レビュー
むちゃくちゃヤバい奴がかつて「旧校舎」と「新校舎」という概念を語ったことがある。
もちろん、そいつは人間の言葉を話さないから、要は Old School と New School のことだ。はっきり言えば「新タイプ」と「レトロタイプ」。このパターンは他のゲームにも音楽ジャンルにもあるが、エロゲーの世界にも当然ある。
最初のエロゲーが何だったか覚えてるか?
主人公が美人に出会って、意気投合したら即 fuck、終わったらおしまい。カーマック大神がFPSについて言ったのと同じだ。「ゲームはAVで、ストーリーは余計だ」。裏を返せば、ゲームは気持ちよくなるためのもので、クソみたいなストーリーや創作なんて何の意味がある?気持ちよくないならゲームなんてやる意味あるのか?
普通のゲームでさえこんなに明確なのに、ましてやエロゲーにおいておや。
エロゲーは何のためにある?AVとして見るためだろうが!
だからダラダラした起承転結なんてクソ食らえで、さっさと脱いで始めりゃいいんだよ!
個人的にClockUpのゲームはかなり好きだ。いつも「リアル」だと感じるからだ。
そう、リアルなんだよ。本当の意味での「18禁」であって、「エロシーンを入れたから18禁になりました」みたいなゲームとは違う。
ぶっちゃけ多くの18禁ゲームは、取ってつけたようなHCGを削除すれば対象年齢13歳くらいがちょうどいい。だがClockUpは逆で、HCGを全部消しても18歳未満には勧められない。結局ゲームそのものの内容と、そこで表現される感情が未成年には受け止めきれないんだよ。グロテスクな流血と暴力、そして衝撃的な画面が突きつけてくる人生や人間性への問い。それがウリだ。
ClockUpのゲームはいつもヤバいと褒めてるけど、全部が全部そうじゃない。やっぱり脚本次第で、Lightの主筆が参加した『眠れぬ羊と孤独な狼』『Maggot baits』みたいなのもあれば、浅生詠が手がけた小品ながら深い作品群もある。『夏ノ鎖』や『euphoria』なんかがそうだ。で、今回はその浅生詠が再び筆を執り、ClockUPと組んで送り出した新作が『Erewhon』だ。
実を言うと、今の高校生の幸せな生活とは違って。俺は高校に入るまで、小遣いなんて一切もらってなかった。
そう、「お小遣いが少ない」んじゃなくて「そもそもゼロ」だったんだよ。小学生と中学生の頃をどんなふうに過ごしたか、想像してみてくれ。
両親はといえば、完全にお金をくれないわけでもなくて、たまに1元か5元をくれるのが精一杯の譲歩だった。外に出て焼餅や油条入り卵焼きを買うのが、すでにかなり贅沢な消費で、自分の欲しいものを買うためのお金なんて、自分にはまったくなかった。
自分はよく、友達が自分の財布を持っていて、お小遣いで好きなものを買えるのが羨ましかった。でも俺は何を買うにしても、いちいち親の許可を通さないといけない。もちろん、欲しいのはミニ四駆とかそういう類のものだけど、親がそう簡単に買ってくれるわけがない。当時、国内の海賊版の「アオシマ双星」でも人民元で10塊はした。ポケットに1~2塊の硬貨しかない俺には、まったく手の届かない話だった。
「いつか十円持てたらいいのになあ」
当時の俺の願望はそんな感じで、シンプルで、ストレートで、純粋だった。
バタフライシーカーというゲームが今年の初めに発売されて、じゃあ下半期には、バタフライシーカーのファンディスクを名乗る『バタフライシーカー ~カオス・ナイトメア~』が出たわけだ。
普通、本編がそこそこ売れたらFDが出るし、本編がイマイチでもFDが出たりする。エロゲー制作はそこまでコストが高いわけじゃないから、声優がちょっと大変なだけで、あとはコピペみたいなもんだ。金になるなら出さない手はない。バタフライシーカーのブランドの他の作品を見る限り……(そう、あの景の海のアペイリアのことだ)、FDってのは大体ただの小芝居で、本筋とはあんまり関係なくて、質も本編以下。本編で攻略できなかったキャラの話を入れてくるか、ただの中身のない話か……
要するに、金稼ぎの作品で、売ってるのは思い入れだけ。期待する方がおかしい。
ところが、この『バタフライシーカー ~カオス・ナイトメア~』はマジで驚かせてくれた。
誰にでも矛盾したところはある……
たとえば辛いものが好きなのに、辛いものを食べたあとの爆裂する尻穴が嫌いな人。 たとえば妖怪が怖いのに、止められずに怪談を見てしまう人。 たとえばゲームが好きなのに、毎日動画のクリア済みプレイを見て、他人に合わせて「やべえwww」と叫ぶ人。 たとえばエロゲーが好きなのに、5chやフォーラムにだけ潜んで他人の議論を眺め、分かったふりをして知ったかぶる人。
たとえば俺だ。俺はサスペンスや謎解きの話が好きなのに、探偵小説は大嫌いだ……
バタフライシーカー、今年の3月のゲームで、つい最近ようやく全ルートクリアした。
最初にこのゲームを触りたくないと思った理由は、ひとえに脚本の海原望が個人的に好みじゃなかったからだ。
海原望はたぶん Liar-soft の人で、彼が関わった作品をいくつか遊んだことがある。悪いとは言わないが、いつも大きな違和感を覚える。その違和感は原画や設定そのものから来るものではなく、たぶん脚本や会話の描写のところから来ている。だから今回バタフライシーカー の脚本がまたこいつだと知って、正直触る気が失せた。
とはいえ遊ぶゲームが本当にない。萌えゲーは好みじゃないし、他の人が神ゲーと持ち上げるようなゲームも好みじゃない。自分が好きなのはどちらかというと昔ながらの「ミステリー」「謎解き」「物語」で、あれこれ探した結果、上半期の残りはバタフライシーカー くらいしかなかった。
結局このゲームをやったわけだが、他にやりたいものもなかったのでかなり真面目にプレイして、全通した後はなかなか良いじゃないかという気分になった。
海原望のゲームを最後まで遊べたのはこれが初めてかもしれない。海原望は星空めておの別名だと言う人もいるけど……星空めておはよく知らないのでまあいいや、ははは。
日系作品はよく「四葉のクローバー」をネタにする。たいていは、主人公とヒロインが草むらの中から「幸運」の象徴である四つ葉のクローバーを見つける、という話だ。
この手のクリシェは一度やれば十分なのに、残念ながらどこでも使い倒され、もはや氾濫している。2003年にはすでに Clover Hearts みたいなゲーム があったし、その後も今に至るまで四つ葉のクローバーにまつわる伝説は後を絶たない。思うんだが、日本ってそこら中に四つ葉のクローバーが生えてるんじゃないか? 四つ葉は希少だからこそ幸運の象徴なのに、なんで男女はいつもこんなレア物をサクッと見つけられるんだ?
昔、このネタで記事を書いてツッコんだこともある。四つ葉が幸運なら、平凡な三つ葉は何なんだ? 四つ葉に比べたら三つ葉は不幸ってことか?
もちろん三つ葉が不幸なわけじゃない。ただ、三つ葉と四つ葉で人を例えるなら、四つ葉が手にする幸福は確かに誰もが持てるものじゃない。俺の中では「三つ葉は平凡と凡庸を表す」という理解だ。
昨年 More が子ブランド DOLCE を立ち上げ、第一弾『カサブランカの蕾』を発売した。俺の評価はかなり高かった。欲望と真実の愛について「リアル派」の描写で、ラストは旧曲の新歌と相まってマジで光ってた。
今年も DOLCE が新作を出した。More の気まぐれブランド乱立の傾向からして、このブランドは同じ路線を続けるんだろう。新作のタイトルは『シャムロックの花言葉』。そして予想通り、前作同様にリアルでややダークな路線だ。少なくとも俺が偶然見たおすすめ CG は、でかい 3P 画像だったしな……
このゲームに触れるまで、「Shamrock」が「三つ葉」を指す専門用語だなんて知らなかった。ずっと Clover だけだと思ってた。三つ葉の花言葉も調べた。見て、なんで四つ葉が幸運の象徴なのか納得したよ。
三つ葉の花言葉: 一片は祈り、 一片は希望、 一片は愛、 最後の一片は幸福。 四つ葉のクローバーを見つけられたら、あなたは幸福を見つける。
つまり、四枚目の葉が見つからなければ……すべてを持っていても、幸福だけはない。
そう、このゲームは四人の少女がすべてを持ちながら、幸福だけを持たない物語だ。
ずいぶん前になるが、タイトルがツッコミどころ満載で話題になったゲームがある。
『お兄ちゃん 右手の使用を禁止します』
純粋な妹萌えゲーで、主人公には名前があるのに存在感が異常に薄い。妹たちが何人も主人公の周りを囲んで回る、OPがやたらと耳に残る作品だ。
要はキャッチーなネタがあったから成功したわけだ。
『見上げてごらん、夜空の星を』というゲームが最初に発売されたのが何年だったか、もう忘れてしまった。それでもこのゲームが俺に与えた印象はかなり強い。
確か冬、それも真冬の12月頃だった。布団にくるまって、序章からOPまで一気にプレイした。主人公が望遠鏡を作り上げ、みんなで初めての星空観測に臨む。あの胸が高鳴るOPを見て、内心かなりグッときたのを覚えている。
一番印象的だったのはゲームの音楽演出だ。大半が夜のシーンで、静かなBGMが多く、さまざまなカット割りが映画のようだった。メインストーリーも非常に優れていて、「天文観測」がテーマでありながら、実態は三角関係。本当のヒロインは異色瞳を持つ天ノ川沙夜だろう。物語の進行には回想と現実が織り交ぜられ、詳細なタイムラインまで用意されていて、本当に丁寧に作られている。
だが……『見上げてごらん、夜空の星を』は、本編がそこそこ売れたところでファンディスクが出た途端、なんだか物足りない感じになった。
まずタイムラインが消え、次に映画的なBGMと演出も消え……最後には天文観測すらほぼ消えた。
FDとは言うものの、本編にあった長所を一つも引き継いでおらず、ただのHシーン目当ての内容で、がっかりだ。
がっかりはしたが、FDだしあまり多くは求めまい。しかし、まさか……『見上げてごらん、夜空の星を』が、こんなに時間が経ってからまたFDを出すとは思わなかった。
正式名称は『見上げてごらん、夜空の星を Interstellar Focus』。後ろのInterstellar Focusは「星空フォーカス」の意味だが、Bobの指摘で気づいた。このInterstellar Focusという単語は、ただ「IF」を作るためだけに並べられたものだと。
IFとはつまり、このゲームが「もう一つのifの物語」を描いているということだ。
そのifとは何か……
主人公はひかりと沙夜の三角関係に直面し、こう言い放つ……
知っての通り、今のゲーム会社ってのは基本的に節操がない……
その節操のなさが一番露骨に出るのが、ゲームを作るときに「完成するまで待つ」なんてことをせず、それなりの内容ができた時点でさっさと売り始めるという点だ。残りの内容はというと、まず本体を売って、あとは後から作る。できあがったら追加する。しかもそれを「Downloadable Content」、つまり DLC と美しい名前で呼ぶ。DLC の中には別途金を払わないといけないものもある。つまりこういうことだ。半製品のゲームをまず金を出して買わされ、さらにその後追加された内容を買うために金を出し、何度も金を払ってようやく内容が完全になり、ゲームが円満になる……
よく考えたらクソみたいな話じゃないか。幸いなことに、このバカげた悪癖は主に欧米メーカーに見られるもので、日本メーカーはまだ少しは節操がある……たぶん。
「たぶん」と言ったのには理由がある。今や日本のメーカーも悪くなっちまったからだ。ゲームを半分作ってから拡張パックを出す、ってのが日本のメーカーの新常態になってしまった。エンジンとフレームさえできてれば、マップエディタを開いてステージをいくつか追加するだけの話だろ……
ましてやマップエディタすら不要な、ゲームの最底辺に位置する「ギャルゲー」においてはなおさらだ!
不動産会社 HOOKSOFT のサブブランドである SMEE は、まさにそんな節操のない存在だ。Minifandisk と称して、やたら短いファンディスクを出したがる。内容の長さは DLC といっていいレベルだ。ああ、無恥なのは SMEE だけじゃない。実は HOOKSOFT にも節操がない。HOOKSOFT のゲームにも Minifandisk がある。HOOKSOFT のもう一つのサブブランド Asa Project は比較的節操があって Minifandisk を出さない、なんて言ったら大間違いだ。あっちは新キャラを追加して PSV 版を売る。より高く売って、より多く稼ぐ……節操なんてどこかに吹き飛んでる。
日本の不動産業って儲からないのか? だから HOOKSOFT はこんな無恥な手口で金を巻き上げるのか?
さて、今回 SMEE は昨年大好評だったゲーム「Making*Lovers」の DLC、いわゆる Mini Fandisk Volume 1 を出した。
ゲームの正式名称はこうだ:
「Making*Lovers 激イチャアフターストーリー Volume.01 亜子、可憐、咲」
うわ、この名前マジでバカすぎる。あとは VOL が全部出揃ったら Deluxe Package Complete Edition とかいうサフィックスを付けるだけじゃないか。
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