『キミへ贈る、ソラの花』レビュー
幽霊が羨むこと
幽霊の存在については、いくつかの段階を経てきた……
小学生の頃、この世に幽霊がいるかもしれないと聞いて、恐怖でいっぱいだった。香港や台湾の粗悪なホラー映画を見ただけで眠れなくなったし、地元のくだらない心霊怪談を聞けば暗闇が怖くなった。でもその後、香港・台湾のホラー映画のメイキング映像を見て、自分でも心霊怪談を広めてみたら、怖いと思うことは二度となかった。
人間は未知のもの、制御できないものにしか恐怖を感じない。そう理解している。幽霊の存在について、人間は捕まえることもできず、かといって否定もできない。挙げ句の果てに幽霊は魔法が使えるだの、超能力があるだの、人間を操って風雨を操るだのと言い出すから、ますます人間は不安になる。
そしてその後、幽霊が存在するかどうかについて新たな認識を持った。もし人が死んで幽霊になり、この世界で横行できるというなら……
この世界、幽霊だらけじゃないか!人類なんてとっくに幽霊にやられてるだろ!
というわけで、初雪桜の次に俺がプレイした幽霊がらみのゲームがこれだ。
『キミへ贈る、ソラの花』はCabbitの第2作。そうそう、前回の『翠の海』のあれだ。今回は前作で濃厚な抜きゲー感漂う絵を描いていた絵師を外し、知紗のキャラデザを手がけた自称女性のゆき恵が単独で作画を担当。外見からしてほのぼの系満載の作品である。

で、シナリオは本当にほのぼのなのか?信じてくれ、ほのぼのじゃなかったら俺を何とでもしてくれ!
『キミへ贈る、ソラの花』というタイトル、どう訳せばいいのか分からん。幼稚園レベルにも満たない俺の日本語力では、このタイトルをどう表現するのが適切かまったく理解できない。ゲーム内の英語によれば、君にしか見えない空の花を贈る、という意味らしい。But whatever、Thats not the point。語るべきはこのゲームのシナリオだ。
舞台は幽霊と人間が共に通学し、暮らせる学校で繰り広げられる物語。主人公が学校に入り、人間や幽霊など様々な同級生と出会い、そこで学び生活していく……登場人物は内気な幽霊・雪花、主人公の妹・杏、親しいクラスメイトの西園奏菜、生徒会長の南須園雛菊、そして入学前から主人公と知り合いだった幽霊・東瀬まつり(Matsuri、俺は東瀬節と呼んでる……)。
「みなさん、仲良くしてくださいね。人間と幽霊は違いますが、それでもいい友達になれますよ!」校長は始業式でそう言った。
ほとんどのギャルゲーと同じく、物語の始まりはお互いを知り、日常を進めていくこと。キャラの性格も徐々に立っていく。奏菜は親切、雪花はいつも自己卑下して人と一緒にいたがらない、会長はクール、妹は気遣い屋。そして何より、東瀬節は何にでも情熱満々で、重度の甲状腺亢進患者みたいだ。
「ねえねえ!一緒に買い物行こうよ!買い物超楽しいよ!」 「あ~~見て見て!道に人がいっぱい!すっごく賑やか!」 「繁華街は人が行き交ってて面白いね!もうちょっと回ろうよ!」 「見て!テレビに売れっ子のcabbitちゃんが出てる!可愛い!毎日見ていたい!」
そして後には、東瀬節のこういうことへの熱中は常人の想像を超え始める。毎朝の登校だけで興奮が止まらない。
「東哉くん、おはよう!今日も楽しい一日だね!」 「東哉くんもついにお弁当食べるの?すごく美味しそうだね?」
そこで主人公も幽霊に興味を持ち、聞き返す。
「食べないの?」
「幽霊はご飯いらないし、食べられないんだよ……もちろん大丈夫、君が食べてるのを見てるだけで幸せなんだ!」
主人公は東瀬節の様子がもう少し理解できない。幽霊なのに子供みたいに何でも楽しそうで、決して飽きないようだ。会話を通じて、彼は幽霊についてもっと知ることになる。
幽霊は食事も睡眠も必要ないし、できない。東瀬節は毎晩あちこち徘徊してテレビを探す。 幽霊は人間に触れられず、念力で簡単な物しか動かせない。東瀬節の限界はペンを空中に浮かせる程度。 幽霊の服や姿は自由に変えられる。幽霊の体の形は死ぬ前と同じ(つまり交通事故で死んだら……)。 幽霊の多くは死の瞬間に執念や未練を抱えて生まれ、願いが叶うと消える。ただ東瀬節も大部分の幽霊と同じく、自分が死んだ時のことを覚えていない。
要するに、人間の幽霊への理解は限られている。その点で多くの人間は幽霊を信用できない。生徒会長の雛菊もそうだ。主人公と東瀬節があまりに親しいのを見て警告する。
「幽霊の考えは読めません。幽霊には超能力があって、もし本当に人間に不利なことをしようと思えば、我々は抵抗できません。そういうわけで、幽霊からは距離を置くべきだと思います……私の知り合いにも幽霊と親しくしていた人がいましたが、その後みんな不幸に遭いました。幽霊に悪意があるかどうかに関わらず、幽霊は死んだ人間の成れの果てです。敬して遠ざけるに越したことはありません」
同時に、人間の下野先生も人間の生徒だけを集めてホームルームを開き、こう提案した。
「みんな知ってる通り、人間は脳があるから行動を制御できますが、幽霊には脳がありません。彼らの行動制御は予測も操作もできません。人間には自制心があっても、幽霊には安定した自制心が絶対にない。このままでは、何か興奮する出来事に出くわすと暴走しかねません。ですから、慎重にすることを勧めます」
それでも主人公は普通に東瀬節たちと一緒にいる。そして好奇心生まれに聞く。なぜ毎日こんなに嬉しそうで、馬鹿みたいに楽しそうなのか、と。
「だって幸せだから!」
東瀬節の答えは驚くものだった。どこが幸せなのか理解できない。
「考えてみて、私は死んだ人間なの。本来ならもうこの世界に存在できないはずでしょ。なのに今、またこの世界を巡れる。空を見て、花を見て、街を行く人を見て……幽霊だし、いつ消えるか分からないけど、今があるだけで十分。これ以上望んじゃいけないからね」

人間が当たり前だと思っているものが、死んだ幽霊にはこんなにも貴重なのだ。
その後、シナリオが進むにつれ東瀬節と主人公はどんどん近づき、やがて恋人同士になる。そこで、それまで楽しそうだった東瀬節が悩み始める。
自分は幽霊で、主人公は人間。本当に抱きしめることも、主人公を感じることもできない。彼女の立場としては、それが悩みだった。
ある日、東瀬節は幽霊が生徒会長に憑依したと聞き、休んでいる会長を標的にして、こっそり憑依する。
体は生徒会長、魂は東瀬節という奴はすぐに主人公を見つけ、抱きしめる。久しぶりに肉体を取り戻した感覚に、東瀬節は欲張りになっていく。翌日も会長に憑依し、三日目、四日目も。挙げ句、会長の体を永遠に自分のものにしようと監禁まで考え始める。
ここで選択肢がある。主人公が東瀬節の会長憑依を先生に話すかどうか。話せば彼女は強制除霊され永遠に消え、主人公も彼女の存在をあまり覚えていなくなる。バッドエンドだ。
先生に話すことを選ぶと、東瀬節は主人公や先生、友人たちに説得され、正しい道に戻される。この一連の出来事で、桐野という名の幽霊が大きな役割を果たす。彼女は東瀬節の生前のことを知っているようだった。
そこで東瀬節は桐野の名を呟きながら、死ぬ前に経験したあれこれをゆっくり思い出していく。
東瀬節は病死だった。死ぬまでずっと病院にいた。余命を自分でも知らず、ただ隣にいた病友が一人また一人と死んでいくのを見ていた。最初は見舞い客もいたが、次第に減り、ついには誰も来なくなった。
死ぬ前の東瀬節は主人公のように幽霊が見えた。そこで桐野という幽霊を見つける。桐野はよく東瀬節と話し、間もなく二人は友達になった。そんな時、一人の少年が東瀬節に出会う。少年は自分の祖父が隣のベッドにいると言った。
その少年は東瀬節を姉さんと呼び、よく話しかけた。正確に言えば、この少年は東瀬節のもう一人の友達になった。ただし彼は人間だ。
そしてある日、東瀬節の病状が悪化した。面白いことに、この時見舞いに来る人が増えた。自分がもう長くないと分かり、性格は荒んでいく。少年はある日、東瀬節に自分は帰ると言いに来た。もう来ない、と。
「おじいちゃんが死んだから、僕帰らなきゃ。じゃあね!姉さん!」
東瀬節はなぜか少年に依存心を抱いていた。彼が去った後、見舞いに来る見知らぬ人々を見て、ますます荒れる。そして怒りを桐野にぶつけた。
「あっち行って!もう会いたくない、不幸な幽霊!」
傷ついた桐野も去っていった。その後、東瀬節は目も開けられなくなり、苦しみの中で死んだ。
死ぬ前に、東瀬節は後悔でいっぱいだった。もう一度会って桐野に謝りたい、もう一度あの少年に会いたい。
そうして執念を抱えて、東瀬節は幽霊になった。
学校生活を全うできなかった彼女は、形を変えて新しい命を得た。だから幸せでいっぱいで、いつも笑っている。
過去を聞いた主人公は、自分があの時の少年だと告げる。
東瀬節は泣いた。長年探していた二人が見つかった。一人は桐野、一人は主人公。
最後に東瀬節は桐野に謝り、桐野はいいよと言う。自分はもう何年も幽霊として存在し、永遠に去るつもりはない、ただ永遠に漂う幽霊でいたいだけだと。
東瀬節と主人公は、彼女がもといた病室、主人公と出会ったあの病床に戻り、最後の幽霊と人間の抱擁を交わし、微笑みを浮かべて消えた。
東瀬節を失った主人公は失意に沈むが、ほどなくして登校中の道で、空に天使を見る。東瀬節の姿をした天使が白い花を彼に投げ、微笑んだ。
これがキミへ贈る、ソラの花。

もちろんこれはゲームのメインルート。東瀬節のもう一つのエンドは、消えることを選ばず、永遠に幽霊として主人公と一緒にいるというもの。ただそれは主題を突いていないように思うので、TRUE ENDとは言えないだろう。
ここで特筆すべきは、もう一人の幽霊・雪花のエンドだ。雪花生前は学校で壮絶ないじめに遭い、自殺して幽霊になった。
幽霊になった彼女はとても臆病で、人を怖がる。主人公が気遣って何度か世話をすると、唯一の助けてくれる人である雪花は依存していく。やがて依存は愛着になり、愛着は病態的な恋に変わった。
雪花は主人公に近づくすべての人を蔑むようになり、主人公にぴったり張り付く。要するにヤンデレになった。
ついに主人公も耐えられなくなり、雪花はええいままよと主人公を自分の固有結界に引き入れる。結界の中で主人公は雪花がいじめられていた過去の光景を見る……もちろん、光景の中で彼女をいじめていた人物は現実の他の人々、奏菜や東瀬節などにすり替えられていた。主人公はますます雪花に同情する。

ここで選択肢がある。雪花を信じるか、信じないか。信じれば、主人公は永遠に雪花とこの幽霊の世界で生き続け、肉体は現実で永遠に眠ることになる。
信じないを選ぶと夢から目覚め、雪花は自分の過ちを悟り、周りに謝る。責められると思っていたのに、気遣いと許しを受ける。
雪花が望んだのは自分を気にかけてくれる人。そこで彼女は初めて、こんなに多くの人が自分を気にかけてくれていると気づく。
「もっと早くみんなに会えていたらよかったのに」雪花は泣き、願いを果たして空に消えた。
実を言うと、シナリオでいいと思ったのは雪花と東瀬節のルートだ。会長や奏菜、妹のルートはありきたりで、ざっと見ただけでじっくり進めていない。
『キミへ贈る、ソラの花』は前作『翠の海』と比べて大きく進歩している。作画の細かさは、色調が濃厚なバラ色なものの、やりすぎではない。BGMは間違いなくいい。バイオリンの伴奏とシンプルなピアノが濃厚な画面感を醸し出す。あの広い空の下では間違いなくゲーム音楽の傑作で、何度も聴く価値がある。
これを小品作と言う人もいる。いわゆる大作に比べてシナリオが短すぎるからだろう。でも俺は全然小品作だとは思わない。画面も音楽もシナリオも明らかな欠点はない。日常が少ないから小品作と言うのはおかしいだろ?
主題に寄せるため、ゲームの各エンドは花の花言葉で示される。『翠の海』のタロットカードに少し似ている。強いて欠点を挙げるなら、人物の性格の変化がやや唐突なこと。東瀬節と主人公の恋、雪花と主人公の恋など、どれも突然恋に落ちる。この短さを考えれば、もう少し練ればよかったかもしれない。

人間と幽霊の恋と交流を描くことで、生きることを愛そうと促すシナリオ。このゲームをプレイして、人生についてより確かな認識を持った。この世界は乱れていて汚いけれど、それでも愛する価値があると前に言った。俺がここに生きているからだ。
もしこの世界から逃げたいなら、死以外に選択肢はない。そして死後に本当に幽霊がいるなら、幽霊になった俺は、きっと最初の選択を無限に後悔するだけだろう。
何人かと話したら、もし本当に幽霊がいるなら、その超能力が羨ましいと言っていた。壁を抜けられ、自由に着替えられ、眠る必要もない、blah blah blah。
でもその前に、人間として俺たちは生きていて、この世界を抱きしめ楽しむ機会があり、幸せを追い求める機会がある。
これが俺たちにあり、幽霊にないものだ。
これが幽霊が羨むこと。
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