レビュー
やっと時間を取って去年プレイしたゲームを全部書き出してみたんだが、全部で31本だった。2021年とほぼ同じだ。ただ、2023年はこの数字が大きく減るだろうと感じている。時間がないからではなく、業界がもうダメなんだよ。5月になってもろくな作品が数本しかないし、年末までに10本揃うかどうかも怪しい。
俺が夢見ていた「ギャルゲーという斜陽産業が死ぬのを見届ける」という願いも、もうすぐ叶いそうだ。
去年のゲームの質は本当に褒められたものじゃなくて、“個人的ベスト"を挙げろと言われても10枠埋まるかどうか怪しい。だから今年は趣向を変えて、いつものおすすめに加えてツッコミ系の部門も追加してみる。「ワースト」「一番クソ」とか……まあネタとして楽しんでくれ。地雷回避の参考になればいい。
台湾の有名ラッパー MC HOTDOG(熱狗)は実は映画にもよく出演している。ただ彼はちょっと変わっていて、出ているのはどれも「低予算」「粗削り」、下手すると一目で怪しいと分かるような「ネット配信映画」ばかりだ。小瀋陽や大鵬、岳雲鵬なんかと共演したり、台湾で無名監督のホラー映画に出たりもしている。結果はご想像の通り、大半の評判は芳しくなく、ほぼ駄作扱い。彼が出た映画はほとんど全部、評価の低いクソ映画と言っていい。
多くの人が自分と同じように疑問に思うはずだ。熱狗は中国語ラップの代表格みたいな存在だし、アメリカの Eminem が『8 Mile』みたいな深い作品を撮れるなら、彼にもそれなりの映画を撮る力とリソースがあっておかしくない。たとえ遊び半分でも「駄作」なんてものは作らないだろう。ところが後のインタビューで、彼は自分からこの問題に触れていて、その答えが妙に腑に落ちた。
熱狗いわく、彼は俗に言う「大作」系の映画が好きじゃない。むしろ「粗悪」な感じのするB級映画のほうが好きなんだそうだ。しかもB級映画の良さをいろいろ語っていた。マイナーなB級映画だからこそ、題材は厳密じゃない代わりに自由奔放。マイナーなB級映画だからこそ、内容はより大胆で「ネタを振る」こともでき、大作が触れられない敏感な領域にまで踏み込むことすらある。マイナーなB級映画だからこそ、スタイルも誇張されていて、ホラーはよりホラーに、グロはよりグロに、コメディはより開放的に。
B級映画だから、客層も宣伝もマイナーで、あまり注目されない。だからこそ自由なんだ。世界にはかなりの規模で、そういう「お上品な場には出せない」映画に夢中なB級映画ファンがいる。
この考え方は自分にとって目から鱗だった。Galgame を始めた頃のことを思い出したからだ。何年も斜陽産業と囁かれ続けてきた Galgame 市場でも、この「B級映画」的な発想は通用する。題材選びにしても筋書きの展開にしても、Galgame はより自由だ。多くの「神ゲー」もそういう「自由」な枠組みから生まれている。だからこそ大勢が「暗黒」「死」「苦痛」、果ては「調教」なんてテーマの中に「癒し」を感じるのだろう。
そしてようやく、「Galgame」と「B級映画」の共通点に気づいたメーカーが現れた。CUBE の『サメと生きる七日間』だ。
「糖塊社」(Lump of Sugar)から『アルカナ・アルケミア』という新作企画を見たとき、思わず笑ってしまった。
いまどき、まだこんな伝統的な「錬金術」ものをやるのか。
「錬金術」と聞いてまず思い浮かぶのは「人体錬成」だ。せめて錬金術が現代医学・哲学・化学の先駆けだとか、そういう話をしてくれてもいいのに。後でゲームの設定を見てみたら、案の定「獣耳の生命体を錬成してしまった」という話で、わざとなのかうっかりなのかもわからない。
十二月末にゲームが出てからというもの、「サメ」を見ると大阪の黒い服のオタクを連想して、そこからさらにアレな連想が働いてしまい、どうにも居心地が悪い。なのでまずはこのゲームを優先して触ってみたのだが、これが意外と悪くない。それどころか、『アルカナ・アルケミア』は「糖塊社」が最近出した中で最高のゲームだと言ってもいいし、自分の年間ゲームランキングにも入るレベルだ。
正直な話、『ハミダシクリエイティブ』は前にプレイした時からずっと謎だらけだった。
まず何よりシナリオが理解できない。「二次元に浸りながらブラコンで、しかも金持ちだから廃人になった兄を養ってやる気満々の妹」、「エロ絵を描くのが好きで、オタクとべったりするのは大好きなのにオタクみたいに気持ち悪くはなく、しかもオタクと付き合いたいと思っている二次元絵師」、そして「クールで毒舌で自己中心的なくせに、オタクに貢ぐためにツンデレと女王を交互に演じる黒髪ロング」、さらには「どう見ても普通レベルで、V界隈なら1ヶ月で卒業するタイプなのに、なぜか罵倒も下ネタもなしで人気王になり、しかもオタクに貢ぐVtuber」……
このゲームの世界では、女はみんな主人公を見た瞬間にヤりたくなるらしい。彼女たちの罵倒はただのツンデレ、拒絶はフリ、そして「NO」は実は「YES」、口では嫌がって体は素直、心の底では四六時中主人公に征服されたいと思っている……世界中に男が一人しか残っておらず、交尾した女しか生き残れないという設定でもない限り、こんなシナリオにリアリティを感じることはできない。
最近ホットな話題といえばやっぱり人工知能。ChatGPTが今年の初めに再ブームを起こして、みんな「こんなにすごいのか」と驚くと同時に、ちょっとした恐怖も感じている。
「コンピュータがこのまま強くなったら、人間を取って代わるのもそう遠くないんじゃない?」
そんな恐怖と一緒に出てくるのが、SF映画の「機械が人類を支配する」展開。数年後には脳に管を突っ込まれてmatrixとかいうメタバースに入って、肉体は地下でレジスタンスを組織して強力なロボットと戦うことになるんじゃないか、みたいな。危機はいつだって突然やってくる。
でも、本当にそうなのか?
『ジュエリー・ハーツ・アカデミア』は実はかなり前にクリアしていたのだが、ずっと書くのが面倒で放置していた。理由は主に、先に商業記事を書いてしまったからだ。このクソゲーの前後半のストーリーから細部の分析まで、あらゆるレイヤーで深く評価しまくったせいで、すっかり疲れ果ててしまった。ブログでもう一度第二版を書くと思うと吐き気がするので、そのまま塩漬けにしていた。
とはいえ年末のゲーム総括と評価のためには、このゲームもやっぱり書かないといけないよな。逃げられない。
ストーリーについては正直、展開するのが面倒すぎる。長すぎるし、複雑すぎる。手短にネタ概だけ話そう。細部は触れない。
海外のオタク層が持つ巨大な潜在力と財布の中身に気づく日系メーカーが増えたおかげで、Steamで配信されるギャルゲーはどんどん増えている。さらには「Steam専用」とでも言うべき作品まで登場していて、企画の段階から海外市場だけを狙い、国内は完全に切り捨てて売り上げを伸ばそうとしている。
ただ、そういうゲームの大半は全然売れない。日本人の「人に迷惑をかけない」というメンタリティのせいなのか、彼らはいつも自分たちの考えだけで海外ユーザーの心理を推し量る。『日本的すぎる』『硬核すぎる』内容は海外ユーザーには理解されないと決めつけ、海外のオタクが日本に求めるものは「忍者」「桜」「JK」「学園祭」あたりだと一方的に思い込んでいる。こうした思い上がった迎合はだいたい「気まずすぎる」結果しか生まない。ピンとこないなら、日本が海外市場でやらかしてきた「ローカライズ」を思い出せばいい。中国語ユーザーは日本の二次元キャラが中国語を話すのを見たいはずだと信じ込み、専用の中国語テーマソングまで用意し、中には海外ユーザーのためにシナリオを書き直したゲームまであった。結局どれも誰にも買われなかった。当時の日本人には、なぜあれほど多くの中華圏ユーザーが日本語をまったく理解できないのに日本語ボイスにこだわるのか、理解できなかったのだろう。聞いてわからないのにいいのか、と。
年初に Key の親会社 Visual Arts の事業計画 を読んだ。社長の「馬場隆博」が、業界について意外なほどしっかり把握していたのが印象的だった。海外、とくに中国語圏市場の巨大なポテンシャルを理解していて、中国語圏で自ら商標を登録し、現地の代理店やパートナーを探している。同時に、従来の「ギャルゲー」の時代はほぼ終わっていて、お色気だけで市場を広げるのは難しく、全年齢路線に進むしかないとも考えている。ゲーム自体の質を上げ、「アニメ」「漫画」「小説」「音楽」とマルチプラットフォームで IP を構築する。ゲームを作るというより「IP」を作る、そうすれば二次元キャラでうまく金を稼げる。最後には「メタバース」への強い関心も語っていて、可能なら会社として早めにメタバースに布石を打てないか模索したいとも言っていた。
この計画を読んで、正直かなり驚いた。日本の会社、とくにギャルゲー出身の会社というと、頑固で人の話を聞かず、万年同じエンジンを死ぬまで使い続け、せいぜいぼったくりグッズを売って、立ち行かなくなったら倒産、みたいなイメージだったからだ。
でも Visual Arts は「二次元キャラ」市場の核が「IP」と「キャラ」にあるとちゃんと分かっている。シナリオでも音楽でもゲームでも小説でも、各種メディアは IP を形作るためのもので、その IP を世界に売る。確かにクリエイティブ企業が持つべきマーケティング戦略だ。
もちろん、この計画が単なるハッタリかどうかは分からない。ただ、僕は確かにこういうものに気づいた:
『終のステラ』。『planetarian』『Harmonia』に続くロボット三部作の完結編で、田中ロミオがメイン脚本、2022 年春発売予定、目標は劇場版映画化……
そして皆さんもご存知の通り、もう秋なのにゲームはようやく出てきた。で、「映像化」については……もうその話は出ていないようだ。
話を戻して、ゲームそのものについて書こう。
Hooksoftが以前に出した『放課後シンデレラ』はかなりの好評を得たらしい。自分としてはまあまあ良いゲームだとは思ったけど、ここまで人気が出るとは思わなかった。まさか公式が続編を出すところまでくるとは……それが『放課後シンデレラ2』だ。
原作の設定はいたって純粋な学園恋愛もの。主人公が放課後のルートを選んで、違うヒロインと偶然出会い、それぞれの恋愛ストーリーが展開していく。ゲーム性として唯一あるのが「占い」で、放課後になるたびに男友達二人のところへ行って占ってもらうと、どのヒロインがどこに出そうかヒントをくれる。そのヒントを頼りに進路を選んで、各ヒロインを攻略していくわけだ。
ギャルゲー界には奇妙な現象がある。多くの「物語重視」を謳う作品が、どんどん「エロく」て「実用的」になっていく一方で、最初から「重口味」を堂々と掲げていた作品が、なぜか物語を語り始めるのだ。
もちろんこれはギャルゲーに限った話じゃない。日本のアダルト映像業界も同じで、だからこそ俺は「前田文豪」監督の作品が好きなんだ。肉体的な映像的衝撃だけでなく、考えさせられる内容も持ち込んでくれる。
人を評価するときも同じだ。俺たちはよく「ギャップ」みたいな特性で、その人を善人か悪人かのレッテル貼りをする。一万の善行を積んだ善人が一度悪事を働けば悪人になり、悪事の限りを尽くした悪党が一度善行を働けば良心の代表になる。だから一部のゲーム制作者も、わざとこの路線を狙う。実用性を追求する抜きゲーに、より人文的なものを詰め込もうとする。これが「神ゲー」が最も生まれやすい方法の一つでもある。
もちろん、この方法が毎回うまくいくわけじゃない。
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