感想

『ゆきこいめると』レビュー

ギャルゲーをやる動機のひとつに、いろんな物語を見たいというのがある。でもラノベやアニメだと、厳密なストーリーが語られることは少ない。設定と導入だけ渡されて、あとは展開、展開、また展開。ノリノリで読んでたら追いついちゃって、週イチ更新を待つしかない。作者もずるずる引っ張って、こっちが髭が生えるまで待たされる。ようやく終盤にこぎつけたと思ったら、何も語らないオープンエンドか、クソみたいな打ち切り。そんな気持ちを味わうのは漫画で二回経験したらもうたくさんだ。 多くのギャルゲーには、少なくとも明確なメインラインがある。序盤がどれだけ茶番でも、日常でも、最後のエンディングに繋がる必須のメインラインとクライマックスは存在する。だから俺がこれまでやってきた廃萌系の作品も、終盤にはそれなりのストーリー展開があった。出来はともかく、少なくとも「物語は終わった」と示してくれて、最後はハッピーエンド。 ……だが、ゆきこいめると は完全に別枠だ。ゲーム全体にこれといったメインラインがなく、純粋な日常もの。日常以外に何もない日常。 どれくらい純粋かって? 「GJ部」見たことある? 「のんのんびより」は? 「ゆるゆり」は? あれらに設定と世界観以外のメインストーリーなんてあった? ないだろ!? つまり ゆきこいめると はそういうノリ。できれば「4コマ漫画」スタイルと呼んだほうがいい気がする。

『11eyes: Resona Forma』レビュー

11eyes: Resona Forma は 11eyes のファンディスク。実はこのゲーム、かなり前にやったことがあって、そのときは草壁美鈴と橘菊里のルートだけ通した。当時は不完全な中国語翻訳版だったし、自分も日本語が分からなかったから、他の内容は諦めるしかなかった。で、今になって拾い直してみたら、翻訳されてる範囲が増えてるし、自分にも「連蒙帯猜」レベルだけど日本語読解力がちょっとついたので、進めてみることにした。 個人的に 11eyes にはかなり思い入れがある。なにせこれ、自分が初めてプレイした、グロい血しぶきと異世界転移モノの魔幻バトル要素を備えたギャルゲーだからだ。それまでは純粋な恋愛もの、しかも萌え系ばかりだった。それに 11eyes はシナリオの設定と構成に独自の工夫がかなりあると思う。バトルの描写もそうだし、豊富な魔幻的記述——剣術に魔法、後には科学魔法、さらに体術戦闘まで、基本的に全部揃っていて、しかもどれも書き崩していない。 今見て一番面白いと思う設定は、Xbox版に同梱された虚空境界編での現代魔術のアイデアだ。サーバー側に魔法詠唱コードを保存しておいて、魔術師は携帯でネットに繋いで遠隔から呪術をロードして発動する。魔法同士の対抗にはビッグデータによる魔法属性解析まであって、ネットワーク層での攻防や反制も絡む。今でも、こんなに面白い設定のバトルは他に見たことがない。 「友と明日の為に」が 11eyes のテーマ。友と明日のために——11eyes がそれなりに人気だったからこそ、ファンディスクが出るのも当然の流れだ。ファンディスクの名前は Resona Forma。ラテン語で、おそらく Resonating Form、つまり「共鳴形態」あるいは「共鳴方式」と理解していい。劫の眼とその持ち主の間のさまざまな共鳴を暗に指すし、このゲームがさまざまな可能性を提示するIF、Before、After構造のシナリオだということも示している。

『Clover Heart's』レビュー

Clover Heart’s は2003年の古いゲームで、Alcotの初期作品にあたる。これが10年後に記念作としてClover Daysが出された。 今見ても、2003年の古いギャルゲーとして Clover Heart’s の光る点は確かに多い。時代を超えてる部分すらある。
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『プラマイウォーズ』レビュー

ゲームはな、楽しけりゃいいんだよ。新作が必ず神ゲーだなんてのは無理に決まってるし、終わったあとにクソを食った気分になるのは制作陣のイキりが原因で、そんなことは誰も望んじゃいない。ほら、ここにプレイすれば必ず気分が良くなる作品があるんだが、見ていくかい? プラマイウォーズはAsa Projectの新作だ。この会社のゲームの特徴は……ここでも書いたが、とにかく滅茶苦茶やって顔芸する。表面的にはぐちゃぐちゃな感じなのに、なぜか楽しい空気をくれる。恋愛0キロメートルはプレイしたことある人も多いだろうし、特徴もだいたい知られてると思うが、表向きは滅茶苦茶でもシナリオにはちゃんと芯があって、騒がしさの合間に女の子それぞれの女子力をしっかり感じられる。 で、制作陣はそのパターンが受けたと思ったのか、そのままパクって設定もだいたい同じ新作を出してきたわけだ。それがこのプラマイウォーズ。名前の意味は俺もよく分からんが、puramaiは日本語でwarsは戦争、要は一軒の家に同居する二家族の対抗戦が主な設定ってわけだ。片方は主人公の「品行方正」サイド、もう片方は別家族の「品行下等」サイド。 公式サイトの紹介は「物語は品行方正と品行下等、二家族の戦争のなかで始まる」だそうだ。 ここで一つ澄清しておきたいんだが、このいわゆる「戦争」はゲーム内ではほぼ存在しない……基本はかなり仲良くやってる。 作文の添削で言うところの、脱線である。

『1/7の魔法使い』レビュー

マイナーなものに触れると優越感が湧く。ギャルゲーも同じだ。 だから僕はずっと、TVアニメのような尺に縛られた窮屈なパイプライン工程に比べて、ギャルゲーのシナリオ表現のほうがずっと自由で、出来もいいと思ってきた。それにオリジナルアニメの比率はそんなに高くなくて、大半はラノベや漫画の改編、あるいはギャルゲー原作だ。少なくともシナリオのオリジナル度でいえば、ギャルゲーはTVアニメよりちょっとだけ有利なはず…… でも例外はある…… まさかギャルゲーがラノベと同じ路線を選ぶとは思わなかった…… しかもパクリラノベ路線だ……

『晴のちきっと菜の花びより』レビュー

Quoraのキーボード評論家たちが議論していた問題がある。 ギャルゲーは文学か? 実はこの問題自体が問題だ。ゲームが文学かどうかを聞くのは、「人間」は「変態」かと聞くようなものだ。確かに人間には毎日舐めないと気が済まない変態もいれば、俺のようにそういうことに全く興味がない正常人もいる。 ギャルゲーはやはりGameだ。Gameである以上ストーリーがある。ただ大多数の非抜きゲーギャルゲーではストーリーに重点が置かれているだけの話で、ここに「文学」の要素が多少あるかもしれないが、それだけで文学とイコールだと言えるわけがない。 では「文学的要素」を持つGameジャンルとして、ギャルゲーにはストーリーで何とかしようとする作品が多い。このご時世、伏線も神展開もなければ「つまらない」と叩かれる。だからこそ「虐めてみたり」「死なせてみたり」「飛ばしてみたり」しないと神シナリオと呼ばれず、日常重視のものは見向きもされない、という風潮がある。 これについては2007年の中国の大学入試国語の作文のお題がすごく好きだ。「意料之外、情理之中」――予想外だが、もっともな話。 つまりどう展開しようが、どれだけ飛んでも、脳洞がどれだけ広かろうが、筋が通っていて「予想外だけど納得」と思わせられれば、その物語は成功だ。たとえ日常描写でも、生き生きと書けて、各キャラの性格が「意料之外情理之中」に達していれば、それもまた成功だ。少なくとも物語自体にハラハラ感があり、理解しやすく、無茶苦茶とも思われない。 もっと露骨に言えば、どう書くにせよ、最低限論理は必要だ。これが基本。 論理がなければ物語はちんぷんかんぷんになる。まさに『晴のちきっと菜の花びより』のように。

『花の野に咲くうたかたの』レビュー

『花の野に咲くうたかたの』に注目した理由は二つ。脚本の桐月と、彩色の画風だ。 桐月は『黄昏のシンセミア』(黄昏の禁忌の薬でも黄昏の大麻でも好きに呼べばいい)を書いた人で、ゲームの彩色は [Clover Day’s] 1 を思い出させる。『黄昏のシンセミア』と同じ絵師なのに、彩色のスタイルは旧作よりずっと良くて、女の子が可愛くて瑞々しい。 実は最初はこのゲームをやる気はなかった。『黄昏のシンセミア』も未プレイだし、ただ多くの人が絶賛しているから、まともな作品を書いた脚本家ならそう酷くはないだろうと思って、ちらっと画風を見て、それがとても好みだったから、プレイしてみた。 一言で評価するなら、これは軟らかい女の子が丹精込めて淹れた工夫茶みたいなものだ。味は淡泊で、コーヒーや烈酒のような即効性はないけれど、少なくとも不快にはさせない。じっくり味わえば、独特の発見もある。

『灰色的乐园』レビュー

『グリザイアの果実』には続きがある。2作あって、ひとつは『グリザイアの迷宮』、そして完結編の『グリザイアの楽園』だ。 『グリザイアの果実』はすでにテレビアニメ化されている。『迷宮』と『楽園』のアニメが今月12日に放送開始予定だから、ネタバレが嫌なら見ないほうがいい。

『11月のアルカディア』レビュー

『11月のアルカディア』は3月の新作。今月は遊べるゲームなんてないだろーと思っていたところにOPを観てしまい、ミステリー&ストーリー重視っぽかったので体験版をやってみた。すると主人公にCVが付いているじゃないか。誰かは分からないけど、中村悠一っぽい声だ。 「エロゲーで勇気を出して主人公にCVを付ける作品は、シナリオが坑爹なことにはならない」という原則に従い、迷わずプレイ。 結果、期待を裏切らなかった。『紙の上の魔法使い』以来、完全に手放しで称賛できる作品である。
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『サノバウィッチ』レビュー

ゆず(柚子)のゲームはそんなに多くは遊んでいない。指折り数えてみても『天神乱漫』と『夏空カナタ』くらいで、あとはだいたい「ああ、柚子ね、あの顔見たことあるわ」で終わってしまう。それでも柚子には感謝しないといけない。『天神乱漫』は俺が最初に触れた18禁関連のゲームだ。遊んだのはPSP版だけど、それまでプレイしてきたのはEver17やMO2、MO4みたいな真・全年齢ものばかりだったから、初めて千歳佐奈のHSを脳内補完したときはちょっとドキドキしたのを覚えてる…… 咳咳、ちょっと話がそれた。実際、ゆずソフトのゲームにはそれなりに思い入れがあるんだが、ほとんど遊んでいない。理由の大半はあちこちで人にdisられて、「ゆずは廃萌だ」とか「抜きゲー化が進んでる」とか聞かされたからだ。実際、ゲームの設定を見てもその通りで、後のヴァンパイアしかり天色先生しかり、実用性の特徴がどんどん際立っていく。そして2014年末、『サノバウィッチ』という新作がバーンと飛び出してきた。ゲーム紹介なんて何も見てない、目に入ったのは「発情」の二文字だけだった…… さらにゲームのあらすじを見てみると……おいおい……これ、完全に節操を捨てたんじゃないか?ヒロインが定期的に発情して、それを男主がこっそり目撃して、そこから二人で展開していくストーリー…………ヤる以外に何があるんだよ? これは実用派の勝利、シナリオ派の号泣。俺としては設定をチラ見した時点で全然興味が湧かなかった。 ヒロインをヤるだけの設定かよ、脳内でいつでもミニ劇場を上演できるわ。どれもこれより精彩じゃん。わざわざゲームやる必要あんの? だが後に体験版をやってみると、全然そんなことはなく、発情はただの見せかけで、話の本体はなかなか良かった……もちろん、体験版の話だが。製品版をクリアした今なら、このゲームについていくつか真面目に語るべきことがあると思う。