人生
Steamでいつ国産ギャルゲー(とりあえずこう呼ぶ)の『候鳥』を買ったのか覚えていない。『青箱』を買うつもりが間違えたんじゃないかと強く疑っている。まあいい、買ってしまった以上返金もできないし、とりあえず見てみよう。
このゲームは内面も外面も、制作水準が比較的「真面目」だ。作品全体から「真剣勝負」の匂いが漂ってくる。これは皮肉でも揶揄でもなく、どちらかといえば前向きな意味で言っている。
ゲームのテーマは、高校生が高考の日々を振り返るときによく使うあのパターンそのものだ。高考はつらいが青春は永遠に残る、というやつ。平凡な男子高校生が人生の方向を見失い、やがて学園のトップ女生徒と出会って努力の意味を見つけ、高校生活の中で少しずつ奮闘して成績を伸ばし、彼女と同じ学校に合格する約束をする。一度目の高考には落ちるが、彼女と自分の未来のために浪人を決意して成功する、という話だ。
神待ち
読み方:かみまち
「救いの手を差し伸べてくれる人を待つ」といった意味だが、特に、家出した女性が自分を泊めてくれる男性を電子掲示板などで探すことを意味する表現。
日本のことを抗日戦争と蒼井そら・松島楓先生のレベルでしか知らない連中が日本に抱く印象といえば、「変態」「思考回路がぶっ飛んでる」「プレイが多様」「歪んでる」とか、まあそんなところだろう。
この手の見方も理解はできる。だってほら、少なくとも中国大陸で目にする日本の社会ニュースといえば、足フェチがコーラ片手に他人の足を30分舐めたとか、耳かき専門のマッサージ店とか、奇妙奇天烈なサービスとか、見た目は完全に無意味なのに妙に気持ち悪いオタク用オナホとか、女の大便を専門に食べるとか、聖水を飲むとか、もうキリがない……
本来、日本は道徳的抑制が非常に厳しい国のはずなのに、そういうものがあるからこそ、発散の場は逆に開放的になるわけだ……
とはいえ、他の地域だって歪んでないわけじゃない。大陸の社会ニュースを漁ってみれば、歪んだ例は少なくない。俺の知り合いの中学の女子同級生なんか、朋友圈で「鄭州の大通りで純血の『足フェチ』に遭遇して、丁寧に足を撮らせてほしいと頼まれた」って書いてた。しかもキスしたいとも言われたとか……で、その同級生はOKしたらしい。
これが本当の「歪み」や「変態」なのかは分からんが、言いたいのは、社会の常識から外れた連中なんて世界中どこにでもいるってことだ。ただ日本がそれを進んでスポットライトの下に引っ張り出してるだけ。
「オタク」と「ACG」文化は最初から「色情」の沼にハマってるように見える。内容の大半は性にまつわるものだ。もっとも、そんなもんを見てる連中に性経験があるわけでもないんだが……だから他人からの印象も良くなるはずがない。同級生が俺を他人に紹介するとき、気を利かせたつもりで「この子のことは気にしないで、二次元だから君らには興味ないの」と補足したときの、あの何とも言えない気まずさよ……
ACG文化が生んだもっとぶっ飛んだ発想のおかげで、日本には「萌化」と「娘化」という面白い趣味がある。女の子が見つからないなら、身の回りのモノを女の子にしてしまえと。電車が女の子になれば、電車に乗るときはまるで女の子の身体の中に入った気分になれる。万年筆が女の子になれば、ペンを握るときはまるで女の子の細い指を揉んでいる気分になれる……コーラが女の子になれば、ペットボトルを揉むときはまるで黒タイツを撫でている気分になれる。ポカリスエットが女の子になれば、君が……ああもういい。
だからAnimeだろうがComicだろうがGameだろうが(まあACGって言葉を日本人が作ったわけじゃないし、向こうはマンガでComicなんて使わないけど)、「モノが娘化して主人公になる」ゲームは必ずある。特にGalgameではな。俺は草泥馬の娘化も見たし、クジラの娘化も、ロボットの娘化も、カメラの娘化も、電車の娘化も、妖刀の娘化も見てきた。人間じゃない鬼や神なんてもちろん、動物やら何やらもな……だから今さら「あるゲームのヒロインがスマホの娘化です」と言われても、これっぽっちも驚かない。
いや、驚くどころか、むしろ当然だろと思う。俺は毎日自分のスマホを30分撫でてるんだが、もしかして心の底ではもうスマホを女の子だと思ってるんじゃないか?
正直な話、俺はもうほとんどただの萌え豚になりかけている。
萌え豚って何かっていうと、もう物語とか筋書きとかどうでもよくなってて、女の子が可愛くて声が良ければ、俺はもうこのゲームはアリだと思う。他の奴がダメって言っても、俺は無理やり理由をこじつけてでもアリだって言う、そういう感じの……
まあそれも仕方ないよな。何せこの世界は顔で決まるんだから。
しばらく抜きゲーばかりやってた時期があって、そのあと廃萌キャラゲーを一通りやって、やっぱり自分は「物語重視」の基本路線に戻るべきだなと思って探してみたら、個人的にかなり好きな『紙の上の魔法使い』のシナリオライターの初期作品『運命予報をお知らせします』を見つけた。日本のオタクが中二空間で書いてる評価をざっと見た感じ、大丈夫そうだったので始めてみた。
プレイ時間は十数時間くらいと聞いていたけど、思ったより長く感じた。やってみた感想はけっこう驚きで、こんなに描写が丁寧な作品に久しぶりに触れたからかもしれない。おかげでこのゲームのあとに新作の『フローラル・フローラブ』をちょっと開いたら、文章のレベルの落差が受け入れられなくなった。前者は大学生の読み物、後者は比べるまでもなく中学生の読み物レベル……
まあ、日本語力が上がってきたせいで、かなりアホっぽい書き方にも「ダサいな」と思うようになったってのもある。昔は意味が分かればいいやって感じだったし。
『お兄ちゃん、キッスの準備はまだですか』が発表されたときから、妙に見覚えがあるなと思ってた。まずタイトル。もう『お兄ちゃん、右手の使用を禁止します』と構文がまるっきり同じ。調べてみたら企画は同一人物、絵師も同じ人が混ざってるし、声優もかなり被ってる。違うのはブランドだけ。確かGaletteの妹シリーズ……おっと、家族シリーズの次回作は『お兄ちゃんティーチャー』だったはずなのに、こっちの『お兄ちゃん、キッスの準備はまだですか』のブランドはTinkle Position。そう、このブランド名、カタカナで読むとチンボとそう変わらない。実際ブランドのシンボルは黄色い笑顔のチンポだ。このゲームの宣伝と設定には既視感しかなかったし、例の欧尼酱ティーチャーの頭なでなで設定と同じノリでキス設定をぶち込んできてる。だから興味本位で遊んだんだ。設定や内容に惹かれたわけじゃない。信じてくれ。
で、このゲームはどうだったか。正直に言うと、遊んでるうちに自分の人生について考え始めた。
まず実話から。ちょっと長い。