レビュー
何年も前、『Study Steady』(別名「スタディ§ステディ」)というゲームがあった。会社は「橘子酱」(marmalade)。実はこの会社のゲームにはかなり好感を持っていて、初期の「Primal」シリーズや後の「マシュマロ」なんかを見ても、この会社の印象は「堅実」だ。話に奇をてらうことはせず、ごく普通の学園恋愛を書いて、ちょっとした感動を添える。いわゆる「王道」な作品群だ。
ところが前作『Study Steady』で何を血迷ったのか、制作スタイルをガラッと変えて、ゲームエンジンの開発に力を入れ始めた。俺から見ればかなりの労力を費やして、別に目新しくもない Emotion 技術なんてものに取り組み、そのせいでゲーム内容の大半を捨ててしまった。
だから『Study Steady』は妙な感触のゲームになった。シナリオは極めてシンプル、進行もとにかく退屈。唯一の見どころは風船みたいにゆらゆら揺れる「動くヒロイン立ち絵」なのに、技術が未熟なせいでその立ち絵はぎこちなく見えるうえ、プレイヤーの物語への没入を妨げる。おまけに動作環境が妙に高くて、ハイスペックPCじゃないと30fpsすら安定しない。ヒロインの黒タイツCGを絶賛する声は多く、HCGも大量に収録されたが、そのHCGに「動き」がないせいで拍子抜けだった……
俺の目には、『Study Steady』は完全な失敗作に映った。だが不思議なことに、この作品はFDまで出し続けられるし、もっと理解できないのは続編まで出たことだ……『Study Steady 2』が!
実を言うと、俺のX(旧Twitter)アカウントは「茉宮祈芹」と相互フォロー状態にある。
たぶんまだそんなに有名じゃなかった頃にフォローして、挨拶のDMを送って返事をもらったりもした。たまに俺がRTしたエロ画像にいいねしてくれたりして、俺も彼女を褒める商業記事をわざわざ書いたりした。
以前は彼女の絵が露骨すぎると思っていたけど、今思えばフリーランスの絵師として売上のためにH寄りに描くのは理解できる話だ。
『Ninja Girl and the Mysterious Army of Urban Legend Monsters! Hunt of the Headless Horseman』をレビューした時にも言ったけど、「茉宮祈芹」は一人でGalgame全体の質を押し上げられる絵師だ。理由の一つは、彼女の描画と彩色が平面的な電子ゲーム寄りで、それが彼女が関わったGalgameの原画作品のキャラを非常に安定させる。彩色担当が変わって画風が急変するような気まずい事態にならないし、どの絵師と組んでも彼女のキャラはいつも際立っている。しかも露出度の高いキャラを描かなくても、ヒロインの可愛さをちゃんと出せる。
で、また新しいゲームが出た。DMM Gameの別ブランドが出した『FLIP*FLOP 〜INNOCENCE OVERCLOCK〜』で、茉宮祈芹が原画、保住圭が企画とシナリオ、北大路ゆきがヒロインのCV。この布陣で試さない理由がない。
周树人はかつてこう言った。Moonstone Cherryはいい会社だ、と。
この会社には妹ぱらだいす!というシリーズの名作がある。このシリーズのおかげで当ブログは大量のアクセスを獲得できた。信じられないならサイドバーの「全サイト人気記事」を見てほしい。タイトルが堂々と載っているから。
もちろん『妹ぱらだいす!』(妹天国)が人気なのは妹系抜きゲーというだけではなく、「実用性」の面での進化によるところが大きい。キャラデザイン自体にこれといった亮点はないものの、HCGはかなり力が入っている。10年前の時点ですでにEmotionを採用していたし、「発射カウントダウン」機能まであった。画面越しのヒロインと相思相愛になれるというわけだ。10年前にしてこのゲームにクタクタにされた記憶がある。
その後続編も2作出ている。初代ほどのインパクトはないが、当代最高クラスの声優に入れ替え、そして「実用性」という伝統はしっかり守っている。特に3作目は音楽のクオリティも上がっていて、まさにクラシックの再復刻といった感じだ。
しかしMoonstone Cherryも一本の木に縛られるのは良くないと思ったのか、その後「妹ぱらだいす!」シリーズは出さなくなり、企画「呉老二」の指揮のもと、どう見てもおかしいゲームをリリースし始める……。
「性開放世界へようこそ」だの「性地下世界へようこそ」だの、わけがわからない。そして今回リリースされたのがこの『夕凪荘のS級の彼女たち』だ。
一般的に、enesembleが出す「男の娘」シリーズのゲームは、設定がかなり無理やりなものが多い。
ほとんどが、主人公が何らかのやむを得ない事情で女装して女子校に通い、そこで大いなる一物を振り回して無双するという流れだ。
主人公は設定上は男の娘なのだが、この手のゲームのHCGはやたらエロい。特に主人公が、男なのに一番エロいという。しかも一番エロい主人公がHCGでも戦闘力は変わらず、まるで「一発一発を最後の一発だと思ってヤれ、そしてEDを怖がるな」という原則を守っているかのようで、この手のゲームの実用性を大いに高めている。しばらくの間、私はこういうゲームを「抜きゲー」の派生形だと勝手に認識していた。
だがどうやらenesembleは、去年の男の娘ものを経て、少し方向性を変えたようだ。シナリオの整合性を重視し始め、さらには超展開までやらかすようになった。去年の「男の娘もの」はキメラみたいな感じだったが、変化しようとする姿勢は良いことだ。
そして今年、enesembleは新たな男の娘ものを世に送り出した。『華は短し、踊れよ乙女』である。
ここ数年、SMEE のメインライターである「早瀬ゆう」と海豹社『あざらしそふと』はどんどん距離を縮めてきていて、以前いくつか「コラボ小品」を出したあと、今度は二人とも素面を装うのをやめて、堂々と交わってしまった。早瀬ゆうはなんと海豹社の新作『アマナツ』の制作を自ら仕切っている。
このゲームはどう見てもおかしい。タイトルも絵柄も伝統的な海豹社のスタイルなのに、ゲーム内の一部のサブキャラや言葉遣いを見ると明らかに SMEE のそれだ。
売上を伸ばすためだろう、ゲームには昔からのプレイヤーにはお馴染みの CV が多数起用されていて、なんと俺が一番嫌いな青山ゆかりが女主角として出てくる始末。彼女が演じるキャラには「風見一姫」以外、全部 PTSD が湧くんだよ。女二号はすでに開き直って寝そべり状態の秋野花、女三号ときたら後藤麻衣。なんとも豪華な布陣で、エロゲ声優の老中青三代にまたがっている。もしこのゲームに製品発表会なんてものがあったら、間違いなく台下のキモオタ共が大声で歓声を上げただろう。
実は俺もこのゲームには期待していたんだが、5分もプレイしないうちに、妙な失望感に襲われた。
おい、そこの君。新型コロナにかかったことはあるか?後遺症が心配じゃないのか?隔離されるのは怖くないのか?
これまで新型コロナは何度も「自己限定的な疾患」だと確認されてきた。要するにウイルスに直接効く特効薬なんてものはなく、免疫力を高めて体で耐え抜くしかない、という意味だ。だが「どうやって免疫力を高めるか」、ましてや「免疫力を著しく高める方法」なんて誰も教えてくれなかった。
ところが最近、とあるエロゲーが明確な答えを出してくれた。
何年も前にエロゲーを始めた頃、俺にはちゃんとした理由があった。何年もだらだら続くラノベやアニメ漫画の「連載」にうんざりしていたし、あのくそ長いだけの物語にも飽き飽きしていたからだ。だからギャルゲーを選んだ。当時、俺が一番満足していた理由の一つはこれだ。
「ギャルゲーは他のACG作品と違って、同じ作品の中で必ず物語の結末を見ることができる」
しかし時が経ち、この言葉はどんどん現実から乖離していき、俺のギャルゲーに対する見方も反対の端へと変わり始めた。飽きから、嫌悪へと。
今のギャルゲーがラノベのような「分巻」販売方式を覚えたことはさておき、俺が一番うんざりしているのは、ギャルゲーが長年にわたって「現状維持か後退」の市場発展を続けていることだ。
ギャルゲープレイヤーはよく自分を「サブカル愛好家」と称し、いわゆるマイナー趣味であることに誇りを持ち、常に他人にギャルゲーを勧めようとしたり、自分でギャルゲー制作に身を投じたり、ほとんどのACG掲示板で自分の好きなギャルゲーを紹介したりする。いわゆる「愛好家」の大半は、これがマイナー市場であり、グレーゾーンにあって日の目を見ない之类だと認めているが、いつかこの市場が進化してより多くの人に受け入れられることを祈っている。そして、一つの細分化されたゲームカテゴリーとして、ギャルゲーには大多数の人に明らかに拒絶される欠点が多すぎるのに、いわゆる愛好家の大半はそれを無視し容認し、しかも十数年も我慢している。これも俺が予想だにしなかったことだ。
先日、「兄貴の中の兄貴」東尼大木(トニー大木)が6年ぶりにニューアルバムを出した。タイトルもやたら大げさで、
『最も偉大な作品』。
ところがこの盤を聴いてみると、なんか妙な感じがした。
「ごく普通のアルバムじゃん。むしろ時代遅れなところも多くて、これまでの先見性が失われてる。なのによく『最も偉大な作品』なんて言えるよな?」
後になってMVが公開されて、ようやく合点がいった。
なんだ、いわゆる「最も偉大な作品」ってのはアルバムのリード曲のことで、この曲も別に自分が偉大だと言いたいわけじゃなく、歌詞の中で芸術史における「最も偉大な作品たち」をいくつか言及してメドレーにしてるだけだった。
つまりアルバムが『最も偉大な作品』なのは、それがリード曲だから。
そしてリード曲が『最も偉大な作品』なのは、この曲の内容が「最も偉大な作品たち」を讃えてるからであって、曲そのものが偉大ってわけじゃない。
そう理解すれば、このタイトルもなかなか筋が通ってるし、大した問題もない。ちょっとわざとらしい「釣りタイトル」なだけだ。俺に言わせりゃ、周杰伦のこのニューアルバムはむしろ缝合怪(寄せ集め)で、彼が「最高にかっこいい」「最も偉大」と思うものを集めて寄せ集めただけ、それ以上じゃない。
実際、こういう業界の「偉大な作品」へのオマージュと缝合はいろんな分野で行われてるし、ほとんど誰も見向きもしないエロゲー市場ならなおさら珍しくもない。
たとえば今回取り上げる『ネコと女子寮せよ!』
このゲーム、正直に言うとかなり早い段階でダウンロードしていた。理由は自分でもよくわからない。ただNyanで誰かが流していたのを見ただけだ。
誰が作ったのか、どういう経緯なのか、いつ発売されたのかも知らない。そしてダウンロードし終わると、大半の積みゲーと同じようにハードディスクに放り込んだまま、二度と触らなかった。
電子EDというわけじゃない。単純に興味がなかっただけだ。いわゆる「中国産テキストアドベンチャー」は結構遊んできたつもりだが、そのほとんどが失望だった。中国の音楽業界と同じで、今は「コピー人間」ばかりで、独自の内容がない。
このゲームを遊ぶことにした理由は、このゲームの制作者が「大齢二次元を救う」というアカウントでやらかした「婚活・友達募集」(爆釣り)にある。あまりにも荒唐無稽な方法で行為芸術をやってのけたので、一瞬で「この制作者は何か考えている、よし、付き合える!」と思った。
それで彼が作ったこのゲームを試してみることにした。
正直、このゲームをいつやったのかも忘れている。最近はとにかく忙しくて疲れていて、ゲームはたくさんやっているのに記事を書く時間がなくて、スクリーンショットを整理しながら思い出すしかない。
このゲームはたぶん「分巻販売の小品抜きゲー」だ。こういう商法にはもうほとんどの人が慣れっこだろう。昨年発売された第一巻『一途な(処女→)彼女と恋したい』はなかなか良かった。俺が「媚びすぎだろ」とかなり強引にツッコんだ以外は、大きな問題はない。最大の長所はあの極めて美しいCGと、特別に綺麗で心がときめくヒロインの絵柄だ。ギャルゲーとしては可もなく不可もなくといったところ。
それから1年以上経ってこのシリーズは第二巻を発売した。しかも名前すら変える気がない。『一途な(処女→)彼女と恋したい ver.広橋るな』
しかもこの「ver」を前に置く書き方が正しいのかも分からない。もし「ver」を分巻の接頭辞にするなら、第一巻の名前にも付けていなかったじゃないか。名前が統一されていないのはまだしも、こんなシンプルな恋愛小品を、よく1年もかけて開発して出せたな。
さて、軽く眺めてみようかと思ったら、このゲームは想像とまったく違っていた。
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