レビュー

『TrymenT ~今を変えたいと願うあなたへ~』レビュー

日本人について少しでも知っているやつなら分かるはずだが、日本人は物語を語るとき「やたらと感傷的」だ。 この「センチメンタル気取り」は骨の髄まで染みついていて、たぶんスケールが小さくて視野も狭く、くだらないことでいちいち感傷に浸るレベルってことだ。実はこの手の特色には日本語にもピッタリな言葉があって、「もののあわれ」がそれ。中国語では「物哀」と書く。簡単に言えば、何を見てもわけもなく物悲しくなるってことだ。 文芸系の小僧っ子にはこれでもいいかもしれないが、ずっとこの一本調子じゃ、さすがに手詰まりって感じがする。 「物哀」の表れは、よくある筋書きの中だけにとどまらない。むしろ日本人の語りの作法そのものに染みついている。すぐに感傷的になり、憂いを帯び、話が百回も曲折して、百回りも遠回りしたあげく、元の地点にすら戻らない。読んでいるこちらは焦れてくるし、しかもその「遠回り」の果てに待っているのがこれといった特徴もない結末だと、かえって腹が立ってくる。 そう、また私は逆ギレした。王さん、私のイタリア炮を持ってきてくれ、砲撃を開始する。

『その花が咲いたら、また僕は君に出逢う』レビュー

言ってしまえば、このゲームもかなり前からHHDに放り込んでホコリをかぶってたやつだ。俺はずっとこのゲームに対して矛盾した状態だった。 やりたいと思ったのは、設定と絵柄がなかなか良かったから やりたくないと思ったのは、やる前から展開が分かってしまうから このゲームはすでに倒産して身売りされたブランド・Campusのものだ。このCampusってのはつまりlightの子ブランド。小品ゲーで金を巻き上げるために作られたようなもので、大体はそこそこの絵師を捕まえて、単線か二線の小品を出して、低予算でちまちま売ってlight本体の体力回復を狙う、という魂胆だった。 ていうか、Campusがこの手のゲームで回収しようとしてる意図はあまりにも露骨だった。信じられないなら見てみろ、どのゲームも「マルチプラットフォーム」で、iOSもAndroidも出せるものは全部出してた。しかも非18禁の無料版まであって、18禁の内容だけ課金だった。完全に「ゲームは儲けじゃねえ、友達付き合いだ」ってスタンスで、自分のゲームの質は硬いと信じてるから、プレイヤーかエロ目的のオタクが実物を買ってくれるはず、そしたら逆転ホームランで本社を救い、旧都を還して見せる……って算段だ。 しかし現実はそうならなかった。lightは死に、Campusも売られた。

『カルマルカサークル』レビュー

むかしむかし、七人の人間が重い罪を犯し、天罰を受けた。 彼らは神と対話できるという島へやって来て、信心深く天に願った。赦しを請い、救済を求めた。 その心があまりに敬虔だったため、天の神は彼らに心を動かされ、神力でもって七人の罪を赦し、彼らが犯した罪をも取り消した。彼らのせいで死んだ者たちも蘇った。 そして過去の罪の歴史が変わったことで、七人は天に願ったことすら忘れ、幸せに暮らし続けた。 だが七人の所業は傍らの者に覗かれ、天に祈る儀式も覗き見た者によって書き留められた。 この儀式は後に「刻の調べ」と呼ばれるようになり、七人揃えば儀式を執り行えて、天の神の加護を得て、望むことなら何でも叶う、歴史すら変えられるとされた。 やがてこの儀式は悪人に利用され、取り返しのつかない結果を招き、悲劇を生んだ。 島の神社の巫女たちは、そんな悲劇を二度と起こさぬよう、儀式に必要な品を隠し、この「七人の伝説」を可能な限り薄れさせ、いわゆる儀式をこの世から消そうとした。 それから何年も経ち、同じく「七つの罪」を背負う者たちがここへやって来た。 彼らは偶然から「カルマルカ」という謎の儀式を起動するよう求められた。起動すれば自らの罪は消えるという。 だが儀式が起動した瞬間、彼らは自分のために罪を消すことも歴史を変えることも選ばず、この儀式を永遠に止めてほしいと願った。その願いも神に受け入れられた。過去がどうあれ未来がどうあれ、神の力で盲目的に変えるべきではない、大事なことは自分の手で握るべきだと気づいたからだ。 それきり「カルマルカ」も「刻の調べ」もなくなり、神に最も近いこの島も平穏を取り戻した。 カルマルカ*サークルの物語は、こうして終わった。
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『ゆきいろゆきはなゆきのあと』レビュー

ずいぶん長いこと引っ張っていた「9-nine-」シリーズもついに第4巻、最後の攻略ヒロインである結城希亜が登場し、ゲーム設定の様々な秘密がさらに明かされていく。タイトルは『ゆきいろゆきはなゆきのあと』、中国語だと『雪色雪華雪之跡』になる。

『神様のような君へ』レビュー

かんとくが原画を担当したゲームをプレイしたのは、確か何年も前のことだったはず。その時はそのゲームを散々disった記憶がある。実際、今になって振り返ってみても…… やっぱりdisる価値はある。 なぜかというと、かんとくはいつもCUBEと組んでいて、CUBEが出すゲームのヒロインは、なぜかみんなEasy Girlになってしまうからだ。大体、主人公に告白されて間もなく、自分から脚を開くような感じ。分かってる、分かってるよ、これはエロゲーだってことは。でもエロゲーだからって、そんなに雑にやられちゃ困るんだよ。みんなAVだってもう最初から脚を開くようなのは見たくないだろ? 多少はストーリー性のあるものを求めるからこそ、味が出るってもんだ。 そんなこんなで何年もの時を経て、かんとく原画の新作が出た。しかもタイトルからして格が高い。 神様のような君へ 実はどう訳すのか俺にもよく分からない。「君に対して神様のように」という意味にも取れるし、直訳すれば「神様のような君へ」にもなる。ちなみに英語のサブタイトルは「To you like goddess」だから、たぶん前者の意味なんだろう。 だがそんなことはどうでもいい。大事なのは今回のシナリオライター陣で、便所の紙……おっと、ライトノベル専門の連中を三人も呼んできたらしい。どうやらシナリオに本気で金をかけるつもりらしい。 で、実際どうなのか。

『マルコと銀河竜』レビュー

『ノラと皇女と野良猫ハート』シリーズで名を馳せた脚本家・はとがしばらく沈黙した後、帰ってきた。しかも今度はSteamに現れた。『マルコと銀河竜』というゲームが登場したが、いかにも「金に困ってない」風で、おまけに「簡体字中国語に初回対応」なんてのを標準装備している。どう見ても金を搾り取る気満々だ。 実を言うと、この時点で俺のはとに対する印象はもう最悪だった。というのも、『ノラと王女と野良猫ハート2』で過度な「センチメンタル」と「やりたい放題」が始まっていたからだ。あのメインストーリーが何の話なのか、マジでわからなかったし、笑いのツボもどんどん理解不能になっていった。俺个人的には、彼は一部の「著名脚本家」と同じように「精神病化」したんだろうと思っている。オブラートに包めば「芸術的すぎて理解不能」、はっきり言えば「まともに話ができない」ってことだ。 このゲームには多少不満があったけど、馬尾がどうしても送ってくれないので、自分で手に入れてやるしかなかった。 理由は簡単だ: 「やらなきゃdisれないだろ?」 でも、この「金儲けゲーム」をやってみて、どうやら俺ははとを舐めていたらしい。確かに彼はちょっと「精神病」かもしれんが、「小さな金で大きな仕事をする」ことにかけては天才的な才能を持っているのを忘れていた。それは彼が主導した「超低予算ギャルゲー改アニメ」で如実に示されている。 要するに、『マルコと銀河竜』もそういう「小さな金で大きな仕事」なゲームなのだ。

『ハーレムキングダム』レビュー

「お見合いゲームメーカー」SMEEが「ハーレムゲーム」を作ると聞いた時はマジで驚いた。SMEEはずっと「純愛」を、しかも「現実寄りの恋愛」を推してきたメーカーで、俺もその路線を何度も褒めてきた。なのに褒めたそばからこれである。しかも面白いことに、親会社のHOOKSOFTと「キャラが入れ替わった」ような状態になっている。 つまり、設定をめちゃくちゃこねくり回すHOOKSOFTが純愛をやり始め 純愛一筋だったSMEEが設定をこねくり回し始めた もちろんSMEEもHOOKSOFTも、これまで色々な設定やら「段階攻略」だの「友達の友達」だの「社畜のお見合い」だの「攻略する側とされる側」だの、見た目は盛りだくさんな要素を散々やってきた。だがそういうのは全部どうでもよくて、残る印象はいつも男主と女主の言い合いだけだ。 だからSMEEと、今や「SMEE化したHOOKSOFT」のゲームの核はもう「カップルの漫才」になったんだと思う。どんな話を語るかなんて誰も気にしてないし、ぶっ飛んだ展開なんて誰も期待してないし、「回想シーン」があるなんて誰も思ってない。核はいつだって「小競り合い」で、みんなが観たいのもその「小競り合い」なんだよ……いや、その「小競り合い」を舐めちゃいけない。上手くできるメーカーはそう多くない。これが俺がSMEEを褒め続ける理由の一つでもある。 もし俺がこのSMEEの社長だったら、男主と女主の名前を固定するね。毎回「モテない男主が突然モテ期に突入」みたいなテンプレをコピペするのも疲れるし、だったら一つの名前で通せばいい。たとえば「呉老二」とか。毎回ゲームに男主の名前を入れて、『呉老二の田舎大冒険』『呉老二のお見合い珍道中』『呉老二と王お嬢様の宇宙大冒険』『呉老二と異世界の王』とか……この路線で行けば、売上どころかSMEEが一躍有名になって劇場版まで作られて、国民的IPになる可能性だってある。 でもなんかこのパターンどこかで聞いたことある気がする……あ、そうだ。「異世界」と言えば、今回SMEEは確かに「異世界転生」の設定をぶち込んできた。タイトルも露骨そのもの、『ハーレムキングダム』。男主が突然異世界に飛ばされてそこの国王になり、しかもハーレムがついてくる話だ。 今になっても思う。この設定、SMEEすぎないだろ!と。

『推しのラブより恋のラブ』レビュー

一週間前、有名な Linux カーネルの専門開発者である馬尾君がこんなゲームを送ってくれた。 『推しのラブより恋のラブ』 本当はあの焼き直しの金稼ぎ作品 Tryment が欲しかったんだけど、馬尾君はこれを送ってきて、俺に百合の門をくぐってほしいと願っているらしい。 ゲームは長くない。遊び終わって、俺はしばらく考え込んでしまった。 このゲームのおかげで、いろんな昔のことを思い出したから…… もう忘れかけていたあれこれを……

『泡沫冬景』レビュー

1980年代、日本は異常な繁栄を誇る「バブル経済」の真っただ中にあった。 当時の日本はどれくらい景気が良かったのか。だいたいみんなが外国為替をやって、円高をただ待っていれば手持ちの金がしばらくすると勝手に価値を増す。バカでさえなければ、金を突っ込む勇気さえあれば、適当に金融の真似事をやるだけで楽に大金を手にできた。 当時の日本人はもう「金持ち」の代名詞みたいなもので、国内での消費に飽き足らず、アメリカへと乗り込み、湯水のように金を使う海外遠征の日々を始めていた。日本人のアメリカでの「爆買い」ぶりに白人はあっけに取られた。気に入ったものがあれば迷わず買いまくり、ゴッホの名画まで買っていき、タイムズスクエアの各種看板の所有権まで買い取ってしまった。海外での狂乱だけでなく、日本国内の人々も最後の宴を始めていた。消費主義、享楽主義が横行し、若者たちは最新のポケベルや携帯電話を身につけ、資本家やヤクザは狂ったように外国為替をやり、土地を転がした。実体経済など誰も見ちゃいない。膨大な金が不動産市場に流れ込み、東京の地価はうなぎ上り。東京で家を一軒買う金があれば、アメリカのプロ野球球団を何球団も買えてしまうほどだった…… そんな狂った日本の環境へ、大量の貧しい人々がネオンきらめく東京へと押し寄せ、一攫千金の夢を追い始めた。 その中には日本の田舎から来た者もいれば、海外から、はては中国から来た者もいた。 『泡沫冬景』というゲームは、まさにそういう物語を描いている。
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2019年に俺が一番好きだったギャルゲー

2019年は俺にとって色々あった。一番デカい出来事はSurface Pro 4を嫁にあげちゃって、手元にGalをプレイできるデバイスがなくなったことだ。しかも下半期はマジで忙しくて、積んでるゲームも多いし、クリアしたけどスクショが見つからない奴もある。でも最近の頑張りで2019年のゲーム感想を少しずつ書き終えて、昨日最後の一本を書き上げたことで、ようやくこの遅れに遅れた年度ゲーム総括を書けるわけだ。 じゃあ前置きはいいから、俺が「良い」と思った作品をオススメしていくぜ。