レビュー
誰にでも夢はある。ただその夢は年齢や生活状況によって少しずつ変わっていくものだ。
でも、子供の頃に最初に浮かんだ夢といえば、先生が「大きくなったら何になりたい?」なんて質問をしてくるあのクソみたいなやり取りを除けば、本当のところは学校に関係したことだったはずだ。
俺の友達の蟹ボスの夢は、学校の向かいにネットカフェを開くことだった。
「学校の向かいにネットカフェ開いて、最高のマシン入れて、最高の会員制度作って、最高の学生を集めて、あのクソ先生どもを悔しがらせてやるんだよ」
当時の蟹ボスはネットカフェでゲームするのが大好きで、まあ……俺もよく連れて行かれた。
もう一人の友達、套さんの夢は、この世の全ての女を犯し倒すことだった。
どいてどいて、また語るぞ!今回はパート分けだ!
Corona Blossomが完結した直後、第2巻も発表された。別に驚くことでもない。このシリーズは最初から全3巻と告知されていたからだ。
面白いのは、Corona Blossomが日本で発売されたのはSteam版の1ヶ月後だってこと。つまりSteamのほうが日本より1ヶ月早く遊べるわけで、この第2巻も含めて、日本では11月発売予定のギャルゲーがSteamに先に登場した。なかなか太っ腹である。
Corona Blossomの第1巻は、批評空間での日本人の評価はあまり高くなかった。「話が広がらない」「日常がつまらない」「分割販売は節操がない」などなど。まあ分かる。今の日本のエロゲーで、深い恨みを抱えた巫女とか、復国アイドルとか、ヤれる妖刀とか、ヤれる電車のモジュールとか出さないと、誰が相手にするかって話だよな? ありきたりな展開にはもう飽き飽きだ。空から金属の石が落ちてきてDuangっと猫耳の萌え妹子になるとか、ラノベが10年前に使い古したネタだ好吗? 全部テンプレだよ!
今年の日本のエロゲー開発各社が一体何を間違えたのか知らないけど、今年の新作の大半は……以前と比べて明らかに劣化してるようにしか思えない。
年明けの はにかみclover に始まり、途中のいろんな奇作、たとえば サクラノモリ†ドリーマーズ みたいな上智下愚なやつ、キミトユメミツ みたいなわけのわからない不快感を覚えるやつ。好評だった まいてつ すら、あの私物化した政治ショーがレベルを下げてると思うし、Saga Planets の新作 は最終結末は創意工夫があったけど共通ルートの退屈さは隠せないし、八月社 はもう言うのも面倒くさい。考えれば考えるほどダメで、しばらくするとあのダブルスタンダードな日本人どもがこのゲームを80点未満に落とす勇気があるのか見てみたくなる。
概していえば、「物語主導」のゲームが軒並み明らかに退歩していて、最初から最後まで大麻でも吸ったかのようにスカっとさせてくれる作品が一つもない。おかげで過去の作品で自分を麻痺させる羽目になって、新作のストーリー系をやればやるほどクソみたいな気分になる。
正直な話、俺はもうほとんどただの萌え豚になりかけている。
萌え豚って何かっていうと、もう物語とか筋書きとかどうでもよくなってて、女の子が可愛くて声が良ければ、俺はもうこのゲームはアリだと思う。他の奴がダメって言っても、俺は無理やり理由をこじつけてでもアリだって言う、そういう感じの……
まあそれも仕方ないよな。何せこの世界は顔で決まるんだから。
昔からギャルゲーが、お姫様みたいなアホな硬派ヅラの連中から疑いの目で見られ、見下されてきた最大の理由はこれだ。こいつはゲームとは言えない。
俺もゲームとは思ってない。せいぜい音声付きの読み物だ。何度も言ってるが、海外の連中が日本のエロゲームについて語るときに使う言葉は全部 Visual Novels だ。日本のオタクが真面目な顔で「今月もエロゲーやってる」と言ってる横で、海外の連中は What are you reading? と言ってる。もちろんギャルゲーってやつは本質的にどんどん小説化していて、作画やストーリー、音楽、エロ要素、はては初回特典だけで金を取る商業製品になってしまった。開発コストもそんなに高くないから、小さな同人サークルがギャルゲー会社から始めることも多い。どことなく中国の若者の起業って感じがする。
だが、昔はそんなもんじゃなかった。
去年、Lump of Sugarこと角糖社がゲームを二本出した……
どっちもどっちも酷くて、一本目の恋想リレーションはシステムが意味不明だしシナリオもこれといった見どころがない。二本目のコドモノアソビはシナリオがほんのちょっとマシになった気がするけど、絵がひどすぎる!
面白いことに、以前の糖塊社のゲームを見てみると、2014年、もっと前は年に二作品出していた。設定は相変わらず頭が悪い感じだけど、まだ絵はマシだった。あの運命線上のφもやったことがあって、システム自体はなかなかイカしてたんだけど、推理を売りにしたゲームなのに話がとにかく笑える……
だからずっと思ってたんだよ、このLump of Sugar、つまり糖塊社のゲームは量産っぽいなって。適当に企画を立てて会議して、脚本を集めて(脚本家もほぼ固定じゃない)、絵師は萌木原ふみたけで固定、音楽はまあまあ、唯一戦力になるのはこの会社のプログラマーだろ。色んな奇妙なゲーム方式を考え出すんだよ、キーワードを掴むやつ、フルーツを切るやつ、時間制限で隠し第三の選択肢があるやつ。前にどこかの日本人が書いたエロゲー内幕記事によると、Lump of Sugarは萌木原で初回限定版の売上を一発稼いだらあとは知らん顔、って感じらしい。話は別に面白くないし、CVと絵とプログラムで食ってるようなもん。だから正直、糖塊社のゲームは真面目にやらない(クソ会社のゲームをやるときと同じで)、適当に流して終わり……
でも今年の糖塊社はちょっと違う気がする。今年は会社設立十周年だから、毎回发布会を開いて新作を発表するのもバカバカしいと思ったのか、腰を据えて記念になるゲームを一つ作ろうとしたのか、十年前に一番デカい賭けをした『タユタマ -kiss on my deity-』の設定を引っ張ってきて続編を作った。『タユタマ』って結構覚えてる人いるだろ、アニメがあるからな。アニメは『遊魂』ってタイトルで、当時糖塊社はこのゲームのアニメとゆずソフトの天神乱漫をコラボさせてた。飛んでるだろ、投入してるものが本当に多い。で、今回その古い設定で続編を作った。どことなくAlcotがClover Day’sを作ったときの感じに似てる。歴史を振り返り未来を展望し、継往開来、着実に前進、と。
続編のタイトルは『タユタマ2 -you’re the only one-』。設定は一作目を継承していて、一作目は人間と太転依の対立がテーマだった。二作目は一作目の主人公たちが築いた「人間」と「太転依」が平和に共存する小さな町が舞台になっている。
主人公の草壁空は、一作目のヒロイン泉戸ましろが養子にした太転依の泉戸こはくに出会い、助けてやる。するとこの娘、男主はいい人だと思ったのか、家に連れて行って母親の前で「この人と結婚する」と言い出す。
『月影のシミュラクル』は無料ゲームで、発表されたときはけっこう驚いた。日本人が突然あるゲームを無料にすると言ったら、99%はカードゲームにするんだろうなと思ったら、カードゲームじゃなくて、ギャルゲー風の内容だった。
で、思ったよ。お前、ギャルゲーにするってことは、選択肢ごとに課金させるんじゃないのか?
そしたらこの野郎、デカデカと「完全無料(ゲーム内課金無し)」って書いてやがる。
だから余計に疑問なんだよ。日本のエロゲー制作はもうやってけないって言われてるのに、なんで慈善事業なんか始めたんだ?それに、安売りで市場をかき回すなら、魅族みたいに発表会を開くもんじゃないのか?
まあいい、とりあえずダウンロードして見てみるか……タダだし。それにしても、さすがはバカな日本のショボいサーバーだよ。公式サイトはすぐ落ちるわ、Dropboxのリンクはすぐに帯域超過になるわで、残ったのはGoogle Driveだけだった。さすがはグーグル先生だな。
日本人、自分たちでVPSの一台も借りるのってそんなに難しいのかよ??
昔からよく、日本人は島国根性だなんて言われるよな。
島国根性って何かっていうと、実はこれ二つの意味があって、一つはスタンダードな島国根性で、外の世界の文化を受け入れようとしない的な。もう一つはネットでよく言われる日本に対するアレで、ちょっと逆だけど根源は同じ。つまり、自分とこは土地も資源も狭いし歴史も短い、片やアメリカに虐げられ、片や中国がじわじわ発展してきて国内もなんだか落ち着かない。内憂外患の警戒状態で、常に自分は暗黒の谷底にいて支配の淵に立たされてる、苦しみに備えなきゃいけないと思い込んでる感じ。
実際この危機感はすごく正しいんだよ。昔の人が言っただろ、「憂患に生まれ、安楽に死す」って。だから日本人はみんな努力するわけで、少なくともその点では、中国史で何度も「天朝上国の夢を見て叩き起こされた」のよりよっぽどマシだと俺は思う。
ただ「島国根性」自体は褒め言葉じゃない。歪んでて、ちょっと強迫的で妄想がちな現れだ。だからこういうメンタリティは日本の文化や作品のあちこちに顔を出す。アニメでもたくさん見ただろ? 日本が殖民されたり、革命が起きたり、家畜みたいに囲まれたり、世界が日本中心に滅びたり、などなど……(適当に言っただけだぞ。XX王冠とも、叛逆の三鹿とも、禁忌の巨人とも言ってない)
で、類推するに、こういうメンタリティを反映したギャルゲーだって当然ある。例えば今回やった……『果つることなき未来ヨリ』。
俺は「ガンシュー」系のゲームはあんまり好きじゃない。すぐ飽きるのが分かるからだ。ぶっ放し系はいつも同じパターンばかりで、CSが流行った頃も長くは遊ばなかった。
楽しく遊べたのは、やっぱり中国語のRPGだな。最初に触れたのはみんなと同じく『仙剣』シリーズ。RPGをやる前はストーリーなんて全然読んでなかった。ぶっ放し系のゲームも当時は翻訳なんてなかったけど、GPSみたいなナビがあって、マップを開いてルート通りに進んで、見かけた奴を片っ端から殺せばよかった。でもRPGはストーリーを見なきゃダメだ。物語だからな。攻略だって、俺みたいに遊んだゲームの話をいちいち復唱するような暇人はいない。
だから『仙剣』シリーズから、最初は余杭県で誰かに会うたびにエンターキー連打で会話を飛ばしていたのが、蘇州城に着く頃には真面目に話を読むようになって、だんだん物語に溶け込んでいった。「ゲームの筋書き」の魅力を味わったわけだ。もちろん当時の「ガンシュー」に筋書きがなかったわけじゃない。ただ当時のゲームは筋書きの表現が少なかったんだよ。Delta Force 3 Land Warriorに可愛いMakoちゃんが出てて、危うく死にかけるなんて、どうやって知ればいいんだ……ゲーム本編では何も語られないんだから。
つまり何が言いたいかというと、中国語RPGの流れに乗って、俺は「ゲームを物語として読む」遊び方を始めた。同時にRPGと「ガンシュー」をだんだん分けて考えるようになった。後者は「爽快感」を追求し、前者は「読む」ことを追求する。
国産RPGにはかつて輝かしい時代があった。今見ても日本産ギャルゲーを軽く凌駕する作品は少なくない。中華の歴史は日本より長いし、誇れるものも多い。大陸の文化的雰囲気がどんどん悪くなっても、華語圏には台湾がある。『軒轅剣』シリーズは中国語RPGの中でも独特な存在だ。いち早く「歴史」と「神話」を融合させ、特に外伝では「感情」も織り交ぜてくる。
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