レビュー

『はにかみ Clover』レビュー

最近プレイしたゲームがちょっと変わっていて、散財系だったり、大肉蛆系だったり、ヤリサー系だったりと、非伝統系ばかりを渡り歩いていたら、だんだん元の廃萌えが懐かしくなってきた。1月にゲームを落とすとき、無性に軽くて楽しいゲームがやりたくなった。 そんなわけで1月の新作の中から、凍京 NECRO をダウンロードしているときに、はにかみ Clover というゲームを見つけた。 あの凍京 NECRO と比べると、はにかみ Clover は明らかに可愛い美少女ゲームの王道ルートだ。興奮した私は、開発が緑茶社(ゆずソフト系ではなく、ここでは便宜上の呼称)だと知って、緑茶社なら大きな問題は起きないだろう、南十字星恋歌も評価は悪くなかったし、これもまあまあだろうと踏んだ。さらに公式サイトでCVを確認すると、最初のヒロインは後藤麻衣そのもの、後の秋野花や仙台エリもいい声だ。何よりぶっ飛んだのは、後でゲームのOPを見たことだった。 デレデレ自治会長、甘い上手な先輩、エッチな彼女さん、ダメ兄貴製造機の妹、それに誘惑とリズム感満載の映像が加わる。 ゲームは「ちょっとHな彼女との恋物語」というキャッチコピーも掲げている。正直に言えば、このOPは萌え抜きっぽく見えるが、それでも切手の大肉蛆やヤリサーよりはマシだと、そうだろう?長年の経験から言って、これはきっと笑いに満ちた萌えゲーだ。たとえ抜きゲーだとしても笑えるやつで、特殊効果なしの娯楽的な軽い抜きゲーなら、きっと楽しくプレイできるはずだ。 当時の私の感想はこうだった。

『働くオトナの恋愛事情』レビュー

ずいぶん前のことだ。今から見ればそうでもないけど、友人と飯を食ってた時にこう聞かれた。「なんで彼女を作らないんだ。お前はもうダイエットに成功してるのに。それともあの俺を振った腐女子が忘れられないのか、それとも性癖がおかしいのか」と。 こういう質問には最初は答えを拒否してた。でも答えないと事態は悪くなる。片思いしてるダサい男と勘違いされるのも、振られてホモになった変態と勘違いされるのも、どっちもマズい。 さんざん考えた末、慎重に答えた。 「だって、女との付き合い方がよく分かんねえんだよ。掴みどころがなくて、プレッシャーがすごいし、正直めんどくさい」 友人は一瞬キョトンとした後、ぶっと吹き出した。

『LOVEREC.-ミニシアターズ』レビュー

LOVEREC.-ミニシアターズはLoverecのファンディスクだ。 正直、LoveRec本体はなかなかの出来なのに、このファンディスクはもう……あまりにも寂しすぎる。 ゲーム容量はたったの1.95G。内容は原作のエンディング直後から始まり、卒業を控えた主人公と、白髪の妹が新しいC90で自分たちが撮った映画を売ろうと、みんなで奮闘するという話。 うん……でもこれって序章だけで、映画撮影の話は全然出てこないんだけど。
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『Maggot baits』レビュー

Maggot baitsの制作会社はClockup。知ってる人なら、あるいはうっかり手を出した人なら分かるだろうけど、この会社はいくつか重口ゲーを出してる…… だからMaggot baitsというタイトルからして、名前の通り、ある程度は察しがつくはずだ。 Maggot:蛆虫 baits:餌 組み合わせれば蛆虫への誘餌。 ゲームの筋書きと照らし合わせると、まさにその通り。触手がいて、巨大な虫がいて、そして虫に喰われ、貪られる……魔女と呼ばれる者、狩人と呼ばれる人間たち。

『蜥蜴の尻尾切り』レビュー

俺は許容範囲が広い方で、面白い話だと聞けば萌え系でも乙女向けでもBL向けでもミステリーでも、果ては猟奇向けでも手を出す。 『蜥蜴の尻尾切り』は猟奇向けのゲームだ。というかこの会社のゲームは全部猟奇向けだ。しかも面白いことに、猟奇やグロ系のゲームって評価が意外なほど高いことが多い。不快感を与えるはずなのに、多くの人が手放しで褒めていて、しかもかなりの人が「猟奇的なゲームだけど、話はすごく癒し系」なんて言う。 この手の言い分が俺にはよく分からない。猟奇はあくまで手段で、本質は物語の方だろ。小学生の小明がおばあさんを道路の向こうへ連れて行ってあげて、それから交通事故に遭った小明が松葉杖をつきながらでもおばあさんを連れて行ってあげるのと、ケツの穴にバイブを突っ込んだ小明がおばあさんに会っても連れて行ってあげるのは、実はどれも同じことを言っている。細部にこだわるのは時として無意味だ。所詮は薬味で、メインディッシュは同じなんだから。 で、『蜥蜴の尻尾切り』の話はどうなのか。薬味はどうか。メインディッシュはどうなのか。 端的に言う。クソだ。

『蒼の彼方のフォーリズム』レビュー

このゲーム、正直に言うと一年近く積んでいた。 というのもオレには悪いクセがあって、みんなが遊んでるのを見たり、感想やスクショを眺めたりするだけで、だいたい話の流れが脳内補完できてしまう。で、なんとなく分かった気になってしまうもんだから、よっぽど他にやることがないとか、特別な理由がない限りは優先して手を出さない。たいていは未開拓の荒地を耕すほうに時間を回してしまう。まあそんな感じだ。 そんなわけで、最近になってアニメがもうすぐ始まるってなってようやく「あ、これ積んでたわ」と思い出してプレイ開始。ところがゲーム自体が面白すぎて進みが遅く、アニメが二話まで放送されたあたりでやっとクリアした。 ん? 今なんつった? ゲーム自体が面白すぎる? そう、これは正のエネルギーと明るい人生観、そして心の傷を癒やす力に満ちあふれた良ゲーなのだ(眼鏡クイッ)。

今年はたくさんギャルゲーをやった……じゃあいくつかおすすめしよう

自分に自慢できるネタができるとは思ってもみなかった。まあ、これってむしろ「こいつは救いようがないほどダメ人間だ」って証明してるだけな気もするけど。 たとえば年末になって、今年一年でいったい何本のギャルゲーをやったのか見てみようと思ったわけ。調べてビックリ……80本。 もちろん、分割販売されてるゲームをまとめて数えれば、この数字はもう少し減るけどな。 正直に言うと、俺はギャルゲーが好きじゃない。何度も言ってる気がするけど、これをやってるのはアニメの半端な制作が嫌いだから、ラノベのアホみたいなストーリーが嫌いだから、ラノベや漫画の終わらないループ展開が嫌いだからだ。日本風の絵柄への愛着を満たしつつ、もっとスッキリと物語の結末まで一気に見せてくれる作品は、ギャルゲーの中にしか見つけられない。だって、ギャルゲーで「続きは次巻で」なんて言われたことはほとんどないし、悪く言えば、ゲームの中では主人公は結局ヒロインとヤレるわけで、増え続けるヒロイン候補たちの間でフラフラするなんてことはないからな。 「地雷排除者」なんて呼ばれるのは嫌いだし、俺の感想に対して「大〇〇で大△△を犯すのが好きなんだろ、どうせアダルトゲームをやってるんだから、カッコつけてんじゃねえよ」とか言われるのも嫌いだ。それでも気づけばこんなにたくさんプレイしていた。ある人に「そんなにやったなら、いくつかおすすめしろよ」と言われた。 自分のゲーム歴を振り返ってみると、優れたゲーム、つまり「面白い」と形容できるゲームは本当に少ない。ほとんどは粗悪なグラフィックとワケのわからないストーリーだ。まともなストーリーをいくつか紹介できれば、布教にもなるし、多くの人が回り道をせずに済む。きっと意味のあることだ。なにせ俺はもうクソを食らってるわけだし、他人も糞尿の穴に落ちるのを笑って見るのは大好きだが、それ以上に、「それがクソだと分かっていながらも、意気揚々と食う醜い奴ら」を見る方が好きなんだ。 というわけで始めよう。順不同、思いついた順に書いていく。

『因为是清明节所以鬼很萌』レビュー

国産ギャルゲーもそこそこ触ってきたけど、正直たいしたことないのが多い。模倣の痕跡が露骨で、しかも日本語のクセまで付いてる。俺は日本語は読めないが、それでも毎日脳内補完で原版ギャルゲーを遊んでる。中国人が作るギャルゲーなら、もっとローカルな要素を入れてもいいはずだ。日本式のセットから離れたら生きていけないわけじゃない。なにせ昔の国産RPGはそれが可能だって証明してるしな。中二臭プンプンの日本風パクリ国産ギャルゲーは、だいたい紹介をチラ見しただけでパスしてる。 質はさておき、そこまで日本をパクるなら、なんでわざわざこれをやるんだ。日本原版を直接やったほうがマシだろ? そう思わないか?

『ソラコイ』レビュー

学生の頃、作文でイキりたくて、いつも大ネタを仕込もうとした。最初は淡々と書いて、最後に急展開を入れて読者に驚きを与える、みたいな。 でも普段の作文では先生がそんな機会をくれなかった。「有意義な一日」とか「有意義な出来事」とか「家の掛け時計」とか、そういうお題しか出ない。どれも健全で前向きな内容を書けと要求されるから、道でおばあさんが道路を渡るのを手伝ったら、渡り終わったとたんにそのおばあさんがニヤついてズボンを脱ぎ、実はおじいさんでした、なんて書けないし、家に掛け時計があって、最後に話をひっくり返して実はその掛け時計はバイブでした、なんて書くわけにもいかない。ところがある日の試験で、話題作文が出た。これで超展開のチャンスが来た。お題は「人と人の間の偽善をどう表現するか」だった。 よし書くぞ、と意気込んで、いかにも道徳的な偽善者を書いて、最後にとんでもない展開でその偽善者が実は陰険で悪辣な小人だったとバレる、という筋書きを練り始めたところで、問題に気づいた。 原稿用紙が足りない! 残りが半ページもないところで、ようやく話が動き出すところだった…… しかも試験用紙には書き足せる余白なんてない。あれこれ考えた末、私は結末の展開を圧縮に圧縮を重ね、最後は数行でざっと終わらせた。出来上がった文章は意味不明そのもの。最初は真面目くさった奴が、最後に突然クソ野郎になる。しかもその間の説明はたった一文だけ…… 先生は嘲笑うような目で私を見て、次からは勝手にこんなつまらないものを書かないで、もっと議論文を書いたほうが堅実だよ、と慰めるように言った。 先生の言葉づかいはとても婉曲で励ましに満ちていたけれど、その目は明らかに、イキりに失敗した人間に向ける目だった。 もちろん何年も経った今、文章の字数を気にしながら書く必要もない。ただ、あの頃の先生の目と態度を、自分も体験することになるとは思いもしなかった。
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『QUINTUPLE☆SPLASH!』レビュー

エロゲをいくつかやっていると、どうしてもシナリオの話になる。脚本の組み立て方といえば、大体二つの方向性がある。 一つはサスペンスやギャンブルで攻める方向。大きな事件を起こして、大きなカタルシスを用意する。序盤にすごい謎を敷いて、最後にすごい展開と超展開を置く。 もう一つは、ごく普通の学園恋愛日常もの。人生や勉強、部活との小さな摩擦があって、それを解決してエンディングへ、という流れだ。 個人的には前者が好きだ。でも、大きな事件は誰にでも扱えるわけじゃない。誰よりも速く走ればいいってもんでもない。サスペンスや超展開には、それ相応の脚本力が必要で、展開のテンポ、伏線の張り方、ルート間の配置、どれも密接に絡んでいる。一歩間違えれば全部が狂う。この手の作品で転んでいる人は多い。虎の絵を描こうとして犬になるパターン、あるいは話自体は悪くないのに描写力が足りなくて、謎が機能せず、何がなんだか分からないまま、せっかくの設定と物語が台無しになるパターン。 逆に二つ目ははるかに簡単だ。少なくとも適当に書いても大きな破綻はしない。二つ目のタイプでも素晴らしい話は書けるが、それは日常生活の面白さを見つけられるネタ師であることが前提だ。たとえばゆきこいめるとや大図書館の羊飼いは後者の中でもうまくやっている方だ。とはいえ、二つ目のタイプをクソに書くのもなかなか難しい。謎で綱渡りをするより、日常ものの方がよほど安定している。むしろ日常系のゲームはシナリオへの要求はもう高くない。キャラデザとCVの演技を見ている人の方が多いかもしれない。 ゲームに限らず、アニメも大体このリズムだ。シナリオで食わせるものもあれば、日常で食わせるものもある。そして前者をうまくやるのがどれだけ難しいかは見ての通りだ。艦これが超展開をやって「クソ」と言われ、ごちうさが日常萌えで「癒し」と言われる。設定の差はそれほど大きくない。ただ選んだ脚本の路線が違うだけだ。 当然、一部のゲーム会社は超展開の脚本がうまくいかなかったら、これに懲りて、日常路線に逃げて安定を取ろうとする。たとえばParasolの『QUINTUPLE☆SPLASH!』だ。