感想
主人公の緒方伊織は、何もすることがない透明な高校生。退屈でしかも負け組っぽい高校生活を送っていた。ある朝、登校中に道端で野生の酔っ払い女を蹴ってしまう。女の格好は奇妙で、背中に翼、頭には……光輪(LED駆動)。主人公は大した見識もない萧初南なので、そんな姿を見た瞬間こう口走った。「うわ、もしかして天使?」
するとこのLEDを頭に載せた不良女は一瞬固まってから認めてしまい、自分は天使だと言う。今回地上に降りた目的は男主を救うためで、男主に何か願いはないかと聞いてくる。
ここで男主は抑えていた本性をさらけ出す。天使に自分を幸せにしてほしいと。天使は一瞬ポカーン。これって一戦交えろという意味か? その後、言い直して「彼女を作ってリア充になりたい」と言うと、天使はそんなの楽勝じゃんと承諾する。
こうして契約が成立し、この天使はそのまま男主の家に居候して、図々しくもタダ飯を食らう生活を始める。
久しぶりのブログ更新。主な理由はやる気が出ないから。書いても時間の無駄だし。あと一度「あまり書かない」状態に入ると慣性が働いて、書かないほど書きたくなくなる。そのまま怠惰な犬としてダラダラしていた。
商業記事を書き終えた直後、何かまた書こうかなと思ってスクショを整理していたら、自分がまだ感想を書いていないギャルゲーがあることに気づいた。そこで不思議なことが起きた。自分がそのゲームを遊んだことすらほとんど覚えていないのだ。話の内容も思い出せない。先月の紫社のあの異世界転生小品の主人公みたいに、過去に起きたことを完全に忘れている……
そのゲームは『ジュエリー・ナイツ・アルカディア -The ends of the world-』。以前そこそこ良い大作だと思った『ジュエリー・ハーツ・アカデミア』の続編……?
当時依頼してくれた編集者とのチャット履歴やら何やらのスクショのおかげで、ようやくどんな内容だったか思い出してきた。思い出したらちょっと笑えてきた。
前置き:
ずっとタブレットに特別な需要はなかったけど、じゃあ完全に要らないかというとそうでもない。
タブレットは要る。自分のタブレットへの需要はリーダーとして使うこと、ウェブを見る、動画を見る、PDFを見る、寝る前に何か聞きながら寝落ちする、ただそれだけ。
もともと使っていたのはOKショップで仕入れたLGの中古ジャンク品だった。これについて記事は書いてない気がするけど、300元という価格には見合う代物で、動画マシンとしては十分だった。ただ最大の欠点はそのシステムで、Androidタブレット、しかも日本向けAndroidタブレットなので中身にゴミが大量に入っていて、そこからいろんな問題が発生する。システムアップデートの問題もあれば、ソフトの互換性問題もある。例えば小飛行機(VPNアプリ)の梯子が使えなかった。うちがグローバルプロキシじゃなかったら、これでYoutubeを見るのは無理だったろう。
そこでこんな考えが浮かんだ。Linuxをタブレットとして試してみてはどうか。GnomeはUIデザインが「タッチ過ぎる」と長年叩かれている。ならば本当にタッチタブレットとして使ったら、むしろ合うんじゃないか?
思いついたら行動あるのみ。
六歳で母親を亡くした日本人女子中学生・美玲(みすず)は、もうすぐ十六歳の誕生日を迎えようとしていた。そして誕生日の夜、年齢の近い女の子が窓を叩く。彼女は「陽子」と名乗り、美玲の母親だと言う。十六歳の頃からタイムスリップしてきたのだ。美玲は母親にもう一度会いたいと願ってはいたが、目の前にいる十六歳の少女を「母親」という言葉と結びつけるのはやはり難しい。
この「母親」と一緒に家の周りを一周して懐かしさに浸ったあと、陽子は美玲を誘う。一緒に冒険に出かけよう、と。
美玲はなぜか、自分は行くべきなのだろうと感じ、わけもわからないまま陽子について家を出る。二人は長い洞窟を抜け、なんと再び時空を超えて十数年後の世界へやってくる。陽子が電話をかけると、まるで約束していたかのように、夫婦と同い年くらいの女の子が現れる。少女の名は小紬(ツムギ)。この小紬は、美玲が未来で産んだ娘なのだ。つまり小紬を連れて美玲に会いに来たのは……何年も後に家庭を持ち結婚した、自分自身だった。
昔、自分で「これはイケてるだろ」と思ったアイデアがある。今をときめく「フェミナチ」をヒロインに据えたギャルゲーを作る、というものだ。これなら話題性も抜群だし、衝突も十分すぎるほどある。
俺は女性の平等には反対しない人間だが、「フェミニズム」と「フェミナチ」は別物だと思っている。前者は平等な権利を求める声で、後者は過激派による前者の破壊活動だ。ネット環境がますます分断される今、後者の台頭と声量は前者を追い越しつつある。
はっきり言えば、前者はまともな人間、後者はただのバカだ。バカをギャルゲーに入れて、できれば抜きゲーにして、思う存分犯す。これくらい過激な妄想、別にいいだろ?
その妄想は去年、あっさり満たされた。『オトメ世界の歩き方』というゲームが「フェミニズム」を看板に掲げてプレイヤーを釣っている。未来の世界では女性が完全に権力を握り、「性別隔離法」なる特例法を制定。女性は特権階級、男性は家畜以下の扱いで、両性は物理的に隔離される。社会の上流を象徴する「新東京市」にはほぼ女性しかおらず、男は辺境で兵士として、最前線の敵勢力の侵略と戦う消耗品にされている。
物語の冒頭、主人公は社畜として生活と上司の重圧に毎日押しつぶされ、死にたいという思いを抱く。日本人が大好きな駅のホームで、やってくる電車を前に飛び降りようとする。
ふわりと飛べば、人生から完全に解放される。
もちろん、主人公にそんな度胸はなく、結局は惨めに生き続ける。そんな彼の心が極限まで沈んでいたとき、一人の少女に出会う。彼女は混浴の銭湯に入りたいから手伝ってほしいと頼んでくる。理由は単純で、入ったことがないから入ってみたい、というものだった。
少女はナギサと名乗り、とても明るく見えた。混浴の銭湯に入るだけでなく、主人公をあちこちへ引っ張り、美食を味わい、新しいことに挑戦する。海辺へ景色を見に行ったり、島へリゾートに行ったり。何か不思議な魔力でもあるのか、主人公は彼女に引っ張られるままだった。他人なのに、二人はまるで恋人のようにデートのようなことを重ね、最後には本当に恋人のように、愛し合うことまでしてしまう。
ところが、ナギサと一発やって眠りから覚めると、彼女はいつの間にか起き上がってベランダへ出ていた。主人公に感謝を告げ、自分は十悪不赦の殺人犯だと明かし、最後の願いは叶ったと言い残して、そのまま飛び降りる。下の階に激しく落下し、血の海に倒れた。
このゲームが発表されたとき、自分は期待で胸がいっぱいだった。何しろまどそふと制作、品質は保証済み。柚子奈の原画は目に優しい。そしてシナリオも自分がめちゃくちゃ興味ある「逆襲もの」だ。脚本家は以前エロゲーで調教・凌辱ものを書いていた人らしく、その匂いがまたたまらない。最初の宣伝で流れたあの燃えまくりのOPも相まって、期待値はもう振り切れていた。
そしてゲームが発売。期待に胸を膨らませてすぐにプレイしたのだが、進めていくうちにどうも様子がおかしい。「能ある鷹は爪を隠す」的な、貧乏人が上流階級に成り上がる爽快なストーリーはどこにもなく、むしろゲーム全体が「音符社」によくあるパターンと化していた。主人公がまたしても学園のサキュバスと化し、女全員が夢中になり、挙げ句の果てには生徒会に直で招待される始末。
そこから物語は自分が一番よく知る、しかし全く期待していなかった方向へ進んでいく。主人公は逆襲したいと言うが、階級を飛び越える方法が上流社会のお嬢様と交尾すること。血統的にも婿入り的にも最適らしい。しかも妄想まで始める。また妄想かよ。学園の種馬になって、女全員が自分の嫁で、産む子どもの数まで考えている……。
何だその山東人ロジック……。
物語の始まりは、すでに学校をサボっている主人公・宵宮梯子が、家出の途中で街の廃墟に迷い込み、そこで片翼だけの天使と出会うところから始まる。天使はその羽で主人公に不思議な力を与え、羽の回収に協力してほしいと頼み、特殊な能力を秘めた羽を一枚手渡す。ただし、羽を返した時には関連する記憶を失うという条件付きで。
ここ数年ずっと引っかかってることがある。あざらしそふと、通称「海豹社」って制作会社は一体何者なんだろう、と。毎日のように色んな会社や制作チームとコラボしまくってるくせに、自分とこで作るゲームは「XX彼女」みたいなテンプレ恋愛ゲーばっかり。で、その会社の背景を調べてみたら、これが全然シンプルじゃなかった。面倒な経緯は端折るけど、いわゆる「海豹社」の母体は元々Keyの原型で、比較的知られてる『One』ってゲームも作ってたところなんだよ。
家がデカイからなのか、それとも郷愁なのか、その会社は今もギャルゲー業界で生き続けてて、今は「海豹社」。そんで最近、また別の歴史ある会社とコラボした。どう見ても半死半生にしか見えないLump of Sugar(方糖社)との新作がこれ、『きら☆かの』。若者の流行に乗っかったように見えて、実際は思いっきりスベってる。
ルクルというシナリオライターは、Galgame市場の中でちょっと異質な存在だと思っている。他の作品がまだ表面的でステレオタイプな二次元恋愛にこだわっている頃から、ルクルは演劇風の文章と演出で、ひと味違う見せ方をしてきた。「中二病哲学」だの「暗くて重い話」だの「テンプレ通りの校庭告白」だのに固まりきったGalgameのシナリオ業界に、一種の次元の違う一撃を食らわせたわけだ。
『紙の上の魔法使い』『水葬銀貨のイストリア』『空に刻んだパラレログラム』、そして『冥契のルペルカリア』を経て、ルクルは長いこと新作を出していない。サボっているからだと言う人もいるが、自分はそうは思わない。彼の一連の語りを追いかけたり、ちゃんとプレイしたことがある人なら、ルクルの得意な叙事の三本柱はすぐにまとめられるはずだ。矛盾だらけの悲惨な宿命、臆病な主人公と、長い時間をかけてその耳元で悪魔の囁きを続ける敵役、そして天才を造形して凡人が彼の前に抱く劣等感を描くこと。だから『冥契のルペルカリア』はすでに集大成なんだよ。ルクルが出し切れるものを全部詰め込んだ作品で、この作品の中に他の作品の影をいくつも見ることができる。自分はしばしば、ルクルは『冥契のルペルカリア』を書き終えたあと燃え尽きてしまったんじゃないかと思う。
もちろん、冗談めかして言えば「ネタ切れ」だ。
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