ。これを漢化するのは時間の無駄だと思う。『軒轅剣:天之痕』を一周やった方が、これを遊ぶよりマシかせいぜい同じくらいだ。このゲームは漢化に値しない。もちろん先日Weiboでこの意見を言ったら叩かれた。「漢化に値するゲームと値しないゲームなんてない」と。
考えてみれば、ゲームを漢化するのは当然「より多くの人に遊んでもらって良いと言われたい」からであって、「遊んだ人にクソと言われたい」からではない。そもそもコケているゲームを漢化してどうする。高度な嫌がらせか?
しかも国内のGalgameの議論はイキり、誤導、詐欺、そして「まともに話さない」精神異常者で溢れている。
イキりは要するにキャリア自慢だ。5chでアニメの話をしている連中を見れば分かる。何でも「俺はこんな古い番組も見てきた」と自慢する。もう珍しくもない。
誤導と詐欺は、悪意に満ちたゲームを新規に勧めることだ。「G吧のX大神器」なんてのはそうやって生まれた。実際ああいう「神器」は神器でも何でもない。本当の神器は誰も漢化していない。あれより気持ち悪いものなんていくらでもある。まあ、そうやって「人をからかう」楽しみを味わっているんだろう。
「まともに話さない」については一言では語れない。他の人が書いたGalgameの感想と俺のを比べてみれば、「まともに話さない」が何か分かるだろう。自慢ではないが、俺はそういうスタイルが嫌いなんだ。
だからGalgameなんて議論するもんじゃないとずっと思っている。遊んだら感想を書けばいい。本を読むのと同じで、良ければ良い、悪ければ悪い。議論する意味なんてない。だから俺が特定のフォーラムやサイトに行かないのもそれが理由だ。
同時に、条件が許すなら必ず原版を遊ぶべきだと常に言っている。日本語を学べるならなおさらチャンスを掴むべきだ。
では日本語を学び、11区の文字が少し読めるようになり、生肉や毎月の新作を遊ぶようになったら、君は天国に足を踏み入れたのか?
否!
日本語Galgame情報が最も充実しているサイトは間違いなく批評空間だ。ゲームの評判や感想を調べるならここが一番だが、批評空間のスコアには奇妙な現象も多い。
批評空間は厨力(ファン力)で操作できる空間だと言う人もいるが、それはもう過去の話だ。俺が見る限り、スコアが安定して操作できるメーカーはゆずソフトと八月社だけ。他は安定しない。ゆずソフトと八月社はマジで安定していて、ゲームがどんなにパッとしなくても、地雷でも80点の基本線をキープする。詳細は八月社のせんももを見れば分かる。
残りの高得点ゲームのほとんどは以下のタイプだ。人生やり直しを呼びかけるもの、厨二バトルで世界を救えるもの、イキり偽科学が大量に詰まったループもの、神様と賭けゲームをするもの、社会生活の厳しさをわざと強調するもの。
批評空間のユーザーは25〜34歳の日本の独身男性だと言う人がいるが、そう考えると人生やり直しを呼びかける学園ゲームがなぜこんなに人気なのか分かる。厨二バトルは日本人の燃え系への好みだろう。イキり偽科学は遊んだ後に「自分は色々知っている」と錯覚させてくれる、実際は何も分かっていないのに。神様とゲームをするのは日漫の定番要素で、ゲームでも珍しくない。社会生活の厳しさを強調するものは、社会の敗者が共感しやすい。
こういうタイプが人気なのは別に不思議じゃない。俺が不満なのは、多くの日本人がそういうタイプへの偏愛のせいで、他のゲームに過剰に厳しくなることだ。
以前、いくつか良いゲームを遊んだが、どれも日本人に理不尽な低評価を食らった。スタイルがおとなしすぎるからだ。例えばあのカナダガンのやつはまさにその犠牲者だ。脚本家のせいで注目され叩かれるゲームもある。要するに批評空間は不公平で、環境もクソ、結局はデータベースとして使うしかない。
以前、ある意見を言ったことがある。世の中には三大いい加減なものがある。
Head-Fiの外人、
5chのソニー信者、
批評空間の日本人。
もう批評空間は信じないと言ったのに、今回またしても愚かにも手を出してしまった。
『夜巡る、ボクらの迷子教室』は今月のダークホースで、最初から批評空間で90点まで上がった。このゲーム自体は全く知らなかったし、調べてもいなかったが、このスコアのおかげで知ることになった。

日本人はこのゲームを「リアル」「感動的」「心に刺さる」と絶賛している。ゲーム設定を見ると、主人公が夜学の教師になって残った三人の生徒を卒業させる、ただそれだけだ。
「これのどこがそんなにすごくて90点なんだ?」
その好奇心でつい手を出してしまった。
遊んだ後の感想は、シナリオ構造が想像以上に単純すぎる、というだけだ。
主人公は教師。ある日父親が訪ねてきて、亡くなった母が残した学校の生徒たちの卒業を果たせと言う。卒業させれば遺産として大金を与えると。

そして主人公は仕方なく教師を始める。学校には卒業できない生徒が三人だけ残っていた。不良少女の小清水はやて(ハヤテのごとくと同じ髪色)、精神衰弱でとにかく頭の悪い新島きな、そしてシングルマザーの門倉綾子とその娘の門倉りこ。ゲームはこうして始まる。
展開のパターンは、主人公が毎日授業をし、生徒を指導し、生徒自身の心の問題を解決し、最終的に卒業させるというもの。

もちろん主人公自身にも問題がある。かつては熱血教師で、どの生徒にも細かく気を配り、とことん関わった。しかし不良生徒に嘲笑され、同僚からも軽蔑された。
「教師なら不良が問題を起こさなければそれでいい。余計なことに関わるな」
「でも今関わらなければ、将来社会に出て犯罪を犯す」
「その時は警察が何とかする」
そうして主人公は教師としての自分の信念を徐々に捨て、惰性で過ごすようになり、今の学校に流れ着いた。

その後、主人公は各ヒロインがそれぞれ問題を抱えていると知る。だが多くの問題は取り立てて語るほどのものでもない。秋野花が演じる新島きなの場合、いじめを受けた過去がある。勉強ができず頭も悪いため不良に色々と虐められ、下腹部に虫を入れられるなどして精神が不安定になり、家では狂暴になるが普段は弱気、といったものだ。

本来ならここは大きく掘り下げるべきところだが、このゲームは個人ルートを引き延ばすことを選んだ。

そう、新島きなの個人ルートはクソ長い。しかも中身がない。毎日おしゃべりしてラブラブをアピールし、抱っこして、キスして……みたいな感じだ。
主人公は教師として不満を抱え、新島きなは生徒として心の傷を抱え、二人で寄り添い合う。ルートの中ではしょっちゅう新島きなに心の傷があることが示唆されるが、絶対に語らない。見ていてヤキモキする。

そして個人ルートの最後、傷の描写は便秘の後の下剤のように一気に流れ出て、瞬時に噴き出す。
ゲーム後半でようやくきなの傷が語られるが、書かれ方が素人すぎる。ルクルと比べると雲泥の差だ。

結末は当然、二人が心の傷を乗り越えて結ばれるというもの。
全体として、このゲームは前半はまだマシだが、後半はクソ長くて無意味に生徒とイチャイチャするだけ。数枚のCGを繰り返し繰り返し使い回され、眠くなってきた。
要するにこのゲームは、大衆に迎合したくない教師(主人公)が金のために夜学を引き継ぎ、そこの不良少女、低能、そして大齢婦人(家事が多くて勉強する時間がない)の三人を卒業させるというくだらない話だ。
そして主人公はしょっちゅう回想シーンで「教師には原則がある、劣等生を見捨てるな、問題児を理解しろ」と繰り返す。

問題児も毎日のように「自分にはこんな傷がある」「頭が悪いから見下される」と回想する。教師と生徒がやたらと寄り添い合って、それで終わり。だいたいこんなものだ。
ゲームに光るものはなく、ごく普通の話だ。なぜ日本人が90点をつけるのか分からない。「社会の現実を見た」なんて言うが、数フレーズで勝手に絶頂してるだけか?その後がどれだけ退屈かは言わないのか?

後になって考えてみると分かった気がする。このゲーム自体が一部の日本人の内面とちょうど合致しているんだろう。いじめられ、社会から見捨てられ、仕事に追われ、何も成し遂げられず、社会の隙間でしか生きられない。しかし現実には主人公のような良い教師などいない。得られる結末も違う。
まあ、何ともやりきれない。また批評空間にやられた。このゲームは70点くらいのレベルだと思うが、最終的には90点まで持ち上げられた。
「尽信書は書なきに如かず」と言う。特にGalgameのように怪しいものが乱れるコミュニティでは、自分の感覚に従って自分のやりたいように遊ぶのが一番なのかもしれない。
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