感想

『Pieces/渡り鳥のソムニウム』レビュー

誰にでもある種の錯覚があるはずだ。ある人に出会ったとき、あるいはある瞬間に、頭の中に「この情景/この人、夢で見たことがある気がする」という考えがふとよぎる。 この現象については多くの人が研究し、論証してきた。大半がたどり着く結論はいくつかの可能性だ。記憶のズレか、似た場景による錯覚か、あるいは潜在意識にある場景の曖昧な記憶か。シュタインズ・ゲートのゲームに至っては「異なる世界線の既視感」と説明していたりもする。そして最後に、確証はないが排除もできない要素がひとつ残る。夢だ。 つまり、あり得る話として、あなたが出会った馴染みのある出来事は、確かに夢で見たものかもしれないのだ。 夢は面白いものだ。人間は自分の夢を決してコントロールできないが、その夢はその人自身が作り出している。すなわち、私たちが夢の中で冒険しているとき、その夢は私たち自身が編み出したものなのである。「自分と自分で遊んでいる」感覚がちょっとある。 普通の人間は毎晩眠るときに一〜三つの夢を創造していて、成長の過程でさまざまな夢が積み重なるとその数は恐ろしいほどになる。それらの中には現実で出会う情景に近いものが一、二つあってもおかしくない。だからいわゆる「既視感」が生まれる。この方法で人間の「いつも夢で見た気がする」感覚を説明するのが一番信頼できるはずだが、そんな冷たい現実より、私たちはロマンチックな解釈のほうを受け入れたいと思う。 「あなたと私の間には天が定めた何らかの繋がりがあって、だからこそ私たちはとうに夢の中で出会っていて、夢の中の情景が現実での出会いへと私たちを導いた……」 ロマンチックに聞こえるだろ? uh?

『ネコ神さまと、ななつぼし -妹の姉-』レビュー

いつも通りの一日、いつも通りに妹が起こしに来る。 「お姉ちゃん、朝ごはんできたよ、起きて」 俺は男なのに、妹はずっと俺を「お姉ちゃん」と呼ぶ。 「なあ、ずっとそう呼ぶの、いいのか?」 妹が出て行った直後、横から人影が現れて、黒髪の女の子がそう聞いてきた。 実はこの「女の子」は猫で、しかも「猫神」、その猫神は俺の命の恩人でもある。 すべては二週間前にさかのぼる。

『金色ラブリッチェ-Golden Time-』レビュー

業界の癌ことminoriがついにゲーム事業からの撤退を決めたと聞いて、嬉しさのあまり一日中何も書けなかった。 minoriといえば『悠久の翼』だの『Eden』だのといった「神作」を作ったことがあるわけで、それなりの知名度のある大手が突然「倒産」した(ゲームを作らなくなるだけだが)と聞いて、なぜか物悲しくなる人も多いだろう。だが俺はあえて言いたい。ギャルゲー業界がここまで悲惨なことになったのは、こうした死ぬに死ねない「老舗の頑固ジジイ」どもと大いに関係があると。 遥か昔を思い返せば、当時はまだギャルゲーという概念すら存在せず、あるのはいわゆるエロゲー、その名の通り正真正銘の「エロゲー」で、内容のすべてはエロを提示するためのものだった。それが時代が下るにつれ、いくつかの老舗が参入したことで、エロゲーのエロ比率はどんどん減り、「物語性」がどんどん増えていった。業界の発展とともに「エロゲー」の中身は「三分ストーリー七分エロ」から、次第に「七分ストーリー三分エロ」へと変わり、中には「十分ストーリー、エロなし」という、まさに本物のビジュアルノベルと化したものまで現れた。コソコソとエロゲーをやっていたオタク連中も胸を張れるようになり、自分がこれをやるのはエロ画像を見るためではなく、純粋に物語を読むためなのだと主張し、さらにはオタクの中のエリートモンスターともなると、「エロゲーをやること」を「芸術的行為」にまで高める始末だった。 だから多くのメーカーが「全年齢」ゲームを出したがり、清廉潔白な日の光の下で「品物は出ていけ、人は入ってこい」を実現し、自社の産業が毎日AVと隣り合わせになることもなく、真のゲーム開発会社になろうとした。 聞くだけなら、新たな芸術の発生と萌芽みたいな話に聞こえる……しかしギャルゲーの受け手はもともと大衆ではなく、「乳を見せろ、尻を見せろ」というオタクどもなのだ。 だから全年齢路線に走ったKIDは死に、その衣鉢を継いで全年齢を目指した5Pb.は、今も偶然成功した『Steins;Gate』にしがみついて離さない。Keyも全年齢ゲームを出してはいるが、どうにも稼働頻度は止まっているようにしか見えない。minoriも全年齢路線を試したが、傷を大きく広げる結果となり、その後は必死に乳と尻を売って生き延びようとした。 「オタクは本当に気持ち悪い。ゲームは物語を読むためだなんて偉そうに言っておきながら、18禁じゃないと買わないと言い出す。結局エロ画像が見たいだけじゃないか」と批判する声は常にある。俺も何年も前はそう思っていた。だが今は違う見方をしている。
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『Sugar * Style』レビュー

何か奇抜な前置きを書こうかと思ったが、どうせ奇抜に書いたところで誰もじっくり読まないのでやめた。ゲームの話をしよう。

『絆きらめく恋いろは -椿恋歌-』レビュー

『絆きらめく恋いろは』は発売当時、これといった亮点がないように見えたのに、最終的な売上は意外なほど良く、しかも……評価も高かった。 評価が高いのはゲーム本編がどうこうというわけでも、ヒロインの女一号の造形がどうこうというわけでも、あのメインシナリオがどうこうというわけでもない…… ひとえに女二号、つまり椿というキャラが可愛くて萌えるからだ。 で、その椿のルートが何かというと、本人は一族最大の栄誉と資源を持ちながら、ゼロから成り上がった連中にことごとく叩きのめされ、最後はかろうじて尊厳を保っただけ。こんな筋書きのどこが褒められるんだって話だが、それでも大衆は椿を可愛くて萌えると感じ、そのルートで俺が唯一いいと思った心理描写や努力と奮闘のあれこれは完全に無視された…… トニカクカワイイ、要するに可愛ければいいのだ。 ふざけんな! またか! またか! シナリオが萌えに負けた! そして今回は萌え勢に配慮して、このゲームはファンディスクが出た。主役は元の主役ではなく、ルートも元のルートではなく……椿だ。 タイトルも『絆きらめく恋いろは -椿恋歌-』になった。

『ソーサレス*アライヴ! ~the World's End Fallen Star~』レビュー

非著名エロゲー開発会社のLASSは2018年5月に完全に息を引き取った。社長の剣技マナは「5月1日以降の業務は全てDMMに移管する」と宣言し、LASSの主力ライターだったLEGIOんもDMMへと移り、新作の開発に参加した。 そうして下半期になると、新会社Fluoriteが現れ、新作『ソーサレス*アライヴ! ~the World’s End Fallen Star~』も現れた。このゲームのスタッフロールに、俺は見慣れた名前を見つける。LEGIOん、そしてもう一人の見慣れた絵師、早川ハルイだ。 この「LEGIOん」とは、実は俺もやり取りしたことがある。彼の生活はあまりうまくいっていないようで、LASSが倒産した後は流れに身を任せているような雰囲気があった。会社が潰れ、母親も亡くなり、まるで蚁族のように生きている。俺はTwitterで彼に「頑張って」と伝え、彼も返信してくれた。しかし驚いたことに―― 彼は中国語ができるのだ! しかも恐ろしいことに、彼はしばらく前から俺のTwitterをフォローしていたらしい……つまり、俺が毎日あそこでグダグダ文句を言い、この会社はバカだと罵り、あのライターはバカだと罵っていたのを、恐らく全部理解されていたということだ。 だから『ソーサレス*アライヴ!』が発売されたとき、俺はこっそりXに移動してツッコミを入れた。一つには、制作陣に「お前が遊んでるのは海賊版だ」とバレるのはさすがにまずい。もう一つには、本人を目の前にして「このゲームはクソだ」と言うのは…………あまりに失礼すぎる。 で、このゲームは実際クソなのか? 少なくとも最初に体験版を触った時点では、そうだった。

『食用系少女』レビュー

先日ニュースを見てて面白い記事があった。台湾の『食用系少女』ってゲームがSteamで配信を拒否されたらしい。理由はエロ要素が多すぎるから、だそうだ。 まあ別に珍しい話でもない。最近はどこのゲームもSteamに集まろうとしてるし、エロゲーもあればエロの擦り寄りみたいなのもある。Steamはアメリカの白人が仕切ってるプラットフォームだから、児童ポルノまがいのものは確実に潰される。 で、その『食用系少女』について調べてみたら、どうやら想像してたのと違う…… 見た目はソフトエロっぽいけど、ゲーム自体は別にギャルゲーってわけじゃない……というか、エロゲーみたいなテキスト主体のゲームじゃなくて、ちゃんと操作できる部分がある。 はっきり言うと……これは「経営シミュレーション」がメインのゲームだ……だから余計に興味が湧いた。 でも開発が台湾の会社だから、公式サイトで大陸のIPをBanしてるし、Steamにも出せないからパッケージ版しか売ってない。遊びたくても遊び方がわからない…… ところが友人の協力でこのゲームを手に入れたので、早速プレイ開始。

『デイグラシアの羅針盤』レビュー

『デイグラシアの羅針盤』は同人サークルCatalystが制作した同人ゲーム。初出は2015年ごろで、2018年12月にグラフィック強化とOP2追加を経てNintendo Switchに移植された。

『言の葉舞い散る夏の風鈴』レビュー

『言の葉舞い散る夏の風鈴』は発売前からかなりの人気があった。別にこのゲームの設定がヤバいほどすごいわけじゃない……制作スタッフの面子のおかげだ。シナリオの範乃秋晴は以前『景の海のアペイリア』やロケット開発の話を書いていて、評価も悪くなかった。今回は絵師(より腕の立つ絵師を連れてきた)以外はほぼ同じ面子なので、期待するのも当然だろう。 ゲームが発表されてみると、特に目新しいものはなさそうだった。少なくとも前作『景の海のアペイリア』と比べると、今作はほとんど白湯みたいな設定だ…… でもシナリオ担当のおかげで、大半の人はこの作品にかなり期待していたようだ。 しかし、俺たちはこの作品に何を期待していたんだろう?超展開?ハイテク?物理学の教科書?論理パズルのクイズ? 脚本が以前あんなすごいものを書いたんだから、この作品もすごいはずだ、たとえ「青春」で「普通」の設定を掲げていても、裏にはきっと深く考えさせられる内容があるに違いない——そう思っていた人も多いんじゃないか。 だが、俺たちはみんな間違っていた。これはただのこれ以上ないほどシンプルな白湯作品だ。 ああ、むしろ白湯としても不合格だ……
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『空に刻んだパラレログラム』レビュー

ギャルゲーといえばエロゲー、エロゲーといえば印象に残る作品、印象に残る作品といえば『紙の上の魔法使い』、そしてその背後のシナリオライターといえばルクルだ。ルクルといえば2018年末に桐葉と共に送り出した新作『空に刻んだパラレログラム』、文学畑からスポーツ背景へと跨ぎ、まさに文と体の二刀流、注目すべき作品である。 俺はルクルについて何度も語ってきたし、彼の作品も何度も勧めてきた。物語の面白さが最大の理由だが、ルクルは話がうまく、文章も幼稚じゃない。読んでいて心地いい。これが彼の最大の個性であり魅力だ。誤字が多いと叩く人もいるが、毎日のように文章を書く人間に誤字の一つや二つあるだろう(自分のことではない)。だから今回の『空に刻んだパラレログラム』の発表で、俺は板挟みになった。 板挟みはすぐに分かる。一方でルクル新作への期待、あの酸っぱ気持ちいいシナリオへの期待がある。一方で……この新作……『空に刻んだパラレログラム』、パクリ臭が強すぎないか? 言うまでもなく、目がある人なら分かる。この『空に刻んだパラレログラム』は、背景設定もキャラ設定も、とっくに潰れたあの会社のあの作品に極めて似ている。そう、Spriteの『蒼の彼方のフォーリズム』、通称あおかなだ。同じ空中スポーツ、同じ主人公コーチ役、同じ4色のヒロイン。一時期このゲームの評価は諸説紛々で、大半はあおかなの「精神的続編」と見ていた。設定が似すぎているからだ。さらにルクルの過去作の傾向から、この『空に刻んだパラレログラム』も人がバタバタ死んだり障害を負ったりするんじゃないかと推測する声もあった……彼の過去作はどれも鬱展開だったからな。 だから心配で、板挟みで、しかしどうであれクリアしないと分からない。2018年の終わり、米中合作の西遊記がクランクインする前に、俺はようやくこのゲームを終えた。だがもっと困惑する境地に陥った。 「このゲームは過去作と比べて、進歩したのか、後退したのか?」 この問いに答える前に、ゲーム全体を振り返った方が答えを出しやすいだろう。