『金色ラブリッチェ-Golden Time-』レビュー
業界の癌ことminoriがついにゲーム事業からの撤退を決めたと聞いて、嬉しさのあまり一日中何も書けなかった。
minoriといえば『悠久の翼』だの『Eden』だのといった「神作」を作ったことがあるわけで、それなりの知名度のある大手が突然「倒産」した(ゲームを作らなくなるだけだが)と聞いて、なぜか物悲しくなる人も多いだろう。だが俺はあえて言いたい。ギャルゲー業界がここまで悲惨なことになったのは、こうした死ぬに死ねない「老舗の頑固ジジイ」どもと大いに関係があると。
遥か昔を思い返せば、当時はまだギャルゲーという概念すら存在せず、あるのはいわゆるエロゲーム、その名の通り正真正銘の「エロゲー」で、内容のすべてはエロを提示するためのものだった。それが時代が下るにつれ、いくつかの老舗が参入したことで、エロゲーのエロ比率はどんどん減り、「物語性」がどんどん増えていった。業界の発展とともに「エロゲー」の中身は「三分ストーリー七分エロ」から、次第に「七分ストーリー三分エロ」へと変わり、中には「十分ストーリー、エロなし」という、まさに本物のビジュアルノベルと化したものまで現れた。コソコソとエロゲーをやっていたオタク連中も胸を張れるようになり、自分がこれをやるのはエロ画像を見るためではなく、純粋に物語を読むためなのだと主張し、さらにはオタクの中のエリートモンスターともなると、「エロゲーをやること」を「芸術的行為」にまで高める始末だった。
だから多くのメーカーが「全年齢」ゲームを出したがり、清廉潔白な日の光の下で「品物は出ていけ、人は入ってこい」を実現し、自社の産業が毎日AVと隣り合わせになることもなく、真のゲーム開発会社になろうとした。
聞くだけなら、新たな芸術の発生と萌芽みたいな話に聞こえる……しかしギャルゲーの受け手はもともと大衆ではなく、「乳を見せろ、尻を見せろ」というオタクどもなのだ。
だから全年齢路線に走ったKIDは死に、その衣鉢を継いで全年齢を目指した5Pb.は、今も偶然成功した『Steins;Gate』にしがみついて離さない。Keyも全年齢ゲームを出してはいるが、どうにも稼働頻度は止まっているようにしか見えない。minoriも全年齢路線を試したが、傷を大きく広げる結果となり、その後は必死に乳と尻を売って生き延びようとした。
「オタクは本当に気持ち悪い。ゲームは物語を読むためだなんて偉そうに言っておきながら、18禁じゃないと買わないと言い出す。結局エロ画像が見たいだけじゃないか」と批判する声は常にある。俺も何年も前はそう思っていた。だが今は違う見方をしている。