感想
ギャルゲーをたくさんやっていると、いつしか法則めいたものが見えてくる。
たとえば多くのギャルゲーの恋愛描写はだいたい同じだ。ヒロインが主人公に好意を抱いても、それは心の内に溜め込まれるだけ。言い出そうとするたびに主人公はとぼけ、ヒロインは奥ゆかしく構え、主人公は相変わらずうろちょろする。そして特定のイベントが訪れて、主人公は自分がヒロインを愛していることに気づき、告白し、デートし、エッチして、END。
この流れはかなり王道だし、別に悪くもない。だが塩味の豆腐脳がうまくても、五仁入り月餅が美味くても、毎年毎月毎日食っていればさすがに飽きる。そこで一部のエロゲーメーカーは、いろんな奇抜な仕掛けを始めた。ヒロインが人間じゃなくて神様だったり、ヒロインが虐殺されたり、設定が未来だったり過去だったり、こうタイムスリップしたり、ああ未来を変えたり。
そんなことを繰り返すうち、Girl and Love Game の略であるギャルゲーという言葉も、だんだん名前負けするようになった。海外勢がいつもこれを Visual Novel と呼ぶのも無理はない。実際、物語そのものが小説と化している作品もある。なのにそういう作品でさえ、パッケージには18禁ゲームのシールが貼られ、ただ集客のために、いかにも場違いな「恋愛要素」を無理やり詰め込み、詰め込みながらエロシーンも入れて、少しでも多くのプレイヤー、少なくともシナリオなんか気にせず抜きたいだけの連中に、売上をちょっとでも貢献してもらおうと願っている。
童話が好きだって人は、俺以外にもいるんだろうか。
童話ってのは当然、子ども向けの話だ。もう子どもじゃないのに、それでも子ども向けの話に憧れてしまう……
遠い昔の伝説、空の神様、王子とお姫様、森と木漏れ日、それから可愛い胸ぺったんの細っこい体をぎゅっと抱きしめたくなるツインテールの女の子……
だから俺は童話風の話が好きだ。ギャルゲーもそう。もちろんこれはロリコンとは関係ない。本当に関係ない。マジで関係ない。
『恋×シンアイ彼女』は正直最初はやる気がなかった。理由は二つ。
一、設定が好みじゃない。学園恋愛ものなんて見てるだけで眠くなる。 二、持ち上げられてるシナリオライターの新島夕がそこまで好きじゃない。
初雪桜(はつゆきさくら)は良いゲームだと思うけど、新島夕って奴のシナリオ能力は正直褒められたもんじゃない。如月金星での仕事を見ても、俺の判断は間違ってなかったと証明されたようなもんだ。
NFCはかなり前から見かけていたし、Sony Xperia Z1を使っていた頃にはもう搭載されていた。ただ、ずっとこの機能を使う機会がなかった。
いや、完全に使ったことがないわけでもない。中国建設銀行のキャッシュカードをかざして、Alipayでカード情報を少し見ただけ。それ以外は何もない……
NFCタグ自体も見たことはあった。たしかSonyも出していた気がする。あの時は「で、何に使うの」と思っていた。
でも結局そういう「で、何に使うの」な物が、京東の送料合わせのために私のところにやってきた。来たからには試そう、というわけで。
陳腐だと分かってるし、こんな書き方はすべきじゃないとも思うんだけど、ゲームの話をする前にちょっと昔のことを語らせてほしい。人生経験と照らし合わせてこそ、ゲームの中身もより深く感じられるってもんだ。
まずは眼差しから……
俺がこの人生で忘れられない女性の目、その一つに小学時代のとある女子の目がある。
当時の俺は優等生だった。かなり極端な優等生で、正直なぜ自分が優等生なのかも分からなかった。授業の内容は当然覚えるべきものだと思ってたし、体育の長距離走も当然あれくらいの速さで走るべきだと思ってたし、スピーチも当然ああいうふうにやるべきだと思ってた。
理解できなかったし、分かりようもなかった。こうした俺にとっての「当然」が、他の人間にとってはどれほど難しいことなのか。
俺は他人を敵だと思ったことはないけど、こっちを挑戦対象にしたい奴は必ずいる。
ある期末試験のあと、一人の女子が飛び出してきて、強い眼差しでこう言った。
「覚えておいて。次の試験で、私は絶対に一位を取って、あなたを超えるから」
言い終わると、彼女は振り向いて走り去った。
そして次の期末試験、彼女は本当に一位になった。俺は数学で一問間違えて二位。正直これはあまり気にしていなかった。すぐ次の試験でまた俺が一位になったからだ。そしてあの女子はやっぱりあの、非常に強靭な……どこか怨みがかった目で俺を見ていた。
「なんで彼女は俺を敵みたいに見るんだ?」理解できなかった。しかしこの感覚が分かったのは、それから何年も経ってからのこと。そしてこの感覚への共鳴は、歳月が流れるほどにますます深く、鮮明になっていく……
月明星稀、秋の夜はもう冷たさを帯び始めている。
一人の老人が半袖とジーンズ姿で、暇そうにスマホをいじっている。
「おじいちゃん」——少女の声がした。どうやらこの小さな子はしばらく前から老人を見つめていて、ようやく勇気を振り絞って話しかけたらしい。「夜はこんなに冷えるのに、外にいて寒くないの?」
「冷たくねえよ。」老人だが、口調には明らかに軽薄さが混じっていた。だが顔を上げて目の前の少女を見ると、こんな話し方は自分のイメージに合わないと気づいたのか、表情を整えて、お世辞にもいいとは言えない笑みを浮かべ、少女に向かって言った。「寒くないよ~ありがとう~。」
少女は老人の話し方など気にしていない様子で、ただゆっくりと続けた。「おじいちゃんおじいちゃん、何見てるの?」と言いながら、老人の手元のスマホを覗き込み始める。
老人は少し気まずそうに、急いでスマホをしまった。彼は少女にスマホの画面の中身を見せたくなかった。なぜなら彼の目には……いや、大部分の人の目には、そのスマホの画面の中身はとても他人に見せられるものではなかったからだ。
「坊や~」老人は平静を装った。「なあ、わしが昔話をしてやろうか。」
「物語ね、どんな物語?」 少女も断らず、むしろ何でも知ってる風な顔をしている。
「どんなのが聞きたい?」
「イケメンも美女もいるし、恋愛もするし……」
「ちっ」と老人は舌打ちを一つすると、すぐさま笑顔を作り直した。「織姫と彦星の話は知ってるか?」
「流…………氓…………姪っ子?」少女はきょとんとした顔で首をかしげる。
最近の若いもんは織姫と彦星も知らねえのか? 老人はしみじみとつぶやいた。「聞きたいか?」
「うん!」 少女はとても興奮していた。
「さあさあ、ここに座りなさい。」老人は自分の隣の綺麗な場所をポンと叩いた。「物語は最初から話さねばならん……」
……………………
『妹ぱらだいす 2』は『妹ぱらだいす』の続編だ。少なくとも精神続編ではない。
なぜそう言い切れるかというと、たぶん比較画像が一枚必要になる。
こちらが妹ぱらだいす 1 の主人公のキャラデザ:
そしてこちらが妹ぱらだいす 2 の主人公のキャラデザ:
しかも言っておくと、二つのゲームのキャラは同一人物という概念が存在しない……
ふざけんな!!!
『妹ぱらだいす』は絵柄のいい純愛系のゲームで、物語は家庭と家族愛を軸にしている。両親が旅行中、年長の兄が5人の妹の面倒を見るという話だ。
大半のギャルゲーは小説化の方向へ進んでいるが、どこか中途半端な感じがある。そう言うのは、本物の小説にはそこまで会話や日常がないのに、ギャルゲーにはあるからだ。音声がある以上、会話がなければCVの存在意義もない。だから大半のギャルゲーは好評な作品であっても、日常パートがやや冗長に見える。日常が終わってから、ようやく伏線が回収されて物語が動き出すすることが多い。
僕はギャルゲーのシナリオがより洗練されていく試みには期待しているが、驚きが来るまでは、ギャルゲー自体は普通の古典的純愛作品のほうがいい。その点で『妹ぱらだいす』はよくできている。
世界は豊かで彩りに満ちている。どんな闇や不条理があろうとも、人間性の美しさを讃える気持ちは止められない。
蕭煌奇に『你是我的眼』という歌がある。盲目の男が恋人の支えのもと、恋人の目を通して世界を見つめるという歌だ。自分は見えなくても、恋人がそばにいてくれれば、色とりどりの世界は今なお瞳に映り込む。
君は僕の目、季節の移ろいを教えてくれる。
君は僕の目、混み合う人波を抜けさせてくれる。
君は僕の目、広大な書物の海を読ませてくれる。
君が僕の目だから、この世界がすぐ目の前にあると分かる。
歌詞は胸を打ち、涙がこぼれる……
似たような話はよくある。今日語るのは、また別の心温まる物語だ。
『時計仕掛けのレイライン』はなかなか自信に満ちたゲームだ。なぜそう言えるかって?
一つのゲームを平気で分割して売っているからだ。
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