レビュー
俺はホラー・サスペンス系の作品がかなり好きだ。むしろそういう作品があったからこそ読書にハマったと言ってもいい。なぜかというと、ホラー・サスペンス系は謎が常に引っ張ってくれて、先を読みたいという好奇心と興味を掻き立ててくれるからだ。展開もストーリーの行方も分からない他の作品と比べればはるかにマシで、中学生の頃、近代小説をいくつか読んだだけで、その幻想的で本筋の分からない代物に頭をぶん殴られて呆然としていた俺を完全に救ってくれた。
人を愛するとはどういうことか。
人それぞれの考え方があるが、最初から最後まで「愛情」という言葉と「性衝動」は切っても切れない関係にある。ストレートでもゲイでも、勃たない相手を愛せるかというと、よほどのことがない限り無理だ。
歴史上、多くの哲学者が感情の問題を考え、多かれ少なかれ愛情を讃えたり見下したりしてきた。大半は愛情に対して自由で開かれた態度を取っていたので、我々はちょっと「淫ら」な書物をたくさん目にすることになった。
だがそんなことはどうでもいい。俺が言いたいのは、「愛情」は結局「性」によって表現されるものだということだ。しかし、どうしても越えられない大きな壁があったらどうする? たとえば血縁というタブー。
「彼女を愛しているなら幸せにしろ」と言う人もいる。
結果のあり得ない実の兄妹の間で、愛するということは、彼女を他人に譲るべきだということなのか?
普通の人から見れば、それは狂気だ。
そして「エロ本を捨ててから兄の様子がおかしい」は、まさにそんな狂気のゲームである。
「世界は広いけど、人はみんな平等だ。女を口説くのはイケメンや金持ちの特権じゃない。何も持ってない負け組だって、女を口説く権利はあるんだよ」
「女を口説くには二つのルートがある。一つは女の好感度を稼いで彼氏の座を勝ち取り、最後に本塁打をかます」
「もう一つは……女狩りのハンターになることだ。もっと簡単に言えば、狩りってやつさ」
祖母は私を鉄道好きだと言う。
しかし自分では全くその自覚がない。
そこで祖母が昔話を始めた。幼い頃の私はすぐ泣くので、祖母は私を手押し車に乗せて鄭州市の中心を流れる川のほとりまで連れて行き、川を跨ぐ鉄橋を遠くから眺めさせた。列車が通過するのを見ている間だけ、私は泣き止んでいたらしい。
そう言われれば筋は通る。だが今の私にはそんな記憶は一切ない。
小さい頃、誰もが童話を読んでいた。
面白いのは、童話では主人公がたいてい女の子だということ。内容も、弱い女の子と彼女を守る王子様の物語が多い。
男の子は読んだあと、王子様になって自分のお姫様を守りたいと思う。
女の子は読んだあと、お姫様になって自分を守ってくれる王子様を探したいと思う。
記憶に残っている童話を思い出してみたが、意外なことに性別による偏りはほとんどなかった。つまり、男の子も女の子も同じ物語を読み、異世界への探求をし、何世代にもわたり語り継がれる王子と姫の物語に触れていたのだ。
だが時は流れ、男の子も女の子も大人になった。かつて聴いた童話は嘘だと、暗黙のうちに受け入れているのかもしれない。ほとんどの男は守るべき姫など信じていなし、ほとんどの女も王子が助けに来る夢を見なくなった。
過去に読んだ童話を振り返ると、思わず苦笑してしまう。懐かしさなのか、それともかつてこんなものを信じていた自分がおかしいと思っているのか。
それでも童話は止まらない。王子と姫の物語を語り続け、聴きたいと思う人のために残っている。
『ワールド・エレクション』(世界選挙)をやろうと決めたのはずいぶん前のことだった。確か2015年の冬。あの頃はろくでもない地雷ギャルゲーばかりで、秋野花がそこら中にいるゲームの中でも、まともに戦えるCVがほとんど見つからない。声豚にとってはもう地獄だ。植物が日光を失うように、ミミズが土を失うように、オタクがカップ麺を失うように、クローバーがTFboysを失うように。そんな中、漩涡社が新作を発表した。『ワールド・エレクション』、ヒロイン筆頭のクルルはCV沢澤砂羽。もう暗闇に差した一筋の光で、みっともない俺は照らされて興奮し、方向も分からなくなった。
もうストーリー重視もへったくれもない。画風重視も、業界の大作も関係ない。桐谷華がいれば、しかもヒロインポジションなら、それが最高なんだよ。
しかしこのゲームが発売されるまでにはもう数か月が経っていて、実のところ自分はこのゲームにそれほど興味を失っていた。設定を見ても大体どんな展開になるかは予想がつく。天から降ってくる破壞神、多種族が共存する架空世界、多種族間の選挙に直面する中で、醜い主人公がきっとあれこれ人外ともヤれるに違いないし、もちろん破壞神様ご本人をベッドに押し倒して教え込むような展開も欠かせない。とはいえ、このゲームが去年の冬、俺が絶望していた時に希望を与えてくれたこと、おかげでようやくどこにでもいるクソ野郎ども——秋野花ばかりの苦海から逃れられたことを思い出すと、そして俺という人間はこんなにも有情有義なわけで、漩涡社がいつも設定は悪くないのに結果としてあと一歩足りないゲームを出すことを考え合わせ、日本語読解力を高める学習精神を込めてこのゲームを始めたのだった。
去年、俺はfortissimoシリーズをプレイした。このゲームに対する個人的な評価はかなり複雑だ。
内容的に言えば、fortissimoシリーズのシナリオはめちゃくちゃだ。大体は世界が滅びて、滅ぼした奴は多分お前の親父で、親父が世界を滅ぼすのは世界に絶望したからで、そこでお前が主人公として親父を犯しに行く。外掛の撃ち合いの末に親父を犯しきって新しい世界を築く、みたいな。超展開はなくて、外掛を競って、声の大きさを競って、熱血を集めて、正義が勝つ。しかもこのゲームの大きな特徴は、戦闘に入るか入らないかでまるで別世界ってこと。日常ではみんなでワイワイやってて普通のゲームっぽいのに、戦闘になった途端に殺し合い。完全にチグハグだ……
とはいえ、ゲーム体験としてはfortissimoシリーズは爽快だ。戦闘シーンが多いし、戦ってる時の雰囲気はマジで良い。特に「相手の名前を大声で叫んで外掛を発動して必殺技を放つ」感じが本当に熱血で、燃えて、気持ちいい。だから前作のfortissimoシリーズに関しては、結局は悪くないゲームだと思ってる。だってな……
燃えちまえば細かいことは気にならない。
正直、このゲームは最初やるつもりはなかった。体験版はずいぶん前に出ていたのにずっと手を出さなかったのには、ちゃんと理由がある。
一つ目は、OP がどうにも刺さらなかったこと。OP にやられてゲームを買ってしまうことが何度もある俺にとって、これはゲーム選びにおける弱点だと思う。
二つ目は、設定があまりにもラノベすぎること。冥界の皇女が地上に来て世界を滅ぼすとか、そんな話ラノベで見飽きてるだろ?異世界からヒロインが降ってきて主人公と出会うなんて、いくらでもあるんだよ!
三つ目は画風。正直あまりにも…妖艶すぎる。キャラデザがどうしても好きになれなくて、どの娘も欲求不満の女性レイパーみたいに見える。俺はやっぱり純粋な萌え豚でいたほうがいいのかもしれない。もっと可愛い絵柄のほうが口に合う。
そんな、どう考えてもくだらない理由でずっとこのゲームを無視していたのに、向こうはやたらと動きが多かった。アニメ化を発表したり、広告を打ったり、セールをやったり。裏の会社がよっぽど太いパイプを持ってるんじゃないかと疑ったくらいだ。最終的には Twitter での怒涛の攻めに耐えきれず、体験版だけでも覗いてみるか…と思った。
そしたらもう止まらなくなった…
どう言えばいいのか、このゲームは想像していたよりずっとずっとずっとずっと面白かった。むしろ佳作だ。
『竜翼のメロディア』は漩涡社の古いゲームで、テーマは「歌唱」と「竜族」。とにかくいつも通りの半魔幻的なノリだ。
このゲームはどう言えばいいのか……かなり……冗長?
東洋系の文化にはちょっと独特な現象がある。それは「転世」という設定を持つことだ。もちろんこれを決めているのは文化ではなく宗教で、「転世」は仏教でよく説かれていて、東洋には仏教を重んじる国も多い。だから自然とこの設定は多くの人に受け入れられるようになった。
「転世」とは何か。言葉の通り、人が死んだ後、その魂が別の人間の体で生まれ変わることだ。前世の記憶がある場合もあれば、ない場合もある。どことなく「魂の保存則」みたいな響きがある。
「転世」は多くの文学作品で恋愛と結びつけられがちだ。前世の恋人が次の輪廻でもまた恋に落ち、数千年を巡り、二人は数百回出会い、あるいは成就し、あるいは一度も本当に寄り添うことなく、無限の輪廻の中で右往左往する。聞き手である我々はただただため息をつくしかない。
なぜため息が出るのか。ひとえに造化の皮肉さを噛みしめるからで、ついでに「これが運命なんだな」とも思ってしまう。
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