『はじめるセカイの理想論』レビュー
誰にでも中二病の時期はある。俺も若い頃は「めちゃくちゃイカした哲学的で含蓄のある言葉」をありがたがって聞いていて、それを真理と崇めては、よく引用しては自分に教養があるかのように見せびらかしていた。
だいたい「人間はみんな自己中だ」「人間はそもそも原始的な欲望に突き動かされる動物だ」「社会は暗黒だ」「世界は陰謀だ」……みたいなやつ。
まったく、誰にでも自分だけの「黒神話」があるもんだ。
ただ、今さらそんなことを言われても、ちょっとアホくさいなと感じる。間違ってるとまでは言わない。多くは確かに事実だ。だが、どれもこれも「正しいクソ真面目な話」でしかない。
「人間とは醜く、自己中心的で、利に走るものだ……」(日本語で言ったほうが効果倍増、なになに「人間とは……」とか)
そうだよ、で、何なの? それって当たり前のことじゃん。そんなのを繰り返し唱えたところで、その「人間の弱点」を利用して金を稼げるのか、それとも人間をそういう「弱点」から脱却させる手立てでもあるのか。むしろ毎日そんなことを唱えてるお前自身がずっとその「弱点」の中に生きてるんだろ?
大人になって、いろんなものを見るようになると、たいていのことはもう驚かなくなる。関心があるのは、どうすればもっと自分が気持ちよくなれるか、もっと現実的になれるか、そっちのほうだ。
ムカつくものを見たら、変えるか、受け入れるか、我慢するか。それ以外のことに意味なんてない気がする。
現実はそうでも、ゲームや映像作品の中ではこういう手の内容はやっぱりウケる。現実では無力だからこそ、仮想の世界では自分が世界を救う妄想ができる。だからギャルゲーの分野でも「創世神になる」的な題材がもてはやされるんだろう。平行世界が次々出てきて、滄海桑田、一瞬で万年を見るがごとき高次元的人类の生存体験を味わわせてくれる。
今回話すのは漩涡の『はじめるセカイの理想論』だ。